第二十八章: 王太子殿下の卒業
新学期が始まると俺とトレーシーは何食わぬ顔で登校していた訳だが、皆ドラゴンスレイヤーの噂にザワザワしていた。俺の父上のリチャードだってドラゴン退治したのだからそれほど騒ぐものではないと思うのだがなあ。
ケビンには退治したドラゴンはあの「青のカエルレウム」の配下だったことは伝えた。
フリーダはそれなら勇者パーティがドラゴン退治をすべきだったとハンカチを噛んでいたが、それは無理であったことはいうまでもない。
ケビンは冷静に「青のカエルレウムはジャンをターゲットとしているみたいだから気をつけろ。もしトゥラニアに魔族が来ることがあれば俺たちを呼んでくれ。」と言ってくれたのでナッシュビルに冒険者ギルドができたことを伝え、そこ経由で依頼を出すことを約束した。
アリシアとフレッドはひたすらにドラゴン肉はどんなものかと聞きたがっていた。いや、国王陛下に献上したから、と言っても「食べたい、食べたい」と言い続けるので、学園のシェフに残ったドラゴン肉(マジックバッグの中に保管していたので傷んではいない)を渡して俺たちのために料理を作ってもらうことにした。
シェフたちは機嫌良く了解してくれたので俺たちは4人でトゥラニアからの凱旋食事会を開くことになった。
俺たちはもう何度も食べているドラゴン肉だったが、アリシアとフレッドは「美味しい美味しい」と涙を流さんばかりにして食べてくれたのである。
食べ終わった後、アリシアは「決めたわ。私はエドがトゥラニアに戻る時に領都に分神殿を作ってそこの神殿長になるわ。」という。
「うぐっ」俺の横で喉を詰まらせる音がした。トレーシーだ。
彼女は焦って「ま、まだ領都の回復は先だから分神殿の建設はもっと後になるわね。」としゃべっている。
アリシアは「あら、魔族に対抗するなら聖女の力は有用じゃない。エドがまたドラゴンを退治したらすぐにドラゴン肉を食べるなら近くにいたほうがいいのは明白よね。」
俺は思わず「そっちか。」と言ってしまった。
彼女によると既にナッシュビルからは神殿の教会の設置と神官の派遣の要請が出ているらしい。きっとヘンリーさんの手際だろう。彼は能吏である。
トーマスさんは王都での剣術の稽古に希望者が殺到しているとうれしい悲鳴をあげていた。
「そりゃあもちろん若様の龍退治の評判が大きいですね。」とトーマスは笑顔である。
大貴族からは家庭教師の依頼もあるそうだが、それは断っているらしい。
「何しろ、今はトゥラニア騎士団に入れる才能を探すべきですからね。そうなると大貴族の坊ちゃんは王都騎士団の方にお願いするほうがいいわけですから。」
トーマスは冷徹である。
俺も時々稽古で子供達の相手をすることがあるが、目をキラキラ輝かせてくれることが増えた。
「さすが龍騎士団の団員は人気がありますね。」とトーマスは笑う。
現実には龍騎士団なんてものは王国にはないが、ドラゴンを倒したものは龍騎士勲章をもらうのでそこに引っ掛けているのである。
時々帰ってくるオルジさんに聞くと、俺が魔獣を退治して結構安全になったということで雪の中でナッシュビルの若者たちが木の切り株を取り除いて農地を増やそうとしているらしい。
「今年の春蒔きの季節には新しい農地で作物を栽培したいそうです。」
オルジさんは嬉しそうにいう。
農作物の収穫量が増えれば収入が増えるわけだし、領地が豊かになる。
「騎士団の人だけでは手が足りないので冒険者たちにも護衛や魔獣退治の任務が増えています。王都からも増援が来ているようです。」
早速冒険者ギルドを作った効果が現れているようである。
「まあ、私は冒険者ギルドの名誉ギルド長だからね。冒険者ギルドが発展するのは嬉しいことだよ。」
オルジさんは笑顔で帰っていった。
