第三十三章: ツェペシュの棲家(1)
ミズチの新しい破片が見つかったことで水魔法や地魔法については進歩が見られた。水生成では何とかグラス一杯の水を作ることができるようになった。整地では教室くらいの広さの土地を整地することができるようになった。
ドゥーリットル先生は「頑張ればできたじゃないか。」と言うが、これは俺の努力というよりミズチのキャパシティが上がっただけのことである。
褒めてくれるドゥーリットル先生には少し後ろめたい気持ちを抱くのであった。
トレーシーは相変わらず火魔法の上級魔法をバンバン飛ばしている。
「私はエドの隣に立ちたいの。エドの役に立ちたいのよ。」
トレーシーはいつもそう言う。
最近は俺がトレーシーを見ていると無性に抱きしめたくなるしキスもしたくなる。理性でそれを押し留めているのは結構大変である。どうやらそれはトレーシーも同じようで、何だかお互いに意識してしまうことでむしろ反発しあっているみたいでギクシャクしてしまうこともある。それに気づくとお互いに苦笑したりしてしまう。
もうバカップルで好き合っているのを隠さなくてもいいじゃないかとも思わないでもないが、寮では侍女たちの目があるし、教室では思わぬ時にフリーダが警告をしてくるので少し戦々恐々となっているのも事実である。
結婚式の前に子供ができてしまったら国王陛下が卒倒するかもしれないので二人で「結婚式までは清い関係でいようね。」ということは約束し合っている。
秋の収穫祭も終わり、ダンジョン攻略の準備には忙しい。アリシアにはアンデッドの対処として聖水をたくさん作っておいてもらった。
ヘンリエッタはやはり石化解除のポーションは作れないようだったが、麻痺解除のポーションはできるようになったということなのでそれはできるだけ買うようにしていた。
俺はそんな準備の合間にトゥラニア騎士団の新人を育成するための剣術道場に顔を出したら王都騎士団の剣術指南役として鍛えたりするのにも忙しい。
もうトゥラニア騎士団の剣術道場はチャーチワードの孤児院の裏庭では手狭になってしまったので新しく広い道場を借りている。
今の所、トゥラニア騎士団の団員に選ばれることは若者たちにとって名誉なことらしく、入団希望者は途切れることはないとゲイリーもトーマスもうれしい悲鳴をあげている。
ここでいい成績を取ってリクルートした若者は山砦で訓練して魔獣退治をやれるようになると屯田兵として川沿いの騎士団寮に派遣するという事になっている。若者たちにとって耕作できる自分の土地を持てるというのは魅力的らしい。
ヘンリーさんからの連絡でも今年の麦の収穫は予想以上に良好だったらしい。なのでトゥラニアでも収穫祭をナッシュビルでやる事にしたそうである。
俺たちが年末年始の休暇でトゥラニアに帰る時にやりたいと領民からの申し出があったという事である。なんだか本当に領主になってきたみたいである。
ヘンリーさんの手紙ではナッシュビルは木材の流通で栄えるようになったが、今後は麦の流通で栄えるようになってほしいと切実な願いの祈りで終わっていた。
俺はランディが無事に学園に入学してしっかりと勉学や生徒会活動に頑張ってくれていることや年末の休みに領地に帰ることを楽しみにしていることを書いて返信として送ったのである。
♢♢♢
という事で俺たちは「ツェペシュの棲家」へのチャレンジを開始した。地下10階までは記録があるのでそれを頼りに攻略を開始する。
といっても最初の階は初級ダンジョンと大して変わらない。低レベルのモンスターがほろほろ出てくるだけなのでアランとフレッドだけで対処できる。
俺たちは深層階に備えて体力温存である。
地下4階からはアンデッドが増えてきた。それも骸骨人間でも強そうな奴が出てくるし、グールのように麻痺攻撃をしてくる奴もいて厄介である。アリシアがターンアンデッドやデストロイアンデッドを使うが、全てのアンデッドを処理できるわけではない。
