第五十八章: 赤のルベル
赤のルベルは森の中の邸宅にいる。トゥラニアの北部山地は元々あまり人の住まない場所で魔族が隠れ住むには絶好の場所であった。赤のルベルが封印から抜け出した時にこの古い邸宅は密かに改修され、赤のルベルの拠点となったのである。
これらの邸宅は魔族教とでもいうべき邪神カルトの人々によって維持されてきた。
武闘派魔族であるサマンサもそういうカルトの人々から支援を受けて放浪の旅を続けていたわけであり、赤のルベルの邸宅についてもそういう人たちから情報を得ていたのである。
翌日の出発の時にはやはりフレッドが来ていた。父上のロイド卿は乗りかかった船なのだから最後まで完遂せよと言ってこちらに送り出してくれたらしい。
アランは「ねっ?やっぱりフレッドは来たでしょう。」と少し得意げである。
そういうことで二人の聖女と勇者パーティ、アランとフレッドとそれに俺と魔族のサマンサという一行で俺たちは出発することになった。
やはり街道を歩いてゆく。今年も麦の生育は良いようだ。どの畑もよく麦が育っている。
桑の木もあちこちに植えられていて以前よりも数が増えている。もう何度も通っている道なので馴染んできているようである。
サマンサが「あの木を見ているようですがあれはなんなのですか?」と聞いてくる。
「ああ、あれはシルクを取るための木なんだよ。取れたシルクで布を作るんだ。夜会のドレスなどでは珍重されるんだよ。」
「へえ、私は着るものなどには興味がありませんがやはり男の人のドレスですか?」
「いや、女性たちが争って求めるだろう。」
「もしかしてこれですか?」
サマンサは武術大会の決勝進出者に渡されたシルクのハンカチを取り出した。
「そうだよ。君ももらっていたんだね。」
「確かに肌触りはいいですね。」
「去年はまだ試作段階だったからハンカチくらいしか作れなかったけれど、今年は桑の木を増やしたからもっとシルクが取れると思う。それでドレスを作るんだよ。」
「へえ。じゃあそれで王女様のドレスでも作るんですか?」
「ま、まあ、そうかな。」
「でも王女様ってもう魔王になっているでしょうから毛むくじゃらのバケモンになっていますよ。そんなドレスなんて似合わないんじゃ……」
そこでサマンサは口をつぐんだ。
「ちょっとエド。」
俺は後ろからアリシアに肩を叩かれた。
「どうしたんだアリシア。」
「エド、怖い顔しすぎ。」
「ああ、ごめん。」
サマンサは「大丈夫ですよ。愛しの王女殿下はもう魔王様のお腹の中にいるわけですからエドワード様も食べられたら永遠に一緒にいられるわけです。」と言う。空気を読んでいないことは間違いない。
「サマンサも訳のわからないことを言わないの。エドはトレーサーを助けに行くんだから。」
今度はアリシアはサマンサを嗜める。
「そんなこと言ったって、もう魔王様があの王女さんを覆い尽くしたから外からでは太刀打ちならないでしょう。食べられたら中では再会できるはずです。」
サマンサは心外だとでも言うようにブーブー言っている。
フレッドは「やはり人間と魔族では価値観が違いすぎるのではないか。」と俺に言う。
魔族の感覚はきっと魔王の方に近いのだろう。魔王を倒すためには魔族の言葉をよく吟味しておく必要があると言うことだ。
ホムラにちょっと聞いてみるがホムラは「魔王を外から切るのは硬いと言うのは間違いないだろうが、中は柔らかいと言う保証はないぞ」とそっけない。
旅程としては渡し場で一泊して領都のセレニウムで一泊である。領都では残ったダンジョンの検分を行うことになっている。
領都で「青の閃光」と再開した。彼らはとにかく冒険者たちを闘技場からこのダンジョンに引っ張ってきてダンジョンに放り込んだことで一安心といったところであった。
