第二十七章: ドラゴンスレイヤー
その日は村中総出で歓迎会が開かれることになった。既にウォーレン伯は王都に向かって護送されており、俺とトレーシーは元の領主館である伯爵の家に移るように懇願された。
ヘンリーさんがナッシュビル村の代理領主になることについてはヘンリーさんも夫人も法衣貴族として領地なしの人生を送ることは覚悟していたので領主代理とはいえ領地を持つことについては青天の霹靂といったところのようである。
村長は王都とも繋がりのある文官が代官になることについては肯定的な評価である。
「やはりこの領地の特産物をしっかりと王都で売って儲けませんとなあ。」
今は木材の輸送の中継点としてナッシュビル村は栄えているが、今後は農地が増えてくるとそれを商う中継点としての役割を考えているようである。
王都騎士団はドワイトさんに隊長代理になってもらうことにした。ドワイトさんは他の団員と一緒に見張り台にも行っているし、魔物退治もやる人なのでそういうことを何もやらなかったウォーレン伯に比べて圧倒的に団員たちの信望が高かったのである。
「私などが隊長代理なんてとてもふさわしくないとしか思えません。」
ドワイトさんが首をふりふりそういういうのはユーモラスである。
「ヘンリーさんも同じ気持ちでしょうね。」
「ああ、ヘンリー子爵はここの領主代理になられたんですね。」
「あの人も王都で法衣貴族ととして領地なしで一生を送るつもりだった人ですから。」
「私はあの方のように優秀ではありませんよ。」
「はは、ナッシュビルの村人のほとんどはあなたがいるから安心して守られていると考えているのです。今は領地回復で騒ぐでしょうが、程なく領地は元の静けさを取り戻すでしょう。そういう時にあなたのような派手ではないけれど信頼できる人が必要なのです。
「そうですか。私がそんな重い任に耐えられるかどうかはわかりませんがそこまで信頼していただけるのであれば精一杯この一身を尽くすことにしましょう。」
「よろしくお願いします。」
「ご領主様ともあろう人が部下に軽々しく頭を下げてはいけませんよ。」
こうしてドワイトさんをナッシュビルの守備隊長に任命することができたのである。
「今日は問題の山砦ですね。」とオルジさんが言う。
「ドラゴンのことですか?」
「そうですね。今のところ眠っているので悪さをするわけではありませんが、いつ起きるかは誰にもわかりません。」
「じゃあ、今から行きましょう。」
「相変わらずご領主様は身が軽いですね。」
ということで、山砦に向かうことになった。ヘンリーさん夫妻とトレーシーはナッシュビルの経営について問題山積であることに気がついて朝から対応におおわらわのようである。
「青の閃光」のパーティはナッシュビルに冒険者ギルドの支部を作ろうということで村長と協議中ということである。
ドラゴン相手の時にトレーシーがいたら人質に取られたりすると厄介である。ドラゴンは他の魔獣よりも賢いことが多い。
ドラゴンは腕っこきだけを集めて叩きに行くのが正解である。
なので俺とゲイリーとトーマス、オルジさんと戦力になるトゥラニア騎士団員だけで叩きに行く。オルジさんはドラゴン退治の後に必要なので最低限必要である。
ドワイトさんにだけ出発の意を告げてフライ山の小屋を目指して出発した。ベテランばかりなのでちょっと強行軍で進む。お昼にはフライ山の山腹にある小屋に到着する予定である。見張り台も木こり小屋も通り過ぎて山道に入った。そのまま山登りを行って中腹までたどり着いた。およそ3時間で到着である。
連絡もなく現れた俺たちを見て小屋にいたトーマスさんは驚いたようだったが、ドラゴンへの対応と聞いてさっと態度を変えた。
素早く食事を出してくれた。保存食だが味はそれほど悪くない。
俺たちはしっかりと栄養を補給した。
トーマスは小屋にいる団員のうち、少し怪我をしている一人を除いて連れて行くように言った。
