第四十六章: 救出
領都までの道のりは順調すぎた。魔獣の姿は一匹も見えないのである。後で街道を作るために木々にマーキングをしていたけれど、その日のうちに領都セレニアムに到着することになった。
領都といっても既に完全な廃墟である。元は美しかったであろう建物も壁に穴が開き、塔は崩れていた。生き物の姿も魔獣や魔族の姿もない。
しんと静まり返った中に俺たちの足音だけが響いている。
「てっきりここで激烈な戦闘があるのかと思いましたが当てが外れましたね。」
アランが言った。
「王女殿下のところに戦力を集中している可能性もあるから油断は禁物だぞ。」
フレッドが答えた。
俺たちは街の中心の一番大きな建物である領主館に向かった。
領主館もあちこちが壊れていたがまだ原型を保っている部分も多い。
ぐるっと回って正門にゆくと、正門は開いていて、扉の前に赤のルベルが立っていた。
俺たちが抜刀すると赤のルベルは落ち着き払った表情で「男どもはすぐに戦いたがるから無粋よね。」と言う。
「どういうことだ。」
俺が声をかけるとルベルは「遅かったじゃない。王女殿下はこの中にいるわよ。早く助けてあげてね。」と言ってふっとかき消すように消えてしまった。
慌ててルベルのいた場所に走ってゆくがもはや誰もいなかった。
ケビンは「とにかく中を探そう。王女殿下の救出が第一だろう。」という。
俺が扉を開けようとすると扉には鍵すらかかっておらず簡単に開いた。
そのまま中に入るとなんとなく記憶があった。
おそらく大広間にトレーシーがいるんじゃないかという気がしたので、記憶を頼りに大広間に向かった。
「やはり昔住んでいたということか?」
ケビンがいうので俺は「それはわからないけれど、なんとなく記憶があるんだ。」と答えた。
俺の記憶に従って通路を進むと果たして大広間に到達した。
大きなガランとした部屋の奥に昔父上が座っていた大きな椅子がある筈である。
薄暗い部屋の奥をよく見ると記憶通りの椅子があり、誰かが座っている。
「トレーシー?」
俺が呼びかけてみると向こうからはトレーシーの声で「エド」という返事があった。
トレーシーがこちらに駆け寄ってくる雰囲気はなかったので俺は足を早めてトレーシーの方に向かった。特に障害物はなかったが、途中で魔獣や魔族の妨害が入るかもしれない。
警戒しながら動いたが、特になんの妨害もされることなくトレーシーの元まで辿り着いた。
トレーシーは見た感じどこも拘束されている様子はなかった。
俺が手を差し伸べるとトレーシーも手を伸ばしてきて俺たちはぎゅっと抱き合った。
「良かった、本物のトレーシーだ。」と俺がいうとトレーシーは俺の耳元で小声で「愛してるわ」と囁いた。
「俺もだよ。」と俺もトレーシーの耳元で囁いた。
フリーダが後ろから「はいはいお二人さん、再会が嬉しいのはわかるけれど事務を進めなきゃね。」と言ってきた。
「何が必要?」
俺が聞くとフリーダは「王女殿下、赤のルベルからは何か酷いことをされませんでしたか?」と聞いてきた。
トレーシーは「そうね。何もされなかったわけではないけれど、特に酷いことはされなかったわ。」と答えた。
「で、奴はどうしたんだ。俺たちは門のところで会ったけれど消えたんだ。」
俺がそういうとトレーシーは「魔族たちは魔王復活まではダンジョンの奥で引きこもるんだって。」と答えた。
「何、魔王復活だと!」とケビンは叫んだ。
「王女殿下、魔王はどこにいるのですか?」
ケビンは覆い被せるようにトレーシーに聞いてくる。
「それは……私にはわからないわ。」
トレーシーは口ごもるように答えた。
「王女殿下、」
さらにケビンがトレーシーに聞こうとするので、俺は「ケビン、気持ちはわかるけれど、トレーシーだって疲れているだろう。少し控えろよ。」とケビンの追求をやめさせることにした。
「そうだな。腹ごしらえをしないとイライラする。」
ケビンがそういうとトレーシーは次の間に食事はあるわよという。
俺が奥の扉を開くとそこは食堂で、様々なご馳走が並べられており、燭台には明々と光が灯されていた。
「このご馳走を食べたい?」
トレーシーが俺たちに聞いてきた。
