第五十四章: 予期せぬ再会
ボロボロになった俺たちはやっとの思いで領都に帰りついた。宿舎で体の汚れを洗い流した後はとにかく壊れた武具や防具を店に持ってゆくしかなかった。
武具屋の主人は「店を出して早くも注文があるのはいいことです。」とホクホク顔だった。
今回の緑龍との戦いではみんな随分と修理が必要になったので料金も嵩むのである。
予想外の出費に足取りも重く宿舎に帰ってきた俺たちは食堂に見知った顔を見ることになった。
「あら、お久しぶり。」
アリシアである。
「アリシアちゃーん!」一番最初にアリシアに駆け寄ったのはフリーダだった。
「よ、よくきてくれたわ。アリシア。ふぇーん。」
フリーダが思わず泣いてしまうなんて見たことがない。
アリシアはフリーダの頭を撫でてよしよししてあげて、「私が来たからには百人力よ!」って力強く宣言していた。
「さあ、晩御飯を食べましょう。」とアリシアは明るく言って俺の隣の席に座ってきた。
「アリシアが来ることをよく神殿が許したね。」
俺がそう言うとアリシアは「てへっ。国王陛下のお願いがあったからね。神殿長も許さざるをえなくなったというか。」と言う。
トレーシーは大丈夫なんだろうかと不安になるけれど、さすがに俺からアリシアにそんなことは聞けない。
「久しぶりにエドの横にいると落ち着くわあ。」なんで喜んでいるアリシアが不安にならないようにニコニコしながら見ているしかない。
食事が終わるとフリーダは「ジャン、明日は分神殿の予定地の視察に行くからね。ちゃんと予定を空けておきなさいよ。」と俺に言ってきた。
まだ建設もされていない分神殿の視察なんてしても仕方がないんじゃないか?
けれどもアリシアが「それってすごくない?エド?私も楽しみにしてるね。」なんて言うのでつい「うんわかったよ。どうせみんなの武具の修理が終わらないとダンジョンには行けないから暇だしなあ。」なんて言ってしまったのである。
翌朝はもう朝食の時からアリシアがワクワクしている。
「エドの住むこの領都に分神殿を建ててくれるなんてエドも太っ腹だよね。」
「えっ?神殿の建設って俺がやる話だったの?」
「えっ?」
フリーだが見かねたのか口を出してきた。
「ジャン?神殿の建設については、当然一部は寄付よ。浄財よ。残りは伯爵家が出すに決まっているじゃない。これはヘンリー子爵ともすでに協議済みだからね。」
「い、いや、神殿の建設に金を出したくないわけじゃなくて、知らないところで色々決められているんだなあってことだよ。」
「私とアリシアはそのために畑に加護を与えまくったじゃないの。」
「ありがとうございます。」
「私が神殿に住むようになったら毎年加護を与えられるものね。」
「そうだけれど、こっちに来るのは10年後って話なんじゃ…」
フリーダは「にぶちんには何を言っても響かなさそうだねえ。」と言う。
アリシアは「こういうところがエドの魅力なのよ。」とあまりにも空気を読まないことを言うのでなんだかみんなが突っ込みたそうにしている。
「まあ、まず食事をしようよ。それからゆっくり見に行けばいい。今日はフリーな日だからな。」
俺は強引に話をまとめると無言で食事を始めた。
食後にはみんなで準備をして分神殿の見学に向かうことになる。フリーダとアリシアを先頭に他の人たちがゾロゾロとついてゆく。
程なくというか、ほとんどすぐ近くに分神殿の予定地はあった。
具体的にいうと領主館のすぐ隣である。
領主館も随分片付けられていたが、その隣は神殿用にきれいに整地されていた。
作業員たちはフリーダとアリシアが通るのを見て敬虔に跪いている。多分領主の俺より聖女たちの方が尊敬を集めているようであることは間違いない。
作業している人の中には加護のことを知っている人も多かったようである。
「畑への加護をありがとうございます。」とお礼を言う人も少なからずいたのである。
現場指揮を取っているオルジさんも「今年は聖女様の加護のおかげで去年よりも麦の生育が良いと聞いていますよ。」と言う。