新年の行事といえばデビュタントである。俺たちの学年がデビュタントの年に当たっている。
国王陛下はもう俺たちは夜会デビューを済ませているからどうでもいいよというのだが、トレーシーはどうしても踊りたいというのでファーストダンスだけ踊ることになった。
王妃様は「そりゃ女の子はデビュタントで踊りたいものよ。」と言って純白の夜会ドレスを準備してくれた。
もちろんエスコートは俺である。俺もデビュタントということで燕尾服を着ている。俺たちの順番は最後だったがトレーシーは「さすがにA組の子たちは最終に近いところにいるね。」とめざとく見つけていた。
俺とトレーシーが最後に紹介されて出てくる時、読み上げ係の人は俺のことをドラゴンスレイヤーのエドワード・スペンサー子爵と紹介しやがったので会場がザワザワとした。悪目立ちである。竜騎士章をぶら下げているので「本当だわ、竜の勲章をつけている」とかいう囁き声が聞こえた。
トレーシーは「うふふ、私の英雄様よ。」と体を寄せてきた。
俺たちがファーストダンスのためにスタンバイすると国王陛下が挨拶に現れて通り一遍の挨拶をした後、今日はドラゴンを退治したスペンサー卿が我が娘テレジアとファーストダンスを踊ります。拍手をとやりやがった。大きな拍手の中で舞台の上に進んだ俺たちは音楽が始まると輪舞を踊り始めた。
「トレーシー、上手になっているじゃないか」
「そりゃあれから練習したわよ」
「だから今日踊りたかったんだね。」
「わかってくれた?」
俺たちが踊り終わった後、会場からは再び拍手が沸き起こった。
俺たちは二人で国王陛下の前でご挨拶して休憩の椅子に座ることになった。国王陛下も俺たちが大きな拍手を受けたことにご満足の様子だった。
会場ではデビュタントの男女が群舞を始めている。
俺がドラゴンスレイヤーになったということのためか、色々な家族たちが俺とトレーシーに挨拶しにくる。彼らは一様にオーダーオブドラグーン勲章を見て
こんな凄い勲章は初めて見ましたとお世辞を言ってくる。横にいるトレーシーの視線が怖かったのか「うちの娘を側室に」なんて言ってくる家族がいなかったのは幸いである。
結構長い貴族たちの挨拶の列を処理するとかなり疲れてしまった。
「トレーシー、何か飲み物でも取りに行こう。」
「ええ、そうね。」
俺たちが食事のテーブルに近づくとアリシアとフレッドがお皿に料理を盛っているのを見つけた。
「やあ、フレッド、アリシア、楽しんでる?」
「あら、エドじゃない。私は踊らないからね。食べているしかないわ。」
トレーシーがぎゅっと俺の腕を握りながらそれでも平静な声で「あらアリシアさん、フレッドと仲良さそうね。」という。
フレッドは「アリシアさんとは今ここで会った所なんですよ。」と埋め込まれているかもしれない地雷を回避した。
そういう話をしていると、少し離れたところでガチャンとグラスが落ちた音がした。そちらを向くと、女性が二人睨み合っている。
「あらどちらもA組ね。」
トレーシーが呟いた。
俺はいつもアリシアとトレーシーの対応に忙殺されているけれども、確かに二人とも見たことがある。
多分、どちらも公爵家の娘さんである。
フレッドが「ううう、ベルゴンド公爵家とエスカイヤ公爵家ですか。触らぬ神に祟りなしですね。」と怖気を振るっている。
どうやらベルゴンド公爵家のロザリンド嬢がエスカイヤ公爵家のベアトリス嬢にドレスの裾を踏まれたと言っているらしい。ロザリンド嬢は体格も良く声も大きい押し出しのいい令嬢である。対してベアトリス嬢はおとなしそうな儚げなお嬢さんである。
ベアトリス嬢は「私はドレスの裾は踏んでおりません」というばかりである。それでロザリンド嬢は「自分の罪を認めないとは何事!」と激昂し始めていたのでその声が聞こえたのである。
え、どっちが悪いの?
