第二十九章: 春の休暇
ウィル殿下が劇的な婚約をした卒業パーティが終わって俺たちは春の休暇に入ることになった。
ベアトリスは即座に王太子妃教育が始まるので王宮に缶詰になるらしい。
「頑張ってね」と言う俺たちにベアトリスは手を振って答えてくれた。
俺たちは再びナッシュビルの村に向かうことになった。今回はトレーシーとアリシアが加わった。アランやフレッド、それにトーマスが鍛えた王都の剣術稽古の優等生が加わっている。
トーマスによると、剣術道場の優等生の中から適性のある子をトゥラニア騎士団にスカウトするつもりらしい。ソランなど既に何人かはトゥラニア騎士団に入っている。
アリシアは一人の女の子を連れていた。
「エド、この子はライラちゃんよ。私と同期で見習い聖女をしていたのだけれど、今回、ナッシュビルの教会担当になる予定なの。」
「よろしく。」
俺がその子に挨拶するとライラというその同年輩の女の子も挨拶してきた。
「私はライラと言います。今まで見習い聖女として神殿でお勤めしてきましたが、この度ナッシュビルに新しく教会ができるということで派遣されることになりました。ご領主様にもよろしくお願いします。」
礼儀正しい娘である。
トレーシーがそばにやってきて「私はエドの婚約者のテレジアよ。夫の領地を安全にするためにしっかりと務めてちょうだいね。」と言う。
ライラは「奥様、私は未熟者ですが、旦那様のご領地が平和に過ごせるように全力を尽くしたいと思います。」と答えた。
「よろしい。できる限りでいいからね。無理はダメよ。」
トレーシーは政治家である。
ライラは「お優しい奥様でよかったです。」と感激しているようだった。
今回もパトラはトレーシーと一緒に来ている。時々寮などでも顔を合わせるけれど、数ヶ月でもしっかりとしてきた様子である。
パトラも今回ヘンリーさんやその夫人と再会することを楽しみにしている。
俺たちもとにかくナッシュビルまでは安心した旅路を続けられそうである。
5日の旅路でとにかくもナッシュビルに辿り着いたわけである。
トレーシーとアリシアは表面上仲が良さそうなんだけれどトレーシーはしばしばアリシアにツノを突き合わせていた。アリシアが大人で相手にしないからいいようなものの俺は大騒動が起こらないかと5日間ヒヤヒヤし続けだった。
到着を先に知らせておいたのでヘンリーさんや村長さん、そしてランディなど村の主だった人は村の門まで出迎えてくれていた。村の奥を見るとまだ雪が残っているけれども人数が増えているようだし活気も高くなっているようである。
パトラはお父様、とヘンリーさんに抱きつきに行こうとしてトレーシーに「はい、淑女の行動としては失格ですよ、やり直し。」と厳しく指導されていた。
村長さんは聖女とシスターになるライラさんがきてくれたことに感動しているようだ。アリシアも少しトレーシーと離れたかったのかもしれない。村長さんに「早く教会が見たいですね。先に案内してくれますか?」と頼み、村長さんの案内で教会の方に行ってしまった。
俺たちはヘンリーさんの住む領主館に案内された。
ランディもすぐに帰ってきたようで再開を喜んだ。
ランディは子供っぽさも抜けてきており、村人が農地を作るときに魔物から守るための警護の仕事をしているらしい。
「エドワード兄様には敵いませんが、僕でもオオカミくらいなら退治することができるようになってきました。」
ランディは少し自信のついた顔つきでそう報告してくれた。
他に騎士団の面々も挨拶に来てくれた。
この数ヶ月で冬の雪の中、多くの人が山砦の林を伐採してくれたようで中の建物はまだだが防壁の塀は既に作られつつあり、砦としての機能はできつつあるらしい。
その後、俺はトレーシーに会いに行った。
「どう、疲れは取れた?」
「馬車の移動だったからそんなには疲れていないわ。」
「今から村の中を見回りたいんだけれど、その、新しい教会とか農地とか。一緒にどうかな。」
「そうね。領主の妻が聖女たちと仲良くしている姿も必要でしょうね。着替えたら行くわ。」
ゲイリーもきていたので俺はランディとゲイリーを呼んでトレーシーを待ってから村を見回ることにした。
俺とトレーシーは村の荷車に乗って回ることにした。牛が引くのでゆっくりと移動する。
まずは教会である。
行ってみると村長さんが教会の内部を一生懸命説明しているところだった。何人かの信心深い村人も一緒に来ていて教会の中はそれなりに人がいた。
