第四十五章: 誘拐
夕食は白龍のドラゴン肉のステーキだった。
騎士団員のみんなは若様、ご領主様ありがとうございますと言いながらパクパク食べてゆく。
ケビンは俺の方を見て「両手に花とはこのことか。」と驚いている。
ライラさんはもうナッシュビルに帰ったのでいつものようにトレーシーとアリシアが俺の両隣に座って火花を散らしあっているのである。
フリーダは「はあっ、もう、あなた達は。学園であれば風紀委員として取り締まるところですが、ここは学園ではないので見逃さざるを得ません。その幸運に感謝することですね。」と冷たく言った。
アリシアが「またまた。フリーダちゃんってば口ではきついことを言うけれど本当は優しいんだよね。」という。
フリーダは絶句して「まっ、なっ……」と真っ赤っかになって言葉を詰まらせた。
ケビンも「ああ、そうだな。フリーダは言葉はきつめだけれど優しいんだよ。」と言うからフリーダはもうテーブルに顔を伏せてしまった。
みんなで「ケビン?」と呼んでしまう。
「えっ?えっ?何か僕が悪いことを言った?」
「わかったわ。ケビンもエドと同じで天然ね。」
アリシアは分かったように結論づける。
「えっ、私の方にボールが返ってくる?」
俺は心外と言わんばかりに文句を言った。
思わずみんなで笑いあってしまう。いつのまにかフリーダも笑っていた。
食後には宿屋の女将が白龍の白い鱗を欲しがって来た。
「ぜひこの宿を龍にちなんで『白龍亭』と名付けたいんです。その時に証拠品として龍の鱗をいただけたらと。」
これを聞いて俺は他のみんなに相談してみた。
みんなそれがいいと賛成してくれたので俺は白い鱗を3枚ほど選んで女将に渡し、白龍亭の名前も許可する事にした。
女将は泣いて喜んでいる。俺たちはこの宿屋の未来を祝して乾杯をするのだった。
翌日には再び旧領都を目指すために渡河する事にした。北岸の監視小屋で体を乾かしたら北に向かって出発である。白龍がいなくなったせいか気温は比較的穏やかであった。
俺は浮遊術で森の上に浮き上がって旧領都と山砦との位置関係を確認しながら街道にしたい部分に青のリボンを巻いて目印にしてゆくのだった。
♢♢♢
あの白龍のねぐらまでは道筋は同じである。あのねぐらだったところに到着すると、以前のように凍りついた環境ではなく、綺麗な草原になっていた。
その真ん中に男が一人立っていた。
男は「ああ、パイロンよ可哀想に。せっかく育ったのに食肉にされてしまったなあ。」と嘆いていた。
男は銀色の長い爪を持っていた。こいつはヤバそうである。
ケビンが「お前は誰だ」とその男に鋭く呼びかけた。
男がゆっくりとこちらを振り向くとその瞳の部分は白く、本来なら白眼の部分は暗くなっていた。魔族である。
俺は「魔族よ、ここにいた白龍は我々が退治したよ。お前は誰だ。」とその魔族に言った。
「ふふ、弱肉強食。弱いものが強いものに変われるのは当然のこと。私は銀のアルゲントゥムだよ。誰か戦うの?白龍より強い人達。」
と魔族はいう。
「銀だって?」
ケビンは驚いて声を上げた。
「そうだよ。銅は既に殺された。そこの聖剣使いにね。奴は四天王の中では最弱って奴だ。」
魔族はそんなことを言う。
フリーダは力なく首を振って、「銀を封印する自信がありません。」と項垂れる。
「じゃあ、アリシアも手伝って。」
俺がそう言うとアリシアは「ええ、喜んで!」と答えてくれた。
ケビンは「じゃあ奴に切り掛かるからフリーダは結界を張って待っていてくれ。アリシアはその結界を強化してほしい。」と言う。