「私たち、会話に夢中で見ていなかったよね。」
うーん仲裁に入るにしてもどちらの味方をしたらいいものやら。
そうして手をこまねいて見ているうちに激情に駆られたのかロザリンド嬢は手近にあった赤ワインのグラスを手に取るとベアトリス嬢の純白のドレスにぶっかけてしまったのである。
と、その時一人の男がロザリンド嬢の手を抑えた。
「公爵令嬢、あなたのドレスを踏んだのはこの女性ではないよ。あの男だ。」
もう片方の手で指差された若い男はこそこそと逃げ出そうとしたが、周りの人たちに取り押さえられて突き出された。
「君がドレスの裾を踏んだのは過失だよ。けれどもその過失をなんの罪もない女性に押し付けたことは紳士としてどうだい?」
「申し訳ありません、王太子殿下。」
「謝るのは僕に対してではないだろう。」
ロザリンド嬢はベアトリス嬢に「勘違いして申し訳なかった」と謝罪し、ボロボロと涙を流していたベアトリス嬢もそれでも謝罪を受け入れて許すと言っていた。ウィル王太子殿下はベアトリス嬢を連れて去って行った。おそらくワインをかけられたドレスの処理をするのだろう。
「ウィル王太子ってやる時はやるのね。かっこよかったじゃない。」
「兄上はそういうお人なんです。」
「僕たちいいところを見せ損いましたね。」
残されたロザリンド嬢はなんだかほっぺが真っ赤であった。他の令嬢たちも動けずにいる。
「仕方ないよね。私たちは色気より食い気だったわけだし。」
俺は仕方なく料理を盛った皿を見ているだけだった。
生徒会室ではウィル王太子が俺とトレーシーに「私ももうすぐ卒業だからね。君たちは次の生徒会長と副会長だよ。どちらが会長を引き受けるのか決めてくれたまえ。」とニコニコ顔で言ってきた。
トレーシーは「エド、どうする?私はどちらでもいいわ。エドが決めて。」と言う。
ナッシュビルから帰ってきてからは侍女たちも何も言わなくなったせいか、トレーシーと俺との距離はかなり縮まっている。有り体に言えばベタベタと言ってもいい。
「トレス?君たちが婚約していることは私も承知しているけれど、兄の前でイチャイチャしてもいいなんて許可は出していないよ。」
ウィル王太子の声は冷え冷えとしている。
「えっ、私はイチャイチャしてなんていないわ。」
トレーシーは無自覚だった。
俺はこのまま話を混乱させないために声を張り上げて言った。
「王太子殿下、テレジア王女殿下が生徒会長で私が副会長でお願いします。」
「おっ、ドラゴンスレイヤーは流石に決断が早いね。よくわかった。ではそのように取り計らおう。」
俺が帰ってきてから王太子は俺のことをよくドラゴンスレイヤーと呼ぶ。彼はそれは俺に対する敬意だと言うが俺はそう呼ばれることは結構恥ずかしい。
ウィル王太子は俺の心の葛藤など気が付かないで言った。
「これからトレスは私の近くで生徒会長の業務を習い覚えること。ドラゴンスレイヤー殿はダニエルのところで修行してくれ。」
よかった。もしウィル王太子のところでドラゴンスレイヤーと呼ばれ続けたら恥ずかしすぎて死にかねないところだった。
「あ、と忘れていた。フレッドは会計をよろしく頼む。」
王太子はフレッドにも声をかけるのを忘れない。彼は頬を赤らめて「王太子様、承知しました。」と一礼した。
ダニエルさんは「エドワード君、副会長は会長の補佐だからそんなに大した業務はないから安心して。これから時間の空いた時に教えるよ。」といってくれた。
王太子とトレーシーは既にギャアギャアと口喧嘩を始めている。あの兄妹は喧嘩しているくらいが仲が良い。それを知っているダニエルさんも喧嘩を止めようとはせずむしろ微笑ましく眺めているのだった。
その後も生徒会室でもトレーシーは俺とくっつこうとするのでいつもウィル王太子は「イチャイチャし過ぎ」って苦言を呈している。
一度はトレーシーが「そんなことを言って、お兄様は婚約者を作らないからこの私の気持ちがわからないのですわ!」と反撃したことがある。
ウィル王太子は「そうか、じゃあ真実の愛を知るためにはエドに求婚してみようか。」というものだからトレーシーは口をあわあわさせた。
「お兄様、男性が恋愛対象だったのですか?」
「特にそういうことでもないけれど、でもそれでもいいな。トレスとエドの間に生まれた子を次の王位につければいいんだ。」
「私とエドの子。」
トレーシーは絶句している。
「そうだよ。結婚して子どもが生まれるのは何もおかしなことではないよ。」
ダニエルが流石に口を出した。
