第四十三章: 3年生の卒業と新しい村
もう3年生は卒業である。今年の卒業生は去年の王太子殿下のプロポーズを真似たのか、あちこちでプロポーズするカップルが出現した。
トレーシーは「私もプロポーズしてほしい。」と言っているが俺とトレーシーは既に婚約者だというと「そうだったね。」と顔を赤くしていた。
成績は相変わらず俺が一位でトレーシーが二位である。
一年生は混戦模様でマチアスが一位を取ったりランディも一位を取ることがあったりして盛り上がっていたらしい。
大きな波乱もなく三年生を送り出した後は休暇となり、俺たちはトゥラニアに戻ることになった。
今回は勇者パーティの馬車とスペンサー伯爵(俺のことだ)の馬車、後は騎馬ということになった。
トーマスが新人たちを徒歩で連れて行っているのは例の如くである。
もうトゥラニア騎士団は100名を超えてくるのではないか。
マチアス王子も来たがったらしいが、トレーシーが姉権限で断ったとかなんとか。
勇者パーティはほぼ固まっていてケビンくらいは挨拶はしてくれるが、ほとんど交流はなかった。
以前に比べてナッシュビルまでの街道を行き来する人や馬車が増えたような気がする。
街道を越え、ナッシュビルに入った。
ナッシュビルは相変わらず活気がある街になっている。
俺たちは領主館に滞在することになった。
ヘンリーさんは歓迎の宴を開いてくれるそうである。
それまでの間、俺は勇者パーティの一行をナッシュビルの冒険者ギルドに案内した。俺はその名誉ギルド長である。
以前に比べてギルドのメンバーも増えていて「青の閃光」のギルドメンバーも今ではギルドの運営の方にかかりきりになっているみたいである。受付係の綺麗なお姉さんも雇われている。もちろんそんなことを口に出したらトレーシーにお尻をつねられてしまいそうだから言わないが。
勇者パーティはケビン以外は女性なので特に反応はなかったが、アランとフレッドは「いいなあ、こんな美人が受付係なんて。」と今にも涎を垂らしそうな表情で言ったものだからトレーシーとアリシアに拳骨を喰らっていた。
ザマアミロである。同じことを言いたかったが黙っていた俺の勝ちである。
ケビンは依頼内容に興味があるようで依頼の紙が貼られていたボードをじっくりと眺めている様子だった。
俺が見る限りそんな変わった依頼はなくて護衛任務や小さな魔獣の退治が主だったんだけれども。
ギルドを出た後は教会に行った。アリシアにしてみれば久々のライラとの再会である。教会はライラの布教やおそらくはシルクの生産のためか信者が増えていて教会内にはそれなりの数の信者さんが集っていた。
これにはフリーダも頬を緩めて「人々が正しい信仰を求めるのはよいことです。」と言っていた。
アリシアは教会の設立の時に来てくれていたので知っていた人もいたが、フリーダは初めてなので皆さんは「なんと、聖女様が二人もこの教会に来るなんて!」と素直におったまげていた。まあ、そういう反応が普通だろう。
アリシアがライラとの再会を喜んだ後、フリーダを見たライラはやはり驚いたようで、フリーダ様がこんな小さな教会に来るなんて!と驚いており、アリシアに「私も聖女なんだからね。」と釘を刺されていた。
信者たちはフリーダに臨時の説教をお願いしており、フリーダも「あはは、これが格の違いね。」と喜んで応じていた。
信者たちが慌ててみんなを呼び集めたのだろう。小さな教会は満杯の人で埋まってしまった。男たちは春蒔き小麦を蒔き終えたところで手が空いていたということかもしれない。
フリーダを見て女性たちはアリシア聖女と同じく美しいわ!とザワザワし、男たちは「美人!最近ナッシュビルには美人が増えたが、フリーダ聖女を見るとすごい!」と囁きあっている。
フリーダはそんな声をものともせずに登壇して説教を開始した。
話は光の女神の話と闇の邪神と魔王の話で魔王を勇者が撃ち倒すというもので、王都の光の教会でもよく話されているものだったが、フリーダの話が上手なので信者たちは皆聞き惚れていたようであった。
俺もフリーダがこんなに説教上手だとは知らなかった。
フリーダは最後には勇者ケビンを紹介し、勇者パーティが光の女神の加護を得て魔王を打ち倒すのだと締めくくると信者たちからは勇者コールが起こるほどであった。ケビンは多くの信者たちから握手をせがまれて、結構嬉しそうだった。勇者も単純である。
ライラはできたら二人の聖女にナッシュビル近郊の麦畑などに加護をお願いしており、アリシアもフリーダも喜んで加護を与えてくれるらしい。
