第六十章: 大団円、もしくはエピローグ
クァールは言った。
「その剣の光をかざして壁を見てごらん?」
俺はそうすると壁に淡い光の筋があることに気がついた。
「何か光の筋?線が見えますね。」
「そう、その線が魔王と王女殿下の境目ということだ。」
「じゃあその線で分ければ魔王とトレーシーを分離できるということですか?」
「そうだね。今のところ彼女を助けるにはその方法しかないだろうね。」
「わかりました。それではやってみます。」
「うん。慎重にやるんだよ。」
クァールの口調にはほとんど感情が乗っていないようだけれど、やはり少し不安があったかもしれない。
俺はアスカロンを線の部分に差し込むと一気に線に沿って切り開き始めた。
線に沿って切り開いてもなんの引っかかりもない。
(慌てぬように、焦らぬように)
俺は一定のペースを保って線に沿って切り続けた。
もう時間の観念もなく、空間の観念もない。
ひたすら線に沿って切ってゆくだけである。ここがどこかなんていう思考は完全になくなっている。クァールもいたかもしれないがもうそちらに意識を向けることもない。
そうして延々と切り続けていると、ついに向こうに切り始めた場所が見えてきた。つまり一周したということである。
最後の最後に切り損じるのは嫌なのでとにかく集中力を切らさぬように確実に線を切って行った。
その結果、ついに切り開きが始めたところに重なった。
その瞬間、眩い光が溢れ、床がなくなった。
どこかの空間に放り出されたのである。向こうからトレーシーが飛んでくるのがわかった。
もうトレーシーを離したくない。その一心で必死にトレーシーを抱き止めた。
気がつくとむき出しの地面に座って俺とトレーシーは抱き合っていた。
俺がトレーシーと言うとトレーシーはエドと言う。他の言葉は要らなかった。
トレーシーは泣いていたし、多分俺も涙を流していたと思う。お互いに抱きしめ合ってキスするので精一杯だった。
不意に上から布が降ってきた。その時俺たちはお互いすっぽんぽんで何もきていないことに気がついたのである。
上から声が降ってきた。
「これだからバカップルはもう。」
ウィル王太子の声である。
「えっ?ウィル殿下はバカンスに行っていたんじゃ?」
「愚か者!周りを見ろ。こんな状況でのんびりバカンスなどできるものか。」
周りを見回してもむき出しになった土の野っ原である。
「お前らのせいで王宮の半分が吹っ飛んだんだぞ。どうしてくれる。」
俺とトレーシーはとりあえず寒さを感じて(もちろん裸であることに気がついたら気恥ずかしいものである。)被せられた布にくるまっていた。
「えっ?」
「まず弁償だな。お前らのせいで禁制区域に封印されていた古代の化け物が逃げ出したんだ。まずは江戸にはそれを征伐してもらう。」
(えっ、あのヤバそうな化け物が逃げ出したのか?)
「はっ、はあ。」
「『はあ』じゃない。この王宮を建て直さなきゃならんから僕たちの結婚式も来年に延期だ。お前らの結婚式も来年だぞ。」
「えっ結婚式延期?」
トレーシーの体が固くなるのがわかる。顔を見たらトレーシーは口をパクパクさせて声を出せていない。
すると、もう少し柔らかい女性の声がした。ベアトリスだ。
「ウィル殿下、少し苛めすぎですよ。大体結婚式の延期なんて元々結婚式は私たちが卒業する来年にやるのでしょう。トレーシーがショックを受けているじゃないですか。」
俺はトレーシーをギュッと抱きしめた。トレーシーも俺を抱き返してくる。とりあえず、ベアトリスの言葉に安心したようだ。
そうである。俺たちはまず学園を卒業しなければ結婚できないのである。
「それにフレッドとアランがきちんと報告してくれていたから私たちも素早く王宮に戻れたのです。王宮の建物からは速やかに人員を避難できたので怪我人なども出ませんでしたから。」
よくみるとアランもフレッドもウィル王太子の傍らで跪いていた。
フレッドははにかむように「まあ、王室に連絡したことについては別に裏切るというわけじゃないからな。」とボソボソと言った。
「わかっているよ。」
俺は彼らを労うように言った。
「それでケビンたち勇者パーティは無事なの?」
「ああ、彼らなら王女殿下が魔王から分離した時に出てきた魔王の種を追いかけて行ったよ。」
彼らは元気なようである。
アリシアは魔王がトレーシーと分離して魔王の種に戻った時の大爆発でみんなが傷つかないようにプロテクションをかけまくったためにちょっと疲労しているようである。
「まあ、私はエドからの『ありがとう』の一言で満足だから」