残ったアンデッドの対処はアランとフレッドの役目になる。
「あたっ、しくじった!」
グールの攻撃がヒットしてアランが麻痺して倒れた。
俺は慌てて麻痺解除のポーションをアランに飲ませに行った。
グールが迫ってくるので俺は一刀の元に切り捨てた。
「ふう、すまなかった。油断した。」
「いや、大量のアンデッドだから疲れる頃合いだろう。そろそろ一旦休憩を取ろう。」
すでに見つけていたセーフティゾーンに退却して休憩を取る事になった。
既にダンジョンに入って数時間が経っている。現在は地下6階だけれど、連戦に次ぐ連戦なので疲れが出てくる頃だろう。
本来ならアリシアの回復魔法があるけれど、この後のモンスターを考えて今はポーションを選択してアリシアの魔法を温存する。
ポーションを飲んだアランとフレッドは少し回復した様子である。その後準備していた軽食を取って二人は休息して仮眠を取る事になった。疲れ果てていた二人は軽食のサンドウィッチとスープを摂るとすぐに眠ってしまったようである。
俺たちは実質何もしていないのでそれほど疲れはない。アリシアにターンアンデッドで疲れていない?と聞くと神のみわざを行使する事で力が湧いてくるの、だそうである。
トレーシーに頭痛の方はどうか聞いてみたらあの魔王の玉座以来は体調は悪くないという事である。
「でもいつまたあんな頭痛が起こるかわからないから不安なの。」とトレーシーが言う。
俺は「大丈夫。アリシアもあるし、俺も守ってやるよ。」とトレーシーを慰めた。
「嬉しい。」とトレーシーは俺の方に体を寄せてきた。
アリシアはなんとも言えない表情で俺たちを生ぬるく見守っている。
「で、なんであの時魔王の玉座を真っ二つにしたのよ。」
アリシアは全く空気を読まない様子で俺に聞いてきた。
「えっ、あのそれは…」
俺は本当のことを言おうかどうか逡巡した。
「何かあるのでしょう。ここでしゃべってしまいなさい。」
「はい。」
観念した俺はアスカロンのもう一体の龍であるミズチについて語らざるを得なくなった。
「ふうん、それでエドは水と土の魔法を使えるようになったんだね。ドゥーリットル先生を騙くらかしていたんだ。」
トレーシーは俺に言う。
「ああ。本当のことを言うと余計にややこしいだろう。」
「で、まだミズチは完全じゃないから魔族を斬る力はないのね。」
アリシアも確認するように俺に開いてきた。
「ああ。今の所、10の破片のうち二つはすでに剣に取り込んでいる。」
俺は答える。
「その破片を探すためにこんな無謀なダンジョン探索をやったってことだよね。」
トレーシーは俺に言う。
「水臭いじゃない。なんで本当のことを言ってくれなかったのよ。私はなぜエドがこんなことをしたのかわからなかったわ。」
俺はトレーシーに返す言葉はないので黙っていた。
アリシアが「まあ、トレーシーの気持ちもわかるけれど、ミズチのことが魔族に漏れると魔族に襲撃されかねないからね。理解はしてあげるべき。」と俺をフォローしてくれた。
「でも。」
トレーシーはまだ納得していない様子である。
「じゃあ、私たちもエドのミズチの破片探しに協力すべきだと思うの。」とアリシアが言う。
「それは、私もエドが魔族を斬る力をつけて欲しいもの。」
トレーシーは不承不承アリシアの意見に同意した。
俺の手を握ってその指をいじいじといじっている。
「エド、私も神殿の資料を調べてみたけれど、剣聖は魔王の出現する前にはしばしば現れているの。けれども魔王との戦いの時には姿が消えているし魔族を斬るなんていう記録もなかった。」
アリシアは冷静に俺に言う。
「なるほど。」
「正直、あなたの役割はわからないわ。けれども、勇者のそばのフリーダだけでなくあなたのそばで私が聖女として認定されたのは何か特別な意味があるのでしょう。それはさらに調べる必要があると思っているわ。」
