第四十二章: 対策
幸いにも翌朝まで新たな襲撃はなかったようで、俺はいつものように目を覚ました。やっぱりトレーシーは俺の上に乗っかっていてぎゅっと俺を抱きしめていた。
侍女達は代わりばんこで不寝番を務めていたようで、二人の侍女が部屋で起きて番をしていた。
「トレーシーが俺の体に乗っかるのを止めてくれなかったの?」と聞くと、「もちろんそんなことをするのは不敬に当たりますのでやるわけはありません。」と答えた。
ちょっと気になったので「もし俺がトレーサーに乗っかっていたら?」と聞くと「もちろんあなたをナイフで刺します。」と間髪を入れずに答えられてしまった。やはり侍女達は油断できないのである。
今日は外で鍛錬をやらずに部屋の中にいて欲しいと侍女達がいうので俺は簡略版として部屋の中で筋トレだけをやっていたらトレーシーが目を覚まして「あはは、エドがいるわ。」と喜んでいる。
「おはよう、トレーシー、気分はどうだい?」
俺がそういうとトレーシーは「ええ。エドが守ってくれていると思うと安心できるわ。」とベッドに寝転んだままそんなことを言う。
「まあ、結局あれからは襲撃もなかったようだしラッキーだよ。」
俺はトレーシーとそんなたわいもない会話をしていた。
そうやっているうちに外が少し騒がしくなった。
俺が窓から外を覗いてみると、王都騎士団の一部隊が学園内に入ってきたようだ。
これは事情を聞かれるだろうなあ。
ややあって、別の侍女たちが部屋の中に入ってきて「王女殿下、王都騎士団の方が警護にこられたようです。また、ドゥーリットル魔法師団長もいらしているそうなのですぐに呼び出しがあろうかと存じます。お召し替えを。」と言う。
トレーシーはぐずぐずしていたが、俺はさっさとあ部屋の外に追い出されてしまった。とはいっても俺の分の服はトレーシーの部屋には(なぜか)用意されているので俺もさっさと着替えることにした。
俺が着替え終わってトレーサーを待っていると、ようやく彼女も着替えて出てきたので慌ただしく二人で朝食を摂った。
そうしていると騎士団の数名が俺たちを呼びにきたので学園の研究棟の方に向かうことになった。
ドゥーリットル先生の部屋に着くと騎士団の団員は一礼して帰っていった。
「おはようございます、ドゥーリットル先生。」
俺が挨拶すると、ドゥーリットル先生は「ああ、結界が破られていた。君たちが無事で何よりだ。状況を教えて欲しい。」と早口でいった。
俺が襲撃について語るとドゥーリットル先生は「クプルムとは金属一種を意味するんだ。魔族の中でも金属の名を冠するものは強力だと言われている。」と言う。
「へえ、それではあの魔族は色の魔人よりも強かったと言うことですか?」
俺がそう聞くとドゥーリットル先生は頷いた。
「クプルムは銅を意味するのでその上に金と銀がいると思う。だから最強ではないけれど強い部類だね。」
ドゥーリットル先生は続けて俺に尋ねた。
「で、どうやって魔族を倒したんだね。」
「ええ、俺がこの剣で切ったら傷が治らないって魔族が叫んだんです。それで首を切り離したら体が溶けていって頭の方も塵となった風に吹き飛ばされてしまったんです。」
「ほう、それでは確かに滅びた可能性が高いな。確か君の剣は幼生体の魔族なら倒せたはずだけれどその魔族は成体だったんだよね。なぜ倒せたのだろうか。」
「ええ、本人は幼生体ではないと豪語していました。なぜ倒せたかは私にもわかりません。」
俺はミズチのことは秘密にすることにした。一応パーティメンバーには明かしてあるが、誰にも見えないミズチのことは誰も信じてくれていないのである。
「ふむ。ではどうやって倒したのかは不明だと言うことか。」
「すみません。」
「いや、いいんだ。魔族のことは我々にもわかっていないことが多いからね。」
ドゥーリットル先生は俺を力付けるようにそう言ってくれた。
「まあ、魔族を滅ぼす一つの仮説はあってね。」