トレーシーのご機嫌が悪くなるのでアイコンタクト以上のことはできなかったが、多分、アリシアには感謝の気持ちはきちんと伝わっているはずである。
「で、サマンサは?」
アリシアによるとサマンサは爆発の時には確かにプロテクションをかけたらしいのだけれど爆発が収まった時にはもう姿が見えなかったそうである。
アランがいうには「あのタマがこれくらいの爆発でどうにかなるわけがない。魔王がやられたからさっさと逃げ出したのではないか。」ということである。
俺もサマンサならばもうどこかで女武芸者として旅をしているような気がする。多分死んだなんてことはないような気がするのである。
フレッドが不意に思い出したように「そうだ。あいつが作っていた王宮への不法な侵入用のポータル!ドゥーリットル先生に報告して潰してもらわなきゃ。」と叫んだ。
あのポータルがなければトレーシーは救えなかっただろうけれど、うん、これはフレッドの手柄でいいよね。
「じゃあポータルのことはフレッドが報告してね。」
俺がそういうとフレッドは嬉しそうに頷いた。
そういうことで今回の大騒動はなんとか幕が引かれた訳である。
トレーシーについては夏休み中は謹慎処分になって国王陛下と常に同行させられることになった。国王陛下も王妃様も肝を潰すほど心配されていたのだからまあ仕方がないだろう。
フレッドはついに父のロイド卿と一緒に夏のバカンスとして領地に戻ることになったようである。
「一仕事終えたからな。」と言って彼は意気揚々と旅立って行った。
アランは父親のマリウスさんに言われて学生なのに小隊長を任せられるようになったらしい。マリウスさんが騎士団に計ったら全会一致で決まったとのことである。アランなら責任感強い信頼される小隊長になれるはずである。
アリシアはトゥラニアの分神殿の神殿長になるための神殿長試験を受けるらしい。
「ふふふ、エドをトレーシーに独占なんてさせませんよ。」と不敵に笑っているのはちょっと怖い。
勇者パーティはあれから一月ほど「魔王の種」を追いかけ回していたらしい。ついに捕まえて瓶に入れて国王陛下に献上したことで魔王退治の手柄は彼ら勇者パーティのものになった。
王都の人たちも王宮が爆発したことには驚いたらしいが、勇者パーティが魔王を退治したということで納得したらしい。
王宮は結局は再建されずに残った建物でやりくりすることになったようだ。あのたくさんの建物は結局は禁制区域の化け物を封印するために必要だった訳だからもうそれがなくなった以上わざわざコストをかける意味はないとウィル王太子が主張したらしい。
で、俺はといえば、ウィル王太子の命令で封印から逃げ出した化け物退治をすることになったのである。
「なんで私だけこんな目に遭わされるんですか?」とウィル殿下に聞くとウィル殿下はニコッとして「だってエド以外にあんな化け物を退治できないでしょう。」と言われてしまった。
もうアランもフレッドもアリシアも手伝ってくれないのである。俺は進退極まってトーマスに泣きついた。あんな化け物を一人で退治するなんて嫌である。
すると、トーマスは「じゃあ若手を連れて行って鍛えてください。」とあっさり言った訳である。
それでソランやシン、ジョシュアのような若手を連れて魔獣退治に赴いたのである。エルクくんもたまに道場に来ていたので無理やり?連れてゆくこともあったなあ。若手をガンガン鍛え上げてトーマスに返してやったらトーマスは感涙に咽び泣いていたのである。
そういうことで夏休みが終わったが、トレーシーは結局、王宮から通うことになったので俺も寮を出てヘンリーさんのタウンハウスから通うことになった。
さすがにもうお母上はヘンリーさんと領地で暮らすということでランディとパトラの兄妹だけがタウンハウスにやってきた。
パトラももうすぐ学園入学の年齢を迎えるし、トレーシーが引き続き侍女にするから連れてこいと言ったらしい。
俺たちは今回の功績で学園の単位は全部取得扱いになっている。つまりもう一度も出席しなくても卒業できるということである。なので、入学式に出るのも在校生総代としての生徒会長のトレーシーだけということになる。
俺は朝食を済ませてランディと話をしていたらいきなり執事のベンが駆け込んできた。小さなタウンハウスなのにそんなに走る必要があるのかと思うが「どうしたの?」と聞いてみた。
「はっはい、あの、お、王女殿下が!」
すぐその後にトレーシーが入ってきた。
「エド、今日は入学式よ。」
「そうだね。」
「あなたも生徒会なんだから私と一緒に来て。」
