第四十七章: ゲイリーの葬儀と王都への帰還
ナッシュビルは雨だった。
この時期の雨は畑にとっては恵みの雨になるわけである。本来は喜ばしいものである。けれどもその日はゲイリーの葬儀である。
これまでトゥラニア騎士団を率いてくれていた人の死は多くの人の心にどうしようもない悲しみと重くのしかかる不安をもたらしていたのである。
静まり返った群衆の中をトーマスの率いる騎士団員が無言のままゲイリーの棺を祭壇まで運んだ。
聖女たちとライラさんが葬送の歌を歌う。
ヘンリーさんがゲイリーさんのトゥラニア領での功績を讃える言葉を贈った。
俺は死後ではあるがゲイリーを騎士団長の位に昇格させて以後、名誉騎士団長として永久にその功績を称えることを宣言して葬儀は終了した。
この後は棺をみんなで騎士団駐屯地の横にある騎士団墓地まで運び、埋葬するのである。
ある程度はすでに騎士団員によって穴が掘られていたが、俺たちはそれをもう少し深く掘って棺を埋葬するのである。棺の中には彼がアンデッドにならないように護符を入れている。
棺が穴の中に下ろされて土をかけられて見えなくなると周りの人たちの中に啜り泣く声が聞こえてきた。
騎士団員がトーマスの号令で行進して騎士団の駐屯所に戻ってから人々はそれぞれに解散していった。
俺たちは領主館に戻ったが、皆んなは喋る雰囲気じゃないようだった。
オルジさんとは旧領都セレニアムまでの街道建設について打ち合わせた。木こりたちは北岸の木を切りたくてウズウズしているとのことである。
魔族の言う通りに北岸が安全なのであれば是非早期に街道を敷設したいというのがオルジさんの考えであった。街道周辺の木を切るまでおよそ2〜3か月はかかるという目算であった。ドワイトさんは来ていたのでその話をするとトーマスさんが来ていないので確定的なことは言えないが、騎士団による護衛は十分にできるのではないかということである。
そんなことを話している間にトーマスさんがやってきた。
トーマスさんの苦労をねぎらったが、彼にはまだまだゲイリーさんの喪失の痛みが大きいようだった。
彼は事務的に領都までの警備については了承してくれた。
その様子を見たヘンリーさんは「気分を変えるために何か行事が必要ですね。ゲイリーさんも我々が落ち込んでいることを喜びはしますまい。」と言った。
オルジさんも「今から準備してとなると夏のバカンスシーズンに人を集められるようなイベントですね!実はナッシュビルにホテルを建設する予定なのです。イベントがあればホテルの宿泊客が増えるでしょう。大歓迎ですよ!」と言う。
「武術大会はどうでしょうか。」
ドワイトさんはおずおずと言った。
トーマスさんは「それはいいですね。」と賛成した。
「若手の騎士団員の鍛錬の目標にもなるし、冒険者ギルドの面々にも参加して貰えばいい。他にも腕自慢がやってくるでしょう。」と久しぶりに笑顔を見せてくれた。
「今から闘技場をつくれば3か月くらいでできるかな。うん、夏のバカンスシーズンには間に合うだろう。予選で1日か2日、本戦で1日位のスケジュールであれば王都からも充分に客を呼べるぞ。」
オルジさんは早速そろばんを弾き出している。
ヘンリーさんは「では街道の南側、山の近くに建設しましょう。元々その辺りは桑畑にするつもりですが、一部分を闘技場の敷地に使いましょう。あそこは施設を建てるには乾いていて良い場所です。」と場所の選定に入っている。
トレーシーは「エドも出るの?」と聞いてきた。
オルジさんは「エドワード様は領主ですから主催者側ですね。でも、優勝者とエキシビジョンマッチをやってもいいかもしれませんね。」と笑いながらトレーシーに答えていた。
トーマスとはその後、話し合いをして、領都までの街道が完成して領都が復活したら正式に騎士団長になることとドワイトさんを副騎士団長に任命すること、王都でのスカウト活動は数人の若手に任せることという方針を決定した。
トーマスは自分が騎士団長代理としてトゥラニアに常駐できることには結構喜んでくれた。