今朝食堂に行くと、既に宿舎には明らかに冒険者とわかる人たちが増えていたものなあ。宿舎の主人は人手を増やしていたみたいだがそれでもてんてこ舞いだったようである。なんでも、建設職人たちは冒険者たちが増えたためにもう宿舎にはおらずに仮設住宅の方に引っ越したらしい。
「そうなんだ。でも、領都の人口が増えるのはいいことだよ。」
冒険者ギルドに行くと既に建物はできていて、周りの店も仮の建物で営業していた。
薬屋でエイミーさんを訪ねると、もう店の中には数人の客がいてエイミーさんもご機嫌な様子で接客していたのである。
俺はエイミーさんの店で少しポーション類を補充した。
武器屋や鎧屋の方も冒険者たちが客として来ているので忙しそうにしていた。
「うんうん、繁盛しているようで何よりだ。」
俺は街の様子に一安心である。
アリシアが見に行きたいと言うので領主館と神殿の様子を見に行ったが、こちらはまだ敷地に穴を掘っている状態だった。
現場監督のガスパールさんがいて、「これはこれはご領主様。」と挨拶してくれた。領主館と神殿は基礎をしっかり作らなければならないので時間がかかるらしい。
アリシアは「ここはエドと私の愛の巣になるのだからしっかり作ってもらわないとね。」と小声で呟いた。
俺がそれを聞いてギョッとしたような顔をするとアリシアは「光の女神は愛の女神でもあるのよ。愛の巣ってそういうこと。」となんだか言い訳めいたことを口走っていた。
多分、それは意味が違うぞ。
結局、領都では3泊追加してダンジョンの検分を済ませることになった。
領都からは北の山地に向かうことになった。トゥラン川の上流に向かって川沿いに進むことになる。北の山地は元々魔獣だらけの場所で父のリチャードがドラゴンを仕留めて来たのもこの北の山地であったらしい。
ケビンやグゥエンダリンも馬車から出て警戒している。
実際、ダイアウルフの群れに出会ったり、マンティコアの襲撃に遭ったりしたのである。道なき道を進んでゆく。
そうやって何度も魔獣の襲撃に遭いながらこれを撃退して進むと、3日目の夕刻にライオンと山羊の顔を持ち、尻尾が蛇の奇妙なモンスターが座っている広場に出た。
「これは道を間違えていないという証拠ね。あれは赤のルベルの守護獣だわ。」とサマンサが言った。
「あのキメラが?」
「私一人ならばこんなの簡単に回避できるけれど馬車は無理ね。さあサクッとやっつけちゃいましょう。」
アランとフレッドがこんな化け物をサクッとやっつけられるものかとぶつぶつ言うが、サマンサは「さあ領主様、あれをやっつけに行くよ。」と言う。
どうやらサマンサはあれがあちこちから「ご領主様」と言われるのが面白かったのかいつの間にか俺のことを「ご領主様」と呼ぶようになってしまった。
「はいはい」と俺はキメラに突っ込んで行く。
後ろからケビンが「助太刀するよ。」と追ってきた。
一般にキメラは強力なモンスターであり、一般冒険者なら食い殺してしまうが、俺とサマンサとケビンが相手である。いきなり「きゃうん」と鳴くとさっさと身を翻して逃げ始めてしまった。
「あーあれはルベルちゃんのお気に入りのペットだから叩き殺してしまうとルベルちゃんのご機嫌が悪くなるのよ。ねっ?逃がしてあげて。」とサマンサが言う。
俺は「仕方がないな」と剣を収めた。
その後、ケビンに「魔族のサマンサとなかなか息があっていたじゃないか。」とからかって言うとケビンは露骨に嫌な顔をした。
サマンサはそんなことには気がつかないような顔をして「ここはキメラがいなくなれば安全よ。ここで一泊して明日にはルベルの館に向かいましょう。」と言う。
「そうだな、もう夕方だ。夜中にルベルに会いに行くのも礼儀知らずと言われそうだ。」
「あら領主様、今頃あのキメラが館何が帰っているでしょうからもう赤のルベルは私たちのことに気がついていると思うわよ。」サマンサはあっけらかんとそんなことを言う。
「それじゃ奇襲の効果はなさそうだね。」