俺が剣を構えるとケビンはその魔剣を抜いて切り掛かってゆく。
俺は「ミズチが頑張ると魔族を斬っちまうよなあ。」とどうしようか迷ってしまった。
ミズチは「ホムラの力だけなら斬れないから僕、寝てますね。」と言ってプツッと交信が切られてしまった。ホムラが出て来てもうミズチはぐーぐー寝たらしいと言う。
俺がアルゲントゥムを斬りつけてもスカッと空を斬るように手応えがない。
「ほほほ、なんと手応えのないことか。あの銅を倒したと言うから期待していたのに。」
銀のアルゲントゥムは嘲笑して来た。
(そりゃミズチが寝たからだよ)
まあ、そんなことを言っても始まらないしそもそも魔族は理解すらしないだろう。
俺の葛藤に気が付きもしないケビンは「うまいぞ、ジャン!このまま聖女の結界に追い込むんだ!」と俺に叫ぶ。
銀の魔人は「えっ聖女の結界?どこにそんなのあるの?美味しいのそれ?」っていかにもバカにしたように騒ぐ。
俺はアスカロンを打ち込みながら「やかましい。お前はさっさと逝ってしまえ!」と叫んだ。
銀のアルゲントゥムは相変わらずからかいの笑みを浮かべながら「何処どこ?どこに行くの?」と無邪気そうに悪意を込めて聞いて来た。
俺は剣の柄で銀のアルゲントゥムの背中を思いっきり押してフリーダの結界の方に突き飛ばした。
ヨロヨロとフリーダの方によろめいていった銀のアルゲントゥムは結界の寸前で「プロテクション!」と叫んだ。とその瞬間にフリーダと彼女に力を貸していたアリシアの二人は強い力に弾かれたように後ろに弾き飛ばされた。結界も消失している。
銀のアルゲントゥムは皮肉そうな笑みを隠そうともせず声だけは無邪気そうに「あれー結界って何処にあるのかなー」と言っている。
ケビンは作戦が失敗したことで「くっ!」と唇を噛んでいる。
と、その時、ミズチが起きてきたようで「あれっ?僕の力を誰かが使った?」と言ってきた。
「今、力を使ったとしたらあの魔族だけだぞ。」
「そうかあ。なんだか僕の破片の感じがしたんだよ。」
ミズチは言う。
「じゃあ、あいつを斬ってみよう。少し力を貸してくれるかい?」
「いいよ。」
アスカロンのパワーレベルが上がる。
「おや?ネズミが何か小細工していますか?」
もう無邪気なふりをやめた魔人は上から目線で続ける。
「ゴミな人間どもはここで全滅しなさい。古代龍の力を持つ私にゴミは決して勝てませんよ。」
銀のアルゲントゥムはこれが本来の笑い方なのであろう、キーッキキキッと耳障りな笑い声を上げた。
俺は黙ってアスカロンを銀のアルゲントゥムの胴にぶち込んだ。けれども、やはり「プロテクション!」と叫んだ銀のアルゲントゥムの体に刃が食い込むことはなかった。
カンという金属音のような高い音と共に俺の一撃は跳ね返されてしまったのである。
ミズチは「やっぱり僕の破片だ。僕の破片の力を防御に使っているんだ。」と言う。
「破れそう?」
俺がそう聞くとミズチは「そりゃ僕の破片だからね。大丈夫。でもちょっと計算が必要かな。少し時間をくれると嬉しい。」と言うなら黙り込んでしまった。なんらかの計算を始めたのかもしれない。
「キーッキキキッ!もう終わりですか。そりゃ古代龍の加護を持つ私に指一本でも触れようというのが傲慢至極なのです。」
そう言って銀のアルゲントゥムは指の爪をミサイルのように発射してきた。
俺は仰向けになって至近からのその攻撃を避けるしかなかった。
「人間なのですから構いませんよ。猿みたいに泣き喚きなさい。我々上級種族である魔族に無駄な慈悲を請いなさい。慈悲なんてあげませんけれどね。」
そう言って銀のアルゲントゥムはまた爪を発射する。
