第五十二章: ニーズヘッグ退治
俺たちはまだまだダンジョンを探索しなければならない。
次のダンジョンはメッセンのダンジョンである。
「ああ、何か強いモンスターを狩らなくちゃいけないのか。」
俺がそう嘆くように言うと、アランが「何を言っているんですか。僕たちの目標はダンジョンの探索でしょう。目的を忘れないでくださいね。」と言う。
「どうせ俺は向こう側なんだろう。」
「どうしたんですか?そりゃ実力は格段に違いますからそれだけを見れば人間離れしていると言えるかもしれませんがあなたの心は人間なんですよ。」
「う、うん。」
「たとえ姿形が異形でも心が人間ならばヒトなんです。」
「いいけれど、それを言い出したら魔族にもヒトの心を持ったものもいるかもしれないじゃないか。」
「うーん、そこは難しい問題でしょうね。俺は騎士ではなくて魔術師の方がよく知っているかもしれません。」
「あ、それは責任逃れだぞ。」
「とにかく魔族に出会えばそいつの心をみて性根が悪ければフリーダに封印して貰えばいいでしょうね。」
「まあ、出会ってみないとわからないからなあ。」
「そうですそうです。出たとこ勝負ですよ。」
「それはそれで無責任なような。」
そんなことを言っているうちにダンジョンの入り口についた。
メッセンのダンジョンは地下20階くらいある大きなダンジョンである。途中には擬似的な地上を模したような階もあるということだ。
入ってみるとやっぱり上層階には低級モンスターがうじゃうじゃいる。領民に被害を出さないように徹底的に刈り尽くす。
もうケビンたちも慣れてきたようで何も言わない。ものも言わずに滅殺しながら進んでいった。
地下4階は草原であり、オオカミや猪たちのような動物が群れをなして走り回っている。
さすがに広いため全ての動物を借り尽くすのは無理だったが目についたものはひたすら狩っていったのである。ここにはセーフティゾーンがあったのでそこで宿泊することになった。
地下5階にはまた太陽があった。地下4階の太陽と地下5階の太陽が同じものか別のものかはわからない。この回は沼地であり、リザードマンや似たような爬虫類型のヒューマノイド、バジリスクまでがいた。
あのトゥラン川の渡し場での討伐作戦の再現みたいなものであるが、俺たちはひたすら討伐し続けた。
地下6階は再び迷宮である。
この階にはオーガやその上位者である鬼たちがコロニーを作っていた。男たちは俺たちに向かって威嚇して果敢に攻撃してきた。
もはやオーガであっても鬼であっても俺たちの敵ではない。彼らが必死の抗戦を続けたその奥にはオーガの女たちや子供達の住む居住区があった。
フレッドが言う。
「ああ、あの男たちがあんなに抵抗していたのはここを守るためだったんじゃないかな。」
女たちは自分の子供を抱えて必死に奥の方に逃げ込もうと後ろに下がっている。
最後の盾と思っているのかもしれないが、明らかに老人のオーガたちが俺たちと女たちの間で平伏して動かない。
多分老人たちにはもう弱っていて俺たちと戦う能力はないだろう。彼らはただ殺されるしかないが、その命をもって女や子供たちが逃げる時間を稼ごうとしているのかもしれない。
アランが聞いた。
「どうしますか。ここの残党は今は無害ですけれど、子供を残したらまたコロニーを復活させますよ。」
ケビンは黙っている。
「抵抗してこないならば放置だ。」
「えっ?全滅させないんですか?」
フレッドが開かれたように問い返してきた。
「ああ。ここも冒険者向けに公開されるだろう。その時にモンスターが根絶やしにされてしまっていては困るだろう。」
「お優しいことで。」
フレッドはちょっと不服そうだったけれどケビンが笑って言った。
「剣を持たないものを殺戮するのはよくないからな。先を急ごう。」