「先生、それはどういうものですか?」
「ああ、それは魔法で次元断層を発生させてそこに魔族を落とし込んでしまえばいくら魔族と言っても次元の谷で迷子になって容易にこの世界には帰って来れなくなる。」
「ははあ、それはすごいですね。」
「問題は理論的には次元断層を使うということはあるんだが、肝心の次元断層を発生させるには大量の魔力が必要になる。そう簡単に作れるものではない。私もかつて試してみたが魔族を落とせるだけの裂け目までは作ることができなかった。」
「先生は次元断層をお作りになったのですね。」
「不十分だったので『作った』とまでは言えないなあ。」
ドゥーリットル先生は乾いた笑い声を上げた。
「先生、私が魔族を切ったというよりも次元断層に落ち込んだということにしていただけませんか?その方が多くの人が納得しやすそうです。」
「いいのか?」
「ええ、ぜひそうしてください。」
「分かった。表向きの報告書にはそう書いておくことにしよう。『謎の次元断層が発生して魔族はそこに落とし込まれて消えていった。』これでいいね。」
「よろしくお願いします。」
「では、学園の結界を修復して強化するにはあと一週間くらいはかかってしまうと思う。その間はエドワード君が婚約者を守ってやってくれたまえ。」
「はい、わかりました、先生。」
俺たちはドゥーリットル先生の部屋から出た。
教室に着くと見慣れぬ王都騎士団の部隊に学生たちはザワザワしていたが、学園側からの発表で学園の防御結界に謎の綻びが生じたことやその修復が終わるまで一週間くらいは騎士団員が警護することなどが周知され、騒ぎは一旦は収束することになった。
教室でも今日の件でザワザワしている。
おそらくベアトリスは事態を知っているだろうが緘口令のために何も喋らない。さすがは王太子妃教育が行き届いてきているということだろう。
トレーシーはいつもより俺にベタベタしているのでアリシアは「一体どういうこと?」とちょっと不審そうである。
「えっ、そりゃ朝から騎士団がきたら不安になって当然でしょう。でもエドが守ってくれるよね。」
トレーシーはさも当然のようにいう。
「王女殿下が王都騎士団如きでビビるタマじゃないのは私がよく知っているわ。」
アリシアは疑念一杯である。
おそらく事情を知っているであろうフレッドは見事に知らん顔を決め込んでいる。
今日はアランはこの教室には来ていない。
お昼時になるとフレッドは騎士団の用事があるからとどこかへ行ってしまった。アランも相変わらず姿を見せない。
つまりはお昼時は俺とトレーシーとアリシアの3人ということになる。もう修羅場が予想されそうである。なんで俺だけこんなことに、と思うが、男性陣が「お前が恵まれすぎだ」と言ってくることも明らかなので俺はこの理不尽さを誰にも訴えることができない。
騒ぎが起こっても他人には聞かれないように個室をお願いした。
「で、トゥラニア領の出先でベッドが一つしかなかったから二人で一つベッドを分け合って寝たと。そういうことでいいんですね。」
アリシアがすごい顔をして言う。
「だから、何もしていないよ、アリシア。ベッドの真ん中にはシーツで仕切りを作っていたし、私たちは手を繋いで寝ただけだ。」
俺は必死で言い訳している。なんだか浮気を責められている浮気夫みたいな気分だ。
「うふふ、でも私はエドを抱き枕としてぎゅってしてやったんだからね。エドの筋肉は最高だったわよ。」
トレーシーは火に油を注ぐようなことを言う。
「じゃあ、お二人は一つベッドを幸いとして乳繰り合っていたと言うのですね!」
アリシアは眉を逆立てて声を荒らげた。
(ああ、個室をとっていてよかった)
「だからアリシア、俺たちは清い関係なんだから。特に何もやましいことはしていないぞ。」
「うふふ、エド。でもね、もしフリーダがいたら懲罰に電撃棒の一撃が飛んでくるところよ。」
(アリシア、電撃棒の一撃ってなんだ?)