「とにかくダンジョンの中で2つの破片が見つかっているんだ。協力をよろしく頼む。」
俺は二人にそう頼むしかなかった。
二人は俺の頼みに頷いてくれたが、アリシアはスンと表情を消して座っているだけだったし、トレーシーは俺の手をいじり続けていて、どうにも気まずい沈黙は続くのであった。
俺が居心地の悪い時間を過ごしている間に休息の時間が終わり、アリシアは眠っていた二人を起こした。
「さあ、お二人さん、また冒険の旅を再開しますよ。」
アランとフレッドは欠伸をして起き上がり、「ああよく寝た。少しは元気を回復したよ。」と呑気な声をあげた。
今日は地下8階のセーフティゾーンで宿泊する予定である。
地下6階のフロアボスはスケルトンウォリアーである。
巨大な骨の馬に乗ってボロボロに錆びた甲冑を着たスケルトンウォリアーに対してアランとフレッドは果敢に戦って俺たちの手を借りずに倒してしまった。
俺が二人に「アランもフレッドも強くなったなあ。俺たちの助力なしで倒せたじゃないか。」と言うと
フレッドは「このあたりが俺の限界ですよ。この下にはエネルギー奪取するアンデッドが出てきますから援助よろしくです。」と言う。
自分の限界をわかっているのは強くなった証拠だと思う。
地下7階にはスケルトンウォリアー以外にもワイトなどのエネルギー奪取するアンデッドが出てきた。
ワイトの姿を見るとフレッドは「さあ、エド、出番だぞ。」と俺を呼ぶようになった。
俺はエネルギー奪取の冷気の接触を浴びないようにうまく避けながらワイトを倒した。
もうアランとフレッドは後方で応援団と化していた。
「さすがエドワード様!」
「ゴーゴーエドワード!」
「はいはい応援ご苦労さん。」
俺は脱力気味にアランとフレッドにお礼を言った。
「地下8階にもエネルギー奪取のアンデッドが大量出現しますからよろしくね。」とフレッドはしれっと言うわけである。
地下7階のフロアボスはレイスだった。ワイトよりも一段強いアンデッドで、もちろんエネルギー奪取の攻撃を持っている。
アリシアがターニング・アンデッドを使ってくれたが、フロアボスはターニング・アンデッドには耐性を持っているようである。
グオオとターニングアンデッドのエネルギーがレイスに叩き込まれたのだが、レイスは必死で耐えたというか、おそらくご本人は逃げ出したかったかもしれないのであるが、その場に釘付けにされてしまったようである。
例の前衛二人はもう応援団を決め込んでいるのでわ俺は前に出てアスカロンで一撃を打ち込んだ。
トレーシーも炎の矢で援護してくれた。
アンデッドに対する利点としてはアンデッドが動きが速くないことである。向こうの攻撃を見て余裕で回避できるのである。
なので今のアランとフレッドならば十分に彼らのアンデッドたちに対応できるはずなのだが、この二人は騎士団に伝わる「アンデッド恐怖伝説」を信じ込んでいるのではないかと思う。
騎士たちはエネルギー奪取するアンデッドたちと鉄の鎧や剣を錆びさせて食べてしまう伝説のモンスターの2種類のモンスターを極度に恐れていてそういうモンスターに出会えば即座に逃げるように教育されているらしい。
もう二人とも堂々たる逃げっぷりなのである。文句を言う気にもなれない。
とにかくさっさと片付けようと冷気の接触を喰らわないように気をつけながら速やかに数体のレイスを倒していった。
♢♢♢
そうして俺たちは地下8階に降り立った。今日の目標は地下8階のセーフティゾーンである。
アリシアはターンアンデッド、いくらでも行けますと言うし、トレーシーはまだまだは魔法いけますと言うし、アランとフレッドは応援全力で行きますと皆それぞれに頼もしい。
降りてきた階段から向こうを望むだけでレイスやおそらくスペクターだろう、エネルギー奪取を待つアンデッドたちが乱舞している。レイスやスペクターはいわゆる幽霊には足がないという俗説のように足はハッキリせず、浮遊して移動するアンデッドなのである。
