13話 秘密のピアノ室の発見
翌日、ミネルヴァは図書室に向かった。
書店を訪れたことで、もっと神話や歴史について調べてみようと思ったのである。
身分の高い貴族ともなると、宮殿内とあってもおつきのものを引き連れて歩くのが普通なのだが、アンナはひとりになりたいというミネルヴァの心情を察してくれて、必要のないところについてくることはない。
そっと図書室の重いドアを開けるが、いつも通り、そこには人はいない。この世界の貴族にとっての娯楽の優先順位は、書物よりお茶会なのだろう。
ーー音楽が禁じられている国、か。
ミネルヴァは何冊か本を選び、自分のお気に入りの窓際のライトニングデスクにぼんやり考える。
天気がいいからだろう、窓の下を見下ろすと、何人かの貴族がきらびやかなドレスやジャケットをまとって散歩をしているのが見える。以前の癖で、ペン壺に入っていた高級そうなペンをくるりと回したが、飾り細工が重かったのか、ペンはコロリと床に転がった。
「あれ」
転がったあたりを見るが、ペンがない。いかにも高価そうなペンだし、なくしてしまうには惜しい気がする。ミネルヴァは、はしたなくも腹ばいになって本棚の下をのぞき込む。
すると本棚のちょうど横幅ひとつ分だけ、2㎝ほど床から浮いている。ペンはその隙間に入り込んで転がっていて、よくよく見るとその隙間の奥にはうっすらと光が差し込んでいる。
ーーこれって、映画でよく見る奴じゃない?
ファンタジー文学では、タンスの奥や本棚の裏に別の空間が広がっているのはよくあることだ。ミネルヴァは、その本棚に入っている本を下におろして、何かしかけがないか調べてみた。
「あった!」
本に隠された小さな扉、そこをあけるとドアノブが隠されていた。臆することなく、ドアノブを引いてみる。
ガタ、ギギーーー。
本棚がそのまま扉として開いたが、開いたもうひとつ奥のスペースも板でご丁寧に封鎖されている。
「何よこれ」
ここまで来たら、引き下がれない。ミネルヴァは、長いドレスのスカートをまくって、薄い板をガンガンと蹴り倒す。
ガンガン、ガシャ、ガタッ!
あらかた木の柵を破壊して中に入ると、そこは4畳ほどの小さな石造りの空間。小さな窓に、色あせた絨毯。そして、小さな白いアップライトピアノ。
ピアノに軽く触れてみると、あまりに指がなじんで離れがたくなる。これはきっと前世のミネルヴァがそうさせるのだろう。
「ミネルヴァ様」
いつの間に来ていたのだろう、後ろからアンナが声をかけてくる。
「見つけられたのですね」
「アンナ。ここって」
「こちらは、ミネルヴァ様のピアノ部屋です」
「ピアノ室? ミネルヴァ……いえ、私は、ピアノが弾けたの?」
「はい。以前のミネルヴァ様は、それはそれは音楽を愛されていたのです。ミネルヴァ様が嫁がれる前は、アステル国は音楽にあふれる国でしたから」
ふと『皇太后が音楽を嫌っているからね』というリアムの言葉が蘇る。
たんに皇太后が嫌っているだけなら、もっと前から音楽が禁止されていてもおかしくはない。しかしそうでないというのなら、サマール族との戦いが原因で、音楽が禁忌になったということだ。
――サマール族は舞踏と音楽に秀でた民族だったというなら……。
「皇太后さまが音楽を禁じられたのは、前皇帝のせいなのね」
アンナが否定はせずに目を伏せる。
「……もしかして王妃がサマール族の出身だったから?」
リリアンヌ。美しい黒髪を持つ情熱的な王妃。そう、あの石像は、アレックスに似ているのではない。アレックスの母親のリリアンヌを模したものなのだ。
「はい。リリアンヌ様が亡くなられて、前皇帝はすっかり変わられてしまいました。さらにミネルヴァ様の御父上のルイス様までサマール族に討たれてしまわれた。皇太后は、2人の息子が不幸になられたすべての元凶はリリアンヌ様のせいだとお考えなのです」
皇太后がそう考えてしまうほどに、リリアンヌ様の舞踏と歌声は人々を魅了するものだったのだろうか。アンナはおずおずとピアノに触れる。
「むなしいトラネスでの結婚生活の中で、久しぶりに触れた音楽だけがミネルヴァ様の癒しになっていたのです。ですから、アステル国に帰ったときも、思い出のピアノ室に一番に訪れたのですが……。すでにこうして封鎖されておりました」
もしかしたら。10年間の結婚生活で音楽が支えになっていたミネルヴァ。アステルに帰ってきてからも、もし音楽があれば、生きる力をつなぎとめることはできたのかもしれない。
結婚生活も破綻して、居場所もなくなって、そして唯一の救いだった音楽も取り上げられて……。
ミネルヴァは、軽く首筋に触れる。すでに消えたはずの赤い跡がうずくようだ。
「でも。でもまさかバリケードを壊されるとは……」
先ほどの鎮痛な声とは打って変わって、少し明るい声でアンナが言う。
「それほどまでにご快復されたのであれば、安心です。目を覚まされてからの、ミネルヴァ様は強くなられた」
「部屋は封鎖されたけど、ピアノは残されていたのね」
「はい。おそらく皇帝陛下が便宜をはかってくださったのだと。ミネルヴァ様の宝物のピアノでしたから」
「そう」
ーーお兄様と話すことがあるわね。
ミネルヴァは、きっと顔を上げた。




