第三十二章: ミズチの探索
王都の近くに初級ダンジョンはあの踏破した一つを含めて8カ所ある。俺はその8カ所を全て踏破することにした。
フレッドは「マジスか、ウエエ」と机に突っ伏している。
アランは「ああ、剣術の鍛錬になるならば私はかまいません。」と健気に言う。
さすがは騎士団長の息子である。
アリシアやトレーシーも「中級ダンジョンに潜れるようになるまでは初級ダンジョンに潜ることは仕方ないよね。」という意見だったが、初級ダンジョン全てに潜るという俺の意見には絶句している様子だった。
ミズチの一部分が見つかったのである。俺にとっては探せるところは探すという選択肢しかない。
トレーシーはアリシアに「まあ、意気込みは十分でいいんじゃない。どうせ全部は潜れっこないだろうし。」と言うしそれにアリシアも頷いている。
そんなもの、本気でやるに決まっているじゃないか。
ドゥーリットル先生のところに行って「一度、水魔法を試してみます。」と申し出た。もうミズチの一部でも剣に宿ったのだからその経路は復活しているはずである。
ドゥーリットル先生と魔法修練場に行って水生成の呪文を試してみた。
全力で呪文を唱えると、剣の先が少し湿って露ができ、その露がポタポタと数滴滴り落ちた。
ドゥーリットル先生は拍手して「できたじゃないか」と褒めてくれた。
ミズチに聞いてみると、やはり顔だけでは魔力が処理できないのでこれくらいが限度らしい。
「もっと魔力を込めたら?」とミズチに聞いてみたらミズチは「無茶言わないでください、多分気を失っちゃいます。」と言うことだった。
じゃあ土魔法はどうかと整地の魔法を使ってみたら小さな花壇くらいの面積の土地が綺麗にならされた。
ミズチはもうぜいぜいと力尽きている。
「鍛錬だな。」
俺はそう言った。早くミズチの他のパーツを見つけてやらなければ水と地の魔法は実用には使えないな。
俺は不退転の意思を固めて初級ダンジョンの制覇を決意したのだった。
そういうことで別の初級ダンジョンに潜った。そこは王都の外にあるダンジョンだけれどあまり人気がないので静かな環境である。
フレッドは「またダンジョンですか?」とぶうぶう言っていたけれど、他のみんなが粛々と進んでいったので「ま、待ってくださいよう。」と追いかけてきた。
一応、入り口には衛兵がいたが、ギルド証を見せるとあっさりと通してくれた。
俺は剣に手をやってミズチの反応を見ていた。
ミズチは自分の破片が近くにあると分かるのだそうである。
このダンジョンは3層しかないのであっさり終わってしまった。フレッドも最初のダンジョンをクリアしてそれなりには技能が向上している訳である。
「どうも思ったよりも軽く済んでしまいましたね。」
得意そうにそんなことを言う。
俺はミズチが「すいません、このダンジョンには私の破片はないようです。」と言うのを聞いて意気消沈である。
けれどもそんなことでめげていられない。
次のダンジョンである。
次のダンジョンは王都の冒険者ギルドの裏側にある小山にあるダンジョンで、元々王都の冒険者ギルドはこのダンジョンを制覇したい冒険者が集まって作られたものである。
このダンジョンは地下7層あって地下7層の最奥には当時の魔王が住んでいたらしい。
当然ながら今は魔王はいない。魔王がいた玉座の間には別のモンスターが出現するようになっているらしい。
今回はアランとフレッドが快調に飛ばしてゆく。地下5階のフロアボスもアランとフレッドがあっさり退治してくれた。
地下6階に入るとバジリスクやオーガメイジ、ゴブリンジェネラルなどがポンポン出てくるのでさすがにアランとフレッドだけでは苦戦する場面が増えてきた。
俺は少しづつ加勢してアランとフレッドが負けないようにした。
