第五十章: ダンジョンの探索
俺たちはクローヴィスのダンジョンの前でキャンプを張った。封印はすぐに破れそうなものだが、今のところは外から中に入るのを制限しているらしい。
夕食を取った後、俺たちは交代で不寝番を担当した。
魔獣の襲撃はなかったので、俺たちは朝一番に封印を破って中に入ることにした。ケビンたちのワゴンは透明化の魔法で見えなくしている。
俺たちの馬は自由に離すとナッシュビルの牧場に戻るように躾けてある。
スタンピードの前はこのダンジョンは初級ダンジョンとされていた。
ダンジョンに入ると大量のオオコウモリとスライムがダンジョンを埋め尽くしている。冒険者にとってみれば弱弱な敵だがもしこいつらが外に出て村人を襲ったらえらいことである。
つまりは全滅させる以外にない。「キエェエーッ!」
俺は奇妙なときの声をあげてオオコウモリに切り掛かった。ケビンもそれに続いてくれた。
もう片っ端から始末する。
スライムもオオコウモリもダンジョンから一切出さない覚悟で取り組んだ。
アランとフレッドは呆れ顔で俺を見ている。俺は気にすることなく屠殺と言っていいくらいの強い攻撃を続けた。
次の階はゴブリンやオークたちが肩を寄せ合って混み合っていた。
アランは「ゴブリンだと?全滅させろ!」と言ってやる気である。もしかしたらアランの前世はドワーフだったのかもしれない。
俺たちが攻撃を開始すると応戦してきたゴブリンやオークたちが多く、さすがにオオコウモリやスライム相手のように簡単にはいかなかったが、それでもほとんど全滅させることができたはずである。
最後にはゴブリンジェネラルやゴブリンキングまで出てきたが、以前戦ったこともあり、難なく倒すことができた。
「でも、第二階層にゴブリンキングまで出てきたんじゃ並みのパーティでは全滅の危険が大きそうだわね。」
勇者パーティの女騎士であるグゥエンダリンは疲れた手を休めながら言う。
魔法使いのヒルダは「この調子じゃ次の階もモンスターが詰め込まれていそうね。」と少しため息をついている。
ヒルダは魔法使いなので魔力切れが怖いということだろう。
俺はヒルダに魔力回復ポーションを渡した。
「ああ、これはどうしても味がまずいんだよね。飲みたくないわ。」
「まあ、いざという時の保険だよ。」
「もらうだけはもらっておくわ。」
そうして、下の階に降りて行き、予想通り強くはないが大量の魔獣に遭遇した訳である。
ヒルダは結局、魔力回復ポーションを飲んだみたいで「思ったほど悪くはなかったわ。」なんて言っている。
最下層に辿り着いた俺たちの前には男の魔族が立ちはだかっていた。
「お前は誰だ。」
俺がそう聞くとその魔族は「俺は土蜘蛛のピルト様だ!」と大音声で返事をする。
ミズチに聞いてみると破片の雰囲気はなさそうということだった。
「フリーダ様、封印お願いします。」
「えっ?私に封印させてくれるの?」
俺はフリーダを見てニッコリ笑った。
ケビンも頷いている。
まあ、封印に失敗すれば斬ってしまえばいいだけである。
「封印の呪文!」
フリーだが封印の呪文を唱え始めると土蜘蛛のピルトは「な、なんだ?動けなくなったぞ!」と言って封印の結界に絡め取られていった。
しまいには封印を何重にもかけられたためか、真っ白な塊になってしまって外からは何も見えないようになってしまった。
ピルトは精一杯の大声を出しているのかもしれないが、ここからは蚊のような音しか感じられない。
フリーダは汗をかきながら「よし。封印の第一段階は完了よ。次は第二段階です。」
そう言ってさらに呪文を唱えると、その白い塊がずずずっと地下に沈んでいった。
「ふう。封印に成功しましたわ。」
フリーダは安堵したような声を出した。
「これで安心なの?」
「ええ。もちろん、時間の経過とともに封印は弱まって行きますから、いつかは封印が解けて地上に出てくることもあるでしょう。けれどもその時はずいぶん先ですし、幼生体なので弱い状態でしか出てこられないのです。」
「ああ、あの色の魔人がそうだったものね。」
