第四十四章: 北の龍
翌日には川を渡ることになった。
もちろん、トレーシーと同じベッドで寝泊まりして侍女に監視されるという状態は変わりない。
朝食を食べた後、ザブザブと川に入ってゆく。北岸に監視小屋ができて騎士団員が常駐するようになっているため、川には杭が打たれてロープが架け渡されている。
ゲイリーは橋をかけるという計画もあるけれど、その橋を使って逆に魔獣に渡ってこられるのは嫌ですからということでまだ川を渡るには水の中に入って渡るしかないのである。当然馬車は南岸に置きっぱなしということになる。
川を渡るのは俺たちのパーティと勇者パーティ、そしてゲイリーとベテラン団員たちである。ライラさんは流石にナッシュビルの教会に戻って行った。
川を渡ると北岸の監視小屋の人が焚き火を作って待っていてくれた。みんな焚き火に当たって服を乾かすのである。
監視小屋の周りには防護壁も作られており、魔獣の被害に対抗できるようになっている。
この辺りにいたゴブリンやキュクロプス達は前回の討伐で全滅させた。その後もこの辺りにいたオーク達や狼達は随分と退治されたのだという。
監視小屋の小隊長であるクンツはそう説明してくれた。
けれども、ここから少し北に行ったところに龍がいるので危険すぎて北岸にはまだ屯田はできていないということである。
「龍か。」
俺は嘆息した。
あの山砦の場所にいた青の魔人が差し向けたという青い竜のことを思い出した。もし赤のルベルが差し向けたのなら赤い龍なんだろうか。
龍という言葉を聞いて勇者パーティは色めき立っている。
どうやら彼らは龍退治はしたことがなかったようで、なんだか期待が高まっているみたいだ。
服が乾いたところで軽食を取り、森の中に入ることになった。
北岸はまだほとんど伐採されていない。
木こり達は早く木を切りたいそうだが、龍がいるので近づけないということである。
クンツ隊長は「龍の棲家までは木に赤い布を巻いていますので迷わないと思います。」と教えてくれた。
俺とケビンはまずは龍を見ることで意見を一致させた。
今までの目撃談が確かならその龍は白い体をしていて大きさは青龍より大きいらしい。全てを凍らせる龍の息を吐き、中にはそれに直撃されて凍ってしまった人もいたらしい。
クンツ隊長によればそういう人たちは可哀想だが、もう龍の食事としてお腹の中に入ってしまっていると考えられるということである。
クンツ隊長は案内役として来て貰えることになった。
俺たちは装備を確認してから隊列を組んで森の中に入ることにしたのである。
クンツ隊長は木々に巻かれた赤い布を示しながら森の中を進んでゆく。森の中でどれほどたっただろうか。
なんだか冷気が酷くなって来た気分である。
クンツ隊長に「これは北に来たから寒くなって来たのかな?」と聞いてみると「いや、龍の影響でしょう。」と簡潔に答えてくれた。
防寒具もあるが、あまり着込むと動きが緩慢になってしまう。どうしようか悩んでいるとトレーシーが暖かさの呪文を唱えてくれた。
「でもこれ以上寒くなったら呪文の効きが悪くなるからね。」
トレーシーはなんだかツンツンしているみたいだ。
次第に寒くなる中を俺たちは進んでいった。
雪が30センチくらい積もっている中を進むと少し開けた場所に出てきた。
目前には白い塊がある。
クンツ隊長が小声で「あれが龍です。」という。
しかし龍はその声を聞き咎めたみたいで赤い目をカッと開けた。
「ああ、これはでかいな。」
ケビンがつぶやく。
俺も黙ってアスカロンを抜いた。
後ろでトレーシーが呪文を準備していたみたいで「大爆発!」という声が聞こえた。同時に龍の息が吐き出された。その冷凍光線は大爆発の魔法とまともにぶつかった。
