第三十五章: ツェペシュの棲家(3)一休み
翌日は本来ダンジョン休暇届を出していたが、ダンジョンから帰って来ていたのでトレーシーと2人で登校した。
トレーシーも帰って来た時はもう馬車から降りられないから部屋までお姫様抱っこして欲しいと言うくらいだったが、朝には随分回復しているようだった。
フレッドやアランにも授業前に会ったが、元気は随分回復していた。
アリシアはむしろ落ち着きすぎていて昨日のバーサーカーのようなハイテンションが信じられないほどだった。
バーナード先生に休暇を取り消したことを伝えると「そりゃそういうこともある。無事に帰って来たんだから問題なしだ。」と笑っていた。
フレッドやアランとアリシアにはお昼は最深部更新のお祝い会をやろうと言うことで学園のシェフにスペシャルランチを頼んでいた。
外の高級レストランで祝勝会をするのはダンジョンを踏破してからだろうということで今回はささやかなものである。
俺はパーティリーダーとして挨拶しろと言われたので、簡単に喋った。
「今回の最深部更新は小さな一歩に思えるかもしれないが、このパーティで初めて記録を更新した偉大な一歩である。みなさんおめでとう!因みに今回の記録更新でみなさんC級に昇進が決まりました。これもおめでとうですね!」
全員が拍手してシェフの腕によりをかけた料理を堪能したのである。
やはりおいしいご馳走は元気の源である。
ランチを食べ終わる頃にはみんなやる気を回復していて、早くダンジョン探索を再開して踏破を目指そうということになった。
問題が起こったのは翌朝である。フリーダが「あなたたち、ちょっと未踏破ダンジョンの記録更新をしたくらいで祝勝パーティはやりすぎじゃない?私たち勇者パーティならそんなことでいちいち騒がないわ。」といちゃもんとも言える言いがかりをつけて来たのである。
アリシアは黙ってそっぽを向いている。
俺は仕方がないので「ああ、ささやかな成果だったので学園の食堂でお昼にささやかに祝っただけですよ。」と言い訳のように弁解した。
フリーダは「あなた方のような弱小パーティはそんなことを言いふらして偉そうにしないで隅っこに引っ込んでいなさいよ。」と威丈高に大声を出して威圧して来た。
たまたま同じ教室に来ていたアランはフリーダの暴言とも言える言葉に我慢ができなくなったらしい。
「聖女フリーダ様、私たちのパーティは何も言いふらしていませんよ。大体、あのダンジョンでは20体以上ものデュラハンの猛攻を凌いで全部倒すことで記録を更新したのですから僕達だって少しは自分を褒めてあげたいじゃないですか。それに僕達はC級に昇進しましたからね。だからランチを豪華にしただけですよ。それくらいで文句を言われるのは心外です。」
ケビンが「なに、デュラハンが20体以上だって?それはすごい。」と無邪気に口を出して来た。
フレッドが「最後の回廊だけで20体だけれど、それまでもデュラハンとスケルトンナイトがざっと100体は居たんだぜ。」と追加した。
周りでは「あ、デュラハンって?」とか「ゴブリンより強いの?」とかいうクラスメートの囁きが拡がっている。
ケビンは「よくもまあそんなハードな戦いで大怪我もせずに帰って来れたよなあ。」とむしろ感心している。
フレッドは「俺たちの怪我は全部アリシア聖女が治してくれたよ。でも俺のおニューのミスリルの鎖帷子は穴だらけになって一週間の入院だぜ。」というとケビンも「そりゃ大変だ。」と合わせたのでみんなで笑った。
フリーダだけは少し顔色を青ざめさせたまま黙っている。
アリシアが「フリーダもケビンと勇者パーティで頑張っているって聞いているよ。うちらはうちらで頑張っているんだ。だからお互い健闘を称え合おう。」というとフリーダが「ふざけないで!私とケビンが勇者パーティなの。あんたなんて聖女と認めるものですか!」と叫んで教室から出て行ってしまった。
ケビンが「すまない。フリーダも悪い奴じゃないんだが、聖女は自分だけというプライドが強すぎるんだよ。あまり怒らないでやってくれ。」と本当に済まなさそうにいう。
アリシアは「ふふ、私は気にしていないわ。確かにフリーダは優秀な聖女よ。」と気楽な口調で答える。
俺も「それがフリーダのストレス解消なんだったら仕方がないけれどあまり彼女に無茶なことを言わせないでくれ。」と言った。
