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第三十八章: 再びトゥラニアへ

「ツェペシュの棲家」のダンジョンを踏破したらもう年末である。

「そうだ期末試験があるんだった。エドはいいけれど俺たちは一夜漬けで眠れないよー」

フレッドとアランが泣き声をあげている。

「根性よ、根性!」とアリシアも必死でノートを見ている。

俺は「すまん!」と言っている。

みんなは「謝らなくていいからこの問題の解き方を教えて!」と殺気立っていた。

今日はパーティメンバーと勉強会である。

ダンジョン探索続きであまり勉強する時間を取れなかったアランとフレッドは焦りまくっていた。アリシアは普段から勉強しているからそこまで焦らなくてもいいはずだが、アランとフレッドに釣られて焦っていたようである。

トレーシーは落ち着いて「エド、頑張って!」と俺を応援してくれていた。

幸いにも俺とトレーシーの一番二番は変わらなかったし、必死で勉強した甲斐があったのか、アランやフレッドも成績が上がったようである。

さあ、年末年始の休みが始まる。


トゥラニアに行くのは俺とトレーシー、そしてヘンリーさんの奥さんとランディ、パトラの兄妹である。これにトレーシーの侍女がもう2人ついている。

ヘンリーさんによると俺が伯爵になったということもあり、王室のデカい馬車ほどではないがそれなりに大きな馬車を誂えたということで、今回はそれに乗って行くことになった。

俺とランディは騎馬で護衛ということになった。また、新人たちは徒歩でトーマスに率いられて10人ばかりがトゥラニア入りする。

現在仮の領都として機能しているのはナッシュビルの村である。ナッシュビルにはヘンリーさんが領主代理として治めてくれている。

五日の馬車の旅行の末、俺たちはナッシュビルに到着した。ナッシュビルまでは騎士団の巡回もあり、比較的安全に旅することができる。

もう年末である。山の方は雪が降っているであろう肌寒さである。けれども、ナッシュビルには人も増え、活気があふれていた。

領主館に向かうと、ヘンリーさんと館の使用人が出迎えてくれた。

トゥラニア騎士団の面々は町外れに新しく作ったトゥラニア騎士団の駐屯所に向かった。

ヘンリーさんは「材木と小麦で稼いでいますからね。今は好景気ですよ。」とホクホク顔をしていた。

トレーシーもここにくると奥様扱いしてくれるのでニコニコしている。

「私がエドの奥様なのよ。」ってワタワタしているトレーシーは可愛らしい。


到着した翌日にはもう収穫祭ということになった。

俺は主催者として天と地に豊かな実りを与えてくれたことに感謝の言葉を贈った。

この日のために用意したご馳走が並べられ、騎士団員も村人もなくみんな踊ってご馳走を食べるのだった。

トレーシーは村の娘さんにハンカチを贈られた。

「これはトレーシー様がお植えになった桑の木についた蛾の蛹から取った糸で作ったのです。」

どうやら教会のライラがシルクのことを知っていたらしい。全部は取らなかったらしいけれど、いくつかの蛹から糸を紡いでそれで布を織り、艶やかな光沢のあるシルクの布でハンカチを作ったという。

「桑の畑をもう少し増やせばドレスを作れるようになるでしょう。私たちもこんな綺麗な布ができて驚いています。」

村の娘はシルクに魅せられ、もっと頑張る気になっているようだ。男たちも小麦を収穫した後の冬の仕事として注目しているらしい。

「私の策が当たったかな。」

トレーシーもご満悦であった。

ゲイリーに魔獣について聞くと、トゥラン川の南側、騎士団員が屯田している土地に魔獣よけの柵を作っているらしい。それが大体完成しそうだということである。また、古い灌漑路を再建することで水を供給することができ、畑を広げることができるようになったという。