トレーシーはシルクの生産についてライラに尋ねていた。ライラによると冬の間に多くの桑の苗木を入手してシルクの増産に乗り出しているらしい。
「今の生産量はドレスを一着作れるかどうかというくらいでしたからハンカチにしていることが多いのです。」
とライラはいう。
「これよね。」と前回にもらってから愛用しているらしいトレーシーはシルクのハンカチを取り出した。
「最近は女性たちが刺繍するようになってこんなのも作ったのです。」
とライラは数枚のハンカチを取り出した。純白のシルクのハンカチの上には精緻な刺繍がなされていた。
そのハンカチをトレーシーやアリシア、フリーダの聖女たち、それに勇者パーティの二人の女性にライラは贈った。
「ここまで凝ったものは王都でもそうそう見ないわね。」
と評価は良好である。
俺も「トゥラニアの新しい産業としてぜひシルクの増産をお願いしたい。」とライラさんに言った。
ライラさんは「頑張ります!」と前向きに答えてくれた。
その後、オルジさんが出しているスターン商会のナッシュビル支店に顔を出した。材木と小麦の商売で活気付いており、かなり忙しそうだったけれども、オルジさんは時間があるからと最近出店した居酒屋に案内してくれた。まだ夕方には早い時間だったけれど、既に客席は満席に近く、何人もの若い女性が給仕をしていた。フレッドは「ひょえ、美人揃いだなあ。」と言ったが、そのときトレーシーの怒り顔が目に入ったらしい。つづきの言葉を必死に飲み込んでいた。
俺はオルジさんに「ここのウェイトレスさんは地元での採用ですか?」と聞いてみた。
オルジさんは「いえいえ、中には地元の子もいますがほとんどは王都で募集してきてもらった子たちです。」と答えた。
なるほど、ここにきてもらった女の子と地元の男たちが結婚して家を構えてくれれば定着してくれる事になる。
俺は「ヘンリーさんに何か優遇を頼みましょうか?」と聞いてみた。
オルジさんは「ええ、既に3年間は酒税を免除していただける事になっていますから。」と答えてくれた。さすがは商売人である。抜け目ない。
また、ライラさんがくれたシルクについても大々的に増産の投資をしていて頑張って来年には卒業パーティにトレーシーにシルクのドレスを着てほしいということである。
「もちろん、頑張るわ。」
トレーシーはやる気である。
また、宝石の方もトゥラン川を試験的に探させているようで、何粒かのブルーサファイアのカットができているということである。
彼はそれを持ってきていて、イヤリングに加工されていたものを「これは今日の歓迎の宴につけて行くわね。」と言いながらもらっていた。
♢♢♢
館に帰ると歓迎の宴の準備である。俺たちはすぐに終わるが、女性たちは準備が大変である。
俺たちはのんびり待っているだけである。
アランもフレッドも以前との変わりようには驚いているみたいである。
「急激な変化じゃないか。」
「こんなに繁栄しているなんて予想外だったよ。」
なんて賛辞に近いようなことを言ってくれた。
ケビンも「俺が知っているナッシュビルの村って鄙びた寒村って感じだったから見違えたよ」と言ってくれた。
「そういえばケビンの故郷の村ってあのトゥラン川の渡し場の北なんだよね。」
「ああ、話ではもう変わり果てて跡形もないそうだけれど。」
「森が急激に拡大したからねえ。川の南側の元の村もほとんど破壊されていたよ。水路だけはなんとか修復したんだけれど。」
俺は新しい住民たちが木を切ってその切り株を引っこ抜いて新しく小麦畑にして行っていることを話した。
「うん、もし俺の村が消えてしまっていても新しい人たちが新しく畑仕事をしているのならそれはそれでいいことだと思う。」
ケビンは微笑みながら言う。
「まあ、明日には渡しまで行けるさ。そこで実際を見ればいいと思う。変化は速いけれどね。」
俺がそう言うと、ケビンは「そうだな。そして魔族のことがある。」と少し真剣な目をして言った。
「幸いにも今までは魔族にはあっていないけれど旧領都に近づくと出てくるのかもしれないな。」
「ああ、でも、『次元断層』が都合よく出てくるとも限らないからなあ。」
(うっ、それは嘘の話だから突っ込まれると困る)
「ま、まあ、魔族が出てきてからの対応だな。」
「ふふん、それは君の手並みを楽しみにしているよ。」
ケビンはそういうと薄笑いを浮かべたまま部屋を出ていってしまった。
やっぱり嘘がバレているんだろうか。でも今更本当のことは言えないよね。
