第四十九章: トゥラニアの新しい街道と領都の再建計画
学園でのダンジョン探索の申請についてはあっさりと通ってしまった。ケビンにしてみれば当然だという顔をしているけれど。
アリシアは教室で、俺に向かって「ごめん!」という顔をしている。神殿はダンジョン探索に聖女を二人とも出すことに難色を示したのである。それでアリシアが神殿に居残ることになってしまった。
「いいよ。フリーダが来てくれるだけでも儲けものだよ。」
「今回はトレーシーも来ないのでしょう。」
「ああ。彼女を魔族と接触させたくないからね。」
「浮気しないように。」
「はっ?」
「私とトレーシーがいないからと言って他の女の子に色目を使わないようにってことよ。」
「そんなことするわけないから。安心して。」
フレッドが君の悪い笑みを漏らしながら「アリシアも王女殿下と同じことを言うなあ。」と言う。
「どういうことだ?」
俺がフレッドに尋ねるとフレッドは「いや、僕は王女殿下がエドが浮気しないように、というお目付役のために今回の討伐に参加するんだよ。」と答えた。
それを聞いたアリシアは「むしろフレッドが浮気しないようにね。そんなことをしたらキャシーが泣くでしょう。私も許さないわよ。」と笑いながら言う。
「ひどいなあ、そこまで王女殿下と同じことを言うとは思わなかった。」
思わず周囲のみんなが笑い出している。
ケビンは「一週間で準備だ。それからダンジョンに向かうぞ。」と張り切っている。
俺も武器や防具のメンテナンスとポーションの調達に行かなきゃ。
アランとフレッドもそれぞれに準備を始めてくれている。
ヘンリエッタの店に行くと赤ちゃんがいた。どうやらニールとヘンリエッタの子供らしい。
「気がつかなかったよ。妊娠していたことを教えてくれればよかったのに。」
「それは秘密にしてたからね。」
「で、男の子?女の子?」
「女の子だよ。名前はジュリアだよ。」
「可愛い子だねえ。」
「この子を育てるのに王都はちょっと環境が悪いと思うな。、むしろ田舎で伸び伸び育てたいわ。」
「まさか。」
「ああ、トゥラニアに支店を出そうかと思っているの。」
「そうだね。ナッシュビルは今、冒険者ギルドがあるけれど、もう薬屋はできているね。でも今度、領都を奪回したからその再建の時に薬屋が店を開く余地はあると思うよ。」
「じゃあ、予約しておこうかしら。」
「大歓迎だよ。」
ポーションを調達するついでに薬屋まで確保できてしまったようである。
今回はダンジョンを7つも制覇する必要があるのでポーションも大量に仕入れた。
ヘンリエッタの店もヘンリエッタが妊娠中から助手を入れたのでポーションを生産できる数量は随分増えたそうだ。
ケンドゥスの店に行くと、鎧や剣のメンテナンスが終わっていた。
ケンドゥスは「ツェペシュの奴は王都から逃げ出したらしい」ということを話してくれた。どうやらツェペシュと魔族は仲が悪いらしいという話は知る人ぞ知る話であって、ケンドゥスはツェペシュが魔族とトラブルになったのではないかという憶測を話してくれた。
かつてもこういうことがあったそうで、急に連絡が取れなくなることは前回の魔王出現時の前にもあったという。
俺はその時の詳細を聞いてみたが、ケンドゥスは「もう百年も昔の話じゃからなあ。細かいところはようわからん。」と言うのみであった。
当時の勇者パーティが無事に魔王を封印した後にいつの間にか連絡が取れるようになったのだという。
ツェペシュが何者なのかについても「ふむ、バンパイアだそうじゃぞ。本人がそう言っておった。」くらいの話しかしてくれないので詳細はわからないと言って差し支えがなかった。
ケンドゥスも本当に知らないみたいなのでそれ以上聞き出すのは無理だと思ってありがとうを言って店を出ようとした。
「剣聖は魔王に喰われているらしいぞ。なんだかわからんが、ツェペシュが昔言っておったことがある。お主も剣聖だと聞くが、魔王に喰われんようになあ。」