今度は十分に距離を取っていたので余裕を持って避けられた。
ミズチはまだ反応がない。
爪のミサイルを打ってくる魔族と鬼ごっこを続けるしかなかった。
と、その時、トレーシーの悲鳴が聞こえた。
赤のルベルがトレーシーを引っ掴んでいるのが見える。しかしその距離は絶望的に遠くなっている。
その時、ミズチが「計算完了。いつでも行けるよ!」と朗らかに報告してきた。
銀のアルゲントゥムは「何をよそ見しているのですか?あなたの相手は私ですよ。」と言ってきた。
「うるさい!」
俺は一気に銀のアルゲントゥムに近づいて袈裟懸けに切り下ろした。
銀のアルゲントゥムは「プロテクション!」と叫んだが、アスカロンはそのまま魔族の肩口から背骨に達するまで一気に切り割ったのである。
魔族はたまらず真の姿を表した。
「な、なぜ防御が効かないんだ。」
「うるさい。地獄で考えてろ!」
俺はその腹部を一気に掻っ捌いた後にその首を切り離した。
銀のアルゲントゥムは「なぜ、なぜ、なぜ」と繰り返しながら傷からは魔素を噴出させながら溶けるよう消えて行った。
「うおっ!」ゲイリーの声に目を向けると、ルベルに切り掛かったゲイリーがルベルの逆襲を受けてその剣で胸を貫かれるところであった。
「くそっ!」
俺がルベルの方に向かおうとしたが、ルベルは「ホホ、王女殿下の旦那様には敵いませんからね。逃げさせてもらいます。王女殿下は旧領都にいますから急いでおいでくださいな。」というなりトレーシーを連れたままずっと姿を消してしまった。
後には倒れたゲイリーだけが残されている。
「ゲイリー、今ポーションを出す。諦めるな!」
「わ、若様。もうわしの心の臓は壊れてしまっています。もう体温が冷えていくのが感じられます。無駄にポーションは使わないで下せえ。」
「ゲイリー………」
「せ、戦場で死ぬのがわしの夢でした。わしは何にも悔いておりません。若様にお仕えできて幸せでした。」
そう言うとゲイリーは全身の力を抜いて目を閉じた。その喉の奥からはごぼりごぼりという出血の音がしている。
「おい、ゲイリー、目を覚ませ。目を開けろ、ゲイリー!」
俺は無駄とは知りつつもポーションを彼に飲ませようとした。
けれどもそのポーションはゲイリーに飲み込まれることはなくただ口から溢れ出ただけだった。
おそらくもう心の臓は止まっているのであろう。ゲイリーは急速に人間からただの物体へと変貌しつつあった。
俺は静かにゲイリーを地面に降ろし、近くにいた団員たちにゲイリーを渡し場まで連れて帰るように命じた。彼らも一様に目を赤くしていたが、ベテランでもあり取り乱したり泣き出すようなものはいなかった。
彼らは黙々と毛布と棒でタンカを作り、そこにゲイリーを乗せて俺に敬礼した後、渡し場へと後方に連れて帰って行った。俺も敬礼を返した。
ケビンは「ジャン、お前に聞きたいことは山ほどある。でもな、今は待てだ。何も聞かないでやるからとにかく待っていろ。今、フリーダとアリシアの治療中だ。治療が終わるまでここから動くな。」と俺に噛み付くように言う。
もちろん、トレーシーを早く助けねばという切迫した気持ちとゲイリーを失った喪失感と空虚がないまぜになった俺の心の中は俺自身どうやって整理をつけたらいいのかもわからない。
フラフラと銀のアルゲントゥムの消えた場所に戻るとミズチの破片が転がっていた。
ミズチは「わーいわーい、僕の左手が帰ってきた!るんるんるん」と喜んでいる。
俺は踊っているミズチをただ見つめているしかなかった。
♢♢♢
「ほほほ」