ということで俺たちは残ったオーガの女子供はそのままにして次の階に向かったのである。
地下10階くらいからはフロアボスとして特に名のない魔族たちが出現するようになった。残念ながら彼らは誰も龍の破片を持ってはいなかったのでフリーダが封印することになった。
途中で宿泊して休息しながら最下層の地下22階に辿り着くにはおよそ一週間掛かってしまった。
最下層には黒龍ニーズヘッグがいた。地下20階以降は情報がなかったのでおそらく俺たちが最初の踏破者ということになるだろう。
「魔族じゃなかった。」
黒龍ニーズヘッグは自分が恐れられていないことに不満だったらしい。いきなり毒の息を吐いてきた。
前衛にいたアランとフレッドはまともに毒の息を浴びてしまい、昏倒してしまった。
慌てて俺が彼らのところに行って解毒剤を使ったが、まともに毒を浴びてしまったので命は助かったようだが、戦闘はとてもじゃないができる様子ではない。
俺はケビンと「やろうか」と言い合って二人で黒龍に向かって行った。
グゥエンダリンとヒルダは後衛から援護射撃である。フリーダは封印の疲れをものともせずに俺たちを回復させてくれた。
俺とケビンは力を合わせてニーズヘッグを叩きまくった。
ニーズヘッグは次第に涙目になって「何よっ、こんな話は聞いていないわ!」とオネエ言葉になってきた。
俺は「まだまだまだまだ!」と叫びながら高くジャンプしてニーズヘッグの首を切り落とそうとした。
ところがその瞬間、「これは契約の範囲外よ!」という叫びと共にいきなりニーズヘッグの姿が消えた。
俺は力の振り下ろしどころを失ったけれどなんとか転ばずに着地した。
それまでニーズヘッグがいた場所には一個の宝箱が置いてある。
俺が宝箱を開けてみるとそこには金貨や銀貨と共にニーズヘッグのものらしいウロコが数枚と一枚の紙が入っていた。
紙には「うーん、今回は私の負けよ。あなたは強かったわ。なんだか惚れちゃいそう。」って書かれてあった。
フレッドが「よかったな、エド、嫁さんが一人増えそうだぞ。」と言う。
「わ、私はトレーシーだけ、一筋だぞ!」
俺は慌てて言う。
フリーダは「アリシアはどうするのよ。」と冷静に指摘する。
「う。」
俺は固まったままになってしまった。
「とりあえずこれを持って帰るか。あのニーズヘッグっていう龍も大したことなかったし、ここは中級ダンジョンのままでいいな。」
ケビンがそう言うとアランとフレッドは激しく首を振った。
「君たち、ケビンとエドを基準に考えないでくれ。普通の冒険者は普通なんだ。あのニーズヘッグは上級ダンジョンにするのが当然だよ。」
「そ、そういうものなのか?」
俺もケビンの意見に賛成していたのだけれど、この2人が強く反対するものだから、上に戻ってから青の閃光の連中と協議しようということになった。
領都に戻ってくると、既に冒険者ギルドは仮の建物で営業を開始していた。ヘンリエッタの薬屋もエイミーさんがほぼ露店のように、店を建設工事している前で薬瓶を並べている。他にも武器屋や鎧屋、魔道具屋などが既に営業を始めていた。
エイミーさんに「もう営業を始めているのかい?客なんて来るの?」と聞いてみる。
「そうですねえ。まだまだほとんど来ませんけれど。今ここにきているみたいです。エドワードさん、ポーションの補給は必要ありませんか?」
「商売上手だね。少し貰おう。」
ケビンの勇者パーティもエイミーさんからポーションを買っていたようだった。
アランとフレッドは武器屋と鎧屋に行って武具のメンテナンスを依頼している。武器屋はドワーフの職人で鎧屋はケンドゥスの弟子だというノームであった。一応、俺の鎧のメンテナンスをお願いしてみたが「それは無理。ケンドゥスに頼め。」と一言で断られてしまった。
しかし、これは自分の技量を知っているということでもあるので、かなり信頼はできそうなやつである。