アリシアは俺たちを見つけると「きゃートレーシー」とトレーサーに抱きついた後、エド、こんな綺麗な教会をありがとうとお礼を言ってくれた。もちろんこれは教会の中の人に聞こえている。
村長さんは「こんなに早く領主様と奥様が教会に足を運んでいただいて誠にありがとうございます。」と頭を下げてくれた。
アリシアは「皆さん、領主のエドワード様は私が聖女の試練を受けたときに邪神の悪者たちを退け、恐ろしいモンスターたちを打ち果たしてくれた人なのです。おかげで私は試練を乗り越え聖女の宝玉を手にすることができたのです。みなさまの領主は神に愛された人なのですよ。」と俺にとってはちょっと恥ずかしい話を暴露してくれた。
ライラさんは「へえ、アリシア聖女様の仰っていた神の勇士様とはここの領主様のことだったべか。」と思わず訛りを丸出しで喋っている。
信心深い村人たちは思わず俺の方を拝んでいるようである。
「おいおい、拝むのは女神様の方だよ。私の方じゃない。」
「うちのご領主様はドラゴンを退治するとんでもねえお方だが、神様に選ばれた人だったと言うことだべな。ありがたやありがたや。」
村長一同拝んでいる。
ライラさんもキラキラした目で俺を見つめているみたいだ。
「だ、ダメだからね。エドは私の旦那様なんだから誰にもあげないから。」
トレーシーが俺のそばにきてそんなことを言い出した。
「いえいえ、ご領主様のご威光でこの地が豊かで平和になるように私らは神に祈るのが仕事なんです。ご領主様には立派でお美しい奥様がおられるのも神に愛されていると言う表れですね。」
「えっ、立派でお美しいだなんて。」
トレーシーは思いがけない言葉になぜか照れていた。
「あら、私はきちんと約束を果たしてもらいますからね。」
「えっ約束?」
少し考えたトレーシーはあることを思い出したのだろう。表情を消してスンとしてしまった。
村長さんは「お約束とは?」と聞いてくる。
アリシアがベラベラ喋り出すとやばそうなので俺は「ああ、これからどんどん領地を回復して旧領都を奪い返すつもりなんだ。そのときには分神殿を作って聖女様をそこの神殿長にお願いするつもりなんだよ。」と答えた。
村長さんは「そ、それは素晴らしい話でございます。是非是非実現してほしい良いお話を聞けました。」と喜んでいる。
村人たちもホッコリしている。
まだまだ旧領都の奪回なんてナッシュビルの人たちにとっては夢のまた夢のレベルだよね。
それでいい。
俺は教会を辞して外に出た。
ランディは「まず冒険者ギルドを見にゆかれてはどうですか?」と言ってきた。
それですぐ近くだという冒険者ギルドを見に行くことにした。途中は材木貯蔵地があって大量の木材が保管されていた。
そのさらに向こうに小さな建物があった。
「冒険者ギルドはここです。」
中に入ると「青の閃光」のメンバーがいた。それ以外にも数組のパーティらしき人々が数えられた。
「よう、ランディじゃないか。」とギルドの人々はランディに気軽に挨拶をしている。
「今日は領主様を連れてきたからな。」
それを聞いて「青の閃光」のリーダーが俺を見た。
「あ、エドワード様!おい、お前ら、名誉ギルド長のお出ましだぞ、龍退治の英雄だ。」
「なぜみんなそんな恥ずかしい紹介をするのだろうか。」
びっくりしている人と疑念の目で見ている人の間を通り抜けてリーダーさんは俺を奥の部屋へと誘った。
「私は『青の閃光』のリーダーで今はこの冒険者ギルドの副ギルド長を兼任しているハウプシュタットと申します。この度は冒険者ギルドにようこそおいでいただきました。」
とリーダーさんは自己紹介してくれた。
彼によると若い冒険者たちが野原の魔獣退治や護衛の仕事を求めて集まってきているらしい。
「今はこのギルドも発展期です。できればダンジョンがあればもっと人は集まるでしょうね。」
リーダーさんはそんなことを言う。
「ダンジョンならまだ森の北部地域に行けば幾つかあるが、ひよっこには無理だぜ。」
ゲイリーさんは笑っている。
「冒険は無謀を試みるものではありませんからね。」
リーダーさんも同意していた。
「そうだ、もし魔族が出た場合には勇者ケビンに連絡してやってくれ。北部のダンジョンと言ったが、そこには魔族がいるかもしれないんだ。」
俺はケビンに言われた伝言を果たした。
「あはは、魔族ですか。それは無謀な話ですね。そういえばご領主様は王都で魔族退治をしたんでしたっけ。」
