第三十四章: ツェペシュの棲家(2)
朝食を終えた俺たちはテントをたたみ、再び探索を始めることにした。
「とにかくこれでエネルギー奪取のアンデッドの階層は終わるはずだ。」
フレッドはそう言う。
「じゃあ、ここからはまたアランとフレッドにお願いできるかな。」
俺がそう言うとアランは否定した。
「エド、ここからはもっとモンスターが強くなるからエドも助けてくれなくちゃ困るよ。」
「悪い、冗談だよ。もう二層でこれまでの探索された最深部になる。そこからは未知数だから全員で油断せずに行こう。」
俺はそう言うとパーティのみんなに同意を求めた。
みんな、口々に「それが当然のことね。」とか「未知のモンスターには気をつけよう。」とか言って俺の意見に賛成してくれた。
まず目前は地下8階のフロアボスである。これは情報ではマミーという怪物であると描かれていた。南方の古い王国でコプト人という種族が信仰している宗教で、死体がこの世の終わりに蘇るというものがある。
彼らはそのため、人が死ぬとその死体を防腐処置して大切に保管しておくのである。マミーはその包帯でぐるぐる巻きにされた彼らの死体がアンデッド化したものである。
マミーは他の上級アンデッドと違ってエネルギー奪取はしないが、その不潔な包帯からは様々な感染症の感染のリスクがある。
アリシアは「病気の治療はいつでも任せてちょうだい。」と胸を張っている。
「じゃあフロアボスの部屋に行くか。」俺はそう言って部屋の扉を開けた。
中には三体の全身を薄汚れた白い包帯にぐるぐる巻きにされたアンデッドがヨロヨロと動いている。
「さあ行くよ。」
俺はアランとフレッドに呼びかけてマミーに切り掛かった。
マミーは切り付けても血の一滴も出ない。けれども、その爪は凶悪である。フレッドはその爪に抉られてミスリルの鎖帷子が切り裂かれそうになる。
「ひょーっ、ミスリルだったから肌までは貫通しなかったか。もし鉄の鎖帷子だったら肌に傷がついてそこから病魔が入っていたかも。」
アランはマミーの繰り出す包帯攻撃に苦戦している。包帯を剣で切ろうとしても力を緩められると切りにくい。包帯で剣を絡め取られると動きが取れなくなる。
「アリシア、聖水だ!聖水をマミーにぶっかけろ!」
俺はアリシアに叫んだ。
アリシアとトレーシーはマミーに聖水を投げつけ始めた。
マミーに聖水が当たるとそこから煙が出てきてマミーが苦しみ始める。
アランとフレッドは包帯から自由になって改めて攻撃を仕掛け始めた。
俺は火の槍をマミーに放つ。中級魔法の火魔法では包帯も燃え出すようだ。
火がついたマミーは慌てたようにフィールドを走り回った。
俺は同じように他のマミーにも火の槍を放って火を付けた。
そうなるとアランやフレッドは逃げるマミーを追いかけて切り付けることでダメージを増やしてゆくことができる。
俺と二人の前衛で何とかマミーを退治することができた。
「ふう、やはり深層階になるとモンスターは強くなってゆくよね。」
俺は実感を込めてそんなことを言った。
幸い、病気になったものはいないが、アランとフレッドはそれなりに傷を負っている。
アリシアが回復魔法を使う間、パーティの探索は小休止となった。
ミズチは「ここにも破片はないねえ。」とちょっと寂しげである。
情報によるとここの宝箱はミミックだったらしい。ミミックは宝箱に擬態したモンスターで嬉しそうに宝箱を開けようとした冒険者を食べようとするのである。
フレッドは「上から剣で叩き切りましょう!」と言って大上段に振りかぶった噛んで宝箱を叩き壊そうとした。すると、宝箱の罠が作動して眠りのガスが宝箱から噴出した。
そのガスを吸い込んだフレッドはくたっと倒れ込んでしまった。
俺は「毒ガスだ、退却!セーフティゾーンまで戻れ!」と叫んで布を口に当ててマスクにしてフレッドを部屋の隅まで引っ張ってゆく。
