第四十章: トゥラン川北岸の偵察
翌朝、目が覚めるとやはりトレーシーは俺に抱きついてきていた。このままではヘビの生殺し状態である。とにかく煩悩を発散させるのがいい。
俺はそっと彼女から抜け出して、彼女が幸せそうに眠りこけているのを確認してから外に出て鍛錬を始めた。
今日は山砦の連中が増えているので鍛錬している人の数は増えている。鍛錬中に何人かの団員に朝の挨拶を受けることになった。
おそらく騒がしさを感じたのかもしれない。昨日出てきていた巨人の姿は今日は見ることはできなかった。
朝食後にはゲイリーが今日の作戦を説明した。
目標は謎の巨人たちの状況確認ともし可能ならその殲滅である。
既に部隊は20人を超えているので隠密行動は困難である。恐らくは殲滅作戦をとって殲滅できるか、逃げられると報復合戦が始まりかねないので厄介なことになる。
その部隊の中には流石に危ないのでトレーシーは除外されていたが、当然トレーシーは同行を求めてきた。あまりにもゲイリーにくってかかって同行をせがむものだから俺も見るに見かねて「俺のそばでおとなしくしているならば同行可。」ということにした。
他にはランディには状況を確認してもらいたかったので俺の側近として同行させることにしている。
ゲイリーには「トレーシー王女殿下とランディの面倒は若様が見てください。いざという時にはわたしたちでは守りきれないことがありますので。」と厳しく言い渡されている。
とりあえず、俺が同行するということで騎士団の士気は高い。
偵察はまず渡河作戦から始まる。数人の先遣隊が川の浅瀬を渡り、向こう岸までたどり着くと杭を打ってロープを張る。そのロープを伝って残りが川を渡るのである。
以前、渡し場の近くに住むリザードマンたちを掃討した時に何度も川を渡っているので騎士団員にとっては渡河は大したことはない。けれども、俺はそんなことに不慣れなトレーシーとランディを見なくちゃいけない。
特にトレーシーは川の流れに足を取られそうなので転ばないように何度も抱きかかえる必要があった。
俺がランディの方を見る余裕がないことは明白で、気がきくドワイトさんはしんがりを務めていたが、ランディの様子をそれとなく気遣っている。
ランディは体も鍛えているので、それほど危なっかしい様子はないのだけれど油断は禁物である。
みんなに遅れて対岸にたどり着くと既にたき火がたかれていた。
ゲイリーにたき火をたいてもいいのかと聞いたら対岸すぐですから、という返事があった。もう隠密行動は諦めているようである。
既に何人かの偵察隊員を四方に放っているので俺たちはここでたき火にあたりながら待っているしかないらしい。
トレーシーは「ありがとうエド。」と言ってほっぺにちゅっとしてくれたが、ランディは露骨に顔を背けたし、他の団員たちは生暖かい目で見てくる。昨日唇を噛みつかれていた俺とトレーシーが仲直りしてよかったという雰囲気である。
いたたまれのなさは酷いが、そもそもトレーサーはなんのことか気がついていないのが救いである。俺だけがこの羞恥に耐えればいいのである。
ということでたき火にあたりながら密かに羞恥に身悶えていると(もちろん外観上はじっとしている)次々に偵察隊が帰ってきた。
それによると、巨人は一つ目巨人であり、他にはこの近辺には目ぼしい魔獣はいなさそうである。
「問題はその一つ目巨人が観察した時には8体でコロニーを形成していることですね。」とトーマスが言う。
一つ目巨人は凶暴で肉食だが、知能は低い。多分人間の言葉は理解できないだろう。なので交渉という手段は取れない。実力で排除する以外に道はない。
トレーシーが「じゃあ大爆発で一網打尽にする?」と聞いてきた。
「ここであれを使えば目立ちすぎる。他の魔獣や魔族を呼び寄せてしまう危険があるよ。」
俺がそういうとトレーシーは「せっかくの大魔術なのに使うところがないわ。」とご機嫌斜めである。
「中級魔法で我慢してくれ。というか、本来なら見ているだけでよかったはずなんだが、一つ目巨人8体では魔法の支援が必要だ。」