ポツリとケンドゥスは言った。
まさかね。
俺は嫌な予感を考えないように封じ込めて作り笑いをして店を出た。
そういうことをしているうちに出発の日がやってきた。俺はだいぶん早目に待合の場所である王都の門のところにやってきた。
まだまだ誰も来ないだろうと思っていたのにトレーシーはやってきた。
いつにも増してベタベタと俺に触れてくるトレーシーである。以前俺の浮気が心配と言っていたからその不安のためなのかな?と俺は思っていた。
トレーサーは俺の胸に顔を埋めて「エドと離れたくない。エドと一緒にいたい。エドを食べてしまいたい。」
俺を食べてしまいたいだって?ケンドゥスの言葉が思い出された。
トレーシーは思い直したように「怪我しないようにしっかりやってきてね。私を助けて。」と言う。
(私を助けて)だって?トレーシーは自分が俺を食べてしまうという役割であることに気がついているのだろうか。それとも何も知らずに私を助けてと言ったのだろうか。王都に残るトレーシーが私を助けてという意味はなんなのだろう。
俺は答えを出しあぐねていて、トレーシーも顔を俺の顔に埋めてこちらに視線を向けようともしない。
「大丈夫だよ。安心して待っておいで。」
俺はそういうしかなかった。
俺の言葉にトレーシーは微かな安堵感を見せ、そして僅かに微笑んで俺から離れていった。
彼女は他のメンバーやケビンたち勇者パーティの面々にご挨拶をしていた。それを見ると王女殿下の普通の挨拶という印象だった。
俺たちは再びトゥラニアに向かって出発したのである。
♢♢♢
ナッシュビルの領主館ではヘンリーさんとヨアヒムさんがいた。
彼らによると俺たちが王都に戻ってからも魔獣の大きな被害は出ていないのだそうである。
「まあ、小さな魔獣、ホーンラビットとかオオカミなどが出てくることはあるのですが、これは王都でもそんなに変わりませんしねえ。」
ヨアヒムさんは言う。
麦の生育は?と聞くと「まだまだ種まきをしたばかりですよ。まだまだこれからが勝負です。焦っても仕方がないですよ。」とヘンリーさんに言われてしまった。
「一応学校でも麦の生育については習ったんだけれどなあ。」
俺は頭をかくしかなかった。
「いや、本の中の勉強も重要なんですが、実地も重要ということでしょうね。私達も領主様と同じで毎日、本には書かれてもいない問題と戦っているのです。」
ヘンリーさんは俺を慰めるように言った。
「ヘンリーさんはよくやっている。ヨアヒムもヘンリーさんのところに顔を出しているのはありがたいよ。」
俺は二人をねぎらうことにした。
「褒めるべきはオルジさんですね。」
ヘンリーさんは言う。
「どういうことだ?」
「彼は北部の森の木を使って闘技場を建設しています。もちろん内部の完成にはまだまだ時間はかかるでしょうが、外観の威容はすでに街道からも見えますよ。」
「それは楽しみだ。」
「私がエドとこの領地に戻ってきた時には森だらけでもはや文明は飲み込まれそうだったのですけれどね。」
「木こりは偉大だということだろう。木を切ることが人類の文明の始まりなんだよ。」
「まあ、木も切りすぎると砂漠化してしまうかもしれませんから程々に、ですけれどね。」
ヘンリーさんはランディのことが心配なようだ。彼は魔法の才能はないので騎士科に行くことを希望している。
「ランディは学園できちんとやっているかい?」
「それは心配ないですよ。俺たちがトゥラニア流で教えた方が王と騎士団より強いし。それに学力も試験でトップを取ったこともあるんですよ。あの学年は誰かが飛び抜けて優れているわけではないからトップはコロコロ変わっていますね。」
「ああ、彼が学期末の試験で一度トップを取ったという報告は受けている。」
「第二王子のマチアス王子も中々の出来ですからトップを取ることもあるんですよ。あの学年でトップを維持できたらよほどの秀才ですよ。」
「ああ、マチアス王子とはうまくやっていけているのだろうか。」
