第五十三章: アリシアによる調査と金の魔人
領都で数日間の休息をとっている間にも槌音高くあちらこちらで建物が建設されて行っているのがわかる。
領都の回復にダンジョン探索が負けてはいけない。俺たちも次のダンジョンに向けて出発するのだった。
コーネリアスのダンジョンが4つ目のダンジョンである。ここは中級ダンジョンで、もともとはアンデッドたちが中心となっていることにされている。魔族たちの影響でモンスターがどのように変化しているかはわからない。他のダンジョンのように低級魔獣は詰め込まれている可能性が高いが、特に低位のアンデッドたちはわざわざダンジョンに退避させなくても地中に待機させておくことが可能なのでこのダンジョンに退避しているモンスターはアンデッドかどうかはわからない。
フリーダは「アンデッドならば私よりもアリシアの方が喜びますのにね。」と皮肉とも慨嘆ともつかないことを言っている。確かに、アリシアはアンデッドを殴ることには高揚感を持って対処していたことは記憶には新しい。
フリーダはどちらかというと封印の術を得意とするのでアンデッドの頭を戦槌で殴り倒すなんて言う野蛮な真似はしたくないのだそうである。
「そうだよね。これまでも魔族の封印には活躍していたものね。」
俺がそう言うと、フリーダは喜ぶことはせずに「でもジャンのその剣の妙技をきちんと見せてもらっていないわ。あなたの剣も魔族を倒せるのでしょう。」と逆に突っ込んでこられた。
これには「たはは、そういう話もあるけれどね。」とごまかすしかない。
そうなのか。聖女といってもアリシアのように狂喜乱舞してアンデッドを殴りまくるわけではないんだ。そのあたりにも個性が出ているんだろうなあ。
♢♢♢
その頃アリシアは王宮に呼ばれていた。もちろん、テレジア王女殿下の失踪事件に関してである。
これはウィル王太子が長老たちに禁断の領域への探索の許可を申し出たことに対する長老評議会の決定によるものである。聖女アリシアはテレジア王女殿下行方不明事件の調査をせよという命令が長老会議の一員でもある神殿長直々に下されたわけである。
「そう言えば王宮って久しぶりよね。」アリシアはのんびりとしていた。むしろ忙しい神殿の業務から一時的にでも解放されたという気分の方が強い。
けれども、その気分は王宮で真っ青な顔をしている国王陛下とウィル王太子の顔を見ると吹っ飛んでしまった。
「とにかく、娘についてなんでもいいから助けてほしい。何かわかることがあったら教えてくれ。」
もう懇願するような国王陛下をなんとか振り切ってベアトリスと王太子の部屋に向かう。ベアトリスは「この部屋の窓からトレーシーが飛び降りたの。それで、彼女は傷ひとつなく立ち上がって向こうに歩き去ったのよ。」と震えるような声で言う。
「そうね。ここから飛び降りたんじゃまあ、エドでもない限り、普通の人ならお陀仏よね。」
と私が気軽に言うと、ベアトリスは「お陀仏」という言葉に震えてしまったようだった。
「あ、ごめん。怖がらせるつもりで言ったわけじゃないの。」
「ええ、だ、大丈夫よ。それで、トレーシーの部屋を見る?それとも下を見る?」
ベアトリスは気丈にも心を落ち着かせたようで必死に声を震わせないようにしてしゃべる。
「さすがは未来の王太子妃ね。まずは部屋を見せてほしいわ。」
トレーシーの部屋は彼女が失踪した時のそのままにされている。
トレーシーのベッドに近づいたアリシアはいつものように淡い魔族の波動を感じ取る。これは彼女が魔族に取り憑かれたり攫われたりしたのでまだその気配が残っているということで、以前からあったものである。だからこそアリシアはエドワードの魔族退治にトレーが同行しない方がいいと考えていた。
と、その時、もっと微かな別の波動を感じたのである。
「あらっ?これは…」
魔王の波動である。これは聖女なら魔王を見つける修練を積んでいるので間違えようがない。
ふとあのダンジョンの底で出会ったバンパイヤの真祖とかいう胡散臭い人物の話が蘇ってきた。
