第四十一章: 学園での襲撃
年が明けて再び学園の授業が始まった。
生徒会ではランディがあのゴブリンキングの剣を誇らしげに吊り下げている。
マチアス王子はそれを見て「僕も王宮ではどうせ暇だったんだからトゥラニアに連れて行って貰えばよかった。」なんてぼやいている。
「マチアス王子は王宮にいなくてはダメでしょう。それに剣の鍛錬か魔法の鍛錬が進まないとあそこは危なすぎるわ。今回も死人こそ出なかったけれど怪我人続出だったのよ。」とトレーシーが弟を諌めている。
「ちえっ。僕だって剣の鍛錬はやっているんだけれどなあ。」
「まあ、ランディに負けているようではまだまだだね。」
フレッドも口を挟んできた。
「フレッドさん、そうですね。僕もゴブリンジェネラルと戦ったんですが、エド兄さんはこんな強い奴を一人で倒したのかと驚いています。」
ランディは優等生らしくフレッドに返事をした。
「よしっ、ランディ、勝負しよう。」
マチアス王子はランディを誘って剣術場に向かう。俺たちも面白そうなので見届け人としてついて行く。
「あのね、マチアス、ランディはのんびりしていそうだけれど剣の腕は確かよ。無茶はしないほうがいいわ。」
トレーシーは弟に心配そうな声をかけた。
「トレーシー姉上、お言葉ですが僕は王宮の王と騎士団の面々とも剣術の稽古をしているのです。そうそう負けるものではないですよ。」
マチアス王子は自信満々である。
俺は王都騎士団の面々を思い浮かべた。
「ランディ、お前、程々にやるんだぞ。」
「心得ております、兄上。」
俺はこっそりしゃべったつもりだったが、マチアス王子はそれを聞き咎めたらしい。
「ランディ、本気でこいよ、僕が王子だからって手抜きはなしだぞ。」
ランディは涼しい顔をして「心得ていますよ、王子殿下。」と返事している。
剣術修練場に着いた二人は木剣を手にして模擬試合を始めることになった。
「ああこれは。」
俺は嘆息した。
マチアス王子はあまりにも酷いのである。フラフラでヨロヨロでへなちょこな打撃しかできていない。
トレーシーは何事かを知っていたらしくもうハラハラとして見守っているだけである。
ランディの奴は俺の真似をしているのか踊るように対応している。全ての打撃を見切って(もちろんマチアスの剣では見切るほどのことはない。)打撃を剣で受け止めて反撃はせずにいた。
結局、15分ほどの撃ち合いではマチアスが一方的に打ち込んでランディが受け止めるだけだったが、マチアスは一本も取れなかった挙句に息が上がってもう打ち込めなくなってしまった。一方のランディは息も乱さずに落ち着いている。
トレーシーはマチアスの元に駆け寄って「大丈夫?」と優しく言って水を飲ませようとしていた。
少しして落ち着いたマチアスは半分泣きそうになって「ランディ、やっぱり手加減していただろう!」とランディに怒鳴りつけた。
「王子殿下、ランディの剣術はおそらく俺のを真似したものです。私もよくやるものですから特に手加減したというわけではありませんよ。」
俺はマチアスの八つ当たりをこちらに向けようと口を出した。
「そ、そりゃあ、巨人を3体もあっという間に片付けてしまうようなエドワード様が本気を出したらそれに耐えられる人はいないでしょう。」
マチアスは俺にはおずおずと答えた。
隣でトレーシーが「あら、私も魔法で巨人を3体倒したのだから私もエドと同じくらい強いはずよ。」と言っているがそれに返事するものはいない。
「まあ、マチアスは母君が野心家だからなあ。」
ランディは言う。
それを聞いて俺は慌てて「それはまあ、マチアス王子自身にはそれほど関係ないことだよね。」と訂正を入れた。
マチアス王子の母親のアンネリッタはリードベルグ侯爵家から嫁いだ側妃でもう実家ぐるみで次の王位を狙う野心満々であることは周知の事実である。実際、今では王太子がウィルに決定してしまったので表だった行動は慎んでいるようだけれど、それまではウィルを失脚させるために随分酷いことをしたと言われている。
マチアスは「いえ、いいんです。母や祖父の強引なやり方は私も同意しているわけではないんです。」と言う。
「王都騎士団といってもフレッドやアランかレイモンドならばそれなりにできると思うけれど、そういう人に教えてもらったらどう?」