「何をいうの?せっかくここまできたのだから気持ちよく魔法をぶっ放させてよ。それがエドのためになるというなら私はそれが幸せなの。」
「う、うん。」
いきなり愛の告白みたいなセリフを言われれば俺も照れる。
そこにゲイリーの声が聞こえた。
「お二方、仲がおよろしいのは大変結構ですが、もう部隊は移動しますぞ。」
味も素っ気もない言葉であるが、それで俺は羞恥の局面から抜け出せた。
「さあ、トレーシー、行こうか。」
「ええ。」
トレーシーは俺の手を取ってニッコリ笑う。
ランディは「いやいや、俺は何も見ていない、見えていない。」とまるで呪文のように呟いていた。
♢♢♢
俺たちが部隊の後に続いてゆくと既に戦端は開かれていた。何人かの騎士団員が一体の一つ目巨人を取り囲んでいる。
残念ながら一つ目巨人の膂力は強大で、騎士団員は押され気味である。
「火の槍で行こう。」
俺はトレーシーと息を合わせて今まさに騎士団員の一人に致命的な一撃を喰らわせようとしていた一つ目巨人に二人で魔法を打ち込んだ。一つ目巨人は訳がわからないといった感じで虚空を見るとそのままどうと倒れてしまった。
その様を見た一つ目巨人達はこちらを振り向き、騎士団員を打ち捨てて俺たちの方に向かい始めた。
「あ、やばい。」
俺はランディにトレーサーを預けると前に走って行って一つ目巨人を迎撃しようとした。流石に5体の一つ目巨人である。ちょっと対応し切れない。
ランディも実戦は初めてである。その初戦が一つ目巨人というのはちょっと不安すぎると言えるだろう。トレーシーは火の槍を連発しているが、致命傷にはなっていないので無駄に一つ目巨人を興奮させてしまっている。
怒り狂った一つ目巨人達は雄叫びをあげてトレーシーに近づき続けた。とにかくこいつは倒そう、と俺は目の前の一つ目巨人を葬り去るとトレーシーのところに戻ろうとした。けれども、その距離は絶望的である。
しかも、後ろからさほど大きくなくてそれまで戦闘に参加していなかった個体が俺の方に来ていた。
(こいつに背を向けるとこっちがやられてしまう)
ランディは健気にトレーシーを守っているが、いかにも経験不足である。巨人のフェイントに引っかかってタタラを踏んでしまっている。
絶体絶命である。
俺は必死で目の前の一つ目巨人を倒したが、トレーシーの前には既に3体の一つ目巨人がいる。
「トレーシー!」
俺は叫ぶしかなかった。
「大爆発!」
トレーシーの呪文が響き渡った。
その時、トレーシーの前の一つ目巨人たちを中心に炎の爆発が起こった。巻き込まれた3体の一つ目巨人達はもう骨も残さずに燃え尽きてしまった。
辺りの木々も燃えてしまっている。
「あっやっちゃったか。」
トレーシーはなんだかピースサインのような手をして右手を天に向かって突き上げた。
「ランディ、ボーッとするんじゃない。敵はまだ残っているぞ!」
爆発を至近で聞いたランディに喝を入れた。
彼は気を取り直したように目の前の巨人に切り掛かった。俺も後ろから援護した。
程なくその巨人を倒した俺たちはトレーサーの方に向かった。
他の2体の巨人達は既にゲイリーとトーマスの手によって倒されている。
トレーシーは「うえーん怖かったよお。」とあまり怖くないような顔をして俺の方に走ってきた。
「嘘つくなよ。大爆発の魔法を成功させて喜んでいたくせに。」
「でもやっぱりエドがいるから安心だよ。」
トレーシーは俺の腕の中にいる。
少しくらいキスしても文句は言わないかな。
俺はトレーシーの額の髪の生え際のあたりにキスをしたらなんだかくすぐったそうな顔をしていた。
ゲイリーとトーマスは俺たちが抱き合っているのを見て少し呆れた顔をしている。
「いや、若様も奥方様も一つ目巨人を3体づつ倒された方々ですから何もいうことはないのですが、これはなんとも。」とゲイリーが言う。
「俺たちのことはどうでもいいからもう一度斥候をばら撒け。あとは橋頭堡を築くために残りの団員は全力で防御陣地を作れ。」
「はっ。」