「まあ、若様が一人で退治しちまうかもしれんが、ドラゴンを洞窟から逃げ出させないためには人手はあったほうがいい。」
ドラゴン相手には用心に用心を重ねた方がいいのは当然である。
ということでトーマスの意見を聞いて人員を調節してドラゴンに臨むことになった。もしドラゴンと交渉ができて場所を移ってくれるだけで済むならばそれに越したことはないのだが。
ゲイリーは生暖かい目で俺を見て、若様はお強いけれども経験も必要ですから色々と試されるのも良いでしょうと言っている。
食後に人員の再編成をして山砦の方に向かうことになった。ゲイリーにドラゴンの色を聞いたが、見つけた団員は動転していてそこまでは確認できていないとのことだった。山砦の山林の入り口までは道が作られていたが、それより先には原生林のような手付かずの山林が広がっていた。
そんな山林に分け入って少し進むと崖に突き当たる。崖に沿って進むと洞窟が見える。ドラゴンはその洞窟の中にいるのだそうだ。
「じゃあ、私が一人で入るね。」
ゲイリーとトーマスが頷く。
彼らは団員と洞窟の入り口で待機して、もしドラゴンが洞窟の出口の方に逃げてきた時に外に出さない役目である。
洞窟を少し入ると日は差して来ない。立って歩けるのだけれどだんだん暗くなってくる。俺は光球の呪文を唱えた。
洞窟は辺り一面水晶が生えている。光に当たると白かったら紫だったり色とりどりである。その奥にトグロを巻くように青色の大きなドラゴンが寝そべっている。
俺が近づくとドラゴンはバチっと目を開いた。
「聖剣の持ち主よ、ようこそ。」
「眠っていたんじゃなかったのか。」
「人間は馬鹿でお人好しだからすぐ騙されるよね。」
「………」
「俺も命令でね。そんなにやりたくはないけれど聖剣の持ち主を殺せって言われていてね。」
「なぜ?」
「さあ。何度も殴られて痛かったんじゃない?」
「誇り高いドラゴンがそんな奴の言うことを聞くのか?」
「ずっと眠ったままなら気にしないでいられたんだけれど。もう起きちゃったからねえ。古代の盟約には縛られざるを得ないんだよ。」
俺はあることに気がついた。
「そいつは最近目覚めて俺に殴られた奴なのかい?そして青。」
「よくわかるじゃないか。君は人間にしては頭が回りそうだね。」
「『青のカエルレウム』か。」
「あんなのは眠らせておくべきだったんだよ。目覚めさせた人間たちが馬鹿だっただけ。」
「じゃあ交渉の余地は?」
「ないな」
「カエルレウムからはバチバチにいてもうたってくれっていわれているからなあ、まあ、覚悟してや。」
グッと青龍が体を持ち上げた。
俺は剣を構えた。アスカロンは強敵を前に振動しているのがわかる。
「青い龍よ、参考までに名前だけ聞いていいかな?」
「ニズルだ。本名は人間には覚えられないだろう。」
「じゃあニズル、行くよ。」
「臨むところだ。」
いきなりニズルは龍の息を吐きかけてきた、ブルードラゴンのブレスは雷電である。避ける間もなくブレスが迫ってきた。
電撃を覚悟した俺が恐る恐る目を開けてみると刀身が青白く輝いている。ホムラは「ははは、雷の力をゲットだぜえ」って喜んでいる。どうやらアスカロンは雷の力を吸収したらしい。この剣は何者なんだ。
ホムラは「逆襲行きますか」と聞いてくるので「行く」と答えると剣が震え、雷電が剣先から放たれた。その雷は青龍の胸の辺りに過たず当たり、思わず青龍はひっくり返った。
俺はすかさず龍の胸に駆け寄って剣を突き刺した。
龍は激しく暴れ回り、俺はその勢いで弾き飛ばされた。
壁に足をつけて弾き飛ばされた勢いを殺してふわっと地上に降り立った。剣を刺した胸の傷からは青緑色の血が流れ続けている。
前足が飛んできた。その太い腕で殴られて吹っ飛ばされた。
一瞬意識が飛びかけたが、必死で体勢を立て直す。
姿勢を低くしてドラゴンに近づき、その膝のあたりに剣を突き刺した。アスカロンはドラゴンの鱗を切り割って筋肉を突き抜いた。
