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19話 リアムの思い出とアレックスとの確執

「はぁ~」 

 お気に入りの庭園のガーデンチェアに座っているが、ため息しか出ない。素晴らしい楽曲ができたというのに、詞は思い浮かばない。

 そりゃ≪ロージア≫をはじめ、アイドルの曲は何度も聞いてはいたけれど、作詞に関しては素人同然だ。しかも音源はほとんど使えないし、人間の歌声だけで届けるのにふさわしい内容にしないといけない。I LOVE YOU SO SWEETや、I NEED YOUといったキラーフレーズはほとんど使えない。


 おまけに……。

「考え込む姿も悩ましいね、ミーナ」

 あの日以来、時間を見つけてはしょっちゅうリアムがミネルヴァのもとを訪れる。もちろん、居留守を使えばよいのだろうけど、これほどのイケメンが自分を口説きにわざわざ訪ねてくれるというのに、それを無碍にできるほどの強い自己肯定感はミネルヴァにはなかったのである。

「……はいはい」


「あっ、リアム様よ」

「そばにいるのは…ミネルヴァ様だわ」

「くすくす」

 時折、散歩中の貴族の令嬢から声がかかるが、リアムはそれにはほんの少しの微笑を返すだけだ。

 ミネルヴァはノートとお茶を片手に考え込んでいるし、隣にいてもつまらないだろうに、リアムは膝の上のヴィオレッタをなでながらニコニコとそばにいる。


「リアム、つまらなくないの?」

「全然」

「じゃあ……名門貴族の息子とあろう人が随分と暇なのね」

「今は国家予算の会議も終わったしね。もともと僕は父上の補佐しかしていないから」

「そう」

 ミネルヴァは、よりいっそう深いため息をついた。

 こんなに監視されているのでは、アレックスともダグラスとも話がしづらい。

 

――いっそ、リアムも仲間にいれちゃうのはどうだろう。


「ねぇ、リアム。リアムはアレックスが嫌いなの?」

「嫌い」

 がっくり。不幸な元皇太子に対して、こんなにきっぱり言うのだから根深そうだ。

「どうして?」

「小さいころから、僕はあいつが大嫌い。たぶんアレックスも僕が嫌いだと思うよ?アレックスと僕とミーナと遊ぶときは、僕はいつもミーナの後ろを大人しくついて行ってさ。どんなに僕がいい子にしていたって、君はいつだって危険な遊びばっかりするアレックスのところに行っちゃうんだ」

 覚えていないことを責められても、どんな表情をしていいのかわからない。しかもそれは今のミネルヴァとは違うミネルヴァだ。


「確か、お兄様が自分とアレックスは一緒になって悪さばかりしていたって」

「そうだね。ニコライ様は、この王宮のガキ大将だったから。僕は2人が苦手だったよ」

 当時のことを思い出したからか、リアムはニコライのことまで苦々しい口調で話しだす。

 きっと今のリアムから想像するに、小さい頃も前に出るタイプではなかったのだろう。少し年上の美少女の影にかくれる銀髪の美少年を想像して、思わず笑みがこぼれる。


「2人にいじめられる僕を、いつもミーナがかばってくれたんだ。だから僕は君が大好きだった」

 頬杖をついたリアムが無邪気に微笑みながら見上げてくるので、ミネルヴァの胸が一瞬ドキンと飛び跳ねる。

「いつか僕と結婚してね、って言ったら、大人になっても気持ちが変わらなかったらねって答えてくれた。でも、そのときもアレックスが邪魔に入ったんだ。ミネルヴァと結婚するのは俺だって」


ーー2人とも可愛すぎる。

ミネルヴァの頬はゆるみっぱなしだ。 


「それで? 2人はどうしたの?」

「どうもこうもないよ。ニコライ様が『アレックスは皇太子なんだから、どっかの国のお姫様と結婚するに決まってるだろ』って。アレックスの奴、泣きべそかいてたっけ」

 リアムは思い出して、クスクス笑う。

「だから君の元婚約者は僕ってわけ」

 幼いミネルヴァを取りあうアレックスとリアム。それをからかうように見るニコライ。

 なんだか今からは想像つかない絵だ。


ーーそういえば、まだ当時はリリアンヌ様も生きていたはずだ。

 ミネルヴァはふと気づいて、問いただす。

「ねえ、リアム。リアムもリリアンヌ様からヴァイオリンを習ってたのよね。

今でも弾けたりするの?」

「まさか。肝心のヴァイオリンがどこにもないからね」

 リアムの表情に影が差し、ヴィオレッタが何かを察したのか、彼の膝からピョンと飛び降りる。


「焚書があったんだ」

「焚書……?」

 確か歴史の教科書で習ったことがある。国が思想を統制するために書籍を燃やすことだ。

「うん。ニコライ様が王位についてすぐ、アステル国では大焚書が行われた。燃やされたのは、楽譜と楽器」


 ニコライの言葉が蘇る。

――『音楽をこの世から排除しろ、そうすればアレックスは処刑しない』


「君があれを見なくて良かったよ。きっと見ていたら発狂していただろうね。楽器ってね、燃やされると断末魔を挙げるんだよ。バリバリってひどい音。しかも松脂をたくさん使っているからね、一気に炎が燃え上がる……」

 グレーの瞳はそのときの様子を映しているように、静かに怒りで燃えている。

「僕のヴァイオリンも、炭になりはててしまった」

 きっとこの人も、音楽を愛していた一人なのだろう。


「……お兄様を憎く思ってたりするの?」

 ミネルヴァは、ニコライが自分には音楽を取り戻す「権利がない」と言ったときの、ひどく苦しそうな表情を思い出した。

 そう尋ねると、リアムは首を振って、そっとミネルヴァの手を握ってくる。

「誰も大焚書がニコライ様のせいだなんて思っていないよ。彼はまだ少年と言ってもいいぐらいの年齢だったし、急に皇帝へとかつぎ上げられたことはみんな知ってる。大焚書を主導した人間は他にいたんだろうね。……でも、あの件があったからこそ、多くの音楽人が外国へと流出したし、みんな音楽をあきらめてしまった」


「……あなたも?」

 そう尋ねると、リアムは寂しそうに少しだけ笑う。

「あんな目に合っても音楽を捨てられないのは、よっぽどの変人ぐらいだよ」

 ミネルヴァの頭に、眼鏡に巻き毛の“よっぽどの変人”の顔が浮かぶ。

「でも、いつか。いつか、あなたのヴァイオリンを聴いてみたいわ」

「……ありがとう、ミーナ」

 

 その夜。ミネルヴァは、リアムの話を思い出しながら深いベッドに沈みこみ、燃やされた楽器や楽譜のことを思い浮かべる。

 きっと音楽が好きだったリアム、それからおそらくダグラスたちにとっては、自分の一部を燃やされたような気持ちになったに違いない。

「そこにいなくて、良かったね。ミネルヴァ」

 そっと自分につぶやいて、ミネルヴァは深い眠りについた。


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