あとは見張り櫓を建てれば大体完成するらしいが、流石にそこまではまだ十分手が回っていないということである。

「いや、一年目でここまでできたのは上出来だよ。」

俺はゲイリーや他の団員を褒めた。

ゲイリーは言った。

「むしろ手応えがなさすぎるのです。魔族がどんどん出てこられても困りますが、それにしても魔獣が少なすぎる。抵抗が軽すぎるのです。」

「どうする?」

「やはり川向こうの強行偵察が必要でしょう。川向こうもここと同じように平和であって欲しいとは思いますが油断は禁物です。」

「そうだな。まず他の場所を視察して偵察ができるか考えよう。」

「明日はフライ山の砦と川沿いの騎士団領を案内いたします。」

ゲイリーはそう言って下がった。


♢♢♢


翌日は晴れていた。朝の冷気が冬を感じさせる。

今日は街道を進んでフライ山の砦からトゥラン川の渡し、そして騎士団領を視察する予定である。

ゲイリーとトーマス、そして騎士団員は徒歩で、俺とランディは馬で、トレーシーと二人の侍女は馬車で向かうことになった。街道もずいぶん整備されてきたので馬車でも十分通れるようになったらしい。

ナッシュビル近辺はドワイトさんたちが警護している。彼らもトゥラニア騎士団の一員として騎士団の屯所で生活している。ドワイトさんたちの元王都騎士団グループの一部にも屯田兵として川沿いに移り住んで畑を作っているものもいるそうだ。


ドワイトさんたちに見送られながら俺たちは出発した。街道は以前と比べても格段に進みやすくなっていた。

「ずいぶんと往来する人が増えましたからねえ。自然に整備が進みましたよ。」

とトーマスが言う。

凸凹も少なく綺麗になった道を快適に進むことができた。

もう今は見張り台は完全に使われておらず、木こり小屋の村に騎士団員が駐屯しているだけになっているそうだ。

村に寄ると、あちこちに農機具や資材などが置かれていて、どことなく活気がある。

村長が出てくると最敬礼して俺にお礼を言った。

「ご領主様のおかげで今年はよく小麦が実りましたですじゃ。この分なら来年はもっと畑を広げてより多くの収穫が見込めるでしょう。ありがたいことです。」

「それはよかった。精出して働いて豊かな生活をするのがトゥラニア領の目指すところだからな。頑張って成果を出すのは褒められるべきことだよ。」

俺はそう言って村長や村人たちを労った。

「へえ。領主様のありがたいお言葉に村民一同感謝の限りでございます。また、奥方様のおっしゃっておられた桑の栽培もやるつもりです。ここは冬は雪なので小麦は秋蒔きが出来ませぬ。あのシルクという糸を紡ぐのは冬の良い仕事になりそうですじゃ。」

「きゃーっ、奥方様って私がエドの奥さんってことよね。えへへ、シルクの生産も頑張ってね。きっと王都で『トゥラニアのシルクが欲しい』って令嬢が殺到するわよ。」

トレーシーはウキウキとして言う。

多分喜ぶポイントがずれている。

ゲイリーは「ははは、奥方様も若様だけでなくこの領地をお気に召されたようじゃ。早く結婚なされてお世継ぎをこの手に抱きたいものです。」と言うものだからトレーシーは顔を真っ赤にしている。

もう、独身者はこれだから困る。

俺は「結婚式は私たちが学園を卒業したら国王陛下の御許可が出ることになっている。その時にはこのシルクでウェディングドレスを作ってもらってトレーシーには着てもらいたいものだ。」ととりあえずフォローした。