ドラゴンはバランスを崩しかけたが、背中の翼をはためかせることでやっとバランスを保った。そのまま強烈な蹴りがくる。
まともに当たったら内臓破裂は必至だろう。
必死で避けたものの足の一部が腰のあたりにあたり、俺はクルクルと回転しながら地面に激突した。
口の中を切ったみたいだ。結構ダラダラと血を吐き出す。もしかしたら腰骨は折れたかな。結構激痛だが、アドレナリン分泌が全開なのか痛みとしてはあまり感じない。けれども立ち上がることもできない。
青龍がゆっくり近づいてくる。
俺はマジックバッグからポーションを取り出して一気に飲み干す。
青龍は足を上げ、俺を一気に踏み潰そうとしてきた。
俺は全力で転がって踏みつけられるのを避けた。
けれども、その時の衝撃のためか、腰骨がまた開いてしまったらしい。転がった先で激痛が走って悶絶した。
慌ててポーションを追加で飲んだ。念のためもう一本飲む。ポーションは貴重だが、ここで出し惜しみをすると命に関わる。悶絶している俺を見てドラゴンはほくそ笑んだように見えた。
足で踏み潰す作戦はやめたようで、その大きな口で咥えようとしてきた。獣臭い息と共にギザギザの歯並びの口が近づいてくる。俺は必死で避けた。
また口で咥えようとする。
おそらく青龍は俺が瀕死になったと思って嬲り始めたようだ。俺が転がったりして攻撃を避けているのを見ることが楽しいのかもしれない。
けれども何度も俺がドラゴンの攻撃を避けるので結構イライラしてきたようである。
ドラゴンは口で咥えるふりをして両腕を振り上げて俺を叩き潰そうとした。
その瞬間、俺は立ち上がり、竜の懐に向かって突き進み、その下顎から上に向けてアスカロンを天に届けとばかりに突き上げたのである。
頭蓋底に届いたと思ったのだが、ドラゴンはまだ倒れない。剣を引き抜くと、舌は斬られたと見えて口からは大量に出血している。
どうやらこれで青龍は十分に口を開けることができなくなり、龍の息を放つことができなくなったようだ。もう声を出すことはできず、喉の奥で唸るような声を出すと、龍は全身でこちらに襲いかかってきた。
俺が狙うのは最初に付けた胸の傷である。龍の腕を掻い潜って胸の傷に寸分違わずに剣を突き通した。剣は最初の傷をより広くより深く抉った。
全力で力をかけた後、剣を引き抜くと、大量の緑色の血が吹き出してきた。
龍の血は毒である。
俺は龍の血がかからないように必死で遠くに離れた。
それから龍の姿を見ると、もうその目には生気は宿っていなかった。
俺は這々の態で洞窟から逃げ出した。
ゲイリーが心配そうに「ドラゴンは仕留めましたか?」と聞いてきたのまでは覚えている。
俺はそれに「多分」と答えたが、そこで意識を失ってしまったらしい。
その後、物音ひとつ聞こえなくなった洞窟にはいっていったのはトーマスだった。
トーマスは洞窟の奥に立ったまま絶命している大きな青いドラゴンの姿を見たのである。
俺が意識を取り戻したのは小屋の中だった。横にゲイリーが座っていた。
「若様、お目覚めになりましたか?」
「ああ、まだ身体中が痛い。」
「そりゃあそうでしょう。あんな大物と一人で渡り合っていたなんて、若様じゃなければ信じられません。」
「で、ちゃんと倒せていたのかい?」
「若様は押しも押されもせぬドラゴンスレイヤーですぞ。お父上のリチャード様と比べても大物を一人でお仕留めになったのです。もう若様はこの国一番の豪傑ですじゃ。」
多分、この全身の痛みはドラゴンの血を浴びてその酸性の血で傷ついたのだろう。俺はもう一本、ポーションを飲んだ。
そうしてそろそろと起き上がり、小屋の外を覗いたらオルジさんが大量の青い鱗やドラゴン肉を運んで来ていた。
ゲイリーは「あれだけ大きなドラゴンですからな。運んでも運んでも運びきれませんわい。」と言う。
俺は外に出てオルジに声をかけた。