「あいつは子犬みたいなやつで、可愛い王子ですね。この間もトゥラニアに連れていってくれなんて駄々を捏ねていたりしていたのです。もう少し領地が落ち着けば連れてきてもいいですけれど。」
ヨアヒムはちょっと声をなくしている。
「王子殿下を可愛い子犬に例えるなんてすごいですね。」
「不敬の気持ちではないのですよ。彼はとてもいいやつだし、ランディとも仲良しです。安心して。」
「さすがはテレジア王女殿下の婚約者ですね。」
ヨアヒムはちょっとビビってしまったようだ。
ヘンリーさんは「ここの誰もが不敬な心なんて持っていないし、親愛の情をどうやって表現するかは人それぞれですね。明日も早いですからそろそろお開きにしましょう。」といって解散になった。
翌日はヨアヒムさんも同行して街道を行くことになった。
以前に比べて街道を行き交う人も増えてきている。
「もうこの辺りは普通の街道ですね。」
ヨアヒムさんは言う。
一応、家を建てる時には防護壁の設置は義務付けられているが、最近引っ越してくるものはその規則を守らないものも増えているみたいだ。
「魔獣が襲ってこないならば防護壁は必要ないんだけれどねえ。」
俺はちょっとため息をつきながら言った。
確かに新しく作られている家は防護壁がないものもいくつかあって、俺の目から見てもいざ襲撃という時に困るだろうと思える。王都ですら魔獣騒ぎがあるのにトゥラニアでそんなことがないなんてとてもじゃないが言えない。
ヨアヒムさんにはヘンリーさんにこのことを報告してあまりにも酷い人には見せしめとして少し懲らしめてやってもいいのではないかと伝えた。
大猪の村でヨアヒムさんと別れるともうすぐ渡し場である。
街道沿いの麦畑には種が芽生えて若い芽がすでに生えてきていて今年も豊作であればいいなと期待させてくれる。
渡し場に着くとトーマスが来ていた。
調子はどう?と聞いてみると、ドワイトさんのおかげでなんとか業務はこなせていると謙遜していた。
彼の気持ちもやっとゲイリーから抜けつつあるのかもしれない。
もう夕刻だったが、渡し場の向こうを見ると既に仮橋が設置されており、その先には街道が作られているのがわかる。
トーマスは「まだまだ道半ばですがね。北部のダンジョンについては冒険者ギルドの連中が聞きつけてきて早くチャレンジしたいと手伝ってくれています。」と言う。
まあ、ダンジョンは冒険者たちの希望だからなあ。
北部のダンジョンに行きたがる連中もいるのだろう。
そう思って宿に来てみればナッシュビルの冒険者たちが勢揃いの様相で宿は既に満室に近かった。
宿の女将はてんてこ舞いの様子で、階下の食堂にはむくつけき冒険者パーティの連中がやんやの騒ぎである。
ちょっと唖然としながら、それでも空いていた席に座って夕食を食べていると、「名誉ギルド長ではありませんか!」と言う声がする。
(げっばれた)と思いながら動揺を押し隠して顔を上げるとそこには青の閃光のパーティがいた。
「お久しぶりです。名誉ギルド長。いや、エドワード様を出し抜いて先にダンジョン攻略をしたいと言うバカどもが大量発生しましてね、なんとかここで街道工事の仕事をさせて抑えていたんです。エドワード様に来ていただいて助かります。」
俺は頭を抱えた。
「馬鹿者どもが。ここのダンジョンの奥には魔族がいるんだぞ。魔族はお前らでは対処できん。なので勇者パーティに来ていただいたのに。」
俺がそう言うと周りのテーブルから「ああ、勇者パーティ」とか「あれが伝説の勇者ケビンか。」とか言う声がさざなみのように広がっていった。
ケビンは「俺たちが魔族を滅ぼすまでは危険だからダンジョンには入らない方がいいぞ。」と言うと「ケビンがそう言うなら俺たちは少し我慢しよう。」と言う声が広がる。
なんだか俺には領主の威厳はないなあ。
「はいはい。ケビンと私たちで魔族を退治した後はダンジョンアタックできるようにギルドと調整するからそれまでは街道警備の仕事を頑張ってくださいね。」
