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12話 ドキドキ!幼馴染とお忍びデート

 リアムがミネルヴァの元を訪れたのは、その3日後だ。

「やあ、元気だった?」

「リアム! どうしていたの?」

 ドアが開くなり、ミネルヴァは弾んだ声を上げる。

「僕のこと、待っていてくれたの? 嬉しいな」

「そりゃ、顔を見せるといいながら、全然見せないんだもの」

 ミネルヴァが言うと、リアムはにっこり笑ってミネルヴァの手を自分の腕にかけてきた。

「?」

「今日はね、君にアステルの城下町キアヌを案内したいと思って」

「キアヌの町?」


 ミネルヴァは思わずアンナの方を見る。おそらくアンナが許可を申請してくれたのだろう。

「いいの?」と言うと、アンナはやれやれ、と言うように伏し目がちに頷いた。

「先日のお茶会も、いたくお楽しみになっておられました。ミネルヴァ様もしだいにこの国の作法を思い出されたようですし、以前と違って、ずいぶんと外界に興味を持つようになられたようですので」

「アンナ! ありがとう」

 ミネルヴァはアンナにぎゅっと抱き着く。

「もちろん、私もお供しますが、護衛のためにリアム様をお呼びいたしました。あなたはまだこの町には不慣れ。皇帝の妹君である身分はかくして行かれますよう」


 さっそく準備をして、宮殿の裏に用意された瀟洒な馬車に乗る。お忍びでの外出なので、来賓が乗るような華美な馬車ではないが、それでもじゅうぶん立派である。

「ミーナ。手を」

「ありがとう」

 真紅のヴェルベットが惹かれたふかふかのシートに座ると、御者が「ヤッ」と短く声をかけて馬車が動きだす。カラカラカラと小気味いい車輪の音が聞こえてきて、しばらくすると、巨大な宮殿の外門が見えてくる。おそらくこの馬車は顔パスなのだろう、門番が重厚な金の柵のついた門をゆっくりと押し開ける。

「外だわ!」

 この世界にやってきて半年。やっと外の世界を見ることができるのだ。


 馬車は広葉樹が彩る並木道を軽快に進んでいく。

 宮殿ではなかなか感じられなかったが、そろそろ季節は夏から秋ヘと変わっているらしい。大きな葉は深い影を落とし、濃いグリーンと明るい空とのコントラストが目に鮮やかだ。木漏れ日が馬車の薄い窓を照らすので、ミネルヴァは目を細めた。

「綺麗ね」

「うん。キアヌはこの季節が一番素敵だよ」

 リアムが静かに言う。

「ほら」

 指をさすほうには、レンガ造りの建物が立ち並ぶ街並み。ところどころに街路樹があるのだろう、建物のあちらこちらに早くも色づき始めた樹木が見えて、美術館で昔見たセピア色の西洋画のようだ。


 馬車は少しだけ賑わいを見せ始めた街の入り口で止まる。

「お許しをいただいた時間は1時間程度です」

「お許しって……たったそれだけなの?」

「はい」

 作物を荷台に運ぶ農民たち、買い物に出かける途中のご婦人方、風車のようなものを持って走り回る子どもたち。

ーーそんなに治安が悪い場所にも見えないけれど。

 ミネルヴァは、リアムの手を取って、馬車を降りた。


 宮殿はやはり建物で遮られているからだろうか、頬にあたる風が思いのほか心地よい。深呼吸すると、どこからか金木製ような甘い花の香りもしてくる。ミネルヴァが思い切り深呼吸すると、通りの向こうで数人の子どもたちがこちらを見ているのに気づいた。

ーー可愛い。

 ミネルヴァがにっこり微笑むと、子どもたちは顔を赤くしてキャッと逃げていく。

「ミーナ。子どもたちを誘惑しちゃダメだよ。君みたいに美しい人はそんなにお目にかかれないんだから」

「お上手ね」

「ふふ。どこか行きたいお店はある? ドレスショップにジュエリーショップ、スイーツに花屋……」

 石畳が敷かれた通り沿いにはおとぎ話に出てくるような布製の庇のついた店が立ち並んでいる。

広場の奥には時報を知らせるのであろう、大きな鐘楼がある。が、鐘は柱に鎖でぐるぐるに巻き付かれていて、その音色は鐘ごと封じられているようだ。


 ミネルヴァたちが、最初に向かったのは町一番の大きな書店“ラミー・ブックストア”だ。「じゃあ、本屋」と言ったときの、リアムの残念そうな顔は気になるけれど、やはり国のことを知るには本屋だろう。


 平台に並んでいるのは、何か流行りの小説だ。表紙にドレス姿の女性と騎士が描かれているところを見ると、恋愛物語だろうか。それから、おそらく冒険ものの小説に、馬に関する解説書。薄い冊子状の本は、おそらくご婦人方のドレスカタログ。この世界では、ファッション誌のような扱いかもしれない。