「えっ?」
「さあぐずぐずしないで。もう時間がないわ。」
「わかった。」
俺は急いで制服に着替えた。
トレーシーは「じゃあ帰りにはパトラを王宮に連れてゆくからその準備もお願いね。」とベンたちに行って機嫌良く俺を連れてゆく。
久しぶりの王家の馬車である。
トレーシーは「もう夏休み中、父様、母様、兄様の監視下で過ごさなきゃならなかった私の苦労も察してね。エドにも会えなかったんだから。」と膨れっ面をしている。
「だから一緒に馬車に乗っているじゃない。」
俺がそういうと「うふふ」とトレーシーは俺の腕に絡みついてきたのである。
♢♢♢
秋が過ぎ、冬の気配が感じられるようになって、やっと領都セレニウムの領主館が完成したという連絡が入った。トレーシーも行く!と言う。まあ、結婚したらそこに住む気満々なのだから当然かもしれない。
記念式典にはウィル王太子殿下とベアトリスにも来ていただくことにしている。
今年も麦の出来は上々で豊作続きのためにみんな喜んでいるということである。
桑の木を増やしたためにシルクの生産も増えているそうで、みんなベアトリスやトレーシーにウェディングドレスをトゥラニアのシルクで作ってもらえるということで張り切っているらしい。オルジさんは北の山地にある宝石鉱山の権利を買い取り、宝石を産出させる準備をしているらしい。
オルジさんによると赤のルベルが住んでいた屋敷はもう何百年も見捨てられた廃墟のようになっているらしい。
いずれにせよ小規模の採掘を開始して出てきたトゥラニア・サファイアを領都に宝石師を住まわせて研磨させようとしているらしい。
ウィル王太子とベアトリスは後から出ると言うので俺とトレーシーだけ先にトゥラニアに出発することになった。
まずはナッシュビルでヘンリーさんと打ち合わせである。ウィル王太子はナッシュビルで歓迎パーティをして、セレニアムで完成記念式典と夜会をして王都に帰られるというスケジュールである。
それからセレニウムに向かう。渡し場の橋はもう木製だけれどもしっかりした橋に変わっている。
セレニウムの人口が増えてきたことで人の往来も盛んになり、宿屋も繁盛しているようである。
セレニウムに到着すると目ぬき通りには以前に比べて人通りが増えている。まあ、半分くらいは冒険者っぽい人や建設の作業員だが、ちらほらと家族連れの姿も見かけている。
魔獣にやられた危険な街から家族でも安心して住める街への転換こそが第一目標であるが、少しづつそちらに向かっていっているようで嬉しい。
冒険者ギルドの周辺はもう冒険者たちでごった返しているようである。
ギルドに入ると青の閃光のメンバーが「やはり『7つのダンジョン』は大当たりですよ。これもご領主様のおかげです。」と何度もお礼を言ってきてくれた。
そりゃこれだけ賑わえば大成功だよ。納税よろしくである。
商業地区の方も思った以上に出店数が増えているようである。飲食店の数も多い。
宿泊についてもかつての共同宿舎は「セレニウム中央ホテル」と言う名前に変わっていた。他にもいくつかホテルが作られているらしい。
オルジさんは「やはりご領主様がエドワード・スペンサー伯というのが大きいですね。魔獣を退治してくれる強い領主としてみんな安心感を持っています。」なんて嬉しいことを言ってくれる。
人口的にはそろそろメイヤーが必要な規模になりつつあるのでオルジさんに「セレニウムのメイヤーをお願いしたいんだけれどどう?」と聞いてみたら平伏して喜んでいた。
都市計画を立ててしっかり作ったのはオルジさんの功績だしねえ。
そういうことで完成記念式典にメイヤーの発表もすることになった。
さて、領主館である。
行ってみると、みるからに高級な木材をふんだんに使っていて重厚感も申し分ない。中の間取りを見せてもらっても執務室や客間、夜会の間も十分な大きさをとっていた。使用人の住環境にも配慮されている。倉庫もしっかりしていていざという時に十分な蓄えができるようになっている。高台にあるので見晴らしも良かった。
庭を見ていると、トレーサーが小声で聞いてきた。
「ねえ、あの隣の建物ってなあに?」
「あ?ああ。あれは神殿だね。」
俺はできるだけさりげなく答えた。
けれどもそんな俺の配慮をぶち壊すように神殿からライラさんとアリシアが出てきて「あらエドとトレーシーじゃない。こんにちは。」と言った訳である。
「はっ?なんでここにアリシアがいるのよ。どういうこと?」
トレーシーのテンションが上がってしまった。