それよりミズチに聞いてみるとケビンにはミズチの匂いはしないそうなのできっと彼はミズチの破片には触れたことがないみたいだ。
ということはやはり魔族を叩いて破片を探すというのが今後やるべきことなのかもしれない。それを考えると魔族と遭遇するのは悪いことではないのかもしれない。
そんなことを考えていると連絡が来てトレーシーの準備が整ったということである。
今回はペアを組むので俺はトレーシーと入場する。ケビンはフリーダと、アランとフレッドは勇者パーティの女魔法使いのヒルダさんと女騎士のグゥエンダリンさんとそれぞれペアを組むことになった。
他にはランディは妹のパトリシアとペアだし、アリシアは女性同士だけれど神殿代表としてライラとペアを組んでいる。
他にもナッシュビルの町長さん(村長さんからグレードが上がっている)や騎士団のゲイリーやトーマス、ナッシュビルの守備隊のドワイトさん、それにオルジさん、ギルドの青の閃光の一団、開拓村の代表などが来ていて結構賑やかになっている。
ヘンリーさんがまず挨拶して、それから俺が挨拶することになった。
俺は多くの人がこのトゥラニア領の回復に協力してくれて、小麦が生産できるようになったことに感謝の言葉を述べた。また、魔獣から領民を守ってくれる騎士団たちへの感謝を述べた。
なんだかみんな泣いている。
俺が少し狼狽えていると、ヘンリーさんは「エドワード様、あれはみんなの嬉し涙ですよ。」とフォローしてくれた。
驚いたことにトレーシーまでが涙ぐんでいた。
「エドが頑張ったからみんなついてきたんだよ。」
俺はもうどうしていいかわからない。ヘンリーさんに合図を送ると、ヘンリーさんが立ち上がって「みなさん、今日は美味しい食事を用意しましたから、さあ日頃の疲れを癒すためにどうぞ召し上がってください。」と締めくくると俺が「乾杯」の発声をした後、楽団が音楽を流し始めて食事が始まった。
食卓には王都風の料理やトゥラニア風の料理が様々出てくるので結構工夫されていて美味しい。お酒は俺たちはまだ飲めないが、今年とれた麦の一部でビールが作れるということでナッシュビルに醸造所を作っているらしい。
「うーん、飲めるようになる日が楽しみですね。」
俺はそう言いながら料理に舌鼓を打つのだった。
♢♢♢
その日はやっぱり俺はトレーシーと同じベッドということになった。もちろん侍女の監視付きである。
トレーシーが「エドが襲ってきたら怖いわね。」なんて冗談を言うと侍女たちは「もちろんその時にはエドワード様を刺しますのでご安心を。」なんて言っている。
いや、その目つき、冗談には思えないんだけれど。
やっぱり、ベッドの真ん中にシーツで仕切りを作って手を繋ぎあって眠ることになった。
翌朝にはやっぱり俺はトレーシーに抱きつかれていた。目を開けると侍女は一人だけで微笑ましく俺たちを見つめていた。
俺が身じろぎしたことに気がついたのだろう。侍女はスンと表情を落とし無表情を作った。
俺はそっと部屋の外に出ていつもの鍛錬を始めた。
朝食にはいつも通りトレーシーも起きてきていた。
朝食後には準備をして出発である。
今回はフリーダとアリシアが土地の祝福と加護を祈りながら行くということで少しゆっくりした行程になる。そのためいつもより早めに出発することになった。ランディはナッシュビルでヘンリーさんと勉強があるため留守番である。
教会からはライラさんが付き添う。
トーマスは心配たちを引率する。
ということで、トレーシーやアリシアの馬車とケビンたちの馬車、そして教会からのライラさんがなる馬車を俺とアランとフレッドの三人の騎馬が護衛することになった。
祝福と加護はすでにライラさんが計画を立てており、その通りに進められてゆく。まずはナッシュビルの村の畑が祝福された。おそらくは大地の精霊であろう、祝福によって呼び覚まされた精霊たちが大地に吸い込まれてゆくのが見える。
いくつかのナッシュビルの畑地を祝福した後にやっと街道に出た。
街道に出ても道沿いに区画された畑にどんどんと祝福が与えられてゆく。奥の方の畑には難しいが、どんどんと精霊が取り込まれた土地にはなんだかキラキラしたカケラが見えるようである。
そうしてやっと木こりの村についたのがお昼前だった。そこで馬は水を与えられたが、聖女たちは休まずに祝福を送り続けた。
俺がアリシアに「疲れていない?」と聞いたけれど、アリシアは「居場所のなかった大地の精に居場所を与えているだけなのでなにも疲れないのです。」と嬉しそうに答えるだけだった。