俺はそうアドバイスしてみた。
「ええ、でも、多分希望は通らないでしょうね。」
マチアスは暗い顔で呟くように言った。
トレーシーはそんなマチアスに「ちゃんと鍛錬やっている?」と言う。
「エドは毎日夜明けには鍛錬を始めているわよ。」
「えっ、寝ていると思ったのはタヌキ寝入りだったのか?」
俺が驚いて言うと、フレッドが「えっもう一緒に寝ているのか?まあ、婚約者だから…」と言葉を濁した。
「ま、待て、フレッド、誤解するな。俺たちは何もしていない。」
「そうよ。エドの筋肉は抱き枕に丁度いいの。」
トレーシーが口を挟む。
「な?フレッド、トレーシーはまだねんねちゃんなのだからこれ以上この話題に突っ込むのは問題をややこしくするだけだ。」
俺がそう言うとフレッドもこくこくと頷いた。
トレーシーが「ねんねちゃんって何のことよ。私がエドの筋肉を愛でて何が悪いのよ。」なんて言い続けるので俺も自重するように言わざるを得ない。
「とにかく話を戻そう。マチアス王子は多分、母君の野心的な行動によって王位簒奪を狙っていると疑われているんだろう?」
「ええ。僕はウィル兄上が王位を継ぐことに何の異存もないのですけれども。」
「けれどもウィル義兄上がベアトリスちゃんと結婚してお世継ぎを産むまでは君はウィル王太子のスペアだものね。」
ベアトリスはそれを聞いていたようでちょっと顔を赤くしている。
マチアス王子は言った。
「ええ。スペアなんてやめて王位継承権も返上したいのが本音ですけれどね。」
マチアス王子はちょっとむくれたように言う。
アランが「まあまあ、このエドが異常なだけであって、僕たちも二年になってダンジョンに潜ったりすることで技能を磨いたんですよ。まだ一年生の君がそんなに剣術が上達するのは無理ですよ。」とマチアス王子を取りなした。
「そうだよ。まず一年生の間は体づくりだよ。基礎体力がないと剣を振るうこともできませんからね。」
フレッドもそう言う。
「フレッドとアランは王宮で朝の鍛錬をしているのだったね。それならマチアス王子もそれに加わればいい。」
と俺は言った。アランやフレッドの横で勝手に鍛錬をやる分には誰も文句を言えないだろう。
トレーシーは「それでももし文句を言う人がいれば『生徒会の打ち合わせです。』といいなさい。」とアドバイスする。
マチアス王子は顔を輝かせて頷いた。
「まあ、自分の努力が先だからね。口だけで体を動かさなかったら上達はない。」
俺がそう言うと、マチアス王子は「ええ、毎日参加させてもらいますとも。」と、力強く言った。
ロイド卿の息子であるフレッドは明らかに王太子派であるため、おそらく側妃のアンネリッタやリードベルグ侯爵はマチアスがフレッドと接触することは嫌がるだろう。けれども、マチアスが勝手にフレッドのところに鍛錬のために行くことは止められないわけである。
フレッドがマチアス王子にくっついて情報収集していればさまざまな情報が漏れてくるだろうし、側妃や侯爵が何か起こそうとしたときにもある程度は事前にわかるかもしれない。そういう情報を元にフレッドならばきちんと暴発を防いでくれるはずだろう。
マチアス自身をこちら側に抱き込むことができれば宰相のロイド卿にとっても不穏因子を排除できることになるわけである。
俺にとっても王宮が安定してくれている方がトゥラニア領の回復を進める上でもありがたい。
トゥラニアについてはあの渡し場の北岸には既に詰め所の小屋を作ったらしく、団員が常駐するようになったらしい。一度、ゲイリーとオルジさんが道場に来て、北岸の魔獣の掃討を始めたことと伐採を開始したことを伝えてくれた。
♢♢♢
それからはフレッドにそれとなく聞くとマチアス王子は毎朝鍛錬に参加しているようである。ランディも結構一緒に鍛錬をしているようで、2人は相性が良さそうな感じである。
(ランディは今後のヘンリーさんの後継としてうちの領地で働いてもらわなければならないよなあ)
俺はちょっと頭を抱えた。卒業後にマチアス王子の側近なんて言われて王家に取られないようにしないとね。むしろ彼が臣籍降下した後にこっちで取り込んでしまおうか。
そんなことを考えながらさあ寝ようかと思ったとき、隣の部屋でガシャーンと何かが落ちる音がしてドタバタとしているようである。
(何かあったのかな?)
