18話 いよいよ始動! 立ちはだかる白い影は……
それから数日たったある日、ミネルヴァのもとへダグラスから手紙が届いた。
「ご依頼の品が完成、明日3時に例の部屋へと参られたし。できればAとともに!」
簡単だけどユーモラスな文面だ。ダグラスらしい、と感心するとともに、胸の鼓動が高鳴るのを感じる。新曲が完成したと作曲家から聞かされるときはいつもこうだ。
ミネルヴァはさっそくアレックスにも使いの手紙を出した。
「アレックス、こちらはダグラスよ。知っているわよね?」
例のピアノ室で改めて顔合わせをする。
「ああ。ポート家の変人息子だな」
「覚えていただいて、至極幸せでございます!」
両手で握手を求めながら早口でまくしたてるダグラスに対して、アレックスは不安な顔を隠さない。
「ダグラスは、作曲ができるし、ピアノの達人なの」
「いや、そんなぁ」
眉をひそめたままのアレックスに対して、ダグラスは上機嫌だ。
これは作った曲にも相当自信があるということか。
「じゃあ、ダグラス。お願い」
言うや否や。ポロロロン、と切なげなイントロで始まり、マイナー調のどこか懐かしいメロディーが生み出されていく。最初は静かに、しだいにメロディーは勢いを増す。キラキラと流れるような左手のアルペジオに、ゆったりとした右手の和音が乗って、盛り上がり……そして静かにフェイドアウト。
「……こんな感じで、いかがでしょう?」
思わず引き込まれていたのが、ダグラスの一言で現実世界に呼び戻される。
「素敵、素敵よ……想像以上だわ! ね、アレックス?」
と、アレックスを見ると。
「……あ、ああ」
アレックスもその旋律の美しさに、あっけに取られている。が、口がポカンと空いてしまっていたのに気づいたのか、急に真面目な顔を作る。
「悪くないな」
やっとのことで言うものの、悪くない、以上に感動したことは、その反応で見てとれる。ミネルヴァの口元にはにんまり笑みが浮かんでしまう。ダグラスの才能は思った以上だ。
「……この曲、サマールの歌が元になっているよな?」
「ええ。昔聞きかじったものをアレンジさせていただきました。
やはり凛々しくも美しいアレックス様には厳しい砂漠の地で育まれた歌が良く似合う」
ダグラスは得意げに言う。
「歌詞は不得手ですので、つけておりません。できれば歌詞はミネルヴァ様が書いてくださればと」
「わかったわ」
第一回のミーティングとしては、まずまずの収穫だった。2人を見送ったミネルヴァは、隠し扉を閉めて図書室を見渡す。
「これで元通り」
重いドアを閉めたせいか、両手がじんじんする。ミネルヴァがパンパンっと手を払っていると……。
「わっ!」
耳元のすぐそばで大声を出されて、思わず「きゃっ」とミネルヴァは耳を押さえてしゃがみこむ。振り返ると、そこには西日を受けて輝く銀髪。
「リアム!」
「ふふ、久しぶり」
「んもう! びっくりさせないでよ」
リアムはいつも神出鬼没で、びっくりさせられてばかりいる。
「ごめんね。君はいつも何かに夢中で、全然こっちに気付かないから」
口元は笑っているけれど、グレーの目は笑っていない。
もしかして、アレックスかダグラスの姿を見られただろうか。不安が頭をよぎる。
「リアム、もしかして、何か見た?」
「何を見るって言うの? こんな人気のない図書室で? もしかして逢引でもしてたの?」
「そんなことしてないわ」
「ねえ」
急にリアムの声が真剣なトーンになる。
「僕、アレックスに近づかない方がいいって言ったよね?」
「やっぱり、見てたんじゃない!……あ」
と、リアムのニヤリとした顔。
――はめられた。
「そっか。アレックスといたんだね。この階から降りてくるアレックスの姿を見かけたから、嫌な予感がして来てみたんだ」
リアムがじわじわとミネルヴァを追い詰めるので、思わずミネルヴァは置いてあった椅子にすとんと座ってしまう。
「この間、中庭で君が騒ぎを起こしたって。そのときにもアレックスは一緒だったんでしょう?」
「あの騒ぎは、ちょっとしたおふざけで、たいしたことはないのよ」
「……アレックスに脅されて、恥をかかされたんじゃないの?」
「違うわ。ただのお遊びよ。もちろんあんなに人が集まってくるとは思ってなくて」
「本当に?」
そのままリアムが本棚に手をつき、リアムに覆いかぶさってくる。
濃い霧のような神秘的なグレーの瞳が近づいて。
――キスされそう。
そう思った瞬間、ミネルヴァは顔をついそむけてしまう。顔が近づく気配がなくなったので、おずおずと顔を向けると、リアムの寂しそうな微笑。
「ごめんね、ミーナ」
そして、そのまま頬に優しくキス。
「何も覚えていない君を口説くなんて、卑怯な気がしてたんだ。でもそんなことも言ってられないよね」
リアムはにっこりと笑う。
ーー何か盛大に勘違いしているような気がするけど。
しかし、アレックスを危険視しているリアムには、プロジェクト(仮)のことを言うわけにはいかない。
「僕も本気でいかせてもらおうかな」
リアムはミネルヴァの手の甲にそっと唇を寄せた。