トレーシーは「ウェディングドレス…」と言ってちょっとポーってなっている感じである。

村長は「その時には必ずシルクを献上させていただきます。」と約束してくれた。


俺たちは村を出てフライ山の砦に向かうことにした。

フライ山をはじめとして周囲のほとんどの山がもう木を切り倒されて丸ハゲになっていたのには驚いた。けれども、よく見ると切り倒された後には新しく苗木が植えられていた。

下から見ても砦は土塁が築かれており、ずいぶんと立派なものになっている。新人たちも山砦を見て感嘆の声をあげていた。

「ずいぶん完成してきたでしょう。」

ちょっと誇らしげにゲイリーは言った。

「この間見た時にはまだまだ板で覆われていたのがもう土塁まで築いたんだね。」

俺がそう言うとゲイリーは「みんなが努力した結果です。」と言う。

「さあ、上がってぜひ中を見せてもらおう。」

「お任せください。」

上にあがるとあの最初の小屋は完全に馬車溜まりの監視小屋になっていた。

馬車をそこに置いて俺はトレーシーを俺の馬に乗せた。

横座りになったトレーシーはベタっと俺に体を預けてくる。そうすると胸の出っ張りが俺の体に当たるようになっているし、腰つきも丸くなってきているようである。

思わずトレーサーに見惚れていると、トレーシーも気がついたみたいで「エド、何を見ているのよ。エッチ!」と言われてしまった。

「い、いや、トレーシーがあまりに可愛いからつい。」

俺がしどろもどろに言い訳するとトレーシーは「うん、エドは私だけを見ていればいいのよ。」と更に強く抱きついてきた。

「周りに人目があるんだが。」

「いいじゃない。別に減るもんじゃないわ。」

ゲイリーは「わっはっは、もう寒いけれど若様と奥方様は熱々だな。」と笑い、新兵たちに向けて「お前らもしっかり屯田して嫁さんをもらうんだぞ。若様に倣え。」と訓示した。

トーマスは「まずは実力をつけること。騎士団員としてしっかり働けるようになることが先決です。嫁さんはそれから。」と言う。

俺は笑って「まずは生活基盤を作ることが先だよ。でもいい子がいれば先手必勝だよ。」と言うと新人たちもつい釣られて笑ってくれた。


そんなことを言いながら砦にたどり着いた。

前回は建物は一つだけだったが、今ではいくつもの倉庫と土塁に通じる通路が張り巡らされていた。

土塁は屋根があり、弓矢を打つための狭間の小窓が作られており、敵兵を自在に攻撃できるようになっている。

倉庫の中を見ると、食糧庫もあれば、弓矢の矢を山ほど蓄えている倉庫、大きな石や油を煮立てる大鍋を入れている倉庫もあった。

「あの大きな石や油は何に使うんだ?」

俺が聞くと、シンが「下から壁を登ってくる敵に石を投げ落とすんです。油もよく煮立った油を撒けば敵兵が火傷して落っこちるでしょうね。」と説明してくれた。

トーマスは砦にいる団員を集めてくれたので俺がまた挨拶することになった。

明らかに団員の士気が高いのが手に取るようにわかる。平民は当然であるが、騎士団に志願するような下位貴族の次男三男以下の人たちには領地や土地の相続は原則としてあり得ない。なので、俺たちが今回打ち出した屯田制は土地を得られるということで彼らにとっては大きな期待になっているのである。

屯田村を作ることは他の入植者にとって安全性を高めてくれるわけで俺たちにとっても利益は大きい。

そんなことをまとめて話すことにした。

その後、ランチディナーを振る舞われることになった。

砦には調理室が作られており、シェフも雇っているのだそうだ。

「シェフも若様に料理の腕を振るいたいと言うことですので是非ご堪能下さい。」

ゲイリーは笑って俺に勧めてくるので俺もトレーシーもご相伴に預かることになった。


あの道場みたいな大きな部屋は今は大広間と言われているらしい。そこに長い机と椅子を並べてみんなが座り、皿が並べられた。

ゲイリーは「ではお毒見仕ります。」と言って、いの一番に料理を食べてしまった。

「こりゃあうまいですぞ若様。」

それって毒見役?

トレーシーは思わず「ププッ」と吹き出しそうになって「ゲイリーさん、お毒見ご苦労様。エド、じゃあ私たちも食べましょう。」といい、俺たちも食べることにした。

そりゃ王都の繊細な味覚に比べると田舎風味であることは否めないが、それでもしっかりした味の料理で美味しくいただきました。

食後にシェフが来てくれたので「おいしかったよ。トゥラニアらしいいい料理だった。と褒めてあげた。

トレーシーも「こういうお料理を楽しむことが文化よ。王都のマネじゃないオリジナルの料理をもっと開発してくれると嬉しいわ。」と褒めているというよりむしろハッパをかけるようなことを言っていた。

シェフは「頑張ります!」と答えていた。


そこから山を下って街道に戻り、北に進むとトゥラン川の渡し場に着く。残念ながら川向こうには建物はないが、以前ここに巣を作っていたリザードマンやトログロダイトの群れは排除されている。