「でもね。私はフリーダじゃないから罰はこうよ。」
アリシアはそう言うと俺の頬にキスをしてきた。
「あっアリシアずるいよ。こうなれば私も!」
と言ったトレーシーは反対側の頬にキスをしてきた。
そりゃ客観的に見れば俺は幸せ者なんだろう。けれども俺はそんなにこういうことに経験があるわけじゃない。むしろ未経験者だ。こんな時にどうしろっていうんだよ。
俺は黙って固まっていることしかできなかった。
♢♢♢
俺とトレーシーが一つベッドで寝たことは食堂の個室でしか話していなかったはずなのになぜか翌日にはクラス中の人が知っていた。
アリシアは首を振って否定した。
まあ、アリシアが喋りまくるという事態は想像しにくい。
その噂が広まってからは男性たち(同じクラスの男性はほとんどが公爵家か侯爵家の令息である)からは冷たい目で見られるようになった。
「フレッドは私の味方でいてくれるよね。」と俺はフレッドに聞いてみた。
「まあ、公爵家や侯爵家の令息ならば伯爵に王女殿下を取られたとなれば面白くないのは仕方がないですよね。まあ、有名税と思って彼らの嫉妬の炎を受け取るしかないでしょう。」
フレッドは突き放すようにいう。
彼だけは仲間だと思ったのに。
トレーシーはそんなことにお構いなく俺にベタベタしている。でアリシアがライバル心を出したらしくて反対からベタベタしてくるという一種の地獄、いや天国かを味わう羽目になっているのがこの数日間である。
因みに部屋もトレーシーの寝室が魔族の襲撃でボロボロなのでなぜかトレーシーは俺の部屋の俺のベッドで寝ている。もちろん侍女たちも俺の部屋に来ている。
「意味がわからん。」
俺はちょっとムッとして聞いてみたことがあるが、トレーシーにしてみれば自分の寝室のベッドが使えないいのだから俺のベッドを使うのが当然だというのである。侍女たちもみんな頷くのでその迫力に俺は敗北した。
そんな中、もうそろそろ春になる頃にケビンたちの勇者パーティが久しぶりに学園に姿を現した。
フリーダは俺の顔を見て「大ニュースがあるの。王女殿下は無事?」と聞いてきた。
俺はトレーシーを黙って指差した。
ケビンは「無事なようだね。まずはよかった。これ以上は秘密情報だから教えられない。」と言う。
俺は「何を勿体つけているんだ。必要な情報は共有しよう。」とケビンに言った。
ケビンはちょっと狼狽えたようになって考え込んでいたようだが「では、私の部屋で話をしよう。」と言う。
俺は構わなかったのでケビンの部屋についてゆくことにした。
さりげなくトレーシーもついてくる。
フリーダはアリシアは追い払ってしまったようだった。
部屋に入るとリビングに高級そうなソファが置いてある。彼はあまり学園にいないのでソファも綺麗なままなんだろう。
俺がソファに腰掛けると、ケビンはおもむろに話し出した。
「実は、北の国のダンジョンで魔族の手紙を見つけた。その魔族はフリーダが封印したのだが。」
フリーダはちょっと胸を張っている。
ケビンは続けた。
「何でも金属の魔族というのがいて、それがテレジア姫を攫うという話が書いてあったんだ。恐らくはミスリルと金銀銅の名を冠した四人の魔族だと思う。俺たちはそれを見つけて急いで引き返してきたのだが、王者が無事で安心したよ。大事はなかったんだな。」
俺は話そうかどうか迷ったが、トレーシーが頷くので話すことにした。
「実は新年早々に学園の防御が壊されたことがあった。表向きは原因不明の結界の異常ということなんだが。」
俺は話し続けた。
「実は魔族が来たんだ。多分銅のやつだと思う。」
「それでどうしたの?」
フリーダが尋ねてくる。
「いや、これは私も理由はわからないのだが、彼は(多分そいつは男だろう)次元の裂け目に落ち込んで姿を消したんだ。」
「次元の裂け目だって!」
ケビンはもう叫ぶように言った。
「確かにそれは魔族を滅ぼしうる方法ね。」
フリーダも言う。
「でも、誰がどうやって次元の裂け目を作ったんだ?」
ケビンは俺に聞いてきた。
「わからないんだよ。」