トレーシーを拉致した赤のルベルは上機嫌だった。
「何よ!私に手を触れたらタダじゃおかないわよ!」
トレーシーは赤のルベルに叫ぶ。
「あらあら、私があなたに危害を加えるなんてどこで思ったのかしら。あなたは私たちの大事な人なのだから心配しないで。」
赤のルベルは優しそうに言う。
「あなたたち魔族の言うことなんて信じられるものですか!」
「今日ここに呼んだのは愚かな裏切り者の小細工を打ち壊すためだけですよ。あなたはここを都にしたいのでしょう。ここはあなたのものなんですよ。」
「領都はエドのものよ。私は彼の伴侶なだけよ。」
「まあ、可愛らしいわねえ。そう、あのエドワードを食べてしまえば良いのですよ。食べてしまえばもう夫が浮気していないかなんて心配することもない。いつも一緒になれるのです。」
「ふざけたことを言わないで!」
「おほほ、あなたもそのうちわかりますよ。まずはくだらぬ枷を外しましょう。」
赤のルベルが杖を振るとトレーシーは自らの鼓動とは違う力強い鼓動を感じた。
「これは何?」
「おほほ。ここまで魔王様の種をよくぞ育てて下さいました。魔族一同感謝いたしますよ。」
「え?魔王の種って。」
「あなたは魔王様の苗床、母君なのです。魔王様をより強大に育てるためには空中の魔素を取り込むだけではなく強いもの、あなたの伴侶なども取り込めば良いのです。そうすれば魔王様の中であなたとあの剣聖は永久に一つになれるのですよ。」
「なんですって!」
「我々は魔王様の復活の時までダンジョンの奥底に引き篭りましょう。あなたと剣聖は幸せにこの都を治めて構わないのですよ。」
「そんな……」
「あなたがいつ伴侶である剣聖を食べるかも自由にして良いのですよ。そのうち彼はあなたを助けにくるでしょう。これからは永遠に一つになれるのです。」
トレーシーが必死に彼女の言葉を否定しようと思っても、もう魔王の鼓動は常に感じられるのである。
(エドを食べたらどれだけ美味しいのかしら)
ふとそう考えている自分に気がついてトレーシーは心の底から恐怖を感じた。
今はまだ魔王の力を自分が抑えられるかもしれない。けれども今後さらに魔王の力が大きくなってゆけば自分が魔王に負ける日が来るだろう。そうなれば私はもうどうしようもなくエドを食べることになるのかもしれない。けれどもそんなの絶対に嫌だ。
トレーシーはもう涙を流す以外のことはできない。魔王の種は自分の体内にがっちり根を張っていることが感じられる。今更自分と魔王の種を分離することはできないだろう。
♢♢♢
ぼんやりとミズチを見ていた俺は急に後ろから声を掛けられた。ケビンである。
「ほら、どうした。フリーダとアリシアの治療は終わったぞ。王女殿下を救出に行かないのか。」
「行く。」
俺はそう言ってずっと立ち上がった。
「良かったよ。その目つきを見るとまだまだ心は折れていないようだ。」
ケビンの声に安堵感が混じっている。
俺が後ろを振り向くと勇者パーティの面々と俺たちのパーティの面々がみんな立って待っている。
フレッドが言った。
「さあ、王女殿下を助けに行こう、エド。」
「ああ、行こう。みんな頼む。」
「任せてくれよ。」
ケビンも言った。
アリシアは「さあ、領都に行ったらどこに分神殿を作るか決められるわね。」と嬉しそうにしている。
「まずは領都に行ってどれだけの魔族と戦わなければならないかだね。」
「まあ、大丈夫でしょう。」
そうして俺たちは旧領都セレニウムへの道を進み始めたのである。
ちょっと終わりそうな雰囲気ですが、ちゃんとトレーシー救出まで書きますとも。