(魔王は剣聖を取り込んでその力を強大化させる)だったかしら。悔しいけれどあの闇の眷属は事実については嘘をついていなかったようね。でもその中に罠が隠されているかもしれないから慎重に対応しないと。
ベアトリスは私のわずかな表情の変化から何か勘付いたのかもしれない。「何かわかったの?」と聞いてきた。
もちろん魔王のことなんて軽々しく言うわけにはいかない。
「そ、そうね。でもまだ決定的なものではないから、先にあなたが最後に王女殿下を見た庭の方に案内してくれないかしら。」
私達は庭に向かって歩きながらトレーシーが最後にベアトリスと王太子に会った時のことを詳しく聞かせてもらっていた。
どうやら彼女は剣では自分の体が傷付かなくなったと言っていたらしい。
魔王の力を体の中で封じ込めて置けずに皮膚まで魔王の力が及ぶようになればもちろん、普通の剣などでは傷付かない体になる。体の中に魔王の力を押し込めていたからこそそれまでは魔王の波動は閉じ込められて外からは見えなかったんだ。でも、もう皮膚までが魔王の力に支配されるようになると痕跡は残ってしまう。
トレーシーもそのことに気がついて逃げ出したということなのね。
むしろ、そんな状態ならば意識も魔王に乗っ取られていても不思議はない。それを耐えていたというならばトレーシーの精神力は尊敬に値すると言ってもいいかもしれない。
庭に着くと、部屋で感じた魔族と魔王の波動の痕跡はすぐに見つかった。それは王宮の別の入り口に続いており、ある場所からは迷いなく一方向に進んでいた。
その道のりは地下に続いており、私も見たことのない地下の扉の前まできた。
そこには国王陛下とウィル王太子、そして学園の魔法学の教授が立っていた。確か、エドとトレーシーが特別授業を受けていたはずである。
「やはりここにきましたね。」と教授が言う。
ウィル王太子は「残念ながらこの先は立ち入り禁止なんだ。」と微笑を浮かべながら言った。
ベアトリスは手で口を抑えて「まさか、ここが禁制の区域ということですか?」と叫びそうになる。
国王陛下は辛そうに「そうだ。我が娘よ。テレジアはこの先に行ってしまったようなのだ。」とベアトリスに向かって話しかけた。
私は「国王陛下、よろしいでしょうか。」と発言を求めた。
「ああ、聖女様、どうか教えてくれたまえ。」
国王陛下が言う。
「テレジア王女殿下はウィル王太子の部屋から飛び降りられた後、庭では迷っておられたような道を辿っておられましたが、ある所から真っ直ぐにここを目指されたようなのです。何かそういうことにご存じなことはないですか?」
と私は尋ねてみた。
国王陛下は「ああ、この場所は王宮でも禁忌の中の禁忌なのだ。この場所を知るものは長老会議のものと私と王太子のみ。」と答えた。
「では迷わずに王女殿下がこの場所に来ることは不可能ですね。」
私がそう言うと、ドゥーリットル教授は「私は長老会議のメンバーなのでこの場所を知っていたが当然教えてはいない。」と言った。
「あのう」とベアトリスがおずおずと口を開いた。
ウィル王太子はベアトリスに優しく「なんだい?遠慮せずに教えておくれ。」と言う。
「あの、テレジア王女はエドワード君やアリシア聖女と冒険をされていましたから、その中でアイテムを手に入れていたということはないでしょうか。」
「そうですね。私の知る限りではそんなことはなかったと思います。私もここがなんなのか、教えていただけるまで分かりませんでしたから。」
私がそう答えると一同はため息をついた。
「それよりも、失踪される前に王女殿下は何か変わった行動をとっていらっしゃいませんでしたか?」
私が改めて尋ねると、みんな暗い顔で黙ってしまった。
「そう言われても、王宮に帰ってきてからのあれは全くいつもの娘ではなかった。誰も何も言わないようにしていたが毎日顔色が悪く、頰がこけてゆく姿を見るのは辛かったよ。」
国王陛下は搾り出すように答えた。
