16話 手に入れるためなら恥ずかしさなんて感じない!
「……アイ…ドル?」
アレックスが、話について行けないと言うように、ミネルヴァの言葉を繰り返す。
「そう。あなたなら、世界一のアイドルになれる」
「……ええと、まず、アイドルってなんだ?」
当然といえば当然だが、その言葉にミネルヴァは思わずずっこけてしまいそうになる。
「アイドルっていうのは、歌を歌ったり、踊りを踊ったりして、それを見る人に幸せを届ける人たちのことよ。あなたにはトップアイドルの素質がある」
『あなたにはトップアイドルの素質がある』。何度となく言った言葉を、まさか転生してまで言うことになるなんて。
でもミナホの魂が、このチャンスを絶対に手放すな、と言っているのだ。
「歌や踊りって……。ミネルヴァ、正気か?」
「私はいつだって正気。あなたを見る女性たちの目を見た? 何も求めていない。
ただあなたがそこで笑っているだけで彼女たちは満足なの。でもあなただって、本当は思ってるはずよ。こんな自分に、なんの価値があるのかって」
「何を」
アレックスの声に少し苛立ちが混じる。
「だから、歌ってあげるのよ。あなたの歌で彼女たちを喜ばせる。何かを与えることができれば、あなただってきっと満たされる」
ーーあんな寂しい目をする必要がなくなる。
「……ハハッ。面白いけどな。この国でどうやって? 一緒に亡命でもする気?」
「亡命はしないわ。この国でやるからこそ意味がある」
ミネルヴァはもう一度、強くアレックスの手を握りしめた。
「私があなたをマネージメントする」
「マ、マネージメント?」
「そう。私なら、あなたを国のスターにできる」
「……ハッ」
一瞬、時がとまったのち、アレックスが心底迷惑そうに顔をゆがめて笑うので、ミネルヴァは少しだけひるんでしまう。
「誰からも見捨てられた令嬢が、見捨てられた皇太子をマネージメントするって? そこまでして恥の上塗りをしたいのか?」
大きな声を出したからか、それともアレックスがいる噂を聞きつけたのか、庭には他の貴族たちも集まってきて、遠巻きにふたりが言い争う様子を伺っているのが見える。
「そうよ。だって、もう私には何もないんだから。このまま何もせずにつまらない第二の人生を送るくらいだったら、どんな恥だってかいてやるわ」
「へえ」
ゆっくりと歩いていたアレックスが、周囲の視線に気づいて歩みをとめる。
「じゃあ、ここでドレスを脱いで、下着姿でアメルデ像まで一周してみろよ。それができたら、アイドルの話を考えてやらないこともない」
ーーへ。
言われた当のミネルヴァはきょとんとしてしまう。
ーーそんなんでいいの?
今日のミネルヴァは、薄いワンピースのようなランジェリーの上にコルセット、ボトムにはカボチャパンツのような下着とパニエを着て、その上にドレスを着ている。ドレスを脱いだところで、そこまで肌が見えるわけでもない。なんだったらTシャツ、ショートパンツのほうが露出が激しいぐらいだ。
考え込むミネルヴァの顔を見て、アレックスは「どうせ……」と言いかけるが、ミネルヴァは
「オッケー。そんなことでいいのね。行ってくるわ」
と言うや否や、ドレスの腰のリボンを引っ張り、すとんと厚手のドレスを脱ぎ捨てる。
居合わせた貴族からは「まっ」「ヒャー」という高い声が上がっている。
ーーこっちの方が動きやすいぐらいなんだけど。
結婚が10代半ば、政略結婚が横行しているこの世界では、おそらく女性は慎み深いことが美徳とされているはずだ。だからこそ、アレックスは無理難題だと思ってふっかけてきたのだろう。あいにく、中身は現代人のミネルヴァにとっては、ひどく簡単な条件である。
アメルデ像のところまでスタスタと歩いたところで、やっとアレックスが追い付いてきて、ふわっと体が何かに包まれる。
見れば、それはアレックス自身のジャケットだ。
「服を!ミネルヴァ」
「最後までやるわ」
「お願いだ。やめてくれ。こんなこと」
「自分がやれって言ったことでしょう?」
ミネルヴァは、ジャケットを振り切り、ふたたび下着姿でスタスタと歩きはじめる。
「わかった!」
しかし、ミネルヴァは歩みを止めない。
「やるから!」
もう一押しだ。
「アイドルになるから!」
その言葉を聞いて、ようやく歩くのをやめた。
振り向くと、アレックスは顔が真っ赤だ。
この反応は、ミネルヴァにとっては意外である。
あんなにいつも女の子をはべらせておいて、裏庭で熱い抱擁までしておいて?
「あら、意外にウブなのね」
「それはっ」
アレックスはドレスを手渡してくるが、なかなかこっちを見ようとしない。
「それは……あんただから」
確か、幼いアレックスはミネルヴァが大好きで、ずっと付いて来ていたって言っていたっけ。
憧れのお姉さんがストリーキングを始めたら、そりゃいくらプレイボーイでも赤面してしまうだろう。
これは悪いことをした。
「ミ、ミ、ミネルヴァ様っー!」
王宮のほうから血相を変えて駈けてくるのは、アンナだ。
「やば」
「一体、何をされているのですか!」
アンナはアレックスからさっとドレスを受け取り、驚くほどの速さで着つけていく。
「さ、こちらへ!早くお戻りください!」と言いながら、ぐいぐいと引っ張って王宮内へと連れて行こうとする。
気づけば、周りは野次馬だらけだ。
「やっぱり気が狂ったって噂は本当だったんだ」
「可愛そうに。おきれいな方だっていうのに」
「あんなにハレンチなこと、信じられませんわ」
口さがなく話しているのが、嫌でも耳に入ってくる。
「アレックス、約束だからねーー!」
でも、そんな言葉は引きずられているミネルヴァには、まったく気にならない。だってミネルヴァは、ひとつ大事なことをなしとげたのだから。