「あら」

 ふと平台を見ると、ニコライの肖像画のリトグラフが並べられている。

「お兄様の絵だわ。これも売り物なの?」

「うん。皇帝は国の統一のシンボルでもあるからね。皇族の絵を家に飾る家庭も多いんだ」

「もしかして、私の分もあるの?」

「皇帝以外は、そんなに出回ってはいないけれど、あることはあるね。僕ももちろん、5枚は持っているよ」

 そう言って、リアムがにっこり笑うので、ミネルヴァは頭を抱えたくなる。

ーー自分の知らない人間が自分の知らない肖像画を持っているなんて。

 それこそアイドルの生写真のようなもので、気恥ずかしい。ドレスを隠すために着ていたマントのフードを、深くかぶりなおした。


 ミネルヴァは、気分転換をしようとばかりに、カラフルな絵本が並ぶ児童書エリアに進んでいく。 本棚には、モンスターの描かれたものから、お姫様の描かれたものまで、可愛らしい表紙の本が並ぶ。興味本位で、パラパラと絵本をめくってみる……が。

――やはり、楽器や音楽の描写はないのね。

 どの絵本にも、ラッパやピアノ、歌といった描写が一切ない。なかなかの徹底ぶりだ。

「絵本が好きなの?」

 絵本を真剣な表情でめくるミネルヴァを見て、リアムが声をかけてくる。

「ええ。どんなお話があるかと思って……。私、誰もが知ってるおとぎ話も覚えていないから」

「そうだよね。ええと……」

 リアムは、そういうと、ミネルヴァの後ろから覆いかぶさるようにして本棚に手を伸ばす。まるで後ろから抱きしめられるような姿勢だ。

「ちょっ」

「はい」

 どぎまぎと顔を赤くしているミネルヴァの前に差し出されたのは、一冊の本。

「ごめん、高いところにあったから」


ーー本を取ろうとしていたのね。

ミネルヴァはコホンと咳払いして、気持ちを落ち着かせてから、本を受け取った。

 その本には金で描かれたタイトルと、大きな鷲の絵が描かれている。

「『アステル建国神話』?」

「うん。この国では知らない人がいない物語だよ。アステルの皇帝の祖先は、その昔、この国の山奥で傷ついた大鷲を助けてあげたんだって。その大鷲が恩返しとして、建設の神、芸術の神、戦の神の三神を連れてきて、国が繫栄したと言われている。だからアステルの国旗には金の大鷲が描かれているんだ」

「ふうん、まるで鶴の恩返しね」

「ツル?」

「ううん、こっちの話」 


 本を何冊か購入して、外に出る。と、ピーッと、高く美しい音がする。

 先ほどの子供たちが、キャッキャと草を加えながら駆け回っているのが目に入った。

「……草笛?」

 と、子どもたちの前に現れたのは、衛兵だ。

「こらっ! お前ら! 笛を吹いていたろう!」

 剣を腰に下げたいかつい衛兵は、5、6歳の男の子の襟をつまんで持ち上げる。かわいそうに、男の子はイヤーっと言いながら、足をジタバタしている。

「ここで楽器を吹くのは厳禁だ。牢屋に入れられたくなかったら楽器を捨てろ」

 思わず前に駆け寄ろうとするミネルヴァを、リアムが引き留める。

「楽器なんか知らないよ。この葉っぱ、いい音が鳴るんだもん!」

 男の子が必死の抵抗をしている。そのまま男の子の足は、衛兵の股間を蹴り上げた。

「……っで! こいつっ!」

 ミネルヴァはリアムを振りほどいて、子どもの前に立った。


「おやめなさい」

 股間を押さえて縮こまってはいるが、よく見るとさすがに体格のいい男だ。制止の声が少しだけ震えてしまう。

「……なに? お嬢さん、何をかばっているのかわかってるのか?」

「何の問題があるの?……この子の持っているのは、一枚の葉っぱよ」

「音が鳴るものは禁止されている。風紀を乱し、よからぬ誘惑をされる」

「バカバカしい」

 ミネルヴァは、男の言葉につばを吐きたくなるが、後ろの男の子がスカートをぎゅっと握りこんでくるのですんでのところで気持ちを抑えた。


「はいはーい。そこまで」

 軽く手を叩きながら、ゆっくりとした声で入ってきたのは一部始終を見ていたリアムだ。

「ミネルヴァ様、お時間ですよ。そろそろお暇しましょう?」

「……ミネルヴァ…様? まさか、皇帝の妹の……」

 リアムの言葉に衛兵は真っ青だ。こちらをまじまじと見つめてくるので、ミネルヴァはとびきり優雅に見えるようににっこりとほほ笑み、深くかぶっていたフードをゆっくりと脱ぐ。

「アステルを守る正義の衛兵隊が、まさかこんな分別もわからないような子どもにまで手を出すとは。

 お兄様に報告しなくてはなりませんね」

「いや……申し訳、ございませんでした!」

 衛兵はものすごい勢いで頭を下げると、脱兎のごとく走り去っていった。


「お姉ちゃん、お姫さまなの?」

 スカートの影にかくれた男の子がおずおずと言ってくる。

「ええ、そうよ」

 ミネルヴァは腰をかがめて、男の子の頭を軽くなでた。

「怖い思いはしなかった?」

「……うん」

 もしかしたら怒られると思っているのかもしれない。ミネルヴァは落ちた葉っぱを拾うと、そっと子どもに手渡した。

「はい。音を鳴らすのが上手ね」 

「ありがとう!……お姉ちゃん、カッコよかったよ!」

 男の子は再び葉っぱを持って、ピーッと自慢げに鳴らして、ふたたび駆けて行く。

ーーあんな小さな子供でさえ、音楽の喜びを知っているのに。

 その草笛の音色は、どこか悲しくミネルヴァの心に響いたのだった。

 

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