「あなたは幼生体を切ってしまうという歴史に類例のないことをしましたけれど、本来は幼生体を再び封印すればよかったのですわ。」
「まあ、色々と事情がありまして。」
俺はとりあえずは話を誤魔化すことにした。
一応、魔族を倒した後には宝箱が出てきたが、初級ダンジョンらしく、中身はそう大したものではなかった。
宝箱を開けた後にはポータルが出てきたのでそれを起動するとダンジョンの入り口に戻ってきた。入り口を調べても俺たち以外の足跡は見つからなかった。オオコウモリならば空を飛ぶから足跡はつかないが、あれは夜行性なのでこんな陽の高い時間帯には出て行くことはまあないだろう。
念のためもう一度ダンジョンの中に入ってみたが、再配置されたオオコウモリやスライムは初心者のためのダンジョンといった感じで最初のようなぎっしり詰まっていたわけではなかった。
「よし、これならば初級者用のダンジョンとして十分に使えそうだな。」
俺は満足してダンジョンの外に出てきたのである。
ケビンが「まるでギルドマスターみたいなやつだなあ。」と感心していた。
「あ、私はナッシュビルの冒険者ギルドの名誉ギルドマスターですので。」
俺は少し胸を張ってそう言った。
ケビンは面映そうに俺を見て「生まれが違うってのは便利なものだなあ。」と言った。
「じゃあ次はゾンガー谷のダンジョンに行きましょう。」
俺がそういうと勇者パーティの面々は一様に「えっ?」と驚いた顔をする。
フレッドは勇者パーティに向かって「このエドを普通の常識人のように考えるのが間違いなんですよ。」となんだか分かったようなことを言い出した。
「なんのことだ?俺にもきちんと常識はあるぞ。」
俺は当然のことを言った。
「ねっ?わかりますか。」
フレッドは我が意を得たりというように言う。
ケビンは「初級者用のダンジョンとはいえ、一日で踏破すること自体、早すぎだろう。今日はゆっくり休憩して明日にしよう。」と至極もっともなことを言い出した。
(お前はそれでも勇者なのか?)
俺は歯噛みしたい感情に囚われていた。早く魔族どもを退治して領地を安全にしなくてはならないのは当然のことじゃないか。
初級ダンジョンなどは一日で踏破して当然。早く次のダンジョンを踏破してなんとか夏休みまでにここの問題を解決して領都を安全に解放しなくては。
フレッドの一言は俺を打ちのめした。
「エドはねえ、早くダンジョンを片付けてテレジア王女殿下のところに帰りたいんですよ。」
なんだかみんなの顔が生暖かいものになる。
フリーダは「あらあら、それではアリシアが可哀想ですね。アリシアも神殿の仕事とか言われて王都に残留になりましたのに。」となんだか意地悪な物言いになっている。
ヒルダさんは「エドの気持ちはよくわかるよ。でも私たちもきっちり休まないと十分なパフォーマンスは出ないんだよ。みんながエドみたいな超人じゃないんだ。」とピシャリと言う。
「うう。」
俺は何も言い返せないで唸っているだけになってしまった。
フレッドは俺の肩を叩いて「エドさんや、焦る気持ちはわかるよ。でもこれは長期戦なんだ。きちんと休むことも大事なんだよ。」と言う。
ケビンはなんだか微笑んでいるだけである。
グゥエンダリンはもうキャンプと夕食の準備を始めている。
「エドのためにも明日は早く出発できるようにしなきゃね。」
俺はもう黙っているしかない。
どうにでもしろよ、という気分である。
グゥエンダリンの作ったシチューは絶品だった。けれども、俺は何も話したくなかったから早々にベッドに入って不寝番の時間が来たら起こしてくれと言い残しておいた。
エドが去った焚き火の周りではなんとなくエドワードのことを話していたわけである。
アランは「エドはねえ、優しい子だから。」と言う。
「どういうことですの?」
フリーダはアランに尋ねる。
「アリシアは強い子だからエドがいたらそれでいいんだよ。彼女は一人で解決できる子だよね。エドには頼っていない。」
「それは、そうですわね。私はエドがアリシアと結ばれるのが幸せだと思いますわよ。」
「王女殿下はエドに依存し切っているからなあ。」