普通は騎士団は対人戦闘を訓練するのでレイスやスペクターなどが急に浮遊して頭上から攻撃してくる場合には対応が困難なことがあるので逃げるように教育しているのかもしれない。
また、この辺りの上級アンデッドになると普通の剣では効果なく、魔法の剣でないと傷つけられないという事情もあるかもしれない。新米のまだ装備が不十分な騎士がこういうアンデッドに無謀に立ち向かっても傷一つつけられずに敗北してしまう可能性は高いのである。
いずれにせよアランとフレッドはいま全力で応援してくれているのである。
そんなことは気にせずにアリシアはガンガンとターンアンデッドをかけまくっている。この辺りの上級アンデッドになると流石に聖女の力でも消滅は困難だが、恐慌に陥れて逃亡させることはできるのである。
アリシアがアンデッドたちを追い払い、トレーシーが火魔法で焼き払い、俺がアスカロンで叩き切るという豪快な戦法で俺たちは地下8階を乗り切った。
さすがに疲れたが、俺たちはテントを張り、夕食の準備を始めた。
夕食の調理には魔道具による加熱機を使った。これは火の魔石を用いた優れもので、煙も出ない。
この魔道具の上にスープ鍋やフライパンを載せれば加熱してくれて暖かいスープを飲んだり、肉を炒めたりすることもできるのである。
みんな空腹だったとみえて、結構大量に用意したつもりの夕食はみるみるうちになくなってゆく。
セーフティゾーンの周囲には強力な結界が張られているのでモンスターは中に入ってこられないのである。
ここではみんなでぐうぐうと寝入ってしまってもおそらくは大丈夫なのだが、念のため見張りは立てておく。2時間ずつアランとフレッドにお願いして次は俺だ。俺が2時間の見張りをする。見張りと言っても結界の中なので単に座っているだけだ。
鍛錬のつもりであれこれと筋トレをやっているといつの間にか2時間が過ぎていた。
簡易テントの女の子部屋に行ってアリシアを探しに行く。最後はアリシアが見張りに立って睡眠時間を終了する。
女の子部屋の扉を屈んで開けてアリシアを探そうとすると誰かに手首を掴まれてしまった。見るとトレーシーである。
「すまん、起こしてしまったか。」
「ううん、あなたがいなくて寂しかっただけ。」
「ちゃんと眠れた?」
「大丈夫よ。」
いくら俺でもダンジョンの奥深くでトレーシーとイチャイチャするのは何かまずいことは理解している。
俺はトレーシーの額にキスをして「大丈夫、もう少しお眠り。」と言った。
トレーシーは子供みたいに素直に「うん」って頷いて目を閉じてくれた。思わずこのままトレーシーと添い寝したくなったが、俺にはまだ仕事が残っている。
アリシアはすでに目を開けていた。
「もう。横でそんなにイチャイチャするのはやめてね。」
「そんなことしてねえし。」
「うふふ、冗談よ。トレーシーの横で添い寝していく?」
「自分の寝袋に戻る。」
俺はなんだかムキになってアリシアの言うことを否定した。
「うふふ、エドってば意地っ張りさんね。」
アリシアは堪えきれないように笑っている。
俺は憮然として自分の寝袋へと戻ることにした。
トレーシーは狸寝入りなのかもう本当に眠っているのかなんの反応もせずにすうすうと規則正しい寝息を立てていた。
俺はアリシアと簡易テントから外に出て、それからアランやフレッドが眠っているスペースの方に移動してそこで横になった。
いや、眠ろうとしてもなかなか眠れなかったんだけれども。
それでも少しはうとうとしたと思う。気がつくとトレーシーが上から見ていて、「エド、もう起きる時間よ。」って起こしてくれた。アランとフレッドはもう加熱機を使って朝食を作っていた。
「すまん、寝過ごしたか。」
「ああ、エド、おはよう。みんな今起きたところだよ。」
アランが挨拶をしてくれた。フレッドが俺の前にワンプレートの朝食を置いてくれたのでみんなで朝食を始めることになった。