「善処する。」
ケビンは頭をかきながらそう言った。
その後、フリーダは教室に戻って来て授業を受けたが、こちらとは目を合わせようとしない。ケビンは済まなさそうにするだけである。
昼休みに食事をしていると、ベアトリスがやって来て、「フリーダちゃん、なんだか自分で孤立化しているみたいよね。私がなんとかお友達になってみたいのだけれど構わないかしら。」と言う。
トレーシーは「あなたがそう言ってくれて嬉しいわ。多分私たちが何かすると噛みつかれそうだから。」とむしろお願いするように言った。
「せっかく王太子妃教育を受けているのだから実践してみないと。」
ベアトリスはニッコリして食堂を出て行った。
翌日、アランとフレッドは微妙な表情で朝の教室にやって来た。どうやらあのデュラハン20体の話が王都騎士団に広まって宰相閣下や氣志團長の耳に入ったらしい。
「本当のことだからウソだとも言えなくて微妙な感じだったよ。」
フレッドはぼやくように言う。
「ウチはそりゃエドがパーティにいるからウソじゃないと思うが、って言われたんだ。僕の働きは怖すぎて言えなかった。兄上の視線が刺してくるみたいだった。」
アランも弱々しそうに言う。
「何言ってんのよ。もっとしゃきんとしなさい。胸を張りなさいよ。あなたたちの手柄は誰も否定できないって。」
アリシアは励ますようにそんなことを言った。
俺とトレーシーは「貴族は保守的だからなかなか受け入れられないのは仕方がない。でも、アランとフレッドは強くなっているのも間違いない。そのうちみんな認めてくれるよ。」と二人を力付けようとした。
向こうではフリーダとベアトリスが何か話をしている。フリーダは意識的にこちらを無視していることは変わらないけれど、ベアトリスが話をしてくれるのはいいことだ。
ドゥーリットル先生のところに行くともう待ち構えていたかのようにツェペシュの棲家のダンジョンについて聞かれた。以前の踏破パーティの報告書に大量のデュラハンの存在については記されていたので、流石にそこについては質問されることはなかったが、それを突破したことについては素直に褒めてくれた。
地下10階のセーフティゾーンに設置されていたポータルについては高深度のダンジョンでは設置されていることがあるらしい。このことはあのダンジョンが例えば地下20層や30層に拡がっている可能性もあることを意味しているのかもしれない。
もう一つは大量のデュラハンが出てくることが明らかになったことで少なくとも10層以降は上級ダンジョンに分類される可能性が出て来たということである。
ドゥーリットル先生は「いや、君たちはエドワード君だけじゃなく王女殿下も聖女様もいるのでC級パーティの皮を被ったS級パーティだからデュラハンを突破できたのだろう。並みのC級パーティにはとても突破できるレベルではないと思うよ。」と言う。
ドゥーリットル先生は我々を羊の皮を被った狼のように認識しているのかもしれない。
トレーシーは「あの、先生、私は未熟者なのですけれど。エドの横に立つことはできるのでしょうか。」と先生に聞いている。
「おや、王女殿下は実際に立っていらしたのですよね。エドワード君の態度を見ても王女殿下を信頼されていると思いますよ。」
ドゥーリットル先生にそんなことを言われると照れる。
トレーシーもなんだか俺の背中に隠れようとしている。
ドゥーリットル先生は「エドワード君、多分、地下10階より下のダンジョンはさらに危険だから王女殿下のことはしっかり守ってくれないといけないよ。」と釘を刺したあと、俺たちを解放してくれた。
週末には久しぶりに王都騎士団に指南役として行くことになった。
騎士団ではデュラハンの話が本当のことなのかそれともガセネタなのかという話題で持ちきりになっているそうである。
騎士団長のマリウスさんは俺や自分の息子であるアランの話を信じたいと言うのだが、アランがそんなに強いはずがないから彼の話は虚偽だと言う騎士たちや学園の上級生の騎士見習いたちも少なくない。
そこで俺が立ち合いのもと、アランに試合をさせて本当にデュラハンを倒せるくらいに強くなったのか確かめたいと言うのである。
騎士団の修練場に着くと、アランはやや緊張した面持ちですでに待っていた。マリウスさんやアランの兄も来ているし宰相とフレッドも来ていた。騎士団の面々や騎士見習いの学生もいる。
