第三十七章: ツェペシュの棲家(5) 結末
アリシアが喜ぶアンデッドの群れが帰ってきた。やっぱり地下13階だからだろうか。地下12階の妖精たちとどちらがいいかは悩むところである。と言うより悩んでいる暇なく戦わなければならない程アンデッドたちは強力になっている。
アリシアは生き生きとアンデッドを倒し、傷ついてパーティメンバーを回復している。
地下13階のフロアボスはリッチだった。
リッチは魔法をバンバン放ってくるし、もうフレッドとアランの髪の毛は火魔法で焼けこげている。アリシアはあの古代の護符を掲げたまま麻痺してしまった。
俺はかろうじて攻撃しているが、トレーシーも魔力切れが近そうで魔力補充ポーションを飲もうかどうかと悩んでいる様子である。
「トレーシーはとにかくポーションを飲んでくれ。」
俺はそう言うと火の槍をリッチにぶちかましてアスカロンで切り掛かった。
後ろでは泣きながらトレーシーが魔力補充ポーションを飲んでいる。
「もうどうでもいいわよ!エド、どいて!流星群よ!」
「ひっ!」
俺は必死で後退した。その後ろではドカドカと流星が降ってきているのだろう。なんだか背中が焦げている気がした。
燃えている気配はないのでそのままトレーサーに抱きついた。
「うえーん、エド、怖かったよ。魔力補充ポーションは不味かったよ。」とトレーシーは俺の腕の中で泣いていた。
そっと後ろを振り返るともうリッチの姿はなく、下へ向かう階段が出現していた。
いきなりアリシアの声がして「はい、いちゃいちゃするのはダメよ。ここはダンジョンの中。忘れないで!」と叫ばれてしまった。
彼女はリッチが滅びたお陰で麻痺が解けたようだ。
フレッドとアランは彼女によって治療されている。
アリシアは俺の方にも来て「エド、背中を火傷しているわよ。」と言って俺にも回復魔法をかけてくれた。
トレーシーはアリシアを見て口を尖らせている。
「聖女様はお上品ね!私はエドをもう食べてしまいたいくらい愛してるの。邪魔しないでちょうだい!」
アリシアはその言葉にピクッと反応しそうになったが、「怪我した人を回復させるのが私の仕事よ。それはいくら王女殿下でも邪魔はさせないわよ。」とさらに挑発してきた。
「ううっ、わかったわよ。」
トレーシーはちょっと蓮っ葉な王女殿下らしくない言葉遣いをしたが、結局はアリシアの言うことを聞くようにした様子である。
アランとフレッドに次の階に行けそう?と聞いたら二人とも「大丈夫です。」と言う。
アリシアとトレーシーも頷くので「じゃあ行こう。」と言って次の階への階段を降りて行った。
次の階はもうさまざまなモンスターが遠慮容赦なく襲ってくる感じだった。俺ばかりではなくアリシアもトレーシーも余裕などなく魔法をぶっ放して倒してゆく。
俺はトレーシーに残った3個の魔力補充ポーションを渡していたが、そのうち2個はすでに使ってしまった様子である。
それでもなんとかセーフティゾーンまでは辿り着いた。アランもフレッドも全身に切り傷だらけである。
アリシアも「もう回復魔法のストックは少ないから我慢して」と言い出した。
俺もポーションを取り出して「もうこれが最後だよ。」と言って飲ませた。実際ポーションの残りはあと3個しかない。解毒薬はすでに使いきってしまっている。
「どうする?フロアボスにアタックする?」
トレーシーは迷わずに「行きましょう。」と言った。
アリシアは「そうね。フロアボスまでは大丈夫だと思う。けれどもそれ以降は一度回復するために撤退も考えた方がいいわ。」と冷静な意見を出した。
♢♢♢
「じゃあ行くよ。」
俺はフロアボスの部屋の扉を開けた。
そこには顔立ちは整っているがどこか陰気な男がいた。服装は整っているのでどこかの貴族然としている。
「ようこそ。我が陋屋に。拙いながらもおもてなしをいたしましょう。」
男は嫌味たっぷりなお辞儀をする。
トレーシーは「あなたは見たことがないわね。どこの貴族?外国なの?」と言う。
「王女殿下、ご挨拶するのは初めてになりますな。そう、私は遠い国からやってきた貴族なのです。」
男はいう。
「はあ?なんであんたが私のことを知っているのよ。名乗りなさい。」
トレーシーが鋭く問い詰めようとする。