この二つがぶつかるととてつもない光が走り、次の瞬間、どちらも消滅していた。
勇者パーティの魔法使いは「大魔法を龍の息で相殺するなんて、とんでもない威力です。」と独り言のように呟いた。
トレーシーは「な、何よ、次は流星雨をお見舞いしてやるわ!」と呪文の準備に入った。
もちろん龍はトレーシーを狙い始めている。
「まずい!」
俺はアスカロンに炎を纏わせると一気に切りつけた。
白龍の純白の鱗が割れる感触はあったが、深く傷つけた感触はなかった。
けれども龍は俺の方を敵と認識してくれたらしい。トレーシーを丸呑みすることをやめて俺にその太い前足を振り下ろして来た。
「よしっ!」
俺はヘイトをこちらに向けさせた事に満足しながらその攻撃をかわした。
ケビンも硬直から覚めたようで、俺の反対側から彼の強力な魔剣を振り回して攻撃を始めている。
アランとフレッド、そして勇者パーティの女騎士もそれぞれ攻撃を始めた。
いきなり多方向から攻められてさすがの龍も対応に困っているようである。
と、トレーシーが流星雨を唱える。
空から流星が降ってくるが、龍はこれを予期していた様子で、龍の息を流星に向けて吐き出し、次々と凍らせて落としていた。
トレーシーも二発続けて大魔法を使った事で疲れ果てて肩で息をしているようである。
アリシアがトレーシーのそばに行って彼女の状態を見守っている。
魔法使いのヒルダは火の玉をペシペシと龍に当てているが、やはり威力としては小さい。女騎士のグゥエンダリンは小出しに攻撃して龍のヘイトを集めようとしている。
「げっ、やばい。ブレスだ。」
龍が龍の息を吐く準備に取り掛かっている。周りを見ても誰も気が付いていないようだ。
と、いきなり龍は龍の息をグゥエンダリンに向かって吐き出した。俺は駆け寄ってグゥエンダリンを突き飛ばし、炎を纏ったアスカロンで龍の息を切り裂き始めた。ブレスはアスカロンで真っ二つにされ、俺には冷気は届かない。
グゥエンダリンはフリーダに引っ張り出された。おそらく彼女から緊急治療を受けるのだろう。
ケビンは「龍の息を剣で真っ二つに切るなんて無茶苦茶な話だな。」と呆れた声を出している。
獲物を横取りされた龍は前足で辺りを薙ぎ払っている。
その龍の八つ当たりとも言える攻撃でフレッドが吹っ飛ばされた。
彼のご自慢のミスリルの鎖帷子で致命傷は避けられたようであるが、龍の打撃の後は起きあがろうとすらしていない。アリシアが慌ててフレッドのそばに駆け寄って治癒魔法を掛けている。
ケビンは「その無茶苦茶な剣と俺で反撃しようぜ!」とむしろ朗らかな口調で俺に言った。
「よしやろう。」
俺も答えた。
アスカロンの中のホムラもミズチもやる気十分である。
龍がデカすぎて顎には届かないので、とにかく同じ場所を繰り返し攻撃する。そうすると、鱗が壊れた後に生身が剥き出しになってくる。そこに剣を突き立てればいいのである。
もちろん言うのとやるのとでは難易度は雲泥の差である。
龍はますます怒り狂って前腕で殴りかかってくるだけでなく、噛み付いてくるし、尻尾を振り回して俺たちに当てようとしてくる。その攻撃を掻い潜るだけでも大変である。
とにかく俺とケビンとアランという残った三人で攻撃を続けた。もちろん、ヒルダの魔法もチクチクと効いているみたいで龍を苛立たせる効果はあるようだ。
トゥラニアの騎士団員についてはゲイリーが攻撃を控えさせているようだ。これは正しい。弓矢で攻撃して龍の気を逸らしてくれるのがありがたいとは言えるが、それをやると龍の息を喰らう可能性があり、騎士団員が一撃で全滅する危険が出てくる。
俺が鱗を壊し切って龍の生の肌に到達すると既にそこから冷気が漂っていて寒い。アスカロンのホムラの力で火の加護を得てその龍の生肌に剣を突き刺すと、そこから血の代わりに冷気が吹き出して来た。龍は痛みのせいだろう、もう無茶苦茶に暴れるので俺たちも速やかに龍から離れた。