「エドの方もなんやかんやいってトレーシー、トレーシーって言っているものねえ。あれも一種の依存よ。」
みんながわいわいとエドワードのことを肴にして喋り始めた。
フレッドが言う。
「みんなはいろいろ言うけれど、やっぱり王女殿下とエドワードはお似合いのカップルなんだよ。もう試練と言っていい程の問題が降りかかっているけれどできる範囲では助けてやりたいんだよね。」
アランは「絶対にじゃないんだ。できる範囲で、か。」と混ぜ返した。
「そりゃ貴族だからな。共倒れは忌むべき事だ。」
フレッドは堂々と言った。
ケビンは「せっかくジャンを説得してここで休息したんだ。早めに休んで体力を回復させておくという最大の目的を見失わないでくれよ。」と言う。
そういうことで不寝番の最初の当番のアランを残してみんなは早々に寝袋の中に入るのだった。
♢♢♢
翌朝は俺は最後の当番だったので不寝番をしながら朝の鍛錬をしていた。魔族がいなくなると小さな魔獣が顔を出すようになったみたいで少し注意して周りを見張る。
ホーンラビットやオオカミたちはちょこちょこ顔を出すようになっている。
多くは俺が睨みつけると逃げて行くが、そうでないものは討伐せざるを得ない。
そういうことで不寝番の時間が終わる頃には十匹を超える魔獣が討伐されることになってしまった。
朝になって起きてきたパーティメンバーは「ああやっぱりここで泊まったことがフラストレーションだったんだ。」なんてコソコソと言って
そう言いたかったけれどきっと聞いてくれないか
それでも朝は早めに動いてくれたので昼前には次のダンジョンのゾンガー谷のダンジョンに到着することができた。
このダンジョンにも魔獣が詰め込まれていた。
もう片っ端から切りまくる。フレッドやアラン、ケビンでさえ肩で息をするほどであった。
確かに魔獣の数は途方もないけれど、勇者ともあろう者がこれくらいで息を上げるなんてどういうことだ。
フレッドやアランだって一応は騎士団所属の騎士である。
これしきの魔獣など息を乱すことなく速やかに討伐するのがあるべき姿ではないか。
俺はそう思うのだが、もう息も絶え絶えの様子でセーフティゾーンに転がり込む彼らを見て何も言えないのだった。
幸いなことにセーフティゾーンは過去の記録通りに設定されていた。
俺を除くパーティメンバーはセーフティゾーンに入るや否やもう泥のように眠り込んだのである。
もう料理をするような余裕がある者は誰もいなかったので俺はマジックバッグに保存していた料理を取り出してみんなに配ることになった。彼らは食糧には礼を言ったが、普通に行動する俺を見てなんだか恨めしそうに睨んでくるのだった。それは高々モンスターを百匹くらい倒すだけで息を上げてしまう本人のせいであってこちらのせいではないと思うのである。
そういうことで、セーフティゾーンごとに一泊する感じになってしまったのでゾンガー谷のダンジョンの最下層に到着するまでに五日もかかってしまった。
最下層にいたのは自らを「マンティス・レディ」と名乗るカマキリの仮装をした魔族だった。彼女は「男は全部食い殺してやるわ!」と叫ぶなんだか頭の調子が狂った奴であったが、カマキリは交尾の後、メスがオスを食い殺すという話を聞いたことがあるので、もしかするとそういう習性を真似していただけかもしれない。
ミズチに聞くと、破片は持っていなさそうだったのでフリーダに対応をお任せすることにした。
フリーダは見事にこの女魔族を封印することができた。彼女にとってはこの前の土蜘蛛よりも大変だったみたいで、このカマキリ女を封印することができたことで喜色満面といった感じであった。
ケビンは俺に「魔族をバッサリやってもらってもいいんだぞ。」といってくるが、やはりフリーダの封印の技能が上がってもらった方が保険になるので曖昧な微笑みを見せるだけにしておいた。
地上に戻ってくると、グゥエンダリンは「もう物資が減ってきています。最低でもナッシュビルに退却して補給することを求めます。」と言ってきた。
それはセーフティゾーンで毎回泊まったからじゃないか。それに俺のマジックバッグには少し食料の備蓄は減ったとは言えまだまだ十分な蓄えはある。