俺がそう言うと青の閃光のパーティがそれを大声で伝えた。冒険者ギルドのメンバーは渋々納得したようだ。
「早く魔族をやっつけて俺らにダンジョン探索させてくださいよね。」とか言いやがる。
「はは、御領主様はギルド員に慕われているから。」と青の閃光の人たちはいうけれど、あれって単に舐められているだけじゃないのかなあ。
俺はなんだか悶々とした気分で食事を終えたのだった。
翌日はよく晴れた空である。
護衛の任務に着く冒険者ギルドのメンバーは次々に出立していく。
「私たちもそろそろ行こうか。」
俺たちは川を渡って旧領都のセレニウムに向かって歩みを進めた。途中で作業をしている木こりたちや冒険者たちは皆俺たちを見るとお辞儀をしてくれた。
数時間歩くとその先端部にたどり着いた。そこでは木こりたちが木を切り、人夫たちは切り株を掘り起こし、道を均してゆく。
警備の冒険者たちはこの道を作る作業で驚いた魔獣たちが飛び出してくるのを効率よく倒していっている。
「中々連携が取れているようだ。」
俺はなんだか感心してしまった。
そうすると、中年男性がやってきた俺に挨拶した。
「ご領主様とお見受けします。こんなところまでお出ましいただきありがとうございます。私は現場監督のガスパルと申します。」
「うむ、私はエドワードだ。しっかりやっているか?」
「それはもう。私もそうですし、この中にももともと領都に住んでいたものもございますのでもう力百倍で作業を行っております。」
「うむ。しっかり励めよ。」
平伏しているガスパルを残して俺たちは先に進む。
その先も無人ということではなくて、先遣隊が調査に赴いているようだった。
彼らは俺を見るとご領主様、失礼致しますとご挨拶をしてくれる。
思わずニマニマしてしまう。
するとフレッドが「ちょっと領主扱いされたからって舞い上がるエドは可愛いな。」なんて言ってくるので俺は真顔に戻った。
するとアランが「少し言われたくらいで真顔に戻るエドも可愛いよ。」なんて一丁前に言ってきた。
「どうしろっていうんだよ。」と俺がむくれると、フレッドが「お前も貴族、領主なんだから少しは表情を消す訓練をした方がいい。素直さは一部では美徳だが両者にとってはそうとは限らないよ。」というのである。
「そんなこと知るもんか。前に立ち塞がるものがあれば全部切り倒してしまえばいいんだ。」
俺がそういうとフレッドは頭を抱えた。
「そうか、お前がそれを言うと冗談じゃないからなあ。」
思わず3人で笑い合ってしまった。
領都に着くとやはり技師たちが測量したりロープを張ったりしている。
元領主の館だった建物の前にはオルジさんがいて技師たちに色々と指示を下していた。
「これはこれは、領主様に勇者様。ごきげんよう。」
「何をしているの?」
この街を再設計しているのです。これぞ我が夢だったのです!」
「あっそうだ。それなら一軒薬屋を予約しておいてもいいかな?王都からこちらに支店を出したいそうだ。」
「もちろん大丈夫ですよ!この領都は広いですからね!」
オルジさんはご機嫌らしい。
それでは、と領都近辺のダンジョンに案内してもらうことにした。
彼は新しい領都の計画を滔々と語ってくれた。今はまだ廃墟の領都だが、もう彼の脳内にはかがやけるセレニウムが出現しているらしい。
街中を一回り回った後、彼は俺たちを一つの洞穴に案内してくれた。洞穴は封印されていた。
「ここが領都に一番近いクローヴィスのダンジョンの入り口です。」
「なぜ封印しているの?」
「それは命知らずの冒険者が侵入しようとするのでそれを防ぐためですね。」
「あはは。ここに冒険者ギルドができたらダンジョンの入り口には衛兵を置く必要があるかもしれないね。」
ケビンはここにキャンプを張りたいというのでオルジは「私たちは旧領主館に泊まっていますので何かあれば連絡はそこにお願いします。」と言って街の方に帰っていった。




