忘却
残念だけれども、私は忘れてしまうのだ。
自分自身の罪も、罰も、友人も、恋人も、性も、師も。
恩も、仇も、好きも嫌いも。
私が生きる以外に、興味が無いのだ。
忘れるというのは、欠落ではない。
そうしなければ、人間は前に進めない。
背負い続けるには、この身体はあまりに脆く、
抱え込むには、この心はあまりにも狭い。
捨てるという選択ではなく、
仕舞い切れぬ思いが、ただただ零れ落ちるのだ。
聞くが……楽しいか?
その楽しいは、辛くはないか?
悲しみを乗り越えた先に幸せが待っているなど、
どこの文献に載っている。
少なくとも、私はまだ見つけられてはいない。
その先に待ち受けているのが更なる悲しみであった場合、
誰が責任を取ってくれる。
少なくとも、私はそんな嘘を吐かぬようにと口を噤む。
未来を信じろと簡単に言うが、
ワクチンよりも信憑性の低い希望になぜ身体を預けるのか。
歴史を重んじろと簡単に言うが、
どれが真実なのかなど、もはや誰にも判別出来ぬであろう。
いま目の前にある光景以外、忘却に値する紙切れに等しい。
人は忘れることでしか、生き延びられないということだ。
とはいえ、人間は虚しくも支え合う。
一人で生き抜くことを、この社会は許さない。
差し伸べられた手に唾を吐いても、
また新たな手が差し伸べられる。
そのたびに私は、受け取ることも、拒むことも出来ずに、
ただ見つめているだけだ。
いっそ、今すらも忘れてしまえたなら……
不要な空腹も、厚かましい眠気も、
生命の本質たるエロティシズムも、
忘却の彼方へと葬り去りたい。
最後にありがとうと言えればそれでいい。
さようならと別れを告げられればそれでいい。
ありのままの言葉を紡げるのであれば、
金も、名誉も、陳腐な幸せも望まない。
残念だけれども、私は忘れてしまうのだ。
自分自身の罪も、罰も、友人も、恋人も、性も、師も。
恩も、仇も、好きも嫌いも、どうだっていい。
ただ、君に覚えていて欲しいという願望だけが、
心臓と共に鼓動するのだ。
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【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
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なんだかんだと理想をぶちまけても、結局最後は〝君〟に覚えていてもらいたい。
どうしようもない人間の弱さであり、承認欲求という逃げられぬ監獄。
ただ、この情けない感情が残っているうちは、〝私〟もまだ、辛うじて人間なのだと思う。