アリシアは微笑みながら「私、神殿長試験に受かったの。だからこの分神殿の神殿長に赴任する予定なのよ。」と言う。
トレーシーは「えっ?私はここでエドと二人っきりの愛の巣を作るのよ。なんでお邪魔虫が出るのよ。」と小声で言う。
けれどもアリシアはトレーシーの表情だけで察したらしい。「じゃあまた今度ね。」と言って神殿の中に入ってしまった。
けれどもトレーシーの機嫌はなかなか治らない。俺が優しく抱きしめても少し嗚咽しているのがわかる。
ちょうどそこにオルジさんがいたので、オルジさんにウェディングドレス用のシルクの布を持ってきてもらうように頼んだ。
「えっ?ウェディングドレスの布?もうできているの?」
トレーシーはさすがにびっくりしたようである。
オルジさんが静かに「ええ、領民の皆さんが張り切って作ったんです。本当はベアトリス様がいらっしゃってからお見せする予定だったのですが。」
トレーシーの機嫌はたちまち治ってしまった。
「私とエドとの結婚ってみんなに祝福されているのかしら。」
「もちろんですよ、奥様。みんな結婚式を楽しみにしていますから。」
オルジさんが静かに言ってくれるのでトレーシーも落ち着いたようだ。
ということで俺たちはウィル王太子殿下とベアトリスを迎えるためにナッシュビルに向かわなければならない。
ナッシュビルに着いて準備をしているとウィル王太子が到着したという知らせが入ってきた。そこでみんなで王太子殿下をお迎えに行く。
王太子殿下とベアトリスは上機嫌で現れた。
「快適な旅だったわ。」
「思っていたよりも結構活気があるね。」
そうして領主館においでいただき、歓迎のパーティを始めた。
食事は王都風とトゥラニア風のミックスである。
「結構、王都風の料理も出るんだね。」
「ここの領主代理をしてもらっているヘンリー子爵も元々王都住まいでしたからね。王都から移住してきている人のためにも王都風のレストランも多いのです。」
「そうだね。ヘンリー子爵は昔、王宮で見たことがあるよ。」
「もったいなきお言葉にございます。今ではエドワード様のために粉骨砕身頑張っております。」
「それはいい心がけだ。」
無事に歓迎パーティが終わるとトレーシーはベアトリスと女子会を始めたみたいだ。なんの話をしているのかはわからない。
翌日は街道から領都を目指しながら、例えば闘技場の案内をしたり、バジリスクの泉やゴルゴーンの寝床を見せたり、フライ山の騎士団の山砦を説明しながら進んでいった。途中でヨアヒムさんの村に寄ったのでそのままヨアヒムさんにも同行してもらうことにした。
その日はトゥラン川の渡し場で白龍亭に一泊して俺とケビンで退治した白龍の話をした訳である。
翌日には橋を渡って領都セレニウムを目指したのである。
お昼頃に到着した俺たちはセレモニー会場に向かった。すでにセレモニー会場では多くの人が集まっていた。
そこでまずはウィル王太子に挨拶のスピーチをしてもらい、次に俺がスピーチした。みんな熱心に拍手してくれたのである。
ここでオルジさんのセレニウムのメイヤー就任の発表を行い、また、ヨアヒムさんへの男爵位の授与が行われた。今回は王太子が初めて国王陛下の代理として爵位を授与するというめでたいことになった。
セレモニーが終わるとオルジさんがあのウェディングドレス用のシルクの布地を持ってきてくれた。
我が国ではシルクはほとんど伝説的なものとされているので、公爵令嬢であるベアトリスもシルクの布地なんて生まれて初めて見たわと感動の余り泣きそうになっていた。
オルジさんはベアトリスには緑色の宝石、エメラルドを献上していた。
これまではトゥラニア・サファイアが有名だったが、少し採掘場所や方式を変えたことで他の宝石が見つかるようになったということである。
夜会にはアランやフレッドも来てくれたし勇者パーティの面々も来てくれた。
夜会の後は不思議なことにクァールが領主館の廊下を歩いているのを見た。慌ててそちらに意識を向けると何もいなかったのでもしかすると単なる見間違いかもしれないけれども。
そんなことを考えながら寝室に行くと、トレーシーがいた。久しぶりに一緒に寝たいというので(もちろんいうまでもなく清い関係である。)一つのベッドで寝ることになった。ウェディングドレスに刺激されたのか、二人の話は結婚した後どうするかという話が多かった。王太子がここに来たことで俺が辺境伯に陞爵することは決定である。
「一生君を幸せにするから。」
俺はそう言ってトレーシーにキスをしてその後二人で眠りに落ちていったのだった。
これで一応完結です。