宝箱からのガスの噴出は既に止まっており、フレッドはと見るとスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
後ろではセーフティゾーンに退避したトレーシーやアリシアが心配そうに見ている。
俺は彼女たちに「大丈夫だ」のサインを送り、フレッドの様子を見守った。場合によると解毒薬を使わなければならないかもしれない。
けれども、フレッドは5分もしないうちに「ふわぁ」とあくびをしながら起き上がった。
「フレッド大丈夫?どこか悪いところはない?」
俺が聞いてみたが特に問題はないようだ。
俺は他のメンバーに「来ても大丈夫」というサインを送った。
改めて宝箱を見ると金貨銀貨は擦ってみると塗装が剥げてしまって、真鍮製の偽物だったことがわかったが、その奥に聖なる女神のタリスマンと治癒のスタッフが入っていた。
アリシアは「きゃあ!古代の女神の護符じゃないの!」と嬉しい悲鳴をあげている。彼女によると古代の護符は今のものより聖なるパワーが強いのでアンデッドのターニングの力も強くなるそうである。
アリシアによると治癒のスタッフはリチャージしないことが多く、ポーションの代わりとして最後まで置いておく方がいいそうである。
今回の宝箱は聖女系の宝物だったのでアリシアは嬉しそうである。
「さあ、バンバンとアンデッドを追い払っちゃうわよ!」
多分地下9階はマミーの巣なんだと思うのでアリシアが張り切ってくれるのは良いことである。
地下8階のフロアボスが再生される前に地下9階に降りた。
みるからにマミーだらけである。マミーにも二種類あって、地下8階のフロアボスとして出てきたマミー単体のものと棺を背負っているものがいる。
戦った感じでは棺を背負っている方が単体のものより一段強いように思われる。
いずれにせよアリシアがマミーをターニングして追い払うので、残ったものだけを攻撃する前衛の負担は軽めである。
そのため地下9階はそれほど苦労なく突破することができた。
地下9階のフロアボスはデュラハンだった。こいつは馬に乗った鎧である。その兜は腕に抱えている。頭のあるべきところは空白であり、恐らくは鎧が本体なのだろう。
こいつは馬に乗っている分、地面に立っている俺たちに対しては上からの攻撃になるので優位を取っていた。
剣術で俺たちを寄せ付けずに間合いを取ると氷魔法で攻撃してくる。俺たちは必死で回避するが、少しずつ傷が増えてくる。
トレーシーが火魔法を使って攻撃するが、結界が張られているみたいで、デュラハンの手前では魔法は消滅した。
「アリシア!解呪を試せ!」
「そんなこと言ったってデュラハンの魔力は強いからディスペルは無理だよ。」
「違う違う、抗魔法結界の解呪だよ。」
「あ、それだけならできるかも。」
「やってみてくれ!」
アリシアが解呪を唱えるとデュラハンの周囲の薄い膜のようなものにヒビが入ったようで実態はないけれど、バラバラと壊れていく感触だけが感じられた。
「トレーシー、火魔法を叩き込め!」
「大爆発!」
壊れた結界をデュラハンが張り直す隙をついてトレーシーが火魔法を使った。
「げ、大爆発?みんな伏せろ!」
魔法はデュラハンを吹っ飛ばし、反動の爆風が俺たちの頭上を襲った。トレーシーは少し逃げ遅れたみたいで頭のてっぺんの髪の毛が数本チリチリになっていた。
デュラハンは可哀想に鎧は凹み、あちこちヒビが入っていた。馬の方はどうやらガイコツ馬が擬態していたみたいで、本性の骨の馬になって地面に転がっていた。
「やったわ!火の大魔法でデュラハンをやっつけてやった。」
トレーシーの声は弾んでいた。
そのトレーシーの声を聞いてアランとフレッドは恐る恐る頭を上げた。