王都の道場はアーバインとソランとシンが担当してくれることになった。
ということで、俺たちは一旦王都に戻ることになった。
トーマスに聞くと領都セレニアムの周辺には有名なダンジョンが7つあることは確かであり、あの大崩壊の時にはその7つから一気にスタンピードが発生したので騎士団も対応ができなくなったということである。
俺たちは一旦王都に帰り、学園に申請してこのダンジョン探索を卒業単位として認めてもらってから再度アタックするということになった。
もう座学の授業はほとんど取ってしまっているので後は実技だけで卒業できるところまではきている。ケビンたちの勇者パーティはそもそも特例としてほとんどの単位をダンジョン探索の実技だけで賄っている。
なので、俺たちが授業に出ずにダンジョン探索を行うことは特に問題ではないだろう。
問題はトレーシーである。今回は魔族に誘拐されていることを考えると魔族退治に連れてゆくことはストレスが大きい可能性がある。今はむしろベタベタと俺にくっついてくる程度が激しいだけだが、もしかすると赤のルベルに再会するかもしれないのである。その時のショックは想像するに恐ろしい。
そうであれば王都に帰った後はウィル王太子に保護してもらっていて、魔族を全員やっつけてから改めてトゥラニアに来てもらう方がいいのかもしれない。
いずれにせよ、下手にそのことを言うとトレーシーが興奮して厄介なことになる可能性がある。
多分そのことは王都に帰ってから話し合った方がいいだろう。
王都に帰る日が来た。
既に領都セレニアムに向けての街道の敷設は開始されている。トゥラン川の渡し場には仮の橋が掛けられており資材や人が往来している。
闘技場の建設についても空き地に縄張りが張られており、着工の準備が進められているのはナッシュビルにいてもわかる。
出立の日にはトーマスさんやドワイトさんも見送りに来てくれた。
トーマスさんは謹厳実直を絵に描いたような態度で「次のお戻りまで領地の方はしっかりと守護致す所存でございます。」と言うのでむしろ驚いた。
それを見てドワイトさんは「トーマス騎士団長代理は結構お茶目なところがありますから団員に好かれているのはそういうところかも知れません。」とまぜっ返した。
トーマスはちょっと赤くなっている。
「なかなかいいコンビだな。二人ともしっかり留守を頼むよ。」
「ははっ」
二人は息を合わせたように同時に礼をした。
俺は思わずニコニコした。
オルジさんはもう一日中領内を駆けずり回っている感じである。
「なにしろ街道建設に闘技場の建設、後は新しい麦畑の作物買い付けの予約に木材の搬送でしょう、後はシルクも増産ですからね!」
えびす顔とはこういう顔のことを言うのだろうというくらい満面の笑みを湛えながら走り回っている彼も今日は俺たちを見送りに来てくれた。
冒険者ギルドの青の閃光のパーティメンバーも来ている。彼らは領都のダンジョンに興味津々である。
「名誉ギルド長がダンジョンを探索していただいたら我々にも開放してくださいね。」
おそらく彼らは領都の冒険者ギルドを本部にしてナッシュビルを支部にするつもりのようだ。それに、夏に行うという武術大会にも興味津々のようである。
ヨアヒムさんとライリー村のレティシアさんも来ていた。
ヘンリーさんは同じ文官のヨアヒムさんとは気が合う様子である。
ヨアヒムさんは「無事に種まきができました。これから頑張って収穫まで農作業に勤しみます。」と力強く言ってくれた。
「時々はヘンリー叔父上の話し相手にもなってあげてくれ。」
「承知いたしました。ヘンリー子爵とは王都にいた時にもお会いしたことはありますので。」
「うん、よろしく頼む。」
「伯爵様。ライリー村もよろしくお願いします。」
「うん、頑張ってくれ。」
他にも色々な人が来ているのでなかなか挨拶が終わらない。
フレッドが「だんだん領地になってきましたね。」と笑う。
「どういうことだ?」
俺が尋ねると、ロイド卿も領地に帰っていて王都に戻る時には多くの挨拶客が押し寄せてきていていつも出発が遅れていたそうだ。
