R&R
太く短く……
目の前の全てを、艶やかに尖らせる。
社会の影に魅せられ、人間の本能に同調し、
自分以外の世界を睨みつける。
悪に飲まれるのではなく、己の存在を悪とする。
幸福論を語るのではなく、不条理を喰らわせる。
健康的なスムージーではなく、
ケースから取り出したばかりのぬるいビールにこそ、
人生が集約されているのだと。
これらは一見すると、実に幼稚に見える。
ナルシズムであり、不勉強の美化にも感じる。
ロックンロールの語源が性交であるからして、
別に間違ってはいない。
しかし、より肝心なもの……
それは格好良さの追求であったり、自由への渇望であったり、
なによりも、自我の確立なのだと思う。
今の時代、『ロックに生きる』を地で行ける人間は少ない。
音楽的な意味ではなく、生き方と捉えたとき、
ロックほど孤独なジャンルは無いだろう。
協調性の欠片もなく、己の美徳を最優先とするのだから。
だからこそ、私はロックを愛している。
声が枯れるまでなどと、当たり障りのない歌詞を吐くのではなく、
実際に喉を潰し、結論的に声を枯らしてしまう。
コンビニの菓子パンのように手軽な嘘は語らず、
醜悪に下卑た世界に向かい、自称カリスマの持論を掲げる。
年を取り、情けなく力を失いながら、それでも不器用に叫ぶことしか出来ない。
あまりにも人間らしく、地面を転がる石であり続けるのだ。
私自身も、そうでありたい。
誰かに好かれることよりも、
自分を好きであり続けることを優先したい。
真実を不誠実なオブラートで包まず、
毒々しい林檎にかじりつきたい。
多くの抽象的な愛に囲まれるのではなく、
写実的で、決してうまくはいかぬ愛に溺れたい。
しかし、現実はそう簡単ではなく、
知らず知らずのうちに誰かの抒情詩となる。
社会からの独立は、科学の否定であり、文明の退化であり、
人間であることの矛盾を孕んでいるのだ。
欠陥品の烙印を押されるのは、誰もが怖い。
その一歩を躊躇なく踏み越える者が、
真に、『ロックに生きる』勇者なのだと思う。
この世界が正解なのであれば、私は愚者でありたい。
器用に笑うのが大人なのであれば、私は酷く幼稚でありたい。
ロックに生きることが叶わぬならば、せめて、
ロックに踊らされながら死んでいきたい。
揺れて、転がって……
この命の意味を、かき鳴らして。
お読みいただき、ありがとうございました。
誤字・脱字に関すること、細やかな評価や感想をいただけますと、励みになります。
【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
——————————
動機は単純……69話目なのでね。
ただ、想いに偽りはなく、このまんまですね。
何度も発言してきましたが、私は元バンドマンでして、R&Rに魅了された一人です。
厳密にはR&RとROCKは別物ですが、『ロックな魂』に近しきものは持ち得ていると思っています。
しかし、〝考え方がロック〟なのと、〝存在自体がロック〟なのでは天と地ほどの差がありまして、私自身はロックになれません。
会社を経営してみたり、株を保有してみたりした時点で、列記とした人間社会の一部です。
それだから尚更に、憧れるのだと思います。
生命力ではなく、精神力で生きている人間や、思想より行動で表す人間。
それが実に危ない橋なのも分かっています……時に過ちすらも美しく見えてしまいますから。
動物的衝動と、人間的抑制の狭間で、ロックは揺れて、転がるのです。