成程、冒険者ギルドができるということは裾野の経済も回り始めるということだろう。領主としてはあのダンジョンの整備を進めることは重要ということになる。
そういうことで時間を潰していると、もう夕方である。他には客も来ないのでみんなで宿舎に帰ることになった。
宿舎に帰ると青の閃光にあのニーズヘッグの話をした。邪龍が残して行った宝箱の中身を見せて、「でも大したことないやつだったからまあ、中級ダンジョンのままでいいかな。」と俺が説明していると後ろでアランとフレッドがものすごい勢いで首を横に振っていた。
それに気がついたのか、青の閃光の人は「まあ、伯爵様が強すぎるので、伯爵様の『大したことない』はあまり当てになりませんからねえ。」と言う。それからウロコを手に取って光にかざした。
「このウロコ、虹色の輝きを持っていますよね。これは普通の黒龍ではない。本物の邪龍ニーズヘッグかどうかはわかりませんが、少なくともその眷属であることは間違いないでしょう。」
「ほう?」
(こいつ、青の閃光のくせに結構博識だな。)
「多分夏の武闘大会の後にはここに来る冒険者も増えるでしょうから、邪龍ニーズヘッグの名前はその時の目玉になりえますよね。」
(もうオルジさんにも負けない商売人の目をしていないか?)
「じゃあ、あのダンジョンは『ニーズヘッグのダンジョン』に改名して上級ダンジョンとして改めて登録しよう。」
「さすがはご領主様。良い判断だと思います。」
いくらボンクラ領主でも家臣からそこまで誘導されれば誰でもそう言える。多分、世の中の名君というのはこういうふうにうまく家臣の進言に乗っていける人なのかもしれない。というよりきちんと正解を進言できる家臣を集めることが一番困難だということなのかもしれない。それを考えると俺はヘンリーさんもそうだし、トゥラニア騎士団の人たち、オルジさんといい、青の閃光の面々といい、優秀な人材に恵まれているといえるのかもしれない。
夕食の時に俺はあのニーズヘッグのウロコを宿舎の主人のところに持って行った。
「い、いや、一応退治したということになっているんだけれど、最後の最後で逃げられちゃったんだ。」
俺が頭をかきながらそういうと、主人は満面の笑みを湛えながらこう言った。
「ニーズヘッグは逃げたということでまた復活するのでしょう。つまり冒険者たちには目標ができるわけです。できましたら私のこの宿を『ニーズヘッグ亭』と名乗るご許可をいただけませんでしょうか。」
「そんなことしてどうするの?」
「もちろん、ニーズヘッグを倒そうという冒険者たちがこの宿を目指して国中、いや大陸中から集まってくることでしょう。」
(ああ、この主人も目が金貨になっている。)
「そういうことか。じゃあそれなら構わないよ。」
「ありがたき幸せにございます。後、できましたらウロコに領主様と勇者ケビン様のサインなどはいただけませんでしょうか。有名人のサインは人気を呼びますので。」
そういうことでウロコの裏側に俺とケビンがサインすることになった。
サインを書き終えると主人はもう推し頂くようにウロコを受け取って、宿の一番上等の場所に飾らせていただきますと何度も繰り返すのだった。
ホクホク顔で宿の主人が引き下がってからは俺がいじられまくることになってしまった。
「エドも恋人(龍?)の鱗に名前を書けて幸せたっぷりだ。」というのである。
「いや、ニーズヘッグは俺の恋人ではない。」といくら反論してもこういう場合は無駄である。
アランとフレッドはますますニヤニヤして俺を攻撃するだけなのである。
「だいたいなあ、ニーズヘッグはオネエ言葉で書いていたけれど、あれが女性もといメスなのかって決まったわけじゃないだろう。」
俺がそういうと違う方向から火の手が上がってしまった。