ウィル王太子はあっ!と声をあげそうになって王子らしく優雅な所作でそれを押し隠した。
私が王太子に目を向けると「そういえば、一度、ノーブル宝飾店に宝石を見に行った時にその裏手の扉からどんどんと地下に行ったことがある。
私も気がついてすぐに追いかけたんだが、私が着いた時にはがらんどうの部屋にトレスが一人で立っていただけだった。
「そこは…」
「ああ、後で調べてみたらそこはあのツェペシュという怪人の棲家へのバックドアだったらしい。」
「ああ、存じています。そうですか。ツェペシュは去りましたか。」
「そういえば君たちはあのツェペシュのダンジョンを踏破したんだったね。」
「ええ。私達は正面玄関から魔物を打ち倒してツェペシュのところに行きましたが、帰りはそのバックドアから帰ったのです。」
「だからトレスはあの扉のことを知っていたのか。」
「もしかしたらツェペシュから何かを知ったのかもしれませんね。」
みんな無言のままである。
本当はあんな胡散臭い怪人の話をするべきではないのかもしれない。けれども、彼が一枚噛んでいるということならば次の話をしなければならないのだろう。
「ここからは確かに異形の雰囲気が溢れそうになっていますから禁制区域に指定されていることはよく分かります。けれども、テレジア王女のマナは感じ取ることができますから彼女はまだ生きていらっしゃることも確かです。それに魔王の力も強まっていません。」
みんなは「そうかテレジアは生きているか!」という反応と「魔王だって!」という反応が半々である。
「これは極秘事項にすべきですが、王女殿下の部屋からは魔王の波動が検出されました。」
一様に「おお」と云う反応が返ってくる。
国王陛下は「なんと、テレジアは魔王になったというのか?」と絶望の表情である。
ウィル王太子は「彼女が最後に剣で傷付かないと言ってきたのは魔王に取り込まれつつあったからなのかな。」と私に聞いてきた。
「それは一面では正しいでしょう。けれども、そうでない部分もあります。魔王に取り込まれたならばまずはエドを食べて取り込もうとしたでしょう。魔王は剣聖の力を取り込んで強大化するのです。」
「なんだと!」
「エドを食べたくない王女殿下は王宮に戻って一人で必死に魔王を抑え込んでいらっしゃったのでしょう。それが叶わなくなってきたのでこの禁制区域に逃げ込んだのかもしれません。」
ベアトリスは話を聞いて泣いていた。
国王陛下は私に「勇者なら、いや、聖女様ならなんとかしてくれないだろうか。」と縋るように言う。
「いえ、私も勇者パーティも魔王を封印することしかできないのです。つまり、魔王と一緒に王女殿下も封印することになります。」
「それでは意味がないではないか。」
国王陛下は絶望のあまりがくりと膝をついた。
「残る希望は剣聖だけでしょう。」
「今、聖女様は剣聖は魔王に食べられると言ったばかりではないか。」
「ああ。けれどもあの胡散臭い邪神の手下のツェペシュは魔王を滅ぼせるのは剣聖だということを言ったのです。実際、エドは魔族の幼生体を滅ぼしています。」
「じゃあすぐさまエドワードを呼び戻せ。娘を助けさせろ!」
国王陛下は叫ぶ。
「まだだめです。準備ができていない剣聖は単に魔王の餌になるだけですから。」
「我々にできることはただ待つことだけなのか。」
ウィル王太子はうめくように囁いた。
♢♢♢
コーネリアスのダンジョンの最下層で俺たちは緑色の龍と戦っていた。緑色の龍は酸のブレスを出すので鉄などの金属はどんどん腐食してくる。
その酸が皮膚につくと火傷のように赤くなって激痛が走る。
フリーダは回復魔法をかけてくれたがそれにも限界がある。
「このままではジリ貧だよ。なんとかしなくては。」
俺は蛇の皮の鎧をまだ使っているからそちらは大丈夫だが、ブーツの留め具が壊れつつあってそこから酸性の液体が染み込んでくる。もういっそのこと飛行の呪文で飛び上がって空中から仕留めようか。
ケビンを見るとケビンが槍を渡してくれた。
「これを使うか?ドラゴンスレイヤーの槍だよ。」