「私はワラキア公のツェペシュ。昔は『串刺し公』という別名も頂戴しましたな。今はこの王都に仮住まいさせて頂いておりますからな。王女殿下の御尊顔も遠くから拝見したことがあるのですよ。」
男も返してくる。
「それでは大人しく降参しなさい。そうすれば命だけは助けてあげるわ。」
「ははは、命ですか。それはあなた方にとっては重要なのでしょう。そろそろやり合う時ですね。言葉ではなく剣で会話しましょう。」
ツェペシュはその手に剣を握った。
俺はトレーシーを守るために前に出た。
アランとフレッドも剣を抜いた。
ツェペシュはかなりの遣い手で、俺たち三人の剣を苦もなく捌いている。踏み込もうと思ってもなかなか隙が見出せない。
「ホホホ、千日手も飽きてきましたね。じゃあそら!」
彼が掛け声をかけるとアランとフレッドの目が赤く怪しく光り始めた。すると、彼らはツェペシュではなく俺に剣を振るってきたのである。
「ああ、アラン、フレッドしっかりしろ!」
俺が声をかけたが反応はなく、まるで機械のように俺に向かって剣を向け続けた。
「魅了の魔法にかかったのか?」
今度は攻守逆転して俺が三人の攻撃を捌く羽目になった。
全力で三人の攻撃を交わしているとこちらから攻撃することもできない。
「トレーシー!眠りの呪文だ!」
俺は攻撃から逃げながら叫んだ。
トレーシーが眠りの呪文を唱えるとアランとフレッドは崩れるように地面に倒れて眠ってしまった。
「ふふ、これで一対一ですね。」
ツェペシュは楽しそうに言う。
俺とツェペシュの全力のデュアルが始まった。
切り、突き、それを受け流し、あるいは躱し、とお互いに手数の限りを尽くして戦い続けたのである。
お互いに勝機を見出せないまま戦い続けていると、ふとツェペシュが立ち止まった。彼の視線が俺に突き刺さり、そこから凍えるような恐怖が入り込んできた。
必死で抵抗するが、俺は棒立ちになった。
「さて頃はよし。」
ツェペシュは笑いながら剣を俺の鳩尾に向けて突き刺してきた。
俺はその瞬間、ツェペシュの剣を跳ね飛ばし、逆にアスカロンをからの心臓目掛けて思い切り突き刺した。
その時、ツェペシュはいきなり多くのコウモリに変化してしまい飛んでゆく。
「見事見事!このツェペシュに一太刀入れるとは恐れ入ったよ。」と言う声がどこからともなく聞こえてきてそのまま俺たちは意識を失ったようだ。
♢♢♢
ふと気がつくと俺たちは高級な革張りのソファに座っていた。
はっ?と左右を見回すとアリシアもトレーシーも今気がついたみたいで茫然としていた。アランとフレッドもその隣に座っていた。
前を見るとさっきのツェペシュが微笑みながら腰掛けている。
「お目覚めになりましたか?」
「き、貴様、何のつもりだ!」
アランが吠えた。
「おや、犬になってから番犬の気質が芽生えましたか?」
ツェペシュは相変わらず表情をあまり変えずに話しかけてきた。
「あの一撃をコウモリの群れになって避けたならばあなたはヴァンパイアですね。」
アリシアは言う。
「ええ。よくご存知ですね。さすが聖女様だ。私は真祖なのです。」
ツェペシュの言葉を聞いてアリシアは息を呑んだ。
「ご存知のように真祖は不老不死ですからね。」
ツェペシュは艶然と微笑む。
「不老不死の者が戦闘するって不毛じゃないかな。」
俺は挑むようにそう言った。
「暇つぶし」
ツェペシュは短く答えた。
「え?」
「暇つぶしなんですよ。私はもうすでに長く生きてきた。これからも長く生きるでしょう。私が定命の時代のもので生き残っているものは他にいませんし、もう私の生きてきた歴史は神話の時代として扱われています。」
ツェペシュは少し哀愁を帯びた声で語った。
「あなたは寂しいのね。」
トレーシーが言った。
「ふふっ、そうかもしれませんね。けれどもあなた方は私の設定した試練を乗り越えてきたのです。これは最近にも稀なことでしょうね。」
ツェペシュは微笑む。
「あなたの試練を突破したご褒美でもくれるって言うのですか?」
俺は聞いてみた。
「ご褒美ね。そうですね。それもなくはないですが、まずは話ですね。」
「何の話なんですか?」
「そうですね。魔王の話ですね。」
「魔王ですって?魔王はあなた方闇の眷属じゃないの。私たちでは中が自分たちで話し合っていればいいじゃない。」
アリシアが憤りを込めて言った。