ゲイリーとトーマスは団員に指令を下すべく走って行った。
辺りには何人かの傷ついた団員が寝転がっている。
俺はトレーシーと抱き合うのをやめて傷ついた団員達にポーションを配り始めた。幸い切り傷や擦り傷がほとんどで腕や足を切り落とされた者はいない。
マジックバッグからポーションを取り出して傷ついた者に飲ませてゆく。
しばらくするとケガ人が動けるようになってきたので防御陣地設営の応援に回すことにした。
ランディだけが俺たちの護衛としてそばに立っている。
「ランディ、おめでとう。初陣が一つ目巨人相手なんてなかなかないよ。」
「は、はい、無我夢中でした。」
一部の斥候は一つ目巨人の巣とそこに蓄えてあった宝物を発見し、他には残党がいないことを確認したし、別の斥候は少し離れたところにゴブリンの巣があることを発見した。
一つ目巨人の宝は騎士団が没収して運営資金に充てることにした。
渡し場の詰め所に待機していた別の騎士団員を呼び出して俺たちはそのゴブリンの巣を退治しに行くことにした。
トレーシーには詰め所に戻るように言ったけれども俺と行くと言うので連れてくることにした。
♢♢♢
ゴブリンの巣は巨人たちから500m程下流に向かった辺りにあった。おそらくトレーシーの大爆発に驚いたのだろうか、数匹のゴブリンが外に出てお互いに騒ぎ合っている。
とりあえずは俺一人でゴブリン達の後ろから急襲をかけた。数匹のゴブリンを倒し、1匹だけは生きたまま捕まえて尋問する。
襲撃部隊にはゴブリン語を話せる団員がいたので尋問させた。
中には200匹ほどのゴブリンがいるらしい。
「どうする?やってやれないことはないが大仕事になるぞ。」
「やりましょう。」
おそらく俺がいてトレーシーがいるからなんとかなるという感覚なのかもしれない。
ゴブリン達はモラルが低いので人里の近くに集団が存在すると子供を誘拐したり、食料や金品を盗むことも珍しくない。できれば今、対策できるならそうしたいところである。
「ハードワークになるぞ。」
「望むところです。トゥラニアの安全のためにやりましょう!」
そういうことで討伐を決定した。
騎士団員達が盾を構えて巣穴のドアを破り、突入する。流石に普段使いの入り口には罠は仕掛けていないだろう。
そう思ったら足に綱が絡まって引き上げられる。逆さ吊りにされた団員はもがくけれども絡まった綱は解けない。
「光球」
俺は光の呪文を使って辺りを明るくした。そうすれば罠のありかはよりはっきりと見えるはずだ。
すると、入り口の壁の上の方にゴブリン達が罠を操作するために動いているのが見えた。
他の団員達が短弓を取り出してゴブリン達を射撃し始めた。
数匹のゴブリンが壁から落ち、引き上げられた団員もゴブリンが綱を持っていた手を離したために落ちてくる。
すんでのところで俺が彼を受け止めたので怪我をせずに済んだ。
「もう奇襲効果はないので強襲に切り替えだ。各々勇猛を振え!」
そのまま巣穴に突っ込んだ俺たちは当たると幸いゴブリン達に切りつけた。
ランディもガンガンゴブリンを屠っている。
少し大きな部屋に出た。そこには数匹のローブを被ったゴブリンと大型の筋骨隆々としたゴブリンがいる。
「ゴブリンシャーマンとゴブリンソルジャーだ。強いからと言って手こずるな!」
団員には二人一組になってゴブリンソルジャーに当たらせた。その後ろからゴブリンシャーマンがマジックミサイルの呪文を唱えるので何人かの団員は傷を負った。
「トレーシー、後ろの奴らを狙える?」
「任せて。」
トレーシーは炎の矢を五連発で打ち込み、後ろにいたゴブリンシャーマンは身体中が燃え上がってくるくると踊り回った後に倒れ込んだ。
魔法を見たゴブリンソルジャー達は浮き足立っている。
「今だ、トドメをさせ!」
俺はみんなにそう命じ、ゴブリンソルジャー達は逃げおおせる事なく絶命した。
俺は一番傷が深そうな団員にポーションを渡してついて来れるか、と聞いた。
その団員はポーションを飲み「まだやれます。」というのでついて来させた。
