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17話 トップアイドルはスタッフも一流であるべき

――この世界にアイドルを作る。

ミネルヴァはあえて日本語で紙に書き、壁に鋲で貼り付ける。

デカデカと書いたが、きっとこの世界の人たちには誰も読めまい。


 “アステル国にアイドルを作ろうプロジェクト(仮)”が始動するにあたって、最初にサロンに呼びつけたのは巻き毛の青年、ダグラスだ。

 気の振れた皇帝の妹が私的なサロンに名門公爵の後継ぎ息子を呼び寄せたのだから、すわ変人同士のラブロマンスか、と宮殿内はちょっとした騒ぎになったらしい。しかし、肝心のミネルヴァとダグラスは、2人ともその手の話には疎かった。


「ご招待いただき、ありがとうございます! ミネルヴァ様」

 久しぶりのダグラスだが、身分の高い皇妹に招かれたというには寝ぐせがひどい。芸術家気質で、身なりにはほとんどこだわりがないのだろう。

「堅苦しい挨拶はいらないわ」

 ミネルヴァは単刀直入に言う。

「あなたに見てほしいものがあるの」


……そして、秘密の図書室に連れて行った時のダグラスの大騒ぎっぷりといったら。

「ピ、ピ、ピアノ~!」

 白いピアノに抱き着き、涙を流す始末。

「10年ぶりに本物を見ました!ミネルヴァ様が隠していらっしゃったとは。さすがです!」

 そういいながら、ミネルヴァの手を握ってぶんぶんと振り回す。

「嬉しいなぁ。またピアノに触れるなんて……」

「ねえ、何か弾いてみてくれる?」

 ミネルヴァは、いっそう頑丈に作り直した隠し扉を後ろ手で閉めながら、ピアノを抱きしめんばかりのダグラスに言う。

「待っていました、その言葉!」


 ダグラスはそう言うと、ポロロンと軽快な音楽を奏で始めた。

 軽くて明るくて、まるでダグラスそのもののようなメロディーだ。スタッカートで俊敏に動く指先は、見ているだけで楽しくなる。


ジャン!


 得意げに両手を挙げてフィニッシュするダグラスに、惜しみなく拍手をする。

「すごい! すごいわ!ダグラス。10年ぶりとは思えないわ」

「そりゃ、指先だけでも練習はできますから」

 音楽を乞うていたのはアレックスやミネルヴァだけではない。ひとりひとりに虐げられた時間があるのだ。

「ダグラス。このピアノ室のスペアキーをあなたに預けるわ。……それで、やってほしいことがあるの」

「ピアノ室のスペアキーですって? そりゃなんでもやりますとも!」

 ダグラスはニコニコで答えてくれる。目線はいつまでもピアノの鍵盤だ。

「ありがとう。あなたには作曲をしてほしいの。……アレックスが歌うための曲を」


 驚くか、と思ったが、意外にもダグラスは素の表情のまま頷いた。

「はい」

「はいって……私の言っている言葉の意味、わかってる?」

「はい。アレックス様の歌の才能は、昔からよく知られています。そんなアレックス様に歌を提供できるとは、至極幸せなことです」

 ダグラスの眼差しは、何かを心に決めたかのように静かで強い。


「もしばれたら、そのときは私もあなたも処分されるかもしれない。それでも?」

「くくっ。……ミネルヴァ様。僕はね、もしかしたら、こんな話を待っていたのかもしれない」

 ダグラスは笑いを含んだ声で明るく言う。

「前に夢の中で、音楽の女神がやってきて僕に言ってきたんです。曲を書けって。いつか見た夢が現実になるんだから、こんなにすごいことってありませんよ」

 そういうと、またポロロンと楽し気にピアノを鳴らした。



……

 

 次に、引き入れるべきは……スタイリストだ。宛ては、一人しかいない。


 ミネルヴァは、再びティーサロンにマーガレット嬢を呼び寄せた。

 ノックとともにアンナが声をかける。

「ミネルヴァ様、マーガレット様がお見えです」

 マーガレットはいつも通り可憐なドレスを着ているが、顔を見れば顔面蒼白。おそらくサラ嬢とシュゼット嬢が呼ばれていないと知り、自分が何かしでかしたのではないかと気が気じゃないのだろう。

「ようこそ。マーガレット」

 ミネルヴァは、緊張を解きほぐすようににっこりと笑いかける。

「そんなに体を固くしないで。今日は、あなたにお願いがあっておよびしたの」


 ……しかし。

「お断りします」

 マーガレットは即答だった。

「どうして? アレックスの衣装や持ち物を自分好みにコーディネートできるのよ?」

 アレックス命、の令嬢ならば食いつきそうな話なのに。

「今、この国で一番ファッションセンスがいいのは、私の見立てによればあなただわ」

「そばにいられるだけで幸福だと申し上げたはずです」

「でも……このままじゃ、鮮烈なデビューとはいかないわ」


「そのアイドル……と言いましたっけ。アレックス様はアイドルになって本当にお幸せになれるのですか?」

 マーガレットは強い目で見返してくる。自信がなくて断っているわけではなさそうだ。

「それは、わからない。でも今よりはずっとマシになると思う。アレックスも、私も」

 籠の中の鳥よろしく、ダラダラとその日を費やしていくのはミネルヴァ、いやミナホの性分には会わないのだ。

「あなたたちだって、音楽は下劣だなんて口では言いながら、本当は小さい頃に聞いた歌や音楽を熱望しているはずよ」

 ミネルヴァは、ティーサロンで目をキラキラさせていたシュゼットを思い出しながら、確信を持って言う。


「皇太后様にばれたら、今度は塔に隔離されるのでは済まないかもしれません」

 それが本音だろう。やはりマーガレットはアレックスの正しいファンだ。アレックスの身上が心配なのだ。

「わかってる。それは私が責任を負う」

 どうやって責任を負えるのかはわからない。でもその覚悟はある。

「……考えさせてください」

 ミネルヴァの熱い説得もむなしく、マーガレットは期待できそうにない冷たい返事をしただけだった。

 

 マーガレットが退室すると、控えていたアンナが口を開いた。

「ミネルヴァ様。貴女が何をしようとされているかには口をはさむ気はございません。ただ」

「ただ?」

「マーガレット様を仲間にするのは無理かもしれません。御父上のルーヴル公は皇太后様の側近でもあらせられます。ご自身がアレックス様のアイドル活動とやらに関われば、御父上のお立場が悪くなるとお考えなのだと思いますよ」


――なるほど。政治的なしがらみか。


「難しいわね」

ミネルヴァは一口お茶をすすった。


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