アリシアは立ち上がってトレーシーを見て少しため息をつくとトレーシーの方に向かい、修復の生活魔法をかけた。トレーシーのチリチリの髪の毛は元の綺麗な髪に戻った。
「トレーシーはお姫様なんだから身だしなみにもきちんと気を配らなくちゃね。」
「エド、私、やっぱりダメだったからら。」
何だかトレーシーがショボンとしている。
「うん、トレーシーの魔法は良かったよ。ただ、大魔法を狭い場所で打つと反動がすごかったよね。」
俺はトレーサーを責める気にはならなかったので曖昧なことを言った。
「うん。」
トレーシーは何だか俺の横で俺の手を握っている。
反対側の手で自分の頭を撫でて、「髪の毛がチリチリなのは王女としてはいけないわね。アリシア、ありがとう。」とアリシアにお礼を言った。
アリシアはにっこり笑って「お姫様は可愛くなくちゃね。」と言い、続けて「さあ、次は地下10階だよ。気合い入れていこう。」とみんなに喝を入れるように言った。
地下10階はスケルトンナイトとデュラハンが徘徊していた。俺たちもスケルトンナイトを叩く。アリシアはターンアンデッドでスケルトンナイトとデュラハンを叩いた後、神のメイスを使ってアンデッドたちを殴りまくっている。
デュラハンに対してはトレーシーも火の槍を使って魔法攻撃を加えた。
ほぼ全力攻撃の甲斐あってスケルトンナイトとデュラハンは劣勢に立たされている。
以前に最深部を目指したパーティはこのデュラハンの攻撃で撤退を決めている。
この先にはセーフティゾーンがあるはずだが、そこに到達したパーティは今の所公的には存在しない。
「もう少しでセーフティゾーンがあるはずだ。全力で突破しよう。」
俺がそういうと、アランが「わかりました」と言い、トレーシーは「ええ」と言った。
アリシアは「キャハハ、アンデッドを殴るって楽しいわ!」と言ってこちらに反応する様子はない。もしかすると蛮族化しているのかもしれない。フレッドは何体かのデュラハンに囲まれているみたいで、返事をする余裕はなさそうだ。
「アラン、フレッドを助けに行ってくれるかな。」
「はいっ」
アランは素直でいい子である。
彼は剣を構えるとフレッドの周りのデュラハンに吶喊して突っ込んで行った。
トレーシーも全力で魔法を放ち始めた。
アリシアはもう蛮族のようにアンデッドをターンし、メイスで殴り続けた。
恐らく20体以上のデュラハンが殺到していたと思う。俺も20までは数えたが、もう途中から数えるのをやめて攻撃に専念せざるを得なくなった。
最後の一体になったデュラハンがアリシアのメイスで叩き潰された。
フレッドとアランは立ってはいるものの血まみれになっている。もう剣を杖にしてヨロヨロとセーフティゾーンに倒れ込むように入っていった。
トレーシーは魔法の使いすぎで俺が抱きかかえて支えている。もう歩けないというので俺がお姫様抱っこして運んでいった。
アリシアは高揚が落ち着いたようで「ああ楽しかった」と言いながらセーフティゾーンに入ってくると倒れ込んでいるアランとフレッドを見て「あら、あなたたちも頑張ったわね。治療してあげるわ。」と休むこともなく回復魔法を掛け始めた。
俺は最近王都で話題になっているホットココアを作り始めた。水生成の魔法で鍋に水を入れ、そこにココアの粉を入れるのである。それを魔道具で熱して溶かすと出来上がるインスタントなものであるが、結構甘いので疲れた時には丁度いい。
鍋からショコラトルの香りのする褐色の液体をマグにつぎ分け、トレーシーに渡した。座り込んでいるトレーシーはゆっくりとその液体を飲み始めた。
「甘いわ」
トレーシーが小さくつぶやいた。
その後、治癒魔法を掛け終えたアリシアにマグを渡す。
「熱っ!」
一気に飲み干しかけたアリシアはそう言ってゆっくりと飲み始めた。