フレッドは残念そうに言った。
「まあ、ここにきた時点で赤のルベルはもう歓待の準備に余念がないでしょう。」
幸いその夜は魔獣の襲撃などもなく、よく休んだ俺たちはルベルの館に向かって山を登って行った。
ルベルの屋敷は外から見えにくいように山の影に隠れた場所にあるらしい。
うねうねと続く上り坂を登っていくといきなり壁が見えた。壁を辿ってゆくと入り口があり、門が大文字に開いている。
前庭から奥へと回廊が続いている。花の咲き乱れた小道を辿ってゆくと玄関が現れた。
玄関には何十人もいようかという使用人たちが勢揃いしており、その真ん中に赤のルベルが真紅のドレスを着て待っていた。
「この使用人たちはみんな魔族なの?」
俺がサマンサに聞くと「半分くらいは魔族ですかね。あとは人間でしょう。」と言う答えが返ってきた。
前を向いて赤のルベルに向き合うとルベルは丁寧なお辞儀をして「ようこそおいでくださいましたご領主様」とお辞儀をした。それに続いて使用人たちが一斉にお辞儀をしたのである。
中に招き入れられた俺たちは広い応接室に案内された。小さなパーティくらいなら簡単にできそうである。
「ようこそご領主様。」
ルベルはもう一度俺に挨拶する。
「ルベルが俺をご領主様と言うのは意外だね。」
俺がそう言うとルベルは「魔王様が剣聖様を食べられますとこの地は正当な魔王領になるのですわ。私はその正当性に異議を申し立てるつもりはありませんの。」と言う。
ケビンが「そんなこと許すものか。魔王は俺が討ち果たす。」と言うとルベルは「今期の勇者は少し礼儀知らずではないですか。私はお前などに発言を許した覚えはないですよ。」ときつい口調でいうものだからケビンも黙ってしまった。
アリシアが「エドは魔王などに食べられるつもりはないわよ。私と幸せに領都で暮らすのだから。」と言う。
ルベルは「おほほ、穢らわしい聖女が一人前の口を聞きよる。そもそもつがいを求めるのが剣聖の性。もし剣聖がお前の言うような腑抜けならそもそもここには来ぬわ。」と笑う。
そして俺に向かって「今、あなたのつがいは王宮の地下、常人には入ることもできぬ禁断の区域にいるのです。早く助けに行って魔王様に食べられてください。魔王様の中であなたはつがいと永遠の結合が果たせるのです。」とルベルは言った。
ケビンは「じゃあ俺がジャンが食われる前に魔王を打ち果たしてやろう。」と言うとルベルは哄笑した。
「未成熟な魔王様は魔王の種。魔王の種には先代の剣聖の加護がかかっておる。勇者づれに傷つけられることがあるものか。」
そうして俺に再び向かい合い言った。
「さあ、もはや道をお示ししました。あなたは決められた運命を歩むしかないのです。お腹立ちならば私を打ち果たしてからおゆきになるとよい。」
サマンサは「戦闘だあわくわく」とか言い出している。
ケビンが「もとよりお前は討ち果たす。」と言った。
その時、周囲にいた使用人たちがいきなり叫びだすと巨大化した。
「こんな巨人見たことないぞ!」
フレッドは叫んだ。
ルベルはもう楽しくてたまらないように「ほほ、これらは炎の巨人じゃ。かの神々の館を焼き尽くした破壊神の眷属じゃ。この世界を灰燼に帰すためには相応しかろう。」と笑い出した。
ミズチは「あの女からは僕の破片の匂いがする。」と言う。
俺は「みんな、巨人は任せた。俺はルベルをやる。」と言ってルベルに向かって走り出した。二体の炎の巨人がルベルを守ろうと間に割り込んできた。
俺はフェイントで体を沈み込むと炎の巨人たちの剣は空を切った。もうあちこちで炎の巨人と乱戦になっている。ルベルは奥の大きな椅子に座って戦いを楽しそうに見ていた。
俺は一方の巨人の首を切り落としたが、もう片方の巨人は口から火を吐いた。すんでのところで体を炎に焼かれるところであった。必死で体を捩って逃げると、その着地点めがけて巨人が剣を振り下ろしてくる。
