【人】月は欠け、太陽は沈む
世界は回っている。
そして、人生もまた、回っている。
燦然と輝く太陽も、
いつかはその光を失うと云う。
しかし、私たちがそれを目視することは叶わない。
淡く儚い、幻想に近しい。
ひとつの真実として、朝が来る。
晴れる日も、曇る日も、
外出すら拒まれる嵐の日も、
陽は地に注がれ、この身体を突き抜けていると云う。
回っているのだ。
仕方なく、零時を繰り返すのだ。
私たちがそれを、忘れてしまっているだけなのだ。
オルバースのパラドックス。
宇宙は何故、暗いのか。
違う。暗く感じてしまうのである。
そこに光が存在するにも関わらず、
私たちの非力な瞳には、映ることすらないのである。
あまりにも超自然的な宇宙の膨張を、
あまりにも超神秘的な宇宙の真空を、
私たちの身体は理解できないのだ。
ただ、そこに光は存在している。
太陽の陽も、月の反射光も、
確実に存在している。
ならば、感性で感じるしかない。
頭蓋の下の小さな塊で、
必死に認識するより他にない。
〝私は照らされているのだ〟と、
意識の奥まで飲み込むしかない。
それはきっと、人生も同じ。
どんなに空虚に追い囲まれたときも、
土砂降りの悲しみに凍えるときも、
きっと光は届いている。
この話は、決してニヒリズムなどではない。
君は虚しくなどない。
確かに、世界に比べればあまりにも小さくはある。
それでも、虚無を抱きしめるのだ。
今この瞬間にも、光は君を貫いている。
そっと目を瞑り、想像してみて欲しい。
私たちの太陽系ですら、
銀河という世界の中では孤立しているのだ。
途方もない宇宙を、寡黙に回り続けているのだ。
甘えようじゃないか。
大きすぎる天文単位に、身も心も委ねようではないか。
私で言えば、
そこに君が居てくれるだけで、
微笑むに値する力は漲る。
私もまた、
そうありたいと願う。
世界は回っている。
そして、人生もまた、回っている。
多少、歪に感じることもあろう。
自分だけがねじ曲がっていると感じてしまうこともあろう。
それでも私たちは、太陽を中心に回り続けているのだ。
太陽もまた、勇ましく弓を構えるいて座の周りを旅している。
そして、オリオンの腕に抱かれている。
眠っている間にも、私たちは時速千六百キロで巡っている。
時速十万キロで移動し続けている。
あまりに途方もないのだ。
地球と云う箱舟の偉大さに、理解が追い付いていないのだ。
これでは、悩める心こそが虚無ではないか。
まばゆい光を求めることが愚かではないか。
彗星のように生きられれば、かっこが良いのかもしれない。
惑星間に漂う塵として生きた方が、気が楽なのかもしれない。
それでも私たちは、超高速で抱きしめ合っているのだ。
宇宙に似た脳回路で、今日と云う日を生きているのだ。
愛と云う名の目に見えぬ光を放っているのだ。
月が欠け、太陽が沈んでも、
私たちは互いに、照らし合っているのだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
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【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
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私たちは日々、色々な悩みに苛まれる。
どうしても落ち込んでしまうときがある。
そんな時は、宇宙に逃げて欲しい。
心という抽象に縛られ、空虚の中に身を落とし、安易な瞑想で身と心を亡ぼしてはいけない。
脳みそで考え、圧倒的な世界のスケールに絶望する方が、よっぽど健全なのだ。
光ろうとしてはいけない。
もう既に光っているのだ。
それが、作者の考えである。