「よく来てくれました。」
マリウス騎士団長は俺に挨拶してくれた。
いまは第一隊長をしているレイモンドも挨拶しに来てくれた。
トゥラニア騎士団も以前はここで住んでいたけれど、いまはトゥラニアに移動してしまっているのでいなくなっている。
俺が来て揃ったと言うことだろう。まもなく練習試合が始まった。
最初は木剣を使って上級生である3年生との戦いである。
彼らはアランを以前の弱っちい落ちこぼれという印象でしか見ていないのでそもそもトップ3が対戦相手に選ばれたこと自体に不満であった。
「俺らだって既に上級ダンジョンに行けるくらいの実力はあるんだ。弱いアランをボコボコにしてやろう。」
彼らはそんなことを口にしてアランの気力を挫こうとしていた。
俺はそんなことは素知らぬふりをして「試合を始め!」と号令をかけた。
審判が笛を吹き、試合が始まった。
というより笛を吹き終わる前にアランの木剣は相手の剣を弾き飛ばし、次の瞬間にはその件を相手の首元に突きつけていた。
それが立て続けに3人続くとニンマリしているのは俺とフレッドだけのようで、騎士見習いの上級生はもう声もなく黙ってみているだけになってしまった。
俺が思わず「ボコボコにする暇なかったねえ。」と言ってしまうと、その声は静まり返った会場に響いてしまった。
ただフレッドだけが親指を立てて同意のサインをした。
次は練習用の刃を潰した剣に持ち替えて昨年入団した新米騎士との対決になったが、もちろん、勝負にはならなかった。一撃で剣を時期飛ばされるほどの醜態は見せなかったがもう赤子の手をひねるように簡単にアランが勝利を収めたのである。
次に若手騎士が立ち向かったが、やはり実力差は明瞭で数合も立ち会わないうちにアランが勝利を収めた。
そうなると次は小隊長クラスになるのだが、なかなか相手が出てこない。
伝令のようにレイモンドがやって来て「小隊長たちが怯えてしまって出てこないのです。どうしましょう。いきなり俺が出るのもなんですし。」と相談して来た。
俺はフレッドを見て手招きした。
フレッドは驚いたようだったが、俺の方にやって来た。
「どうした、エド。」
「ああ、アランの相手してやってくれないか。」
「僕でいいのか?」
「ああ。あまりに勝負にならないから上級騎士が出るのを縛っているみたいだ。」
「じゃあ、腕試しにやってみよう。」
俺はフレッドに練習用の剣を選ばせた。一応、父親の宰相のロイド卿の方を見たが、彼はさりげなくokの仕草をしてくれた。
練習用の剣を選んだフレッドが修練場に出て来た。
アランがニコッと微笑む。
フレッドはにゃっとして剣を構えた。
審判の笛が鳴ると二人とも一気に突っ込んで来て激しい撃ち合いを始めた。それを見ると明らかにアランは騎士たち相手には力を抜いていたことがわかる。
トゥラニア騎士団の道場で打ち合いするくらいのスピードで打ち合っているので素人が見てもどう打ち合っているのかは分からず、ただ剣と剣が光ってきらめいているという感じにしか見えないだろう。
ロイド卿はフレッドの剣術を始めて見たのかもしれない。結構顔面蒼白に近くなっている。対照的にマリウス騎士団長はもう満面の笑みに近くなっている。
もう何分も打ち合っているがどちらも変わらず打ち合っている。
「辞め!」
俺は鋭く号令を下した。彼らはサッと剣を引き、どちらも呼吸を乱すこともなく一礼している。
マリウス騎士団長は「アラン、フレデリック、どちらも今すぐ騎士団に入れ。団員として認める。意義のあるものはいないな。」と大声で言って周りを見回すが、みんなシーンと静まり返っていた。
彼ら二人はいきなりマリウス騎士団長に騎士団員に採用されると聞いてニコニコ顔である。
彼らはマリウスさんに連れられて建物の中に入っていった。
見物人たちは試合中は何も言えずにひたすら目を見開いて見ていただけだったが、マリウスさんとあの二人が建物の後に入ってからザワザワと喋りながら移動し始めた。今日のアランとフレッドの試合は伝説の試合として語り継がれるかもしれない。
俺がそんなことを考えてニマニマしているとふっと後ろに人の気配を感じた。ロイド卿である。
「俺の息子ってあんなに剣術が強かったのか。」
どうやらフレッドの剣術を知らなかったようである。