ケビンは首を振って「拒否だな。」と言う。フリーダもそれに同調した。
アリシアは「エドならお腹空いたから良いじゃんって食べそうね。」と言い出している。
いくら俺だってそこまで見境はない筈だ。
「おとぎ話ならここで食べようって言ったら明かりが消えて食べ物が全部無くなるんだよ。」
俺がそう言うとフレッドが宝箱の魔物みたいなもんかと笑った。
「とにかく携帯食があった筈だからそれを食べよう。」俺はそう言ってマジックバッグから食事を取り出した。
「便利なものね。」
アリシアは感心している。
なんだか暗くなりそうな雰囲気を一人で明るくしているのはアリシアである。こういう時にはこの明るさはありがたい。
みんなはそれなりに食事を食べてくれた。腹が減っては戦ができぬ。まずは食べることが健康の秘訣だよ。
トレーシーはほとんど食べ物を口にしなかったけれど。
アリシアは「今日くらいは良いわよ。エドはトレーシーの横にいてあげなさい。」という。
「そ、そうかな。なんだか照れるな。」
俺がそういうとアランが呆れた顔をして「いつもあれだけイチャイチャしているバカップルなのになぜこの期に及んで照れるなんて言い出すのやら。」というものだからみんな思わず吹き出している。
なんだかトレーシーも顔を赤くして照れている。
俺はトレーシーの手を握ると「それでは皆さん、いつもイチャイチャラブラブのバカップルですから二人で失礼させてもらいますよ。」と言って大広間に続く小部屋の方に移動した。
みんなが笑ってくれるとこの陰鬱な空気も晴れるような気がした。
小部屋では手を繋いだまま肩を寄せ合って座っていた。トレーシーは俺に体重を預けるような感じでじっとしていた。
お互い何も言葉は不要だと感じていた。
トレーシーは甘えるように「エドのこと好き。」と言い始めた。「うん?私もトレーシーのこと好きだよ。」と返してあげるとまた「エドのこと好き。」という。それでまた「私もトレーシーのこと好きだよ。」と言い合っていると、だんだんと言い方が切迫したようになってきてついには「私はエドのこと食べちゃいたいくらい好きなの。」と口走った。
その違和感は強く感じたけれど、俺は「大丈夫、安心して。」と優しくトレーシーを抱きしめてあげた。
けれどもトレーシーはむしろ恐怖を感じたように大きく目を見開いていた。
トレーシーは取り乱したかのように「エドは私のこと愛しているよね。」と言い出した。
「大丈夫だよ。」と俺が優しくいうと、トレーシーは「私がそばにいなくても私以外の女を好きにならないで。」と言う。
「心配しなくても一番好きなのは君だよ。」
「でもアリシアがいるでしょう。私がそばにいないからってあの女にも目を向けないで!」
「一緒にいれば良いじゃないか。」
「私は王都に帰らなければならない。」
「じゃあ私も一緒に帰ろう。」
「だめ、あなたにはここで魔族を討伐する仕事があるわ。」
俺にはトレーシーが錯乱したようにしか思えない。
「わかった。まずは落ち着こう。いずれにしても今日はここに泊まるんだよ。明日またゆっくり考えればいい。」
トレーシーは自分の方から俺に抱きついてきて俺の唇を求めてきた。キスをすれば錯乱した会話をしなくて済む。俺は彼女の求めに応じた。
「エドを他の誰にも取られたくない。」
彼女はそう言って眠ってしまった。
俺は眠ってしまったトレーシーを横抱きにして大広間に戻ってきた。
アリシアが「お楽しみだったわね。」とやや冷たく俺に声をかけてくる。冤罪である。
「別に何もしてはいないよ。」
「ふーん。」
すでに簡易テントは準備されていた。
「トレーシーは奥の女子部屋に寝かせてあげて。」
俺は指示通り彼女を寝かせた。
アリシアは「エドはとっとと部屋から出ていってちょうだい。」とやはり冷たく言う。
酷い話である。
テントから出てくるとフレッドとアランが生暖かい視線を送ってきた。
「そりゃあれだけ好き好き言っていればアリシアちゃんも平静ではいられなかったということだな。」
フレッドはわけ知り顔で言う。
「えっ?そんなに聞こえていた?」
「丸聞こえだったよ。」
フレッドはニヤニヤしながら言う。