「小さい頃、僕はそんな挨拶客なんてもう切り上げにしてさっさと王都に帰りたかったんですけれど、この様子を見ていてうちの親父もしっかりと領民たちとコミュニケーションを取っていたんだなあってやっと理解することができましたよ。」
フレッドは小声でちょっと照れたように言った。
「この挨拶してくれる人がこれからトゥラニア領を背負ってくれる人だからね。おろそかにしちゃいけないと思っただけだよ。」
「それを教えられずに自然にできる人っていうのが明君なのかも知れないね。」
「おだてないで。」
俺たちは笑い合ったが、結局は挨拶が終わったのはもうお昼近くで、お昼までナッシュビルで食べてから出発ということになった。
俺の伯爵家の馬車にトレーシーたちが乗り、勇者パーティの馬車が並走する。それを騎馬の俺たちが護衛するという形になる。
次の宿泊地まではなんとか日暮までに着くことができた。その後は順調に王都まで何事もなく帰り着いたのである。
トレーシーは顔色はずっと冴えないままだったが、俺に対しての親密度はむしろより高まっていた。
フリーダは風紀委員として「見過ごせないですわ。たとえ王女殿下といえども一定の倫理というものはあるべきです。ここが学園ならばああ、きっと取り締まっていますとも。」とブツブツ呟くことが何度もあったのである。
アリシアは「フリーダのあれは病気よね。常にああいうことを言っていないと精神の平衡が取れないのだわ。」なんて言って最初から相手にもしていない。
トレーシーについては大きな心配はしていないのだが、少し気になることはないでもない。それは、強く噛むわけではないがトレーシーが俺に噛み付くようになったことである。トレーシーは自分が俺に噛み付いたことについては全く記憶にないというのである。
最初、歯形がつくくらい噛みつかれたのでそのことをトレーシーに言ったらなんだかビクッとして、その後強く否定したのである。
「何もないわ。気にしないで。」
そんなことを言われても気にしないわけにはいかない。けれどもその後は歯形がつくほどの噛みつきはなくなったので違和感は感じるもののそのままにしていたのである。
王都に着くとまずは王宮に向かった。
国王陛下には報告することが多い。
いつもの私的な謁見室に通されると国王陛下の他にウィル王太子やロイド卿が同席していた。
俺は国王陛下にとにかく領都のセレニアムに辿り着いたことを報告した。けれども、そこには魔族がおり、理由は不明だが、魔族たちはかつてスタンピードを起こした領都周辺のダンジョンに引きこもっていることを報告した。
「実は領都にある我が邸跡で泊まった時、私の父のリチャードが夢枕に立ち『7つのダンジョンを全て攻略せよ、魔族を滅ぼせ。』と言ったのでございます。できましたら我らにダンジョン攻略の御許可を得たく思います。」
国王陛下は「ほう、リチャードのやつ、息子の夢枕に立つほど殊勝なことをするようになったか。良い。許す。」とダンジョン攻略についてはあっさり許してくれることになった。
俺は言わなければならない。
「それで、王女殿下のことについてでございますが、魔族との戦いは激烈でございますので、その間は国王陛下とウィル王太子の庇護下に置いていただきたいのです。」
「なんと、今更返すと言われても困るぞ。」
国王陛下は驚いたのかちょっと明後日の返事をしてきた。
「いえ、無事に魔族を退治した暁には我がもとに迎えに来させていただく所存です。」
「そうか、相わかった。ウィル王太子よ。其方が責任を持ってテレジアを守れ。」
「わかりました。」
ウィル王太子は爽やかな笑みを湛えて頷いた。
トレーシーは嫌がるかと思ったが、案に相違して俺の言葉に小さく頷いたのである。
父上の亡霊の言ったトレーシーの危機とはどういうものかわからないが、彼女もそれを自覚しているということかも知れない。
そこでケビンが進み出た。
「国王陛下。我々勇者パーティもスペンサー伯に同行したく存じます。魔族のこともさりながら、魔王の復活にも関連する可能性がございますゆえ。」
「なんと、魔王が復活するというのか。」