ヒルダとグゥエンダリンが「禁断の世界なのですわ。男同士の禁じられた愛なんて素敵!」と言い出したわけである。
「いや、貴族の結婚は子孫繁栄が第一なんだよ。」
「だからこそですわ。子孫繁栄という常識に反してあえて背徳的な関係を貫くところに愛が感じられるではないですか!」
「いや、だから最初から私にはそういう趣味はないんだけれど。」
「そうですわ、王女殿下やアリシア様とお世継ぎを設けられた後は男同士のしかも人間と龍という異種族の間の恋愛に突き進む。なんて素晴らしいことではありませんか。」
「だからねえ。」
「照れなくてもいいのですよ。愛には国境はないのです。男女の垣根もありませんし、種族の壁なんてものも幻想に過ぎません。ああ、なんて尊いのでしょう。」
うっとりと恍惚の表情を浮かべているヒルダとグゥエンダリンを見るともう反論する元気も失せてきた。きっと彼女たちは既に現実を見てはいないのである。
どこともしれない別の世界を見つめてもはや視線も合わない二人のことは諦めてとにかく話を変えようとしなければいつまで経ってもこの蟻地獄のような状況は変わらない。
「ケビンもウロコにサインしたよね。そっちはどうなんだい?」
俺は完璧に返せたと信じた。突っ込まれるのは俺だけじゃない。ケビンも同じことをしているのである。ケビンの方を無視するのは不公平じゃないか。
すると、ケビンは「お、俺は。」と言ったきり下を向いてモジモジし始めた。
(えっ?この後に及んでこの反応ってまだフリーダとはくっついていないのか?)
と思ってフリーダの方を見るとフリーダはフリーダでケビンとは違う方を向いてモジモジしていた。
なんなんだ、この関係は。
俺が思わず口を開きかけるとグゥエンダリンが言った。
「エドワード様、何も言ってはいけません。これは尊い関係なのです。私たちはこの尊い関係の観察こそを大事にし続けているのです。」
は?それじゃ、彼らってもう何年もこの宙ぶらりんな関係を続けているというのだろうか。
でもきっとケビンもフリーダもお互いに好きなことくらいはわかっているんだろうなあ。でも言えないっていうのも青春の1ページだろう。いや、勇者パーティっててっきりケビンを中心としたハーレム状態なんだと思っていたが、結構複雑な関係があったということがわかってしまったのである。
「そうだよなあ。エドと王女殿下も平気で好き好き言うのはちょっとアレだし、アリシア聖女ももうエドのお嫁さんになる気は満々だものね。」
いきなりフレッドが口を挟んだ。
「エドだけでなく俺だって一応は婚約者はいるからなあ。」
「ぼ、僕には婚約者はいないよ。」
アランが否定する。
「バカだなあ。お前、お前には隣の伯爵家のなんて言ったかな?いつもデートしている令嬢がいるじゃないか。」
「ミリアとは時々庭で二人でお茶しているくらいだよ。デートなんてとてもとても。」
「そういうとこだよ、アランくん。そちらで尊さの観察をしている二人にはもう君が尊と過ぎて失神寸前だと思うよ。」
俺はそう言った。
ヒルダとグゥエンダリンは「私はなんていうものを見せられているの?もう夜よ。良い子はお休みの時間。さあ明日も早いのだからもう寝なければ。」と少し正気を失っている様子である。
「フリーダ、もうその二人を部屋に連れて行ってやっほうがいいよ。」
俺はフリーダにそういうと、フリーダは夢想から覚めたように「そうね。」と言って立ち上がった。
「お二人さん。さあ、部屋に戻りましょう。今はもう夜よ。」
そう言って三人で連れ立って食堂をを出て行ってしまった。
残された男たちはみんなどこかバツの悪そうな顔をしている。
俺は「さあもう夜も更けた。さあ、明日もあるんだからみんな休もうか。」とみんなに声をかけた。
誰ともなく立ち上がり、男たちばかりでゾロゾロと何も言わずに食堂を出て行って、部屋に向ったのである。