テントの中からアリシアが「うるさいわね!さっさと寝たらどう?」と叫ぶ声が聞こえた。
テントの中で仮眠を取っていると、アランが俺を起こしにきたのがわかった。
「そろそろ順番だよ。エド、起きて。」
「ああ、大丈夫だ。」
他の連中はぐっすり眠っている。
俺はテントを出て座る。小さな光球を呪文で出しておいた。外は真夜中である。
シンとした空気の中で不寝番を務めていた。
トレーシーはやはりおかしかった。彼女があれだけ取り乱した姿は俺も初めて見た。トレーシーは俺が彼女を愛することにすら疑念を抱いていたのである。それは今までないことだったし、あれほどストレートに俺の愛情を確かめる行動もなかった。
それに、せっかく捕まえたトレーサーを魔族がああもあっさりと解放するものだろうか。何かおかしい。けれどもあまりにも茫漠としすぎていて俺にはどこから手をつけていいのかすらわからない。
そんなことを考えていると、外から生暖かい風が吹いてくることに気がついた。明らかに異常である。
俺は剣を引き寄せて待った。
少しするとぼうっと光るものが部屋の中に入ってきた。もう肉体は抜け落ちて骨になりつつある。
「亡霊め、何しにきた!」
俺は小声だが鋭く叫んだ。
「待て待て、俺はお前の親父だぞ。」
少しエコーのかかったような奇妙な声で亡霊は喋り出した。
「親父ってリチャードか。」
「そうだよ。よく育ったな、エドワード。」
「それで何の用だ。わざわざ冥途から出てくるとは。」
「酷い。せっかく出てきたというのに。」
「もう夜も白みかけているぞ。早く用を言わないと朝になっても知らないぞ。」
「全くせっかちなやつだ。誰に似たのやら。まあいい。用件を伝えよう。」
「しっかり聞くぞ。」
「一つはこの領都の周りには7つのダンジョンがある。その底に魔族どもが隠れている。そいつらを全て退治しろ。」
「ほう。それから?」
「もう一つはお前の嫁だ。あれは今危険の縁にある。助けられるかどうかはお前の勇気と信頼だ。今は好きにさせてやることだ。」
「それはどういう意味だ。一体何を隠している。」
「ではもうゆくべき時だ。お前がこの試練を乗り越えて父祖の地を取り戻す日を楽しみにしているぞ。」
そう言った後はリチャードの亡霊はだんだんとぼんやりとして霞のように消えてしまった。
おっともう明けの刻だ。最後はケビンに不寝番を代わらなければ。
ケビンを起こしにゆくともうすでに彼は起きていた。
「おはようケビン。」
「おはよう。と言いたいところだが俺はお前に聞かなきゃならんことがある。」
「なんだい?」
「あの銀の魔族のことだ。」
「それがどうかしたのか?」
「なぜあいつは死んだのだ。魔族が死ぬなんて俺は見たことも聞いたこともない。」
「今の所、私の口からは何も言えないよ。秘密だ。」
「俺は勇者だ。聞く権利がある。」
俺はケビンの顔を見てため息をついた。
「私だってよくわからないんだ。今までにも剣聖は出現したことがあるということだった。けれども勇者パーティには入っていないんだ。全てが謎に包まれている。」
「俺が見たものが全てだということか。」
「わからないことだらけなんだ。後、わかったことが一つある。」
「なんだ、それは。」
「さっき俺の親父が亡霊としてやってきた。それによるとこの辺りにはダンジョンが7つある。そのどこかの底に魔族がいるから討伐しなければならないそうだ。」
「それに俺たち勇者パーティが参加しろということか。」
「そうだな。君たちの使命を考えるとってことかな。俺たちだけでやってもいいんだけれど。」
「やる。」
「いいのか?」
「勇者パーティは魔族を倒すのも一つの任務だ。」
「じゃあ一旦ナッシュビルに戻ってから作戦を練り直すとしよう。」
朝食を食べる時に俺がこの話をするとケビンとフリーダは一も二もなく賛成だと言った。アリシアとアランとフレッドも乗りかかった船だからということで同意してくれた。トレーシーだけは黙って俯いていた。
俺たちは領都を出て南に向かい、トゥラン川の渡し場に辿り着いた。
渡し場の詰め所にはトーマスが来ていた。言葉少なく実務的なことだけを話し合い、そのまま一緒にナッシュビルに向かうことになった。