リーダーさんは魔族の話を聞くだけで顔色を悪くしていた。
ゲイリーは「まあ、この辺りには魔族はいないから大丈夫だろう。でも跳ねっ返りに北部のダンジョンに挑戦させるような無謀はするなよ。」とリーダーさんに釘を刺した。
「心得ております。」
リーダーさんは丁寧に答えた。
俺たちは冒険者ギルドを出て農地を見回ることにした。
荷車に乗っているのはそのためである。雪の積もった地面を荷車でゆっくり見回ってゆく。
「本当だね。農地が増えている。ずいぶん向こうまで農地になっているじゃないか。」
俺はちょっと感動していた。
さらに行くと、まだ切り株があちこちにあって若者たちが一生懸命切り株を掘り起こしていた。
「精が出るね。」
「ええ、領主代理様が自分たちで開墾した土地は自分たちのものとして渡してくださるそうなんで。なので私らもせい出して頑張っております。」
切り株を掘り起こすのはかなりの重労働だろう。彼らはこの寒いのに汗をかいていた。
「ここの土は麦を植えるのに向いているということなんでわしらはここを農地にして麦を育てるつもりなんです。」
彼は希望に満ちた目をしている。
と、そのときドドドという地響きのような音がした。見ると遠くから突っ走ってくるやつが見える。
「ご領主様はこの辺りの強い魔物を退治してくれたんで大変感謝しているのです。けれどもそれで逆に魔物が侵入することがあるのです。」
近づいてくるとそいつは大猪であることがわかった。
村人たちはオロオロして「騎士団に連絡しなきゃ」「でも間に合わないぞ」と話し合っている。
近づいてくる大猪に対して俺は剣を構えた。
「若様危ないですぞ。」
「ドラゴンに比べたら安全だよ。」
軽口を叩きながら大猪に備える。近づくと結構大物だ。猛スピードなのでもう止まれないし方向も変えられない。村人たちは我先に逃げ出している。
「やっ!」
裂帛の気合いと共に一刀を繰り出した。俺の一撃は過たず大猪の頸動脈を断ち切った。傷から大量の血潮を吹き出しながら大猪は次第に歩みを止め、どうと横倒しに倒れた。
ゲイリーとランディは呆気に取られて口をぽかんと開けたままである。
最初に反応したのはトレーシーで、パチパチと手を叩きながら「凄い、すごおい」と言い出した。その後、ゲイリーが「さすが若様じゃ。」と声を上げた。
逃げ出した村人たちはおずおずとこちらに戻ってくる。
ランディは「あ、血抜きをしなきゃ」と口走ったが、どんどん血が流れている状況では「既に血抜き処理までしているのか。」というしかなかった。既に猪の鼻先は真っ白になっておりずいぶん血が抜けていることはわかる。みんなで荷車に猪のお尻を乗せて頭の方を人で支えて村まで持って帰ることになった。
トレーシーは「私だって牛の御者くらいできるわよ。」というので俺も猪の支え役である。村に向かって進んでいくと仕事を終えた村人たちに出会ったので多くの人に助けてもらいながら猪を村に運び入れたのである。
ヘンリーさんはあのフライ山の猪に負けていない大物ですね、と呟いた。
村長さんは解体ができる人を至急に集めて肉を切り出し始めた。
「この猪は村中に振る舞うぞ!」
俺はそう宣言した。
既に村人たちには俺が一刀で猪を倒したことは知れ渡っている。
ゲイリーも聞かれると「俺だってびっくりしたけどな、若様ならば不思議はないだろう。」と言っていた。
冒険者ギルドの連中も来ていたが「あんな大物を一刀で倒すなんて信じられない。」というものと「じゃあどうやってあんなに綺麗に倒せたんだ」というものが対立して、ああでもないこうでもないと議論していたが、俺は肉の皿を持って来させて「とりあえず食べろ」と言ったわけである。空腹はイライラするからな。
ライラはアリシアと振る舞われた肉を食べていた。
「いきなり肉の振る舞いなんてどういうことなんですかねえ。」
「そういうものよ。まずは食べなさい。」
「見せてもらいましたがあんな大きな猪は初めて見ました。本当にあれを一刀で倒したんですかねえ。」
「そう言っているのは本人よりも村人ですからねえ。」
「領主の権威を上げるために嘘を言っているわけではないと。」
「嘘を言わなければならないほど切羽詰まってはいないでしょう。」
「そうなんですよねえ。」
ライラはそんなことを言いながら肉をモリモリ食べていたのだった。
翌日はフライ山の山砦の視察である。
