20話 3人での秘密のレッスン
「ラーラーラー」
ピアノ室でアレックスが口ずさむ。
「違います。そこはラーラ ラー♪です」
ダグラスが厳しく言う。
「ラーラーラー」
「ああああ。違う」
ダグラスは心底むしゃくしゃしたように、頭をかきむしる。
その姿に、傍目から見ても、アレックスが引いているのがわかる。
「まあまあ、ダグラス。まだ始まったばかりじゃない。すごく素敵に聴こえるわ」
ミネルヴァが間に入ると、ダグラスは「はあぁ?」と言って眉をひそめた。
「ラーの部分が少し遅れているのは、余韻です。一度息を吐くことで、緊張と緩和。それが聴いている人たちの胸に深い余韻を残すことができるんです」
「チッ」
アレックスがおそらくわざと、聴こえるように舌うちを打つ。
「アレックス様。この場面ではタンギングは必要ないです」
なかなかの嫌味だが、にこやかに言うものだから怒るに怒れない。
「こんなことなら、令嬢たちの誘いに乗ればよかった……」
アレックスはそういいながらも、しっかり楽譜とにらめっこする。
「はい、ラーラ ラー♪」
「ラーラ ラー♪」
「素晴らしい! その調子です!」
だんだんと息があってきた。
ダグラスは、久々の作曲が楽しいのだろう、もうすでに数曲を仕上げている。
「あとは、歌詞が入れば完璧です!」
急にこちらに話を振られて顔をあげると、ダグラスの眼鏡の奥の目は笑っていない。
「……はい、精進します」
ミネルヴァはため息をついた。
練習が終わって、秘密のピアノ室を出ると廊下には西日が差し込んでいる。
ミネルヴァがここにきてから、3か月はたったろうか。季節はすっかり秋めいている。
「そうだ、ミネルヴァ」
廊下の先を歩いていたアレックスがふと足をとめる。
「あと1か月ほどで新しい貿易港が完成する。開港記念式典が行われるから、少し練習には参加できない」
「そうなの?」
「……そういえば。私も、そんなことを父上から言われていた気がします」
ダグラスの顔面から血の気がひいていくのが分かる。
「今日は招待リストの確認作業があったような……。し……失礼します!」
おそらく完璧に忘れていたのだろう。慌てふためいて立ち去っていく。
「あいつも大変だな」
――ダグラスはあれで名門貴族の長男だものね。でもアレックスは……。
「アレックスも何か仕事をまかされているの?」
「まあね。来場する他国の貴族に配布する記念品の手配といった雑用のとりまとめさ。
ニコライはあれで人使いが荒いんだ」
その口調には親しさがにじんでいて、ミネルヴァは安心する。
2人の関係は、廃位された皇太子と、その代わりに帝位についた皇帝だ。2人が仲良く話しているのを見たことはないけれど、少なくともいがみ合っているわけではないらしい。
幼いころは一緒に悪さをしていたというから、もし何事もなく育っていたなら、2人はきっと今でも仲良くしていたのだろう。アレックスが皇帝になっていて、年上の従兄であるニコライはその良き相談相手として。もしかしたら、ミネルヴァだって他国に嫁がされるなんてことはなかったかもしれない……。
「それからミネルヴァ」
「なに?」
「記念式典には……皇太后様もおいでになる」
「え」
まだ見ぬお祖母様であり、そして音楽を禁じた元凶である皇太后。ミネルヴァの顔に緊張が走る。
「そう怖い顔する必要はない。ただのばあさんさ」
アレックスは軽く言う。
「本当に?」
「大丈夫だよ。君によく似ている」
――音楽を禁じた元凶が私に似ているなんて。
ミネルヴァが混乱しているうちに、アレックスはヒラヒラと手を振って立ち去ってしまった。