「あいつは俺の後を継いで宰相になると思っていたが、騎士団長を目指すのかなあ。」
「ロイド卿、フレッドには政治家としての才能もそりゃありますよ。彼が何をなすのか、何になりたいのかは私にもわかりませんが騎士になったから宰相になれないなんて誰も言わないでしょう。」
「そうだな。とにかく今日はいいものを見せてもらった。少なくともうちの細君は今日の話を聞いて喜ぶだろうなあ。」
ロイド卿はそう言い残して自分を納得させるように首を振りながら去っていったのである。
俺は小隊長たちを集めた。
「アランがちょっとばかり強くなったからと言って小隊長の君たちが逃げてどうするんだい?さあ、基本から鍛錬しなおそうか。」
その後、俺は自信を失った小隊長たちに特訓を加えることにした。
小隊長たちには長く「地獄の特訓」として記憶されてしまったらしい普通の鍛錬である。
一応、俺が毎日だいたい朝にやっている鍛錬を繰り返しただけなのだが、小隊長になったということで気を許して鍛錬を怠っていた小隊長もいたらしく、そういう不心得者は途中で脱落してしまった。
一方で泣きそうになりながらも最後までついて来た小隊長たちには一定の自信回復にはなったかもしれない。
俺は彼らにはこう告げた。
「この鍛錬は私も毎朝やっているものだ。アランとフレッドはもちろんやっているよ。君たちも小隊長なんだからこれくらいのことをやるのが部下に対する模範というものだよ。」
何人かの小隊長はそれを聞いただけで気絶したという。
週明けにはアランとフレッドは真新しい騎士章を腕に巻いて登校してきた。
女子たちは遠巻きにしているが、何人かの子たちはその騎士章を憧れを持った目で見ているみたいだ。
教室には珍しくキャシーが来ていた。彼女はトレーシーに「今日からお昼を皆さんとご一緒できないかと思いまして。」と言っている。
トレーシーは「いいわよ。お昼は多い方が楽しいものね。」と喜んでいる。
フレッドは「別に僕は騎士になったからって何も変わらないのに。」とブツクサ言っている。
キャシーはそんなフレッドの横でわざわざ恋人繋ぎで手を繋いで婚約者の存在をアピールしているわけである。
フレッドは恋人繋ぎを嫌がる風でもなく黙って手を繋いでいたが、耳の先が赤くなっているのでめちゃくちゃ緊張して意識していることは間違いない。
(君もバカップルの世界へようこそ)であるがそこはもう必死で平静を保ち続けようとしているフレッドにいうのは酷であろう。
こっそりとニマニマするだけにしておいた。
それに比べてアランは太平楽に「僕は恋人いない歴=年齢だから凄いなあって思うだけだよ。エドと王女殿下もそうだし、フレッドとキャシーもどちらも熱々カップルだなあ。」なんて言っている。
「そんなこと言って。アランも靴箱の中にラブレターが入るようになるわよ。」ってアリシアが言う。
「実は一通入っていたんだけれど差出人の名前がないんだよね。もしかしてこの前、練習試合で叩きのめしちゃった人がお礼参りに呼び出しているんだろうか。」
「ちょっと発想が後ろ向きすぎていない?」
「なぜ?昔はよくそういうことがあったよ。」
「はあ、もしそんなアホがいても今のアランだったら逆に叩きのめせるでしょう?」
「そう言えばそうだね。」
アランの返事を聞いてアリシアはちょっと頭痛がしたようにこめかみを揉んでいる。
アリシアは「アラン、でもモテるようになったからと言って変な女にふらふらとついていったらダメよ。きちんとお付き合いする人は選びなさい。」と少しきつめにアランに言葉をかけた。
「うん、忠告ありがとう。気をつけるようにするよ。」
「ああ、エド、アランってやっぱり天然よね。」
アリシアは大袈裟に俺の横で机に突っ伏した。
アランは理解できていないような表情でコテンと首を傾げた。
俺は「さあ、そろそろ授業が始まるから自分の教室に戻りな。また昼は一緒に食べよう。」とアランにいうと彼は「うん」と元気よく返事して教室を出ていった。
おそらく何人かの女子は別の教室から遠征して来ていたのだろう。アランの後を追うように教室から出ていった。
キャシーも「じゃあ私も戻ります。」と言って一礼してから出ていった。礼儀正しい娘さんである。
フレッドは緊張が解けたのか、フウッと大きくため息をついていた。