幸いだったのはアリシアが石化解除の魔法をすでに習得していたことである。まだヘンリエッタが石化解除のポーションを作れていないのでフレッドが石化した時は退却しようかどうしようか迷ったが、アリシアの聖魔法で彼の石化が回復した時にはアリシアが女神に見えた訳である。もちろん、前衛3人のために鏡の盾は準備してあったのだが、フレッドは奇襲された時に鏡の盾を用意する前に思わずバジリスクを見てしまい、その目が合ってしまったということである。
アリシアの魔法があるおかげで俺たちはずいぶん助かっている。
地下6階のフロアボスは二つ頭のトロールだった。
トロールは回復力が強いので俺が傷つけてもたちどころに回復して数が治ってしまう。そこでヒュドラの時と同じく俺たちがつけた傷口が治癒する前にトレーシーに火の魔法で焼いてもらう作戦に出た。
さすがのトロールも傷口を火で焼かれては回復ができない。じわじわとダメージを蓄積することでやっとのことでトロールを倒すことができたのである。
最深部の地下7階はトロールが徘徊していた。トレーシーが魔力切れになってはいけないので俺もちょくちょく火魔法を使ってトロールを焼いてゆく。
大きな魔法を使えばトロールを一撃で消し飛ばせるのだが、それでは魔力切れのリスクが上がるのである。
そうして最奥に辿り着いた俺たちはかつての魔王が使っていたという玉座を眼にすることになった。王国の建国と同じ時期なのでおそらくはもう数百年は経っていると思われたが、時の流れを感じさせないように玉座は鈍く輝いている。
その時、玉座に座る影が現れた。
影はよく見るとツノの生えた毛むくじゃらの、所謂おとぎ話に出てくる魔王そのままの姿である。けれどもそれは実体を持たない影であることもまた明らかであった。
後ろでトレーシーが「頭が痛い!」と叫んだ。思わず後ろを振り向くとぐったりと倒れ込んだトレーシーをアリシアが介抱しているのが見えた。
アリシアは「エド!アランとフレッドを助けに行って!」と鋭く叫んだ。
前に視線を戻すとシャドウに触れられたアランが剣を杖になんと語っている姿が眼に入った。
次にフレッドが狙われるのは間違いない。
俺はフレッドを助けるためにその横に走って行ってシャドウに切りつけた。
切りつけられた腕はまるでランスのように伸びて俺の左肩に突き刺さった。
突き刺さった傷口は氷のように冷たくなり、俺の腕力はどんどん失われて行った。
俺が剣を振るう力は弱くなり、その打撃は僅かなものになる。アランのように剣を杖に立つところまでは行っていないが、このまま力を奪われ続けたら立ち上がれなくなることは間違いない。
まだ少しでも力がある間に勝負に出なくては。
俺はホムラに「火の槍!」と言って剣を振り翳した。
剣の先から火の槍が出現してその鳩尾に過たず突き刺さった。その勢いにたまらずシャドウが後ろに吹っ飛んだ。
「よし、魔法は効くようだ。ホムラ、火の槍を連射だ!」
俺は剣の先から火の槍を打ち続けた。
打ち出された火の槍はシャドウのあちこちに突き刺さった。
シャドウがダメージを負ったためか幾分か力が戻ってきたような気がする。
アランもいつのまにか剣を振い出してフレッドと二人でシャドウに切りつけてシャドウはボロ布のようにズタズタに切り裂かれてしまいには消えてしまった。
後には元の玉座が残っているだけである。
後ろを振り向くともう血の気を失って蒼白になったトレーシーを必死に抱き抱えているアリシアの姿が見えた。
俺がトレーシーのところに走り寄ろうとした時、ミズチが「あった!僕の体の一部!」と叫んだ。
俺は走り出すことをやめてミズチに「どこにある!」と聞いた。
ミズチは「あの玉座の下!」と言う。
下を覗こうとしてもこの玉座には足がなく、全体が床にべったりとなっているようである。
早くトレーシーのところに行かなきゃ、と思う心とミズチのパーツはどこにあるんだという思いとが複雑に絡まり合って思わずカッとなった俺はアスカロンで魔王の玉座を上から下に真っ二つに切ってしまった。
玉座は左右に分かれて倒れた。