逃げ遅れたアランは龍の尻尾の一撃で吹っ飛ばされた。
幸いフレッドの治療は終わっていたようでアリシアはフレッドを送り出してからアランの方に向かった。
グゥエンダリンも治療が終わり、痛々しい凍傷の痕を残しながら戦線に復帰して来た。
幸い、龍が暴れ出してからは攻撃の精度が落ちたようで攻撃は飛んでくるのだが、避けやすくなった。
そこで、ケビンも鱗を叩き割って龍の生肌に彼の魔剣を突き立てたのである。
彼の剣はもう霜だらけになっている。
おそらく冷気が吹き出しているのだろう、ケビンは慌てて剣を抜くと飛び退いた。
魔剣は竜から離れると氷は溶けて元の輝きを取り戻してゆく。
そうやって何箇所かに傷を付けてはゆくものの、龍の体力は無限に思える。巨体であるため、空中に飛び上がることはしないらしいのが幸いである。
必死で回避しているが、やはりどうしても数が増えてゆくのでもうフリーダもアリシアも前線のすぐ後ろにいて回復魔法を掛けている。
俺は龍の土手っ腹に穴を開けてやれと攻撃していたが、穴は開けたものの臓腑までは突き通すことができない。鎧のような鱗をぶち破って剣を突き刺したけれど、恐らくは人で言うと皮下脂肪のレベルで止まっている感じである。
他にもいくつか傷をつけていて一定のダメージは与えているけれど致命傷には至っていない。
後ろからトレーシーの「どいて!」と言う声が聞こえた。
振り向くとトレーシーが魔力補充ポーションを飲み干したところであった。
「相変わらずこの薬はまずいわねえ。飲みたくなんかなかったけれど仕方ないわね。」
心なしか彼女はフラフラとしているようである。
「行くわよ、炎の槍!」
彼女の手のひらから特大の棒状の炎が現れ、一直線に俺がつけた腹の傷に突き刺さった。
龍はさすがに苦悶し、その傷口からは氷の液体が流れ出し、外に出ると速やかに凍りついた。
そうか、その手があったか。
俺は上級火魔法は使えないので火の槍三倍増しである。
さすがに三倍増しにすると大きさもトレーシーの炎の槍にも負けていない。巨大な炎の槍が俺が開けてトレーシーが引き裂いた傷口に飛び込んでゆく。
「おげおあー!」
龍はもう声にもならない声をあげてもんどり打った。
俺の火の槍三倍増しは龍の腹の中をかき回すだけではなくその背中から飛び出していった。
龍の口からも腹からもあの氷の液体が大量に吹き出した。まだ龍は息はしているがもう意識はなくなった様子である。
ケビンは龍の口に剣を差し込み、その上顎からグッと脳に剣を突き刺した。
龍の命はそこで絶たれた。
俺は拍手して「さすがドラゴンスレイヤー」とかばんを褒め称えようとしたが、ケビンに止められてしまった。
「エドワード、君はあまりにも自分を卑下しすぎではないか。王女殿下の魔法にもたまげたが君のあの魔法はなんだ?君は魔術師なのか?まさに君たち二人はお似合いのカップルといえよう。」
ケビンはなんだか長口舌を振るっていた。
既にゲイリーは部下を叱咤して龍の解体作業にかかっていた。
団員達は「龍なんて初めて見た」とか「あんなすごい魔法を使うご領主様と奥方様だぞ。」とか口々に囁きながらとにかく龍の鱗や肉や骨など使えるところを切り出して取り分けていった。
ゲイリーは「鱗の大きさを見ると少なくとも青龍と同じか大きいですね。」と俺に囁いて来た。
「今回は俺たちのパーティと勇者パーティの共同の成果だからねえ。」
♢♢♢
数時間経ってやっと解体作業が終わったので、ドラゴンだったものを監視小屋に持って帰る事になった。
荷車ではあるが当然人力で引いてゆくのである。パーティのみんなも手伝ってなんとか北岸の監視小屋まで荷物を持って帰ることができた。