国王陛下は驚きを隠せないでいる。
「いえ、確たる証拠はまだございません。けれども魔族が活性化していることは事実でございます。これは魔王復活の陰謀を目論んでいるからで間違い無いかと考えておるところです。」
「うむ。わかった。其方らも探索に赴くがいい。」
国王陛下は即断即決した。
御前を下がった後、勇者パーティは用事があると言って城から出て行ってしまった。
ウィル王太子は「じゃあ、エド、詳細を聞こうか。」と言って俺たちを別室に連れて行った。
「ということはトレスは魔族に誘拐されても何もされなかったということなんだね。」
「ええ。無事に領都の我が邸跡に連れてゆかれただけでした。」
「トレス、そこで魔族に何か言われたのかい?」
トレーシーは俯くだけで何も言わない。
「魔族に攫われるということはそれだけで恐怖ですからね。それを語れるまでには時間が必要かと思いますよ。」
俺はトレーサーを庇うように言った。
「じゃあ、僕はそろそろ父上のところに戻ろうかな。」
出てゆこうとするフレッドにトレーシーは「あなたにはエドに悪い虫がつかないように見張っていてもらう仕事があるのよ。逃げるなんて許さないわ。」と鋭く声をかけた。
「うへっ、やっぱり?」とフレッドは頭をかきながら浮かせた腰を再び下ろした。
「僕はこんな役ばかり申し付けられるんだ。エドは浮気なんてしないよね。」
「私の方に言われてもなんとも言いようはないな。もちろん浮気はしないけれどね。」
俺はなんともいえない顔をしていたと思う。どう答えていいのかわからない質問であった。
アランは「僕は父上にとことんやれって言われてますからぜひダンジョン探索をやらせてもらいたいです。」と言う。
ウィル王太子は「じゃあフレッド、そういうことだ。エドが浮気するとは思わないが、魔族の情報はぜひ君が収集してきてほしい。」と言う。
ウィル王太子の婚約者であるベアトリスは「トレーシー、大変だったでしょう。ここでは私たちが守りますからね。別室で休みましょう。」とトレーシーに呼びかけてくれた。
トレーシーも「ベアトがいてくれて本当に心強いわ。」とベアトリスと連れ立って部屋を出て行ってしまった。
ウィル王太子は「じゃあ、フレッドとアランも自宅に戻って一旦お休み。私はエドともう少し話をしよう。」と言って二人を追い出した。
アリシアは神殿の神官が「さっさと診断に帰ってきてもらわねば困ります。」と言って既にほとんど無理やりに神殿に連れて行ってしまっている。
二人きりになった俺たちで、ウィルは「さて、真実を教えろ。」と言ってきた。
「どこからですか?」
俺も聞き返した。
「魔族を滅ぼす剣のことだ。」
「ああ、一応あれは魔族が次元断層に落っこちたと言うことにしてあるのですが。」
「もう既に君が魔族を斬り捨てたことは報告されているよ。」
ウィル王太子は淡々と答えた。
「この剣、アスカロンは聖ジョージの佩剣でした。」
「ああ、そう聞いている。」
「聖ジョージは二匹の龍を退治したと言われています。私がこの剣を手に入れた時には龍の魂は一つだけだったのです。」
「ふむ。」
「それが、王都のダンジョンや魔族がもう一体の龍の破片が発見されました。」
「それで?」
「その龍の破片を集めることによって魔族が切れるようになったのです。その龍の破片がなければこの剣は幼生体の魔族しか斬れなかった。」
「そういうことか。よくわかった。」
ウィル王子はなんだか納得したという面持ちだった。
ウィル王太子は続けて聞いてきた。
「それで魔王についてはどうなんだ。」
「魔王は龍が完全体にならなければ斬れないでしょう。まだまだ破片は一部しか集まっていませんから。」
「ダンジョンを探索する意味は破片を探す意味もあるということか。」
「そうですね。魔族がいくつかの破片を持っていますので。」
「それで、魔王はどこにいる。」
「それは………わかりません。」
「可能性だけでもいいぞ。」
「もしそういう当てがあればケビンが動いているでしょう。」
「それもそうか。」
ウィル王太子はようやく俺を解放してくれた。




