【人】手と手の隙間
きっと、ほんの小さな掛け違え。
手と手の隙間から零れ落ちた、わずか一滴。
いつの間に……こんなにも床を濡らしていたとは、
私自身が、情けなく――
この瞳から流れる涙は、言い訳です。
さも悲しんで見えるでしょうが、
ただただ、自分を慰めているだけです。
私の心は、とうの昔に干乾びたまま、
真っ赤に熱された鉄板が如く、
悲しみも、罪の意識も、
瞬時に蒸発してみせるのです。
言葉とは、何処から来るのでしょうか。
果たして本当に、この頭蓋の下から生まれるのでしょうか。
それならば何故、
受け取った後に、胸が痛むのでしょうか。
こうも簡単に、
人を傷付けてしまうのでしょうか。
どんなに心が渇いても、
痛みだけは消えません。
流れる水分がなくたって、
鋭利な語尾は刺さるのです。
むしろ、さらさらに乾いた砂の城の方が、
呆気なく崩れるのかもしれません。
火傷した皮膚のように、
そよ風すら、沁みるのかもしれません。
きっと、ほんの小さな掛け違え。
手と手の隙間から零れ落ちた、わずか一滴。
大海と比べれば、意味すら無さげなひとつの雫が、
容易に人間を壊すのです。
神経を逆流し、
積み上げてきた歴史を断ち切るのです。
私とは、罪です。
こんなにも淡々と言葉を紡げる時点で、
国家を揺るがすテロリストなのです。
砂漠のような心の中に、
健気に湧く倫理に縋り、
未だ健全たる存在の形を繕っているだけです。
泉が干上がれば、
言葉を吐く獣に成り下がるのです。
抱きしめて欲しい――
あなたの体温で、この心を潤して下さい。
滞った血流をほぐし、
日に日に狭まる器に、流し入れて下さい。
手と手を強く繋ぎ合わせ、
罪悪感すら零れてしまう、だらしのない隙間を埋めて下さい。
きっと、ほんの小さな掛け違えで、
これまでの努力も、好意も、
献身すらも消え失せる。
倫理の泉が枯渇すれば、
そもそもに、人間の形すら保てなくなる。
それだから私は、
最後の一滴が零れぬよう、
掌の上の雫を慈しむのです。
罪深き言葉を並べながら、
優しさが注がれるのを待つのです。
お読みいただき、ありがとうございました。
誤字・脱字に関すること、細やかな評価や感想をいただけますと、励みになります。
【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
——————————
少し抽象的な作品となりましたので、しっかりと作者考察を書きますと、今作のテーマは『言葉の難しさ』です。
掌から零れる雫が如く、ほんの一滴で刃となる。
自分にその気が無くても、不用意に人を傷つけてしまう。
また、他人にその気が無くても、必要以上に自分が傷ついてしまう。
順番ひとつ。語尾ひとつ。
タイミングひとつで、言葉は暴走する。
私自身への戒めも込めた、独白に近しい作品です。
ただ、倫理に縋り、人間であると信じ、優しさを待つしかないのです。
皆さまも、獣道には迷い込まぬように――