俺はそう言うしかない。
「今までそんな事例は報告されたことがない。あなたたち何か隠しているんじゃないの?」
フリーダは叫ぶ。
「アリシアに聞いたら何かわかるかしら。」
「いや、彼女は関係ない。何も知らないはずだ。」
俺はそう言うしかない。
「じゃあ聖女に封印されたわけではないのね。」
フリーダは疑念に満ちた顔をしている。
「ああ。」
俺はそう答えるしかない。
「次元の裂け目による魔族の消失は理論上の可能性であって今までそんな報告がなされたことはない。そんなことが都合よく起こるものなのだろうか。」
ケビンも暗い声で続けた。
「他に魔族を倒せる方法があるのかい?」
俺はやけになって攻め込むことにした。
「いや、魔族については封印しか方法がないはずだ。」
ケビンはそっけなく答えた。
「あの魔族は消えた。それは確かなことだ。他に方法がないのならあり得そうになくてもその回答が正しいんだよ。」
俺は強弁した。
ケビンはそれは今後の研究が必要な事態だと言うだけだった。
「で、話はそれだけかい?」
俺はもう立ち去ろうと思ってそっけなく聞いた。
「いや、魔族の本拠地がトゥラニアの旧領都にあって、魔王の種もそこで育っているらしい。」
ケビンは言う。
「魔王の種?」
俺は何のことかわからず聞いた。
「ああ、魔王は人間に寄生する。そこでさまざまな魔力や魔素を吸収して強大な力を得るんだ。」
ケビンはそんなことを言う。
「でも、領都には人間がいる気配はないと思うがなあ。」
俺は否定してみた。
「魔族が誰かを攫って苗床にしている可能性はある。ジャン、失礼、エドワードも旧領都には足を踏み入れていないんじゃないか?」
「そうだな。まだ領都までは辿り着けていない。」
俺は残念さを込めてそう言った。
「そこでだ。俺たち勇者パーティは魔族と戦った経験もある。魔王を倒すのが最終目的だから魔王のあるところに行きたいんだ。」
「なるほど。」
俺は頷くしかない。
「君たちはこの春の休みにはトゥラニアに行くのではないか。」
ケビンはそんなことを聞いてきた。
「ああ。休みごとにトゥラニアに行っている。今はトゥラン川の渡しまでは到達している。」
俺は現状を説明した。
「それは好都合だ。渡し場まで辿り着いているのなら旧領都まではあと二日の道のりじゃないか。
ケビンは言う。
「勇者パーティはあなた方と共同して旧領都を目指すことにしますわ。」
フリーダが言う。
「それはさすがに勝手過ぎないだろうか。」
俺がそう言うとフリーダは「でも、魔族に対する経験や知識は我々が一番持っているのです。その勇者パーティを共同作戦に加えることは目的の達成に一番近道になるはずです。」と言う。
それまで黙っていたトレーシーは「領都には少なくとも色の魔人はいると思うのです。あなた方は彼らを封印できますか?」と聞いた。
ケビンは少し強張った顔をして「いや、我々が封印したのは成熟体ではあったがあの色の魔人よりは弱い個体だった。でもフリーダはしっかりとした成長を遂げているから大丈夫だ。」と答えた。
トレーシーは「ええ。私も勇者パーティが加わってもらえるのは心強いと思います。でもそれならもう一人の聖女、アリシアも呼ぶべきでしょう。彼女もしっかりと成長しているはずです。」という。
フリーダは明らかに仏頂面をしているが、ケビンは「聖女が多いことはありがたい。でははそう言う手筈で進めさせていただく。」と笑顔で言った。
俺はアリシアに春休みのトゥラニアでの討伐に同行を求めた。彼女は二つ返事で同行に同意してくれた。
あとはゲイリーである。ゲイリーによると渡し場周辺の魔獣討伐は随分進んだが、その北にドラゴンがいるので討伐は中断しているとのことである。
そこで俺はアランとフレッドにも声をかけることにした。
二人は最近は武者修行に行けていないからとこれも喜んで参加してくれることになった。
これで俺たちのパーティと勇者パーティが合わせて領地回復(勇者パーティは魔族討伐目的)のために協働することになった。