その下に光るものが見えた。近寄ってみるとミズチの羽のようである。アスカロンを近づけるとその羽は剣に吸収されて行った。
剣からは羽根を回復したミズチが盛んに羽根を羽ばたかせて喜んでいるイメージが送られてくる。
おっと、こんなことはしていられない。後ろを振り向いてトレーシーの様子を見ると彼女は気を失っているみたいだけれど呼吸は落ち着いている。
少し安堵して俺はトレーシーを背負うことにして帰還用のポータルの方に行った。
アリシアは無言でついてきた。
アランとフレッドはシャドウを倒して満足げである。地上に戻って少しするとトレーサーは目を覚ました。ややフラフラするようだが、自分で歩けると言うのでそこからは俺は背負うのをやめて手を繋いで歩くことにした。
「急に倒れてしまってごめんなさい。」
トレーシーは小さな声で俺に謝った。
「気にすることはないよ。」
俺も小声で答えた。
翌朝、俺が学園の廊下を一人で歩いていると、アリシアが呼び止めた。
「ちょっと、いい?」
アリシアに手招きされるままに使われていない教室に入る。
「昨日のトレーシーのことなんだけれど。」
「ああ、あれはなんだったんだ?」
「結論から言うとわからない。けれども、あそこには微かに魔王の因子が残っていた。」
「そうだな。でも他の奴らはなんともなかったぞ。」
「そうね。彼女は多分、魔王の因子の中心だったあの玉座をあなたが二つに割って壊した時に苦しみが止んだ。もしかしたら魔王の因子に過敏だったのかもしれない。」
「それはどういう意味なんだ?」
「わからないわ。トレーシーにも言わない方がいいと思う。でもあなたがダンジョンを選択する時、魔王と関連する場所には気をつけた方がいいと思う。」
「気をつけることにするよ。」
「私も神殿で何かわからないか調べておくわ。」
無論、俺だってあの玉座にせよ、魔王の姿を模したシャドウにせよ、魔王の因子は感じ取っていた。けれども頭痛とか体調の悪化が起こるほどではなかった。
アスカロンのホムラやミズチにこのことを尋ねてもなんの返事もなかった。
もう嫌な予感だけが渦巻いている。
けれども、俺が不安で落ち込んだからといってトレーシーが何か改善したり問題が解決するわけではない。
教室に戻ると俺の表情はよほどこわばっていたのかもしれない。
トレーシーは「大丈夫?」と尋ねてきた。
俺は「ああ、大丈夫だ。」というしかなかった。
「やっぱり私の体調が心配なのね。でももう大丈夫だから。」
「うん。大事をとって今週はダンジョン探索を休もう。やっぱり3連続は負担が大きすぎたんだと思う。」
「私は役立たずじゃないよね。あなたの役に立ててる?」
「うん。君は私の奥さんになる大事な人なんだから。」
多分、無意識のうちにトレーシーの手を握っていたし、体も近づけあっていたということだろう。
いきなりフリーダが「はい、そこまで。いくら婚約しているからといってもここは教室ですよ。風紀委員として警告します。」と指さしながらいってきた。
いつもは冒険で休んでいるはずなのになぜ今日に限ってフリーダがいるんだよ。
俺たちはぱっと手を離してお互いにそっぽを向き合ったのだった。
フレッドは「僕、だいぶ自信が出てきたところなんだけれどなあ。」とぼやき口調である。
「王女殿下の体調とフレッドのわがままとのどちらを優先したらいいと思う?」
「もちろん王女殿下の体調です!」
ダンジョンの探索は週に2回と減らすことにした。
幸い、残りのダンジョンも魔王とは関係ないものである。
およそ一月かけて王都の初級ダンジョンは残りの5つを全て探究し尽くして完全制覇した。
残念ながらミズチの破片は全く見つからなかった。
トレーシーやフレッド、アランはもうD級に昇格している。
ギルドの受付の人も記録的な速さだと驚いていた。
トレーシーも全く体調に問題がなかったので少し自信が出てきた様子である。
「さあ次は中級ダンジョンだね。」