ヘンリーさんの馬車を借りてトレーシーとアリシアとライラが乗って行く。侍女も一人ついて行くことになった。
驚いたことに既に見張り台の近くまで切り株が取り除かれ農地になっていた。ランディに聞くと、「やはり見張り台に騎士団がいるということは安心材料に感じる人が多かったということでしょう。」という。
一年も経たない前には森の中を命の危険を感じながら歩いていたことを思えば信じられない気持ちである。
今は見張り台には昼間は騎士がいるものの夜は一人だけが駐留しているそうである。
さらに進んでバジリスクの泉の側にある木こり小屋を訪れてみるともはや木こりはいなくなっていた。代わりに農民たちが板塀を拡張して既に村のようになっていた。木こりの小屋を含めてもう10軒ほどの小屋が建てられており、そのうち一棟には騎士が入っているが、他は農民たちが住んでいる。
ゲイリーは「本当はもっと後に村宣言する予定なのですがもう人も集まっていますしせっかくですから村宣言してもいいかもしれませんね。」という。
集落の頭的な人に聞いてみると「領主様に村宣言していただけますとありがたいです。」という。
バジリスク村にするか木こりの小屋村にするか迷ったが、木こりの頑張りがこんなに森を退けた功績を考えると木こり小屋の村にしようと決めた。
みんなの意見を聞いてみるとそれでいいという人ばかりで異論は出なかった。
そこで板に「木こり小屋の村」と書いた板を村の入り口に建てることにした。
村民にも手伝ってもらい、村の名前の板を据えつけて拍手でお祝いすることになった。
そこからフライ山まで行く。フライ山の道はしっかりと整備されており、馬車でも登れるほどだった。最初の小屋のところには何台かの荷車や馬車が停められており、今は山の木を運ぶ車両の駐車場になっているということだった。
そこからは徒歩になるがみんなで雪道を歩いて行くとそれまで手付かずの林だったところは既に伐採されており、簡易な板塀が並べられて砦としての形を作り出していた。
中に入るとあちこちはまだ工事中だったが、中央に大きな建物ができていた。中はまだ間仕切りは少なかったが、20人ばかりの騎士団員が寝泊まりしていた。
トーマスは「将来的にはここを住みやすくして団員の半分はここに住まわせます。ここは北からも南からも守れますからいざという時の守りの要になるでしょう。」と説明を始めた。
「残りについては街道を延長したらトゥラン川を超える場所が出てきます。そこを守るために屯田させたいと思うのです。将来的には王都騎士団の残りを吸収してナッシュビル周辺の守備隊にしたいですね。」
トーマスの構想は広がっていた。
「山砦の工事が一段落したら街道を川まで延長することを考えよう。」
俺がそういうとトーマスはよろしくお願いしますと礼をしてきた。
砦から下を眺めると街道が見える。農地についてはまだ雪を被っているからわからないが雪が溶けて種まきが始まればもっと明らかになるだろう。
アリシアは遠くの旧領都を指さして「10年後にはあの領都で神殿を開くからね。それまでにちゃんと取り返してね。」という。トレーシーは眉を吊り上げているが何も言わなかった。
「ああ。全力で頑張るさ。」
俺たちは山を降り、ナッシュビルまで帰った。
ヘンリーさんはここの伐採は切るだけで苗を植えて育てないからいつかは木が取れなくなることを考えなければならない。その代わり、木を切ったところに農地を作って作物を育てることで稼げるようにしなければならないという。王家には新しく開いた村には3年の納税猶予をお願いしているという。
今日開いた「木こり小屋の村」も3年後からは税金を払わねばならなくなるのである。
当面の目標は3年以内にトゥラン川の南を農地で埋め尽くすということである。
トゥラン川の両岸には騎士団員を屯田させて騎士団領を形成し、侵攻などへの防波堤を作っておく。
そういうことをヘンリーさんと話し合って計画を作ったのである。
その後は騎士団の新人たちを連れて魔獣狩りに赴いて実地で鍛えたりもした。
たまには行き合った冒険者ギルドの冒険者にも訓練を付けたりしたのである。
こうして俺は領地経営に手応えを感じて王都に帰ることになった。
王都に帰着後は国王陛下に村を開いたことを報告した。他にも入植者が増えて農地が広がっていることを伝えると、ウィル王太子殿下の婚約でまだまだ喜んでいらしたのか機嫌も良く、俺を伯爵に陞爵してくれることになったのである。




