【恋】助演男優
つい先月まで、俺は主役であった――
小さな劇団ではあるが、それなりに人気もある。
下北沢を中心に、声がかかれば、日本中を遠征もする。
今日は仙台、明日からは東京に戻り、来週には広島。
荷物の搬入出も自分たちでやるからして、
劇団員ってのはなかなかにハードなんだ。
ただ、この忙しさと、俺が主役を蹴られた理由はまったく関係のない話。
自分で言うのもなんだが、俺には演技の才能がある。
それは、全劇団員が分かってるはずだが、
これもまた、俺が主役を蹴られた理由とは、
まったく関係ない。
座長とは別に、劇団専属の脚本家がいる。
今やテレビドラマにも起用される売れっ子作家。
その一人娘が、我が劇団のマドンナ。
先月までは、俺の彼女だった女だ。
演劇の世界では、いたって『良くある話』。
実際、俺から別れを切り出したときに、ある程度覚悟はしていたし、
今も、しっかりと台詞のある役を与えられているのだから、
ホッとしてるくらいだ。
それにしてもだ――
あいつも、性格が悪い。
いや、これくらいねじ曲がっているからこそ、
脚本家として人気を得たのだろう。
その血を受け継ぐ君も然り。
――悲恋に喘ぐ女性の前に現れる紳士。
〝幸せのあるべき姿〟を手に入れ、紳士と共に、新たな生活へと旅立つ美談劇。
そして、今まで散々弄んできた女性に、無様に捨てられる男……
それが、俺に与えられた配役。
舞台上と現実が歪んで混ざる――
君に弄ばれ、締め付けられる心中に耐えられず、情けなく別れを告げた。
それが……現実。
だけど、稽古場で、舞台上で、
何百の観客たちに見つめられながら、
何度も、何度も、
君に捨てられるのも、
また……現実。
憎たらしいくらいに、君の役はハマっている。
きっとこのまま、現実の世界でも、
君は紳士と結ばれるのであろう。
俺の役も……ハマっている。
多くのものを失った自分と、
幕の下りた舞台上で、去り行く君の背中に向かい、
すがるように這いつくばる自分が、気持ちよく重なっていく。
この劇団に居続ける以上、
俺に主演の座は回ってこないだろう。
でも、それでも良いと思っているよ。
こんなにも近くで、
何度も、何度も、
君が幸せになっていく姿を見られるのであれば。
今の俺には、
額から伝わる床の冷たさと、
緞帳の向こう側から聞こえてくる拍手が、
なによりの赦免なのだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
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【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
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『劇中の劇』ってのを書いてみたくて作った作品です。
私自身、劇団員だった時代もありまして、やはりその中に、恋や愛ってのも転がっていまして……。
作者の解釈としましては、〝俺〟ってのは、「君に弄ばれて」とは言っていますが、この場合、自分に自信が無かったに近しいのかと。
劇団員という難しい人生の中で、〝君〟を幸せにする覚悟もないから、怖くなって逃げるように別れを告げたのです。
そして、そんな〝君〟に捨てられる役を演じる。
ドラマとは違い、演劇ってのは『本読み』から始まり、『立ち稽古』、『本番』と、何度も同じ作品を繰り返し練習するので、〝俺〟は演者として何度も、〝君〟に捨てられるのです。
別れを告げた後悔や、侘しさ、情けなさってもんが、滲み出せていたら幸いです。