そこからは居住区のようで多くの部屋に多くのゴブリンがいた。俺たちはもう阿修羅のように斬りまくったわけである。
傷ついた何人かの団員にはポーションを渡して回復させた。
その向こうの部屋にはひと回り大きく鎧も豪華なゴブリンがいた。
ランディがやるというので「鎧から守られずにむき出しになっている手足を狙え。」とアドバイスして送り出した。もう一人若い団員も前に出た。
彼らは連携してゴブリンジェネラルと渡り合っている。それでもゴブリンジェネラルはさるもの。お互いに致命傷にはならない浅い傷を付け合っている。
息詰まる熱戦だったが、ついにゴブリンジェネラルはキレたらしい。雄叫びをあげてランディに切り掛かった。ランディはわずかに避ける。
「ランディ!カウンター!」
俺が叫ぶとランディは気を取り直してゴブリンジェネラルの腕に切りつけた。「ガキっ!」骨が砕ける音がしてゴブリンジェネラルの腕は剣を持ったまま切れ飛んだ。
ゴブリンジェネラルは倒れ、もう一人の団員、ヨハンが冷静にトドメを指した。
二人とも深い傷はないが血まみれである。
「二人ともよくやった。」
俺は二人を褒めてそれぞれにポーションを渡した。若者だからすぐに回復するだろう。
その後、いくつかのゴブリンの居住区を掃討した俺たちは少し大きな区画の居住区に入っていた。
「多分ここが最後です。」
案内している団員がそういう。
ゴブリンソルジャーやゴブリンシャーマン、時にゴブリンジェネラルが混在する区画であり、結構苦戦する場面もあった。俺もガンガンと敵を倒していた。
掃討戦なのでできるだけ敵を逃がさないように倒さねばならないのが辛いところである。
それでもほとんどのゴブリンにトドメを刺して、さらに奥に進むと大きな部屋に出てきた。
そこにはゴブリンジェネラルよりもさらに大きなゴブリンが座っていた。
「ボブゴブリン?いや、ゴブリンキングか。」
俺がそういうとそいつはゆっくりと立ち上がって人間の言葉で「ニンゲン、コロシテヤル」としわがれた声だがはっきりと言って業物の剣を振い始めた。
「あれは俺がやる。ゴブリンキングだ。」
俺がそういうとみんなが「ゴブリンキング…」と言ってつい引き下がってしまった。
トレーシーが火の槍を打ち込むが、ゴブリンキングは盾で魔法を弾き飛ばした。
俺はその隙をついてアスカロンでゴブリンキングの肩口に切りつけた。
それに対してゴブリンキングはものすごい勢いで剣を振り下ろしてくる。
俺は慌てて避けたが、やはり最初の一撃が効いているのだろう。これくらいなら簡単に対応できる。
程なくして俺はゴブリンキングを地面に打ち倒した。
「掃討を完了するために撃ち漏らしを探せ。」
俺はそう命令した。
結構広い巣の中を騎士団員が散って行く。
その間に部屋を探していると、ミズチが「あっちあっち」という。
そちらは見た感じただの壁である。けれども調べてみると、小さな扉を見つけた。扉を開けてみると小箱が入っていた。
小箱には宝石類と一緒にミズチの破片が入っていた。
「わーい、尻尾だしっぽー。」
ミズチは喜んでいる。
俺は残った小箱をトレーシーに渡した。
「まあ、これは!」
「ゴブリンキングが隠していたみたいだ。」
「でも騎士団の分は?いいの?」
「彼らにはこちらの金貨や銀貨でいいだろう。」
「じゃあもらっていいのね。」
「ああ。」
程なく団員達が帰ってきた。
俺はゴブリンキングの部屋にあった金貨や銀貨、銅貨などを騎士団の分け前として運ぶように指示した。
ランディにはゴブリンキングの使っていた剣を渡す。多分その鈍く光る剣は魔法の剣であることは間違いない。
他のゴブリンなどが巣穴を使えないように入り口を破壊して入らないようにした後、俺たちは防御陣地に帰還した。
ゲイリーとトーマスは見事に防御陣地を完成させており、そこに今後、騎士団詰め所を作る予定だという。
俺たちは満足して川を渡り、南岸の騎士団詰め所に戻った。
その後、ナッシュビルに戻った俺たちは王都に向けて帰還することとなった。