私の南側には騎士団員の詰め所がある。結構頑丈な作りの建物ができていた。

中にはいくつかの部屋があり、緊急時には宿泊も可能である。

「今日はここに泊まりますが、少し屯田村を見てみますか?」

ゲイリーはそんな誘いをする。

俺たちは渡し場の近くの騎士団員の家を訪れることにした。

今の所、屯田している騎士団員は原則として単身であるらしい。というのも、屯田を始めてからまだ日が浅いため、騎士団の屯田兵は作物を収穫するまでには至っていない。きちんと作物を収穫して自活できるようになれば結婚したり連れ合いを呼び寄せても良いという規則にしているそうだ。

渡し場からは川に沿って下流に向けて街道から細い道ができている。そろそろ日も傾きかけているが辺りの小屋を視察した。みんな底抜けに人の良さそうな顔をしている。

「ええ、若様のためなら命も惜しくはありません。」

命知らずでもあるようだ。川沿いに走る道の川との間のところに細い木を井桁に組んだようにして作られた柵がある。さらにその向こうに簡単な作りだが梯子で登れる櫓が組まれている。

そろそろ日も暮れるとあって、櫓の上で監視していた騎士が降りようとしている。彼のところに走って行ってどんな様子か聞いてみた。

「ああ、若様、川の向こうがどんな様子かということですかね。」

フリックと名乗るその騎士は言った。

「川向こうにはあまり動きはないです。むしろその静かさが不気味ですね。」

確かにもう夕刻になるというのに川向こうはシンと静まり返っており、魔獣が動く気配すら感じられない。

夕食は砦のシェフが持たせてくれたものを温めて食べることになった。結構シェフの料理は人気であり、みんな喜んで食べたのである。

そこで川向こうの様子についてゲイリーやトーマスに尋ねると、やはり無人ではなさそうである。広くは知らせていないが巨人のような姿が目撃されているという。強行偵察の目的の一つはその巨人の正体を明らかにすることであるようだ。

「トレーシーは今の向こう岸には連れてゆきたくない。」

俺はそう言った。

「つまり一旦ナッシュビルに帰還してそれからもう一度ということですかな。」

ゲイリーはふーむと唸った。

「もし魔族がいたらトレーサーとは接触させたくないんだ。」

「わかりました、若様。では奥方様にはここでお待ち頂いてまずはここから先遣隊が入ることにしましょう。」

「嫌よ。」

いつのまにかトレーサーが部屋に入ってきていたらしい。

「トレーシー、危険なんだから無茶言わないで。」

「嫌よ。私はいつもエドの横にいたいのよ。だから魔法も必死で鍛錬したの。私だけ置いていかないで。」

見るとデイリーもトーマスも黙って下を向いている。

「トレーシー、川向こうには巨人がいるかもしれないんだよ。よく聞き分けて欲しいんだけれど。」

「ツェペシュのダンジョンでも私、エドの役に立てたわよね。」

「………」

「若様、偵察ですからそんなに危険な場所に行かなければ奥方様をお連れしても大丈夫じゃないですかね。」

「ゲイリー、お前までそんなことを言う?」

なんだか俺が孤立無援になりそうだ。

「そうよ、ゲイリーも言っているじゃない。私もそんなに危険なところまでは行かないつもりよ。」

「ゲイリー。」

俺はやむなく彼女を連れてゆかざるを得なくなってしまった。

あまつさえ、部屋数が足りないという理由で俺とトレーシーはベッド一つに放り込まれることになってしまった。

トレーシーは嫌がるかと思えば「部屋の都合と言われればやむを得ないですね。」とさっさと受け入れている。

「私たちはまだ婚約者なんだから一つベッドはまずいって。」

「わかりました。若様、それでは部屋はないですから若様は外で寝ていただきますよ。」

「わかったよ。」

俺はもう外で寝ることを覚悟していた。

「もう、エドったら。私に恥をかかせないで。エドなら真面目なんだから。私はあなたを信じているからね。」

俺はトレーシーに無理やり手を握られて寝室まで連れてゆかれるのだった。

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