それから初めて俺に気づいたようにこちらを振り向くと、「どうです、神殿は領都の一等地、領主館の隣に造りますから。」と言う。
そうするとそれを聞いた作業員たちも「聖女様バンザイ、領主様バンザイ」と言う。
もう領主の俺よりも聖女様の方が先である。
アリシアは俺に抱きつくようにして皆んなに言った。
「このエドくんはね、私と古代の祭壇を探すクエストで大蛇を退治してくれたのですよ。」
皆んな「さすが領主様だ。聖女様をお助けするとは女神様に愛されている!この領土に来てよかったなあ。」とやんやの喝采である。
俺はもう愛想笑いしてみんなの声援に答えるしかない。
オルジさんは「ちゃんとご要望通り、領主館と神殿はいつでも雨の日でも行けるように屋根付きの渡り廊下を作っておきますからね。」と言ってきた。
誰がそんな要望を出したんだろう。
アリシアは「まあ、それではいつでもエドのところに行けるのですね!」と喜んでいる。
フリーダは俺の方を慎ましやかに見ているだけである。けれども俺は知っている。彼女がそういう顔をする時はしてやったりという策略が成功して満足という時だ。
つまり俺はきれいにフリーダの計画に嵌め込まれたということになるだろう。
けれども、聖女に対する作業員の反応を見るに、ここからフリーダの計画に逆らうことは得策ではないのも確かである。むしろ領主が聖女や神殿を取り込むことでその権威を高めるしかない。というか、フリーダはそこまで読んでいたということだろう。
ここにトレーシーがいなくて幸いである。多分ここにトレーシーがいたら修羅場だよ。
けれども、今はここにはアリシアしかいない。俺の左腕に絡みついてきたアリシアと共に笑顔で皆んなに手を振るしかないのだった。
♢♢♢
俺たちは宿舎に戻ってきた。異様に疲れた感じがする。
「あれっ?アリシア、君の部屋は女性区域じゃないのかい?」
「そうよ。」
「じゃあ、こちらは男性区域だよ。場所を間違っているよ。」
「そんなことないわ。私はあなたの部屋が見たかったんだもん。」
「あ、あー、そうね。と言っても俺の部屋なんて何もないから見るようなものなどないけれど。」
「いいから、いいから。」
俺は仕方なく部屋の鍵を開けた。
「ふーん。これが男の子の部屋なのね。」
「なっ?何もないだろう。満足したら自分の部屋に戻ろう。」
その時、アリシアはグッと俺の方に体重を乗せてきた。
俺は押し倒されてベッドの上にひっくり返ってしまった。上にはアリシアがのしかかっている。
「あ、おい、何をするんだ。」
アリシアは俺の唇にキスをすると「ちょっと黙って。」と小声で囁いた。
俺が黙るとなおも小声で言った。
「トレーシーは今、王宮の地下、立ち入り禁止の場所にいるわ。」
「どうして?」
「しっ、声を大きくしないで。多分、彼女の中には魔王がいる。魔王が暴れないようにきっと彼女は眠っているの。」
「今すぐ助けに行かなきゃ。」
「ダメよ。下手に魔王を覚醒させてしまったら王宮も王都も壊滅するでしょう。あなたは魔王に食べられる側よ。」
「くっ。」
「私が王都を出た時まではトレーシーも魔王も静まり返っていた。どういう方法かはわからないけれども彼女も魔王も今は眠っている。」
「それはよかった。」
「その間にあなたは魔王に打ち勝つ能力を手に入れなきゃね。そのためにダンジョン探索を頑張っているのでしょう。」
「それはそうだ。」
「私達が魔王を封印すると一緒にトレーシーまで封印されちゃうからね。国王陛下があなたに希望していることはトレーシーの救出よ。」
「うん、わかった。」
「でも今は私のエドでいてね。」
とにかく、俺は何もできず、アリシアが満足して部屋を出てゆくまで硬直したままじっとしている他はなかった。
♢♢♢
数日して、やっと修理された武具が戻ってきた。
「じゃあ次のダンジョンに向かえるね。」
アリシアはノリノリである。
他のメンバーも数日間の休養でリフレッシュした様子である。ケビンたち勇者パーティの面々も疲れは取れているようであった。
領都にも人が増えてきているので行き交う人も増えている。しかもアリシアは陽気なので行き交う人もアリシアに目を止めて知っている人は「あっ聖女様だ!」と声をあげたりする。
