十六分(じゅうろくぶ)で刻め
八十八の鍵盤——
僕たちの人生は、ピアノのように幅広い。
しかし、ほとんどが七つの音で満足してしまう。
伸びやかな長調も、どこか湿っぽい短調も、
どんな音色を選ぶのかは、ひとりひとりに委ねられているというのに。
浅くのっぺりとした旋律も、この次に短七度を弾けば、
きっと奥行きが生まれるでしょう。
絶望と悲しみに満ちた旋律も、この次に完全四度を弾けば、
きっと足取りが軽くなるでしょう。
僕たちの人生に理論なんてものはない。
だからこそ、昨日までの充実が、途端に物足りなくなったりする。
不意にいつも選ぶ音を不快に感じ、
未知なる黒い鍵盤に指を置きたくなる。
決まりがないのなら、好きな鍵盤を弾けばいいのだ。
長三度のありふれた喜びに手を出すのも、
短三度の孤独を味わい尽くすのも良いでしょう。
それなのに、どれも聞き覚えがあるのは何故でしょうか——
人生という曲において、唯一決まっているものがあります。
それが……終止記号が打たれることです。
おおよそ大半の人間は、クレッシェンドから、
ピークを越え、デクレッシェンド。
そして、モレンド……死に向かう。
しかしこれもまた、決まりはなく、
抑揚を求めない者、一度も調を変えぬ者、
国、時代、親、恋人……外的な五線譜の磔になる方もいるでしょう。
オクターヴが届かずとも、音階を選べずとも、
そもそもに、自分の鍵盤を持ち得なかったとしても、
みな平等に、終止記号は打たれるのです。
僕ならば、『音に惑わされてはいけない』と言うでしょう。
大事なのは音色ではなく、如何に音符を刻むかなのだ。
四分音符ばかりでは、どんなに明るい音色でも、
どうにも普遍的になってしまう。
汗とともに刻むからこそ、哀し気な音色もどこかスリリングな高揚を帯び、
休符や、伸びのある歌声が、色気を持つのです。
これを人生に転換するのであれば、〝スタッカティッシモ〟だ。
強く、短く、弾くのだ。
喜々も、怒気も、哀愁も、楽観も、
感情のままに刻み込むのだ。
決して生き急ぐのではなく、
空白を嫌悪し、指を動かし続けるのだ。
僕たちの心臓が奏でるテンポが走ってしまわない限り、
小節の長さは不変ですから。
僕は十六分で刻む。
僕自身の人生を華やかに彩るために、
この指先を忙しなく動かし、息を切らしながら鍵盤を弾く。
譜面に詰められる限り、音符で埋め尽くす。
指と指の間が裂けてでも、ありとあらゆる音を奏でる。
心拍のタクトに従いながら、
誰にも真似できない曲を創り上げる。
すべては終止記号の先……長い沈黙の後に、
鳴りやまぬ拍手が沸き起こることを祈りながら。
お読みいただき、ありがとうございました。
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【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
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今作は音楽用語が多いので、先ずは軽く説明を。
・八十八の鍵盤……グランドピアノの鍵盤の数。
・長調、短調……長調は明るい音色の組み合わせ。短調は暗い音色の組み合わせ。
・モレンド……死にゆくように徐々に弱く。
・スタッカティッシモ……強く弾き、短く切る。
小難しく書いてはいますが、〝僕〟が言わんとすることを要約すると
『綺麗な音色を求めるのではなく、がむしゃらに引き倒せ』といった感じでしょうか。
喜びを無駄に伸ばさず、悲しみは強く短く打ち込むように。
〝僕〟の性格としては、間延びした幸せよりも、
ありとあらゆる感情が無数に書き込まれた譜面の方が、
音楽としても、人生としても、充実して感じるのでしょう。