監視の団員達も龍の鱗や肉を見てびっくり仰天している。
「まさかあの龍がこんなにあっさり退治されるとはねえ。」
「あっさりじゃないぞ。大激戦だったんだから。」
ケビンがそう答えると同行していた団員達は深く頷いていた。
「君らのが領主様とその奥方がいなかったならば負けていたかもしれない闘いだったよ。あれは本当にすごいな。君たちもいい主人を持ったものだ。」
ケビンは真顔でそんなことを言う。
俺はちょっと恥ずかしいくらい褒められたので顔を赤くしながら「ケビンは勇者様だ。龍退治の最後のトドメを刺したのは勇者様だからな。その勇猛を謙遜しているだけだぞ。」と捲し立てる羽目になった。
団員達は心得たもので、俺の話を幾何と即座に「ご領主様と奥方様バンザイ!勇者ケビン様バンザイ!」とバンザイを唱えてくれた。
ケビンもちょっと顔を赤くしていたからカウンター成功である。
さすがにみんなで龍を運んで疲れたので一休みする事になった。
トレーシーは大魔法を三発も撃ったわけなので流石に疲れたのだろう。監視小屋の奥の部屋で眠ってしまった。俺は仕方がないのでその前の部屋でくつろぐ事にした。何かあれば侍女が知らせてくれるはずである。
ちょっとぼんやりしているとフリーダが部屋にやって来た。
「どうした?フリーダ。何か用か?」
「ええ、実は謝っておきたいことがあって。」
彼女はなんと、あのギフトの選定の時のことを謝って来た。
「私も本当はあなたがなんらかのギフトを与えられると思っていたのよ。それが何もなかった。それで私は焦っちゃったのだと思うわ。だからケビンにくっついてしまった。本当はあなたにこそ話さなければならなかったのに。」
「ああ、そんなことは気にしなくてもいい。あれは古代語を読めなかった選定官がちょっとアレだったという話に過ぎないし、おかげでアリシアとかトレーシーに出会うこともできた。もし普通にギフトをもらっていたならばこうはならなかっただろうからもう女神の采配としか言えないと思うよ。」
「ああ、でも私はあなたをギフトのない子として貶んだのです。」
「うん、それは過去のこと、過ぎ去ったことだ。今となっては私はそれを何も気に留めていないし、実際にも俺は勇者ケビンにだって劣るまいと努力した成果を実感しているよ。」
「でも。」
「フリーダ、君は謝ったし私はその謝罪を受け入れたということだよ。それでこの話は終わり。これ以上は何をいう必要もないと思うよ。」
「ええ。わかったわ。」
「フリーダはケビンとの道を進むのがいい。私も応援しているよ。」
「じゃあまた。」
「じゃあ。」
フリーダは涙の跡はあったが最後は微笑んで部屋を出ていった。
「おやおやー?」
アリシアがそのすぐ後に入って来た。
「今フリーダとすれ違ったけれど、彼女は泣いた跡があったよ。色男ねえ、うりうり。」
アリシアが俺の肩をぐりぐりする。
「彼女とは同じ孤児院で育ったからね。」
「旧交を暖めたというには修羅場だったんじゃないの?」
「はあ、彼女はケビンを選んだんだよ。修羅場っていうのは酷すぎだよ。」
「そうよね。あなたには私とトレーシーがいるからね。浮気はダメよ。」
「どうしてそういう方向に行くのかわからない。私がギフトをもらわなかったから彼女は私を捨ててケビンを選んだという事に自己嫌悪を感じていたんだろうね。あの時、彼女は私に何も言わなかったからそれを後悔していたんだろう。」
「うふふ、やっぱりエドは私のエドよ。」
そんなことを言っていると目をこすりながらトレーシーが起きてきた。
「はあっ?アリシアがなぜ私のエドに抱きついているのよ。」
「トレーシーは何を言っているの?エドは私のエドよ。」
「二人とも、いい加減に落ち着こうよ。ね?」