俺は念のため隣のトレーシーの部屋に行ってみた。
こんな夜なのにドタンバタンとしている。
ノックをしても当然反応がない。
一応はお互いの部屋の合鍵は交換していたのでそれを使って鍵を開けた。
部屋の中には風が舞い込んでおり、窓が開いているようである。奥の寝室の方に行くと、男が1人立っており、二人の侍女がトレーシーを守るように立っている。他の三人の侍女は倒れている。うめいていたら少しは動いているようなので命に別状はないようだ。
男の目は白目と黒目が人とは反対になっている。恐らくは魔族だろう。
彼は二人の侍女に「私は無用な殺生は好まないのです。さあテレジア王女殿下を渡しなさい。ちょっと誘拐するだけなのですから傷をつけたりするわけではありません。」と言っている。
「ふざけるな。トレーシーは渡さない。」
俺はダッシュしてトレーシーの前に行き、魔族の前に立ち塞がった。
「おや、これはこれは。剣聖殿ですね。初めまして。」
魔族が優雅に喋る。
「お前は誰だ。名を名乗れ。」
「名を名乗れというならまずはご自分から名乗るのがマナーですが剣聖殿は有名人でいらっしゃるから。私は魔族のクプルムというんだ。よろしくね。」
「何しに来た。」
「何しに来たかって、テレジア王女殿下を誘拐しに来たんだよ。」
「帰れ。今すぐ帰るならば見逃してやる。」
「剣聖様ってばお茶目だね。君の聖剣は魔族の幼生体しか切れないだろう。僕が幼生体に見えるかい?抵抗できないんだから諦めるのが一番いいよ。」
「やかましい。それなら試してみるかい?」
「無駄なことをやるのは無駄なことだと気づいて欲しいな。」
俺は剣を抜いた。ミズチは「やれーいけー」と騒いでいる。
「やれやれ、無駄に剣を抜くなんて。手加減はしないけれど死なないでおくれよね。」
そう言うと共にクプルムは俺に飛びかかってきた。どうやら彼はその鉤爪で戦うようだ。
俺は間合いを外して魔族の攻撃を避けた。
そのすぐ後に火の玉の魔法が飛んでくる。
俺は避けたが壁にぶつかった火の玉は内装に黒いコゲを作った。王女の部屋なので内装は難燃性の素材で出来ているとは聞いたことがある。
その隙をついて二人の侍女が後ろから暗器を使って魔族に攻撃をかけたが、魔族はまるで後ろに目が炊いているかのように「無駄だと言ったでしょう。」と言って二人を一気に突き飛ばしてしまった。
「さて邪魔者もいなくなりましたから王女殿下にはこちらに来ていただきましょう。」
魔族はふざけているのか真面目なのかそんなことを言っている。
「俺がまだいる。トレーシーは渡さない。」
俺はそう言うと剣を構えた。
「はあ、無駄だということがわからないとは人間は愚かというしかないですね。ここは大人しく聞き分けて王女殿下を献上するところですよ。下等な人間にはそんな常識もないと見える。では痛い目にあってもらいましょう。」
クプルムはそう言うと目にも止まらぬ速さで鉤爪のついた腕を俺に向けて繰り出し始めた。
俺はその攻撃の間合いを見切って全ての攻撃を避け切ることができた。
「それで終わり?」
俺が聞くとクプルムは「き、貴様、私を愚弄するのか?下等生物の分際で!」と叫び、さっきより数段早く攻撃を繰り出してきた。
けれども、まだまだこれは余裕で躱せるレベルである。
それも全部かわすと、クプルムは顔を真っ赤にして「き、貴様!もう限度を超えた!殺してもやむなしだ!」と叫び、魔族の異形の姿をあらわにした。
痩せこけた体に指には長い爪がついている。爪は金属のように赤く輝いていた。
「ミサイル発射!」
彼がそう言うと爪がミサイルのようにぶっ放された。