「王太子殿下、さすがにお戯れが過ぎますよ。」
俺も「ウィル殿下、国王陛下とお妃様が婚約者を決めない殿下にご心配されていることは殿下もご存知でしょう。」と付け加えた。
トレーシーは俺の腕を掴んで「エドと私の子ども」と呟いている。
「ほら、トレーシーには刺激が強すぎなんです。」
俺はウィル殿下に言う。
王太子殿下はなんだか涙が出そうなくらい大笑いしながら「そうだな。ちょっと言い過ぎた。婚約者についても卒業パーティまでにはなんとかしよう。」と言った。
その後、寮に戻ったトレーシーは「わ、私とエドの子どもなんて!」とベッドの上をゴロゴロ転がりまわったのである。
俺もなんとなく閨の話というのは聞いたことがあるが具体的なことは何もわからないのでトレーシーを復活させるためには苦労せざるを得なかったのである。
そうして数ヶ月の授業の後、期末テストの時期が来た。最上級生は卒業試験でもあるので必死のようだった。俺たちの期末試験ではやはり俺が一位でトレーシーは二位だった。
フレッドは「もうドラゴン退治した英雄が一位でもなんの文句も出ないですよ。」と皮肉とも諦めともつかないことを言っていた。
トレーシーは「エドが一位で私が二位でというのは神が私たちをペアと認めているという証よ」とよくわからないことを言っていた。
その後は生徒会として卒業パーティの準備に当たらなければならない。ウィル王太子殿下は「今年は僕たちが主賓だから下級生の君たちが働くんだよ。」って嬉しそうに言っていた。こういうところは王太子のSなところであろう。
卒業パーティは卒業生だけでなく在学生も原則出席である。
俺とトレーシーたちで苦労して作り上げたパーティ会場がやっと完成した。飾り付けを終えたらアリシアは聖女服に、トレーシーは俺と選んだ俺の瞳の色であるサファイアブルーのドレスに着替えに行った。アクセサリーはあのゴルゴーンの宝石の中で特に青いサファイアだけを付けるみたいなので今日は青一色になる予定である。
俺は騎士服なのですぐに着替えるからともう少し遅れて部屋に戻る予定である。そうして待っていると、ポツポツと学生たちが会場に集まってきた。
フレッドは彼の瞳の色であるダークブラウンのドレスを着た可愛らしい女性をエスコートしてやってきた。
「エド、僕の婚約者なんだ。」
「ああ、センチネル伯爵家のお嬢さんですね。トレーシー、ああ、テレジア王女殿下は今着替え中なので準備ができたらご紹介しますよ。」
「いえいえ、ドラゴンスレイヤーの英雄様に会えただけでも十分ですよ。私はキャサリンと申します。キャシーと呼んでいただけると幸いです。」
フレッドはなんだか誇らしそうである。
「キャシー、今日は僕は卒業パーティの進行役もやらなければならないから少し離れても我慢してね。」
「大丈夫よ。」
知らなかったけれどこの二人もラブラブそうである。
いつもトレーシーとの甘ったるい会話を振り撒いている俺が言うのもなんだけれど。
学生のパーティなので、夜会のように呼び出すことはなく、自由に入場するのが伝統である。
フレッドがきてくれたので俺も一旦部屋に戻った。
着替えをしてトレーシーの部屋にゆくと侍女がもう少しだけ待ってほしいという。
少し扉の外で待ちながら、結局ウィル王太子殿下は婚約者を決めなかったよなあとぼうっと考えていたのである。
準備ができたと出てきたトレーシーを見て俺は息を呑んだ。めちゃくちゃ可愛い。きっと世界一だ。
どこかで俺の心の冷静な部分がそれはバカップルと囁いていたが、素直な感想を言ってなにが悪いのだ。
「トレーシー可愛い。きっと世界一だ。」
「えへ。私はもう全身エドの色だもん。」
そんなことを言いながら気分は夢の世界で歩いてくるともう目の前はパーティ会場である。
俺もハッと意識を現実に戻した。
「先にフレッドと婚約者のキャサリンがいると思う。挨拶してあげてね。」
「ああ、センチネル伯爵家の。わかったわ。」
トレーシーもスンと社交の表情になった。
中に入るとフレッドが「今日は国王陛下がご夫妻でいらっしゃっている。」と伝えてきた。警備が普段より厳しくなっている。
「お父上も母上も今日のパーティにはいらっしゃらないと言っていらしたはずなのに。」
トレーシーは首を傾げている。
「今日は兄上が卒業だから来られたのかもしれないよ。」
フレッドに国王陛下に臨時に挨拶が必要か聞くとそれはないとのことである。じゃあ予定を変更する必要はない。
フレッドに予定通り進めようと話をしている間にトレーシーはキャシーと挨拶していたようである。
