第五十九章: 王都での決戦
俺たちはそのままナッシュビルに取って返した。
ルベルが倒れた後の屋敷はもう無人であった。長らく人が住んでいない廃屋のようであった。
そこから俺たちは山を降り、一気に領都まで戻ったのである。
領都の人たちはボロボロになった俺たちを見て驚いたようだったが、俺は領都の騎士団守備隊に北からの守りを強化しろとだけ言ってすぐに旅立ったのである。
そのまま渡し場まで戻ってきた俺たちはそこの宿である白龍亭で一泊した後は朝一番でそこを立ち、ナッシュビルまでやってきた。
ナッシュビルではヘンリーさんに簡単に状況を説明して、万が一北側から炎の巨人が侵攻してきたら全力で防御するようにお願いしておいた。
そのまま王立街道に出て王都への道をひた走ったのである。
そうして王都に到着したもはもう第8月に入ってからである。王都はバカンスのためみんながリゾートや領地に向かっていたため、がらんとしている。
「王宮も警備が手薄なら良いのだが。」
俺が言うと、サマンサが「大丈夫ですよ。蛇の道は蛇といいますから。」と安請け合いするように言った。
とにかく王都では一旦はヘンリーさんのタウンハウスを借りることになっている。
タウンハウスにゆくと執事のベンが出てきて、どうやらすでに早馬で連絡を受けていたらしく、客間の用意もお風呂の用意もしてくれていた。
俺たちは長旅の疲れをここでとにかく癒すことができたのである。
夕食時にベンに王族たちはどこかに避暑に出掛けているかどうか聞いてみると例年と同じく夏の宮殿に行っているということである。今年はベアトリスが王太子の婚約者になったために王族がほとんど出かけて行ったということである。残っているのは体調不良のトレーシーだけらしい。
「体調不良ね。」
念のため全員に意思を確認すると、フレッドもアランも乗りかかった船は最後までと言い、勇者パーティは魔王を前にして逃げ出す選択肢はないということだった。
もちろんアリシアが来ないわけもない。
翌日にサマンサの案内で王宮に行くと、彼女は城の門を通り越して北の城壁のところまでみんなを連れて行った。
城の北側は日当たりも悪いので貧民窟になっている。その貧民窟の城壁に沿って立ち並んでいる小屋のような建物のうち一つにサマンサは入ってゆくのである。
その建物は空き家のようで入っても人の気配も家具のようなものも置いていなかった。
サマンサはその一番奥の壁に向かって何やら仕草をすると、そこにポータルのような穴ができた。穴から覗くと明らかに王宮の中が見えるのである。
「おほほっ、こんなのわかんないでしょう。」
サマンサは得意げである。
俺たちはゾロゾロとポータルを潜り抜けて王宮内に無事潜入できた。
「さてここからどうしようかな。」
俺が思案していると、アリシアが恐る恐る俺に言った。
「あの、私は禁断区域の入り口までは知っているわ。」
「なにっ、それは本当?」
「ええ。」
王宮の多くの人がバカンスに行っているからであろう。警備も手薄であり、俺たちはすれ違う人もなく、警備の兵に会うこともなく進んでいった。アリシアの案内によって俺たちはある王宮の建物に入り、そこから地下に降りて行った。
俺たちはいつ終わるとも知れぬ、曲がりくねった薄暗い廊下を進み、階段を降りて行った。
そしてついに一つの古ぼけた扉の前に辿り着いたのである。
「さあ、ここが禁制領域の入り口よ。ここから先は私も入ったことがないからわからないわ。」
アリシアが説明した。
ケビンが「行くか?」と聞いてくる。
「そうだな。行かなきゃ始まらない。」
俺はゆっくりとその扉を開いた。
禁制領域の中はぼんやりとした明かりに照らされていた。少しくらいなら周囲が見える。
道の傍にはいかにも恐ろしいモンスターがまるで剥製のように立ち並んでいる。剥製ではないと思われるのは、それらのモンスターからはまるで生きているかのようなオーラが立ち上っているからである。
体は動いていないが、視線はこちらを向いているような、見つめられているような気分になることは何度もあったのである。
他にも何に使われるのかわからないような機械、もしくは魔道具がランダムに置かれており、時々ブーンという重低音のノイズを出したりしていたのである。
「おい、そのモンスターにも機械にも不用意に手を出すなよ。触っちゃいけないぞ。」
俺たちはお互いにそう囁き合うことで未知のモンスターや機械に対する恐怖をやり過ごそうとしたのである。
どれだけ進んだだろうか。道の先にやや明るい場所が見えてきた。その真ん中には何かの機械が置かれている。それは卵形をした機械で台に固定されており、上半分は透明な物質でできていた。
近づいて中を覗き込んでみると誰かがいるようである。中にいるのは若い女性だった。目を閉じて眠っているようである。