俺は無意識のうちにアスカロンでその爪を切り飛ばしていた。
「それは反則技だろう。」
「きっ、きーっ!何が反則技だ!相手を倒せればなんでもいいんだよ!」
見ると彼の指にはもう次の爪が生えている。
「ミサイル発射!」
俺は身を捩って爪の攻撃をかわす。
トレーシーはさすがに部屋の外に身を隠した。
クプルムはもう十連発くらい爪のミサイル攻撃を続けた。
壁や床には爪が何本も食い込んでいる。
(どれだけこんな攻撃を続けられるんだ)
俺はちょっと呆れてしまいながら爪のミサイルを避け続けた。
「ふっふっふ、さあ追い詰めたぞ。」
クプルムはさすがに荒い息を吐きながら部屋の隅に追い込まれた俺に向かってゆっくり歩いてきた。
「ちょっと痛いけれど我慢してくださいね。」
彼は両方の腕を振り上げて俺をその爪で引き裂こうとした。
その刹那、俺はアスカロンで彼の腹部を横一閃に薙ぎ払った。結構切れた手応えを感じて彼を見ると、彼は不思議そうに自分の腹を見て「???傷が閉じない。どういうことだ???」と悩んでいるようだった。
俺は容赦なく二撃目を放ち、彼の首と胴を切り離した。
彼は首だけになっても「なぜだ。なぜ切られたんだ!ああ、傷口から力が抜けてゆく!あああ」と叫び続けていた。
彼の体は次第に溶けたように不定形になり縮んでいった。体が溶けて消えてしまうと首だけになったクプルムは「ああ、私の存在が薄れてゆく、消えてゆく、そんなの嘘だあ、やり直しを要求する。リセットしてくれえ。」と叫びながらその叫び声も次第に小さくなって首はだんだん黒くなり、まるで煤のようになった後、吹き込んできた風に散って消えてしまった。
俺は呆然とアスカロンを眺めていた。
ミズチは「やったーやった!魔族を1匹倒したぞ!」って跳ね回って喜んでいる。
トレーシーは恐る恐る部屋の中に入ってきた。
もう魔族の発射した爪も消えているが、その傷跡は壁に生々しく残っているし、魔族の火の玉で黒ずんだ部分もある。
「ごめん、部屋を汚しちゃったね。」俺がそういうと、トレーシーは「もう魔族はいなくなっちゃった?」と聞いてくる。
そこで見ていたじゃないと不思議に思ったけれど、俺は「ああ、塵になって消えていったと思う。」と答えた。
「すごいじゃない!幼生体じゃない魔族もエドが倒したんだ。こんなの史上初めてなことじゃないかしら。さすがは私のエドよ!」
トレーシーはそう叫びながら俺に抱きついてきた。
俺も彼女にキスしたしトレーシーの方も俺にあたり構わずキスしたのである。
そんなことをしていると倒れていた侍女たちが目を覚まして起き上がってきた。
彼女達は一様にトレーシーの無事を喜んだが、問題があるという。ここは学園の寮である。学園の寮は王宮と同じかむしろそれ以上の防御が施されているはずだった。それが部屋まで魔族に侵入されてしまったということになる。魔族は1匹ではない。もし再び別の魔族が侵入してきたら侍女達には守る術がないのである。
「とにかく夜明けまでは王女殿下を守るために同じ部屋にいてください。」
侍女達は俺にそう願うのだった。
トレーシーは「じゃあ、私とエドは一緒に私のベッドで寝ましょう。そうすればより安全だわ。」なんてことを言い出した。
侍女達は「ええ。私たちも殿下の部屋の中で監視いたしますのでとにかくは安心してお休みください。異常があればすぐに起こしますので。」と言って承知してくれた。
さすがに何人もの侍女達が監視している部屋ではイチャイチャもできない。侍女達は手早くベッドの真ん中にシーツで仕切りを作り、俺たちは仲良く手を繋いでベッドの端と端で眠ることになったのだった。