木こりの村を出てさらに行くとフライ山の登山口に出た。トーマスはここで新兵を引き連れて山の砦に向かう。代わりに既にベテランの騎士団員が下山して俺たちを待ってくれていた。中には年末に入隊した子もいたが、たった3ヶ月のうちに顔つきも体つきも逞しくなっていた。
俺が「どうだい?」と声をかけると彼は嬉しそうに「領主様、頑張っています。」とにっこりしてくれた。笑顔は年齢通りのあどけなさだった。
登山口を過ぎて少し行くと新しい集落が見えてきた。どうやら山の泉からの水が沢となってここに流れてきているらしい。
上を見ると山砦が威容を顕にしていた。
ケビンも「すごいのを作ったなあ。」と驚いている。
俺はケビンに「もし領都が襲われてもここで抵抗線を引けるようにしたんだ。」と説明した。
「今は新兵をあの山の上で訓練しているんだ。」
「ああ、それであの新兵たちは山に登って行ったのか」とケビンは感心していた。
ゲイリーは「さあ、この新しい集落に入りましょう。まだ名前もついていないので若様に命名してほしいようです。」という。
中に入ると10棟くらいの小屋があり、まだ30にもならないような青年が待っていた。
「私がこの村の村長のヨアヒムです。初めてお目にかかって幸せです。できましたらこの村の命名を御領主様にお願いしたく思います。」
ヨアヒムは知的な感じで話した。聞けば学園の先輩のようである。
「先輩でしたか!道理で話し方も洗練していたと思いました。」
彼はゲッチンゲン子爵家の流れを汲むものらしく、あのスタンピードの時には学園の寮にいて難を逃れたらしい。その後は王宮の文官として生計を立てていたようだが、今回の俺のトゥラニア回復事業を聞いて、もういてもたってもいられなくなって仲間を募って入植してきたらしい。
「私は次男ですが、父も兄もあの大襲撃によって亡くなってしまったのです。だからなんとしてもお家再興を果たすのが私の目標なのです。」
「爵位は継承したの?」
「いえ、領地を失ったので国王陛下からは手柄を立てて偉くなったら法衣貴族としての継承を考えるということでした。」
「よしっ、頑張って生産に勤しんで我が家を支えてくれ。そうすれば我が家の寄子として子爵家の相続というか再興を考えよう。」
「ありがたき幸せにございます。」
頭を下げたヨアヒムに俺は「大猪の村だ。」と言った。
「は?」
「は?じゃない。猪はゲッチンゲン家の家紋だろう」
「はい。あの、我らの旗印までご存知だったので?」
「旧家臣の情報くらいは覚えている。」
ヨアヒムはいきなり地面にひれ伏して「ご領主様!そこまでご存知とは思いませんでした。このヨアヒムはご領主様のために一身を擲ってこの御恩に報いたいと思います!」と叫ぶように言って男泣きに泣き始めた。
「うむ。頑張りを期待するぞ。」
ゲイリーは優しくヨアヒムを抱き起こし「我らで若様を守り立てましょう。」というとヨアヒムはもう「うんうん」と頷くだけだった。
ライラさんは「さあ、この新しい村の畑にも女神様の祝福と加護を!」というとアリシアとフリーダの祈りによって精霊たちがどんどんと大地に吸い込まれていった。
更に歩みを進めてゆくとまた集落がある。
ライラが「ここはライリー村です。」という。
中に入ってみると一つの小屋から若い男女が現れた。
話を聞くと娘さんの方が全員ライリー男爵の一粒種のレティシアらしい。で男の方は彼女が王都で結婚したディーンという者らしかった。
レティシアはここを新たな男爵領の拠点にするつもりだという。見ると、畑もきちんと耕していて種まきに備えられている。
「うん、じゃあ聖女の加護を頼もう。男爵位については君達の働きによって復興が決まると思う。村の名前に負けないようにしっかり頑張ってね。」
俺はそう二人を励ました。
二人は神妙に頷いていた。
もう日が傾いてくる頃になってやっと川の渡しの南岸に着いた。驚いたことに宿泊施設ができていた。
「ここは旅人が増えると宿泊しなければならない場所です。だからこれを作りたかったのです。」
ゲイリーは嬉しそうに言った。
中に入ると豪華ではなかったが、しっかりと作られており、宿屋としてきちんと使えそうであった。小さいながらも食堂があり、女性のシェフが料理をしてくれるらしい。
よく見たら宿の女将である。
「まだまだここは一人何役もやるんですよ。」と笑いながら女将は言う。
彼女の料理は田舎風で美味だった。