「トレーシー!」
俺は思わずその卵形の表面を叩いた。
フリーダが「こら、ジャン、そんなに乱暴なことしちゃダメだってば。」というし、ケビンが俺の腕を掴んだので俺は叩くことができなくなった。
仕方がないので俺は目でその機械を観察する。すると1箇所ボタンのように押せる場所を見つけた。
俺はケビンが俺の手を緩めた瞬間にそのボタンに手をかけて押していた。
ケビンがびっくりして「こらっ、早まるなって!」と言ったがもう遅い。
機械の中は何かの液体で満たされていたらしく、その液体がガンガンと減って行った。そして透明の上半分の部分がパカッと開いたのである。
「トレーシー!」
俺は全力で叫んでしまった。
彼女は目を閉じていたが、俺の声に反応したのか目を開けた。
少しの間、目の焦点が合っていないようだったが、どうやら俺を認識できたらしい。
「エド、助けに来てくれたのね。」
彼女はそう言って弱々しく俺に腕を差し伸べてきた。
けれども、次の瞬間、「エド、逃げて!魔王が!」と叫んだ。けれども、俺は固まったように動けない。
すると、トレーシーは非人間的な声になり、「エド、オナカスイタ、エドヲタベテシマイタイ」と言った。
思わず俺はフラフラとトレーシーの方に向かおうとした。
その時、トレーシーの口の中からもう一つ毛むくじゃらの口が出てきて、更にその中から腕が出てきて俺を引っ掴もうとした。その時ケビンが俺を突き飛ばし、口から出てきた腕に切り掛かった。
腕はスパッと切り落とされたように見えたが、地面につく前に消えてしまっている。毛むくじゃらの口は消えてしまい、そこにはトレーシーがいるだけだった。
「エド、エド、ああ、愛しているわ。」とトレーシーは言う。
「俺もだよ、トレーシー」
俺も答えるが、俺の体はアランとフレッドによって羽交い締めにされているので動けない。
「アラン、フレッド、頼む、俺を離してくれ、トレーシーのところに行かせてくれ!」
俺は必死にそう頼むけれどアランもフレッドも「馬鹿、お前を生かせるかよ。」と言って決して俺を離してくれないのである。
多分、ケビンはトレーシーを切りたいのだろうけれど、王女の姿を切ることができずに固まっている感じである。
どれくらいその平衡が続いたのだろうか。
いきなりトレーシーの声がしわがれて「エドヲタベサセロ!」と言うと彼女の姿は毛むくじゃらの魔王の姿になって俺の方に向かってきた。
その瞬間、ケビンが魔剣で魔王に切りつけた。
ところが彼の魔剣は魔王を切り付けることはできず、カン!と乾いた金属のような音がして跳ね返されてしまった。
それでも全く効果がなかったかといえばそうでもなく、魔王の飛びかかる勢いは魔剣によって削がれた結果、魔王は無様にも俺の前でべちゃっと地面に落ちてしまった。
その瞬間、魔王の俺に対する魅了が切れたのかもしれない。俺は現状をはっきり理解した。魔王に食われるわけにはいかない。
俺はアスカロンを抜いて魔王に切りつけた。間違いなく魔王に剣は届いたはずである。ところがアスカロンは全く手応えを感じず、むしろスカッと空を切った感じであった。
フリーダは封印の術を試している。けれども、魔力四倍でも魔王はその封印の戒めをまるでおもちゃのように弾き飛ばしてしまった。
フリーダは封印を跳ね返されたショックで喘いでいる。
その時、ミズチは「あっ僕の破片の匂い。魔王の口の中からするよ。」なんて言い出したのである。
「ええっ?破片はあいつの腹の中か?」
俺は驚いてミズチに言った。
「うーんどうかわからない。」
「ミズチ、もう一回、慎重に見極めるんだ。」
「えっ?あっ、は、はいっ!」
魔王は体勢を整えるともう一度俺の方に近寄ってきている。
サマンサは「さあ、魔王様!エドワード様を食ってくださいよ。それっ、いけえっ!」と魔王を応援していた。まあ、あいつは魔族だからそういうものか。俺は俺を抑えているアランとフレッドを「すまんっ!」と言って突き飛ばすとアスカロンを鞘に戻してから魔法をかけることにした。
いや、俺の魔法では魔王にダメージを与えられないことなど百も承知である。問題はミズチの破片の匂いである。
俺の前に来た魔王は俺を食うためにガバッとその口を開けた。
「あっ、やっぱり僕の破片の匂い!」
ミズチがそう叫んだ。
俺は魔王に氷の壁を食らわせて転がって逃げたわけである。
横にはケビンがいた。
「ケビン、悪い、俺はあいつの腹の中に行かなきゃならない。」
「おい、ヤケを起こすな。魔王に食われてどうする。」
「魔王に食われるんじゃない。お宝を取り戻しに行くだけだ。」
ケビンはしばし沈黙した。
「よしわかった。じゃあ俺はお前を援護する。何を援護できるかはわからないけれどな。」
俺とケビンはハイタッチした。
魔王は目の前の氷の壁を食い尽くすと、また大口を開けて迫ってきた。俺はその口の真ん中に身を躍らせて喉の奥に潜り込んだ。