「フレッドもいい子をみつけたわね。」
「親同士が決めた婚約なんですけれどね。」
フレッドは少し照れているようだ。
「そろそろ時間だよ。」
「淑女、紳士の皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます!これから今年度の卒業パーティを開催いたします!」
そして定例通り学園長や来賓の挨拶が進む。
国王陛下をチラッチラッと見るが全く無視されているようで、挨拶に立つつもりはないようだ。
挨拶が終わるとダンスである。
ファーストダンスはウィル王太子殿下である。ダンスの相手は教えてくれなかった。多分生徒会の女子か誰かを選んでいるのだろうと思うがよくわからない。
とにかく「ファーストダンスは今まで生徒会長を務めていただいたウィルフレッド王太子殿下です、皆さん拍手でお迎えください!」とアナウンスした。拍手の中、ウィル王太子殿下がステージに出てきた。俺はファーストダンスの後、二年のカップルと合わせてダンスをしなくてはならないのでトレーシーのところに急いだ。
ウィル王太子殿下は一人である。すると、壁側の方に走って行った。そこにはエメラルドグリーンのドレスを着た女の子が立っていた。
ウィル王太子殿下は彼女の元に辿り着くと何かを言っているようだ。女の子が頷くと、王太子殿下は懐から指輪ケースを取り出して多分指輪を女の子の指に嵌めている。それに気付いた多くの女の子から悲鳴のような叫びが起こり始めた。
俺はオーケストラに合図して演奏を始めさせた。悲鳴は音楽に消されてゆく。
王太子と女の子はステージの真ん中で踊り始めた。
観客席を見ると国王陛下と王妃様はもう立ち上がって王太子殿下と女の子のダンスを見ていた。
曲調が変わった。
二年のカップルと俺たちもダンスに加わった。3組のカップルがダンスを終えると会場中に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
「ベアトリスじゃない。」
トレーシーがちょっと驚いたように声を出す。
ベアトリス嬢はちょっとはにかんだような笑みを見せて俯く。その指にはエメラルドグリーンの石の指輪がしっかりと嵌っていた。
ウィルが「ちゃんとやっただろう?」と少し誇らしげに言う。
「劇的な求婚でしたね。国王陛下も王妃様も大喜びでしたよ。」
「あれ、おかしいな、どこで情報が漏れたんだろう。」
ウィルは心底不思議そうに言った。
ベアトリスが笑いながら言う。
「殿下が私にこのドレスを送っていただいたことで両親とお祖父様の目の色が変わりましたからね。」
「そこからか。」
ウィルも笑っている。
この二人も結構、相性がいいんじゃないか。
トレーシーが「お兄様が女性にドレスを送るなんてきっと生まれて初めてなことですからそれくらいは許してあげましょうね。」とベアトリスに言うとベアトリスも「ええ、私は嬉しかったですので。」と微笑んだ。
トレーシーはウィルに「お兄様、ちゃんと婚約証明書にサインするんですよ。お兄様はそういうところの詰めが甘いことがありますから。」と厳しい表情をして言った。
「ははは、僕だってそれくらいの常識はあるって。」
後ろではもう別の曲が始まってみんなが踊り出している。
と、国王陛下と王妃様がやってきた。王妃様は彼女とその左手の薬指に嵌っている指輪を見て「あなた、エスカイヤ公爵家のベアトリスね。ウィルとの婚約を承諾したの?」と聞いてきた。ベアトリスが黙って頷くと国王陛下が「でかした。じゃあ今から王宮で婚約式をやろう。ウィルは詰めの甘いところがあるからな。」ともう2人を引っ張っていきそうだった。
ウィル殿下が「父上、私だって常識というものがありますから。」と言うと、ベアトリスは少しばつの悪そうな顔をしているトレーシーを見て「やっぱり親子よね。」と微笑んだ。
ウィルとベアトリスは幸せそうに微笑みあっているし、国王陛下と王妃は「今日は踊るわよ!」と言って学生たちが踊っているステージに乱入して行ってしまった。
トレーシーは「今日はあなたの色に染めてみんなの視線を一身に集めるつもりだったのにお兄様に話題を攫われちゃったわね。」とちょっと寂しそうに言う。
「そんなこと。私は君のこんな綺麗な姿を誰にも見せたくないからな。私一人が世界一綺麗なトレーシーを見られるのだからこんなに幸せなことはないよ。」
「本当?」
「本当だよ。」
こうして俺もトレーシーとの夢の世界に戻ってゆくのだった。
学園編