D級以上になればC級の冒険者がパーティに含まれていれば中級ダンジョンに挑むことができるのである。
問題は中級ダンジョン以上は魔王や魔族と関係してくるところが増えることだろう。
もし本当にトレーシーの体調不良が魔王の因子と関係しているならば再びトレーシーの体調が悪くなるかもしれない。できるだけそういうリスクは避けたいのである。
「今までが順調だからね。この勢いを維持するためにもまずはしっかりと疲労回復をしてゆっくりとアタックする中級ダンジョンを選んでゆこう。」
俺はそう言った。
みんなは笑顔で頷いてくれた。
既にケビンの勇者パーティはB級になっているが、それ以外の二年生パーティでは俺たちのD級パーティが最高である。
資金も貯まってきたので装備も良いものを揃えられるようになってきた。フレッドは念願のミスリル製の鎖帷子を手に入れることができた。アランもフレッドも剣は魔剣とは行かないまでも魔法のかかった剣を使っている。
中級ダンジョンには危険なモンスターが多数出現するようになるので生半可な装備で行ってしまうと返り討ちに合う危険が大きくなる。
俺はドラゴンの鱗とゴルゴーンの皮、そして大蛇の皮を使って軽くて丈夫な革鎧を特注することにした。どちらも普通の刀では切れないくらいの耐久性があって軽い。
そのために、王都で一番有名な鎧職人にお願いしたのである。
彼は地の精であるノームの一族でケントゥスという。ノームの一族は小人と言われていて、同じ小人であるドワーフ族と区別はつきにくい。
ノームたちは魔法を操る術に優れており、宝石細工などの細かい作業が得意なのだそうだ。
このケントゥスは特に鎧を作る才能に恵まれていて王都の有名冒険者の鎧を多数手掛けているということで俺も一度頼んでみようと思ったわけである。
だいたい職人というのは気難しい連中である。
俺が鎧を頼みに行った時にもケントゥスはすぐには首を縦には振らなかった。
彼は鎧は作ってやるが、ツェペシュの宝玉を持ってこいというのである。
ツェペシュというのはヴァンピールの貴族である。と言っても人間ではない。彼らは闇の一族で、不浄なる不死の一族として邪神から大いなる力を得たとされている。その力によって爵位を勝手に名乗っているわけである。
ツェペシュは公爵とされて最強クラスのヴァンピールもしくはヴァンパイアとされている。
王都には未踏破の中級ダンジョンとして「ツェペシュの棲家」というダンジョンがある。おおよそ地下10階までは既に探検されているのだけれど、その下はまだどうなっているのかわかっていない。
様々な伝説や噂ではそのダンジョンの一番下にツェペシュの邸宅があって、そのツェペシュが持っているのが「ツェペシュの宝玉」という宝石らしい。
それは巨大なダイヤモンドという説もあればツェペシュが殺戮してきた多くの犠牲者たちの血を吸った真紅のブラッディ・ルビーとも言われている。
アンデッドのダンジョンであるためにアリシアにまずは相談してみた。
アリシアはあっさりと「いいんじゃない?」と賛成してくれた。
少し拍子抜けしているとアリシアは「あのダンジョンは神殿も討伐浄化の対象にしているのよ。聖女の私が踏破すると言えば反対はしないはず。」と言う。
アリシアは「それにね、ツェペシュは強力な魔物だけれど魔王とはあまり関係ないらしいのよ。だからケビンたち勇者パーティも無視していったわ。魔王と関係ないダンジョンを優先して攻略するのがいいと思うの。」と付け加えた。
みんなに提案する時には「ケントゥスに依頼された」ということと「アリシアの神殿からも討伐依頼が出ている。」ということで説明した。
魔王因子のことは伏せておこうと黙っていることにした。
そうして皆の賛同を得るとケントゥスは「宝玉は後払いでいいよ。」と言って俺の革鎧を作ってくれたのである。もう冬がやってくる。
俺たちは冬季休暇までに「ツェペシュの棲家」を攻略しようと準備を始めたのである。
ダンジョン探索