それで結構人が集まったりするのでなかなか歩きにくい。
俺が「さあさあ、こっちは用事があるから道を開けてくれないかな。」というと俺の顔を知っている人が「ほらほら領主様だよ。ちょっと引け引け。」とやっとのことで道を開けてくれるという有様である。
アリシアは俺の腕をとって「エドってご領主様なんだ!」なんて言ってそれじゃっと指を絡めて手を繋ぎ始めて「はいはい、皆さーん、聖女様とご領主様が歩きにくいから道を開けてちょうだい!」なんて大声で言うもんだから周りでヒソヒソと「えっ?聖女様と領主様が手を恋人繋ぎしているぞ?もしかしてできてんの?」とか言われる羽目になってしまった。
多分数日中にはこの噂が領内を駆け巡ることは間違いない。
町を出た頃には精神力を使い果たした気分であった。アリシアは「フリーダ!今日はどっちの方に行くの?」と俺の手を離して向こうに行ってしまった。すると両側から「エドワードお疲れ!」と言う声がして二人の手が俺の背中をバシンと叩いた。思わずヨロヨロとして後ろを振り返るとアランとフレッドだった。
「エド、二股をかけているお前がこれくらいのことでへたってどうする。」
フレッドが嬉しさを滲ませた声で言う。
アランは「久しぶりにアリシアさんにお会いして、アリシアさんも嬉しそうでよかったじゃないですか。」なんて言う。
「お前らなあ」と言いかけたが、俺には勝ち目が皆無であることに気がついたので俺はその言葉を飲み込むことにした。
ダンジョンに入ると相変わらずモンスターが詰め込まれている。
「これを片っ端から叩けばいいのね!」
アリシアは期待に満ちた表情で俺の方を見た。
「ああ。これをダンジョンの外に出しちゃうと領民の迷惑になるからな。」
「わかったわ。任せておいて!」
そういうとアリシアは愛用の戦槌でモンスターたちの頭を片っ端から殴り始めた。
弱い魔獣であればもう一発で粉々にされてしまう。
「きゃーストレス解消ぅ!」
アリシアは鼻歌を歌うように戦槌を振い続けている。
俺も負けじと魔獣を退治していたが、ケビンとフリーダは少し遠巻きになって俺たちを見ていた。
「この二人はバーサーカーだったのね。」
なんだか二人で頷き合っている。
なんだか酷い誤解を受けているようである。
フレッドとアランは「いやあ、僕たちは単なる騎士なのであんなバーサーカーではないんですよ」って頭を掻いている。
あの裏切り者め。
休憩の時にはフリーダが俺たちに言った。
「わかったわ。あなたたち、バー、いや、そんなに息が合っているのね。ちょっと心配していたけれどこれなら心配しなくてよかったわ。」
アリシアはなんだかわからないけれど喜んでいるようだ。
バーサーカーは蛮族の戦闘民族から来ている名前だということは俺も知っている。けれども、いくらフリーダにバーサーカーと言われようとも俺には領主として領民を守る義務があるのである。
戦闘能力のない農民たちが魔獣に襲われたら生きていても大怪我するかもしれないのである。
そんなことが起こればここに入植しようと考える人は減るだろう。それでは困るのである。トゥラニアは安全だよという評判をもっと高くして人々に安心してここに移住してきてほしいのである。
いくら農地になるように整地しても耕す人がいなくては単なる荒野にしかならない。特に女性はまだナッシュビルを除いてはほとんどいない。多くのものは単身の男か、家族は故郷に残して来ているのである。
女性も安心して住めるトゥラニアをもっとアピールしたいのである。
まあ、こんなことをフリーダに言っても理解してはもらえないだろうけれども。
いずれにしても、戦闘大好きなアリシアがここに住んでくれることはトゥラニアの安全には役立つと言えるのか。
うん、アリシアとは仲良くしておくべきだな。
いずれにせよアリシアの力は小さなものではなく、今回のダンジョン探索は本当に捗ったのである。