俺は呪文を唱えると空中から龍の目を狙って槍を構えた。緑色の龍はもうやたらめったら酸のブレスを吐きかけるものだからなかなか狙いを定められない。その隙に地上からケビンが龍の脇腹めがけて槍を突き刺した。
龍は不意打ちを喰らって思いっきり尻尾でケビンを吹っ飛ばした。
壁まで吹っ飛んでケビンはズルズルと崩れ落ちる。
悲鳴をあげてフリーダはケビンの元に駆け寄った。
(よし、こっちから意識を逸らしたな。)
俺は改めて龍の目に狙いをつけて槍を構えた。
「やっ!」
気合を込めて突き出した槍は狙い過たず龍の目から奥に突き刺さった。
激痛に思わず龍はのたうち回る。
ぶっ倒れた龍に俺は所構わず剣で切りつけまくった。
ケビンだけでなくフレッドもアランも満身創痍で、俺とグゥエンダリンだけが攻撃している。
やがて緑の龍は動かなくなった。
「ふう。でもここも魔族なしか。」
そう思った途端、部屋の奥から拍手しながら痩せぎすの男が現れた。魔族の特徴である白目と黒目の反転があり、額に奇妙な丸い金色の円盤をくっつけている。
彼は「私は金のオーラム。私に殺されにきたとはご苦労なことです。」と嗤う。
「いや、今まで緑の龍と戦っていたんだが。」
「そうでしょうとも。おかげであなた方は鎧もボロボロ、傷だらけでもう戦う力は残っていない。私は簡単にあなた方を殺せます。私って頭いいでしょう。」
「はあ?それは卑怯者って言うんだよ。」
「卑怯とは?私に対する褒め言葉でしょうか。」
「もういい。」
ちっと後ろを見るとフリーダは必死でケビンを治療している。
と、その時、金のオーラムの額の円盤が光り、エネルギー弾が飛び出してグゥエンダリンを直撃した。彼女は音もなく崩れ落ちた。
「ほーっほっほ。弱い人間たちはこうでなくては。抵抗は無意味ですから今すぐ死になさい。」
「やかましい。」
俺は剣を構え直すとオーラムに切り掛かった。
彼は透明な盾のようなものを構えると「むだむだむだあっ!」と嬉しそうに叫んだ。
「これって一度言ってみたかったセリフなんですよ。」
なんだか戦闘のシリアスさと会話の間抜けさがミスマッチするのは魔族との戦いにはよくあることだ。
ミズチは「やっぱりこれは僕の破片の力ですね。複雑な魔力に組み込んであるから解除に少し時間がかかります。それまで頑張って!」と言ったきり沈黙した。
何か解呪を試みているのだろう。
その間、俺はオーラムの致命的な剣の攻撃を交わし続け、その合間に飛んでくる額からのエネルギー弾を切り裂いて交わし続けた。
俺の攻撃はことごとく盾で防御される。けれども、攻撃しないと一方的に攻撃され続けるので生傷が増えてゆくことになる。
何しろ攻撃数が多いので俺はポーションを飲む暇もない。
明らかに向こうが優勢でこちらは防戦一方になっている。
フリーダもとにかくケガ人の命を救うのに手一杯なので、新たに加勢してくれる者もいない。もう一人で戦い続けるしかなかった。
(ああ、肉が食べたい)
空腹になってくると戦闘中にもそんなことが頭に浮かぶ。生傷からもだいぶん出血しているから空腹感が半端なくなっていている。
と、その時、ミズチが「計算完了!」と叫んだ。
「よしっ!」
俺はオーラムが盾を構えてくるのも構わず大上段に構えて袈裟懸けに切り裂いた。
盾は役に立たなくなっており、俺の剣は深くオーラムの胴を切り裂いた。
「は?」
オーラムは自分に起こったことがわからないかのように自分に与えられた傷を見た。
「おかしい。おかしい。なぜ人間などに傷たけられねばならないのです?私の計算は完璧。私の勝利は確定していたのに。」
「うるさい!」
俺はオーラムの首を一閃して刎ねた。
オーラムの傷口からは魔素が煙のように吹き出してゆき、みるみる間にオーラムの体は溶けるように消えていってしまった。
ミズチは破片を見つけて「右足だ!みっぎあし!みっぎあし!」と喜んでいる。
フリーダは「本当にあなたの剣は魔族を斬れるのね。」とどこか落ち込んだようになっていた。