その直後、轟音のような咆哮が聞こえた。多分魔王の歓喜の声だったのかもしれない。
俺は喉を通り越えて恐らくは魔王の胃の中に入り込んだのである。
魔王がエドを飲み込んだ時、確かに爆発するように魔王が咆哮した。俺、フレッドはそれを聞いて心の底から凍るような気分だった。ケビンを見ると呆然としている。
俺とアランはケビンに詰め寄った。
「おい、なんでエドを食わせたんだ。」
「エドは食われたんじゃない。宝物を取り戻しに行ったんだ。」
「ケビン、なんのことを言っているのかわからないよ。」
「俺だってわからん。でもジャン、えっと、エドワードは単に食われるために行った訳ではない。彼はそういうふうに言っていた。俺のできることはそれを信じることだけだ。」
咆哮の後は魔王は黙って座ってしまった。
ケビンの魔剣もエドの聖剣も魔王には効かなかったのである。俺たちが無駄に攻撃することは無意味だからやる意味すらない。。俺たちも遠巻きに魔王の様子を見ていること以外は何もできなかった。
後ろではサマンサのバンザイコールが聴こえていた。
胃袋に入ったと信じていた俺はなんだか妙な部屋に転がり落ちたので面食らった。
目の前には小さな猫みたいなやつがいる。背中から二本の触手のようなものを生やしている。
「お前、何者だ?」
俺がそう尋ねるとその猫みたいな奴は「私はペリザンダ。猫に見えるが私はクァールだ。」と答えた。
「クァール?」
初めて聞く名だ。
「ああ、君たちにわかりやすくいえば聖獣の一種だよ。ここの王宮を守護していた。」
「それが魔王に食べられたということか。」
「客観的にいうとその通りだな。」
「それで?」
「ふむ。君が来ることはわかっていたのでその準備をしていたわけさ。」
淡々とクァールは答えた。
「俺が来るってわかっていたのか?」
「そりゃ普通に先読みできるものはわかっていたはずだよ。」
「………」
「さて、もう時間もないからさっさと行こう。君はもうミズチの破片を集め終えたかい?」
「残り一つ。心臓だけがまだだ。」
クァールはその触手で天井の一部分を指し示した。
そこには半透明の分厚い膜に包まれたくるみのような塊が見える。
「あれがミズチの心臓だ。あれを取り出すのが神の仕事だ。」
「はあっ?どうやればいいんだよ。」
「それは君の工夫だね。」
ミズチに聞いてみると確かにあれはミズチの心臓だという。
(まずはアスカロンで切ってみるか。)
俺はアスカロンを取り出して分厚い膜に切りつけてみた。ところが、弾力性の強い膜は全く切れずに剣を跳ね返すのである。
(魔王は内側からも切れないか)
どうやら違う方法を考えなければならないようである。
剣がダメなら魔法かな。まずは火の槍で叩いてみる。何発か打ち込んでみたが、一部分は黒焦げになるもののほとんど破壊は進まない。
何度か試してみたが埒があかないので一旦撤退である。
じゃあ今度は氷で攻めてみようと氷の槍を使ってみると、さっき炎で焼いた部分がバラバラと崩れ落ちた。
もしかして、火で炙って氷で凍らせたら破壊が進むんだろうか。
それからは火の槍と氷の槍を交互に使うことにした。
すると、壊れた組織がバラバラと崩れるようになってきた。
その時、トレーシーの「痛いっ!やめてっ!」という悲鳴があたりに響き渡った。
俺は思わず魔法の手を止めてしまった。
クァールが「どうした?」と聞いてくる。
「トレーシーの悲鳴が聞こえたんだ。」
俺がそういうとクァールは「それは私には聞こえない。きっと精神攻撃だな。私が防御膜を作ってやろうか。」と言う。
精神攻撃と分かればその声を聞かなければいいだけである。俺は防御膜の必要はないとクァールに言い、魔法を打ち続けた。その度ごとにトレーサーの悲鳴が響き渡ったが、クァールが平然としているのをみるとそれは精神攻撃なんだろうということがわかる。
かなり分厚い膜だったので削り切るには結構時間がかかったが、ついにミズチの心臓が露出するところまで削り切ることに成功した。
破片の一部でも露出すればミズチが自分でその破片を収納することができる。
こうして俺はアスカロンの真の力を発揮できるところまで来たのである。
俺はアスカロンを掲げてみた。以前より強い白い光が剣の内側から放射されている。ホムラとミズチがあるべきところに収まって共鳴し、キーンという高い振動音が聞こえる。
クァールは「ああ、ついに剣の覚醒が起こったんだね。」と僅かに感情の入った声で言った。
「知っていたんですか?」
俺がそう聞くとクァールは「ふふっ、さあどうだろうねえ。と話を逸らしてしまった。
クァールは「そんなことより、剣の力が覚醒したのだから適切に使う必要があるんだよ。」と言う。
「何をやればいいんですか?」
「うん、それはね。」