アランもフレッドも治癒魔法をかけられた後は眠っているので、俺は自分のマグに残った鍋からココアを注いで飲むことにした。
アリシアは「アランもフレッドもよく頑張ったわよ。あのデュラハンの大群に立ち向かうって並大抵のことじゃないわね。」という。
一番先頭で殴りまくっていたのはアリシア、あなたでしたけれど。
「強くなったってことじゃないかな。」
俺は愛想笑いになっているだろうかと思いながら口の両端を引き上げるようにして答えた。
「エ、エド」
トレーシーが弱々しい声で俺を呼ぶ。
「ん?なんだい?」
俺がトレーシーに返事するとアリシアは明らかにニヤニヤしながら「私はあの壁のところがちょっと気になるから調べてくるわ。エドはトレーシーのところに行ってあげなさい。」という。
アリシアはくるりと背を向けて壁の方に歩いて行った。
俺はトレーシーの隣に座った。
「エド、私は役に立っている?」
トレーシーが小さな声で俺に聞いてくる。
「ああ。あのデュラハンをやっつけるのはトレーシーがいなきゃできなかったよ。」
俺がそういう。
「私はあなたの横に立てるかな。」
「もちろんだよ。」
「嬉しい」
アリシアが壁の方を調べている。相変わらずこちらに背を向けているのでトレーシーを俺の方にもたせかけるようにした。
彼女は俺の方に体重を預けてきた。
程なくトレーシーはスヤスヤと寝息を立て始めた。
と、その時、アリシアが「あらっ?ここは。」と声を上げた。
俺がアリシアの方を見ると、彼女は壁に腕を差し入れていた。そのまま姿勢を低くして壁の中に入って行ったのである。
ちょっとびっくりしてアリシアが消えて行った壁を凝視していると、再びアリシアが壁から出てきて「エド、ここにポータルがある。」というのである。
トレーシーのために床にブランケットを引いてからおれはアリシアの方に行ってみた。彼女が指差す壁に手をやると確かに手は壁を通り抜けて向こうに進んでしまう。
「幻影の壁ね。」
アリシアがいう。
えいっと全身でその壁を通り抜けると小さな部屋があった。壁には「地下10階到達おめでとう。これは到達者専用の地上との交通ポータルです。補給したかったらこれで地上に戻れますよ。」なんて書いてある。
「アランもフレッドも休養が必要よ。トレーシーもそうでしょう。これを使う?」
アリシアが聞いてきた。
「そうだね。一旦退却できるのは願ってもないことだ。ここのダンジョンマスターは粋だねえ。」
と俺が答えた。
1時間ほど待っているとトレーシーもアランやフレッドも目が覚めたのでとにかくポータルを使うことにした。
部屋の床には魔法陣が書いてあり、奥の隅には押しボタンがついてある。ボタンの横には「起動ボタン」と書いてある。
みんなには魔法陣の上に乗ってもらって俺が起動ボタンを押した。
「ブン!」と視界が揺れた気がしてでも似たような部屋のままである。壁を見ると「お疲れ様。出口は反対側の壁を通り抜けて。」という文字に変わっていた。そこにはやはり奥に「起動ボタン」という文字のあるボタンが備え付けてあったので双方向に移動できるものだろう。
反対側の壁を通り抜けるとダンジョンの入り口に出てきた。後ろを振り向くと壁なのでみんな気が付かなくて当然だろう。出てきた壁に手をやるとやはり外からも通り抜けられるようである。
「とにかく、ギルドに報告して休息しましょう。」アリシアはみんなを促した。
地上に帰ってきたアランとフレッドはなんだか嬉しそうである。トレーシーは黙って俺の腕に縋り付いている。
俺たちはまずギルドに向かってダンジョンの地下10階について報告した。
それから俺たちは寮の方に戻り、アランとフレッドは壊れた武具を修理しに行くことになった。アリシアは「じゃあまた学校でね!」と元気に手を振って神殿に帰って行った。
ダンジョン探索編です。




