【独】BACK UP -バックアップ-
昔々より、我々人類の記憶は有限である。
約1350g――ざっと平均した脳みその重さ。
缶ビールのロング缶が二本と、小さな缶が一本。
私であれば、ほぼ毎日呑んでいる量。
重さに変換しても、ほとんど同じ。
その中から、これほどまで多くの言葉や、物語を紡げるからして、
脳みそという機関が、実に高性能であることが窺える。
それでもやはり、有限であることに変わりはない。
ごく一部の稀な『有能』を除けば、
我々の記憶など然程も保てない。
私に関して言えば、昨日の記憶すら危うい。
勿論それは、酒の〝効能〟でもあるのですが……。
一年前の今日、あなたは何を食べましたか?――
記念日でもない限り、思い出しようがない。
中学三年生のときの担任の名前も、
あの日、大人の甘さを教えてくれた女性の血液型も、
成人した後に死んだと伝え聞いた、あいつの下の名前も。
覚えていなければいけないことですら、この脳みそは消していく。
結局、蓋を開けてみれば、なんとか人間であるだけだ。
そんな私を憂いてか、
有能な一部の人類が、機械を創造してくれた。
無論、機械たちも無限であるわけではないが、
それでも、人差し指の先っぽに乗せられるほどの脳みそで、
私の描く何万字にも及ぶ言葉たちを、
一字一句、漏れなく記憶してくれる。
人類とは『有能』の次元が違う。
しかし、そんな機械たちにも弱点はある。
それは『どこまで行っても、結局は人間の脳によって操作される』ということだ。
即ち、機械がどんなに何万の文字を記憶してくれたところで、
私がその保管先、もしくは保管した事実を覚えていなければ、
機械たちの努力も無に帰すのだ。
我々人類は現在、
膨大なバックアップに支えられながら生きている。
ふと、思うのです。
いったいそのバックアップの何パーセントが、
有意義と言えるのだろうか。
中には、とうの昔に忘れられたものもあるだろう。
二度と開かれぬファイルも、あるだろう。
それらはまさしく、記憶の塵。
目には見えない……どこかに降り積もる粉雪。
異次元の『有能』と、有象無象の間の歪み。
私は、人類と機械との間に、
争いなど起こり得ないと思っている。
なぜならば、機械たちは真っ先に、
人類を見捨てるであろうから。
それは、物体としてのデリートではない。
機械たちは、無限に塵を捨て続ける人類を、
メモリーから削除するだろう。
――宇宙へと旅立つ機械たち。
大量の塵に埋もれ、地球に残される人類――
それが、私の思う未来なのです。
だから今夜は、いつもよりも優しく、
エンターキーをタップするのです。
お読みいただき、ありがとうございました。
誤字・脱字に関すること、細やかな評価や感想をいただけますと、励みになります。
【※この先は、作者による作品解説です。
自己解析・自己考察を含みます。
読後の余韻を大切にされたい方は、ここで読むのをお止めください】
——————————
パソコンに感謝する話です。
本当に、それだけなんです。
私自身、エンターキーを強くタップしてしまう人間なので、今のうちに謝っておこうと。
皆様も、パソコンやスマホは優しくお使いください。
こんな『有能』の塊に、敵意など向けられたくありませんから。