「ふふ、光の眷属は我々闇の眷属と魔王の区別すらつかなくなっているのですか。嘆かわしいことです。」
「どういうこと?私たちも学園で同じように習ったよ。」
俺も補足した。
「いやいや、我々闇の眷属は光の眷属に相対するものでこの世界の創造物なのです。この聖女様と私もこの世界、この大地で生まれたことには変わりありません。ただ性質が反対なだけです。」
アリシアは「そんなの欺瞞よ。」という。
ツェペシュはアリシアを無視するように続けた。
「昼があれば夜があるようなもの。この世に昼があって夜があることに疑問を持つものはまあおりますまい。けれども、魔王は別なのです。あれはこの世の外から来たもの。」
「この世の外からだって?」
俺は驚いて聞き返した。
「ええ。おそらく魔族と魔王は同じ一族なのでしょう。彼らはこの世のことわりのものではない。」
ツェペシュは言う。
アリシアは青い顔をして何も言えないでいる。
「魔王は『種』として人間に寄生するんです。その間に様々なエネルギーを吸収して強大化してゆくのです。どちらかというと植物みたいなものですね。」
「私のアスカロンで魔族は斬れたぞ。」
俺がそう反論するとツェペシュは言った。
「そうなのです。幼生体とはいえ魔族を斬り殺したというのはあなたが初めてなのですよ。」
「でも、これまでは勇者が魔王を倒していたんじゃなかったのか?」
「勇者は魔王を殺してはいません。聖女の力を借りて封印していただけです。」
「何だって!」
「あなたの持つアスカロンはまだまだ謎の多い剣です。これまで剣聖は何人か歴史に登場しましたが、魔族を斬り殺したりはしませんでした。」
「そうなんだ。」
「むしろ剣聖は愛のためにその身を魔王に捧げることが多かったのです。」
「なんだって?」
「そのままの意味なんですよ。剣聖は愛のために魔王に喰われた。それにより魔王の力は増大したのです。」
「俺は誰にも食べられるつもりはないぞ。」
つい俺って口走ってしまったが、そんなことは気にしていられないだろう。
「そ、そうよ。私もエドを愛しているけれど食べてしまいたいなんて……ちょっとは思うことがあるかも。え、本気じゃないよ。それくらいエドが好きってことで、きゃー!」
トレーサーは一人でワタワタしている。
「ミズチという龍。」
ズバリとツェペシュは言う。
「えっ?」
「聖剣には魂が宿されていて普通の魔剣と違って会話できるそうだ。」
「あっああ。その通りだ。」
「その名は?」
「今はホムラという龍の精が主にしゃべっているよ。」
「主にっていうのはどういうこと?」
「他にミズチという龍もいるけれど、この子はいくつかの破片に分けられて隠されているんだ。そのうちいくつかの破片は見つけたけれど、まだ完全じゃない。」
「ほほう。」
「ホムラの力だけじゃ幼生体の魔族しか斬れないんだよ。」
「ふむ。私の推測は正しかったということかもしれない。」
「どういうこと?」
「魔王に対する切り札としてミズチという龍の話はすでに現れていた。けれどもミズチは部分部分に分けられて隠されているというものだ。」
「あっやっぱり。」
「ほとんどの部分は魔族が持っているということは聞いている。私はこれまで苦労して二つだけその部分を手に入れた。けれどもそれをどう使っていいのかさっぱりわからなかった。」
「………」
俺はそれが喉から手が出るほど欲しい。けれども欲しいなんていうとどんな代償を要求されるか判らない。黙っているしかなかった。
「ミズチなんて龍の名前は初耳ですわ。そんなのでまかせの嘘に決まっています!」
アリシアはツェペシュに反論するかのように大声を出した。
「アリシア、このツェペシュさんの話は基本的には本当だ。この間話したろう?」
俺はアリシアを制した。
「ふふっ、光の眷属の頭の固さは私もよく知っているからね。私も説得しようとは思わない。むしろエドワードくんの覚悟だよ。」
「どんな覚悟ですか?」
「魔王を倒せ。たとえそれがどんなに愛しい人であったとしても滅ぼすんだ。その覚悟だよ。」
「もとよりそのつもりですよ。俺とケビンはそう誓い合っているんです。」
「本当に最後の最後までその気持ちを持ち続けられるかな。魔王や魔族は狡猾なんだ。でも、今覚悟があると聞いたのは嬉しいよ。」