アスカロンで巨人の剣戟を否して素早くジャンプして逃げる。部屋のあちこちでおそらく炎の巨人の炎のためだろう、火の手が上がっている。
更には出入り口の方からは新手の炎の巨人が増援ということであろうか、何体か入ってきている。明らかに数的不利である。
俺はさっきの残り一体の炎の巨人を袈裟懸けに切って捨ててルベルのことは諦めて新手に立ち向かうことにした。ケビンはなんとか互角に戦っているが、フレッドとアラン、グゥエンダリンは劣勢である。ヒルダの火の玉の魔法は炎の巨人にはほとんど効果がないようである。
俺は新手には吹雪の魔法をぶちかました。予想通り、炎の巨人は水や氷の魔法には弱いらしい。それでも立ち上がってくる炎の巨人には氷の矢を魔力三倍にして打ち込んでやった。
さすがにこれで炎の巨人も動かなくなった。
サマンサは「さすがはご領主!」と手をぱちぱち叩きかねない勢いで喜んでいる。
俺はそんなことには気も止める事なくフレッドの助太刀に走った。フレッドはもう剣を吹っ飛ばされ、角の隅に追い詰められて止めの一撃を受ける寸前だった。
俺はその炎の巨人を背中から切りつけて驚いてこちらを振り向いたところを一気に切り裂いた。
「すまない、助かった。」
フレッドが例を言う。
「そんなことよりアランを助けに行ってくれ、外からまた新手が来た。」
「心得た。」
フレッドは自分の剣を拾いに行くと、鬨の声をあげてアランに攻めかかっていた炎の巨人に切り掛かった。
俺は新手の炎の巨人たちに氷の呪文を浴びせかけて一気に殲滅を図った。
もうアランもフレッドもケビンですら疲労と傷で立っているのがやっとである。ここまでやるともう増援の炎の巨人も来なくなった。
俺は「まだまだやれるぞ。ルベル、大人しく降伏しろ。」と呼びかける。
ルベルは「さすがに剣聖様。素晴らしいですわ。さすがに魔王様に食べられる運命の人だけはある。」と上機嫌である。俺もさすがに疲れを感じていたが、最後の力を振り絞って剣を構え直した。
俺の打ち込みをルベルはその杖で見事に受け止めてゆく。
完璧に受けられた上に炎の槍を撃ち込まれた。
俺は咄嗟に氷の壁で防御する。
「さすがは剣聖様。」
ルベルはもう陶酔しているような声である。
その間も剣の打ち込みや魔法の撃ち合いが目まぐるしく続いている。ルベルは火の魔法使いらしく火の呪文を打ちまくってくる。俺はそれをミズチの力で水や氷の魔法で防いでいる。
永劫の時間が過ぎたように思うがわずか一瞬の攻防だったのかもしれない。視界の端にケビンがこっそりとルベルの後ろに回り込むのが見えた。ルベルは再び俺に炎の槍の魔法を打ち込み、俺は氷の礫の呪文で相殺した。
その時、ケビンがルベルの背中からその持つ魔剣を突き刺したのである。
「はっ?」
思わず振り返ったルベルは「無粋な真似をするな!」と怒鳴って腕を振った。
ケビンは一直線に吹っ飛ばされ、壁にぶつかって崩れ落ちた。
もちろん俺はその隙にアスカロンをルベルの鳩尾に突き刺したのである。
「ふふっ、さすがは剣聖様だわ。私の破片はお渡ししましょう。しかし、古代龍の最後の破片は魔王様が持っていますのであなたの努力はどちらにせよ無駄に終わるでしょうね。」
ルベルはそう言うと満足げな顔で目を閉じた。
ミズチは「わぁいこれで手足が全部戻ってきたぞ!」と喜んでいる。
ケビンにはフリーダが取りすがるように必死に回復呪文をかけていた。アリシアも他の人たちの回復に全力をあげている。
ピンピンしているのはサマンサだけである。
サマンサは「ご領主様、ルベルを倒すとはさすがです。あいつは強いですからね。さあ、今からは王都行きですよ。魔王に食われに行かなきゃね。」とご機嫌で叫んだ。
「違う。王都に行くのはトレーシーを助けるために行くんだ。魔王になんぞ食われてたまるものか。」
俺はサマンサに反論した。