例えば人狼であるが、これは特殊な病原体が噛み傷を通して人に感染することで起こるらしいのである。それは普通は治らないので人狼と化した人はもうその人生を人狼としてしか生きられないのである。
けれどもアリシアは病気治癒の魔法まで会得していたので人狼の「病気」を治癒させることができた。
アリシアによって治癒されて人に戻った人たちはトゥラニアが崩壊する前にここに住んでいた人たちであった。彼らには俺の伯爵家の書状を持たせてオルジさんのところに行ってもらうことにした。
領都の再建を手伝ってもらうことで領都の民に戻ってもらうことにしたのである。わずかに14人の元人狼達であったが、彼らにも人間として生きることを楽しんでもらいたいではないか。
そうして最下層に辿り着くと、一つの豪華な扉があった。
「これは魔族かな?」
と俺がいうとみんなは固唾を飲んで武器を握りしめた。
俺が扉を開けて飛び込むとそこは高級そうなソファや家具が配置された部屋であり、ソファには見覚えがある男が座っていた。
「お前は青のカエルレウムじゃないか。」
彼も驚いているようでソファから立ち上がれないようである。
「き、貴様、なぜここにいる。魔王様に食べられたのではないのか!」
「残念だったな。」
俺がそういうと、ケビンが「魔王だと!魔王はどこにいる。」と割り込んできた。
(おいおい)
とりあえず横に動いてケビンの場所を作った。
青のカエルレウムはニヤニヤ笑いながら言った。
「さあな?王宮のあたりにでもいるんじゃないか?でもこの浮気者は聖女様と浮気でもしやがったのか?せっかく愛する二人が一つになるセッティングを作ってやったのに。」
フレッドが「残念だったな。こいつは元々二股男だ。」という。
シリアスな雰囲気はもうない。
青のカエルレウムは目を白黒させながら「はあ?どういうことだ?剣聖は魔王様の愛に包まれながら喰われるって相場が決まっているだろう。」と叫んだ。
ケビンとフリーダは意味が理解できなかったようでどう返事していいかわからないでいる。
(どうしよう、こいつはもう切っちまおうか)
ミズチに聞いてみるとなんとこいつは破片を持っていないようだ。
すると後ろから背中をツンツンと突かれる。
振り向いてみるとアリシアだった。
「ねえ、エド。一度私がこいつを封印してみてもいい?」
「構わないけれど、こいつは色の魔人の一人だよ。」
「だからこそやってみたいのよ。」
「わかった。」
俺はそう言って青のカエルレウムに向き直った。
青のカエルレウムは少し落ち着いたようで俺に歯を剥き出しにして言った。
「はあ?この浮気男め。浮気相手と何をコソコソ喋ってんだよ。魔王様の真実の愛を受け損なった愚か者め。」
「真実の愛ってなんだよ。」
「だから浮気者は困るねえ。真実の愛を知ったら自分から魔王様の口に飛び込んでゆくものだろうが。それをぬけぬけと浮気しやがってよう。」
「お前のいうことはなんのことかわからんぞ。」
ミズチには眠ってもらっているので安心して切りかかれる。
案の定、彼を切りつけた傷は速やかに治ってしまった。
「はっは、だからお前のクズ剣は幼生体の魔族しか切れないんだよ。学習しない間抜けめ。」
と、その時、アリシアは呪文を唱え終わったようで「光の女神よ、魔族に封印を!」と叫んで両手を青のカエルレウムに向けた。
「ぐげえぇ!封印されるなんて嫌だあ!そんなの壊してやる!」
青のカエルレウムは封印らしき膜を必死で切り裂いている。
「へっぽこ聖女なんぞに捕まるものか!」
アリシアは冷静に叫んだ。
「魔力二倍!」
「あぎゃぎゃ!体が締め付けられるう!」
青のカエルレウムはなおも抵抗しようとしていたが、次第に動きが止まり、ぐるぐる巻きにされた感じになってしまった。
「封印!」
そして彼は封印ごと地中に沈んで行ってしまった。
「ふう。」
アリシアもさすがに疲れたようである。
けれども次の瞬間、「エド、やったやった!魔族を封印できたわよ!」とアリシアは叫びながら俺に抱きついて来た。
「いや、よかったね。」
俺はそういうのが精一杯だった。
ケビンは「魔力二倍は凄いな。色の魔人を封印するなんて。」と思わず拍手していた。