「ふん、闇の眷属が本当のことを言っているなんて保証はないよ。闇の者の言葉には耳を傾けないことこそが大事なんだ。」
アリシアは切り捨てるように言った。
「ははは、魔王に対しては光の眷属も闇の眷属も共同できると思うんだけれどなあ。」
ツェペシュは情けなさそうに笑う。
「そんなもの、言葉ではなんとでも言えるのよ。言葉と行動が一致しないのが闇の者の常よ。」
アリシアは勝ち誇っているようである。
「わかった。じゃあ、ミズチの二つの部分をエドワードくんに渡そう。そうすれば私の覚悟というものがわかるだろう。」
彼は懐からミズチの首と胴の部分を取り出した。
剣の中のミズチが「あっ、あそこに僕の首と胴の部分がある。」と騒ぎ出している。ツェペシュのやつ、上手く隠していたな。
「ほらっ。」
彼はその二つの『部分』を僕の方に放った。
俺は剣を少しだけ抜くと、ミズチの首と胴は剣の中に吸い込まれ、ミズチは「わーいわーい、僕の首と胴は戻ったよ!」と喜んでいる。
ツェペシュは目を細めて「ミズチはこんなことになっていたのか。」と言う。
ミズチは「まだ手と足と尻尾がないけれどもうこれだけ戻れば魔族くらいは切れると思うよ。るんるん」と嬉しそうに言っている。
「魔王にはまだ届かぬか。」
ツェペシュは言う。
ミズチは「魔王を切るには全て部分が揃わなきゃね。」とちょっと恥ずかしげに言った。
「あと6箇所か。」
ツェペシュは言う。
(えっ?手足で4つ、あと尻尾だから5つじゃないか。)
「エドワード、心臓を忘れているよ。」
そうか、心臓は別にされているんだ。
「さて、用事はほぼ終わったな。そろそろお暇の時間だ。」
ツェペシュはもう用は済んだから出て行けと言わんばかりである。
アリシアはもう猛犬が侵入者に対して唸るようにガウガウと唸っている。ツェペシュは全く無視してしまっているけれども。
ふと気がついたようにツェペシュは「そうそう、王女殿下は頭痛の方は大丈夫かい?」とトレーシーに聞いた。
俺もなぜツェペシュはトレーシーの頭痛のことを知っているのだろうと訝しんだが、トレーシーも不審に思ったらしく「え、えっとお、な、なんのことだか。」と狼狽えていた。
「気休めだけれども私が頭痛を鎮める呪いをしてあげるよ。」と言ってツェペシュはその掌をトレーサーの前頭部に当てた。
トレーシーは恐怖か緊張かで固まっている。
ややあってツェペシュはその手をトレーシーから離して「うん、これで少しは進行が抑えられるだろう。」と満足そうに頷いている。
アリシアはもうツェペシュに対する嫌悪感を全く隠さなくなっている。
「ははは。光の眷属はいつも楽しいよ。」とツェペシュは言い、「あ、そうだこれも必要だよね。」と言って赤い宝玉を俺の方に放ってきた。
「それはケンドゥスに渡してくれ。あいつは私の少ない友人の一人だから期待には答えないとね。」
ツェペシュは一つのドアを指さして「ここから出れば王都に繋がってているよ。もし用事があれば反対に入ってきてもいいよ。アリシアでさえももう私の友人だ。今日はいい出会いだった。」と言った。
俺たちはさよならの挨拶をしてそのドアから出た。曲がりくねった道を登ってゆくとしまいには謎の地下室に出てきた。そこから少し階段を上がってドアを開くと王都でも有名な宝飾店の裏口のところに出てきたのである。
「この店がツェペシュの棲家に繋がっていたとは。でもそれを聞いたって何も教えてくれないだろうなあ。」
俺はそう言った。
「もう疲れたから帰りましょう。」
アリシアも言った。
「取り敢えずギルドには報告しなければいけないけれど、ツェペシュの応接室のことは言わないほうがいいだろうね。」
俺がそう言うとトレーシーも「もし報告したとしてもツェペシュなら簡単に消してしまいそうだわ。」と言った。
俺たちはギルドに行き、ツェペシュの棲家についての顛末を報告してケンドゥスの店に行ってあの宝玉を渡した。
ケンドゥスはニヤリと笑って「あのダンジョンを上から踏破したのはお前が初めてじゃないか。」と言ってくれた。
「ははは。」
俺は曖昧に笑って「今後も防具の調整をよろしく。」と返した。
ケンドゥスは「ああ、まかせておけ。」と今度は晴れやかに笑ってくれた。
俺たちは学園の寮に戻ることにした。
ダンジョン探索
やっとツェペシュの棲家が踏破されました。
次はトゥラニアです。