けれども、きっとそんなことを言ったところで他のメンバーに反対されることは目に見えている。
「今後のダンジョンはさらに厳しいものになる可能性があるから補給は十分にやってくれ。」
俺はそれだけ言って黙ることにした。
そうするとフレッドが「おや?エドはしおらしくなりましたね。」と言う。
アランが「フレッド、エドがせっかく忍耐しているのですからあまり挑発するようなことは言わない方がいいですよ。」と言う。
この場合、アランが正しい。もしフレッドと二人ならばもう既にフレッドをぶっ飛ばしていたはずだ。
フレッドは「おお怖い。僕は撤退の準備をしてこよう。」とどこかに行ってしまった。
テントを片付けた後、俺たちはナッシュビルに向けて出発することにした。
勇者パーティの馬車と俺たちは馬を解放したので徒歩である。
ケビンは俺たちも馬車にならないかと招いてくれたが、さすがに別パーティの馬車に乗るわけにはいかない。丁重にお断りしたのである。
渡し場に辿り着いた俺たちは宿屋で一泊し、ナッシュビルへと戻っていった。
ナッシュビルの牧場には俺たちが放った馬たちが無事に戻ってきているのを見て少し安心したわけである。
領主館に戻った俺はヘンリーさんに状況を説明した。
「そうですか。今、トゥラニアに魔獣被害が少ないのはダンジョンに収納されているからということなんですね。」
ヘンリーさんは言う。
「ええ。だから俺たちで徹底的に討伐しています。できるだけ撃ち漏らしがないように心がけているんです。」
「大変だとは思いますが、よろしくお願いします。」
ヘンリーさんは丁重に頼んできた。
「リチャード父上もこんな感じで討伐に出ていたのでしょうね。」
「どうでしょう。私が小さい頃は兄のリチャードはそんなことを言わずに討伐に出ては私に今日はこれを狩ってきたぞ、と色々な魔獣を自慢することが多かったですね。」
俺の知らないリチャードの一面である。まあ、そういう行動は予想しやすいものだったが。
「今回は討伐する魔獣の数が多すぎて無理だったですね。またゴルゴーンとかドラゴンの首を狩ったら持ってきますよ。」
「ヒェッ。それはなんというか。」
ヘンリー叔父さんは正直者である。
夜には勇者パーティが祝勝会をするというので誘われた。
まだまだ7つのダンジョンのうち2つを踏破したに過ぎないのに何をぬるいことを言っているんだという気持ちはあったが、フレッドもアランも参加を喜んだし、まあ、成功したんだから褒めるのも悪くないということで参加を了承した。
まだアルコールは飲めない俺たちだが、酒抜きでも料理は美味しかったし、俺とトレーシーやアリシアのことを揶揄するものもおらず、楽しく過ごせた祝勝会であった。
翌日は勇者パーティの人たちは「今度はしっかりと補給しなければ。」と言って買い物に散っていった。
アランとフレッドは疲労回復のためといって領主館の客室でのんびりするらしい。
俺は街の広場に行ってレストランで料理を頼んでそれをマジックバッグに補給したり、店の屋台で肉の焼き串を買ってやっぱりマジックバッグに収納した。
一通り買い物が済むと、俺は久しぶりに冒険者ギルドに顔を出すことにした。
そこには青の閃光のメンバーが管理者として事務をやっている。
俺が建物に入ると彼らは「もう第一番に領都に移転することになりましたよ!」と俺に言った。
「さあさあ、細かいことは奥の部屋で話しましょう。」
と俺は奥の部屋に連れて行かれた。
彼らの話によると、俺たちが踏破したクローヴィスのダンジョンが即日、冒険対象のダンジョンと認められたことでセレニウムに冒険者ギルドの支部を出すことが認められたそうである。
「いや、あちらが本部でこちらが支部ですよね。」
彼らは笑う。
それともう一つの知らせはヘンリエッタがこちらに移ることが正式に決まったことである。
多分、冒険者ギルドの移転とともにヘンリエッタの店の支店も立ち上がるらしい。
「領都の復興は冒険者ギルドからということになりそうです。」
青の閃光の面々は喜びに満ち溢れていた。