オルジは「若様、おおよそは運び終えましたよ。私はあんな大物を見たのは初めてです。」と目を輝かせて言った。
そしてもう一抱えもありそうな巨大な魔石を持ってきて「これがドラゴンの魔石です。」と見せてくれた。
ゲイリーは「今日はもう遅いのでここに泊まりましょう。明日の朝に戦利品を持って帰還しましょう。」と言う。
既にドラゴン肉がかまどで焼かれており、いい匂いが漂ってきている。
オルジは「ドラゴン肉なんて食べるのは初めてなんですよ。」と言う。
ゲイリーは「俺は以前食べたことはあるが、ドラゴン肉なんて珍品を食べるのは一生に一度あればいい方だからな」なんて言っている。
仕事を終えた皆んなが野外の食事場に集まるとゲイリーが「今日のメニューはドラゴン肉だ。騎士団にいてもドラゴン肉なんて食べるのは一生に一度くらいしかない。俺も先代のリチャード様が倒してきたドラゴンのドラゴン肉を食べたことがあるくらいだ。」と挨拶している。
オルジさんは「今日のドラゴンは大物だったからドラゴン肉はナッシュビルに持って帰れるくらいあるからね。」と言ってみんなでいただきますをした。
騎士団員からは「若様万歳!」とか「若様はドラゴンスレイヤーだ!」という叫びが上がる。
ドラゴン肉はこれまで食べたことのない食感で大層美味というかクセになりそうな味だった。多くの騎士団員がお代わりをしたが、それでもまだまだ肉は十分にあるそうだ。
その日は小屋で寝たが既にベッドは運び込まれていたのでゆっくり眠ることができた。夜明け前に目が覚めて小屋の外に出ると不寝番の兵士がついうとうとしていたようだった。そっと塀の外に出ると、魔獣たちが辺り一面にうろついていた。俺は魔獣たちを狩ることで朝の鍛錬の代わりとしたのである。
日が上ると他の団員も次々に起きてきて朝の鍛錬を始めた。朝食時にオルジさんに聞くと、あの山砦の林についてはもう早急に切り倒して砦を作る予定にしているそうである。
朝食を終えるとすぐに下山の準備である。ドラゴンの素材はここに大部分は置いておくということで、将来的には山砦を作った時に倉庫を整備するそうである。
けれども、ごく一部と言っても大量であることには変わりない。何台もの荷車にドラゴンの中や鱗、ドラゴンの首が乗せられて運ばれてゆく。
(ドラゴンの首か。ヘンリーさんはそんなのを見たら腰を抜かしそうだな。)
これまでもヘンリーさんは俺が倒してきた魔獣の首を見て腰を抜かしそうになってきたのである。そういう優しいヘンリーさんだから村の統治もしっかりやってくれるはずと信じているのである。
帰りはゆったりとしていたのでナッシュビルの村に到着したのはもうお昼をずいぶん回ってからだった。
ナッシュビルに戻るとトレーシーが泣きながら抱きついてきた。
「あ、大丈夫だよ。」
「もう、私がどれだけ心配したと思っているのよ!」
「ごめん。もう心配かけるようなことはしないよ。」
「約束して。」
「わかった。」
もう侍女たちも俺とトレーシーがちょっとくらい抱き合っていてもチークキスしたりするくらいならば何も言わなくなっている。婚約発表した効果なのだろうか。
機嫌を直したトレーシーはドラゴンの鱗や首を見て驚いたり声をあげたりしている。
ヘンリーさんは予想通り腰を抜かしそうになりながらワイバーンの時に恐ろしいと思ったが、あれは子供みたいなものだったか。本物は違うなんて言っていた。
夕方には村中の人を呼び集めてドラゴン肉を振る舞った。村長さんは涙を流していたし、トレーシーも「こんなに美味しいお肉は初めて!」と感動していたのである。
その後も俺と騎士団員は魔獣退治に精を出し、年始にはフライ山に登ってトレーシーと一緒に旧領都を望み見たりした。
ナッシュビルの村には冒険者ギルドが開設され、俺は名誉ギルド長に任命された。
帰る日になったが、ヘンリーさんと夫人とランディは村に残ることになった。パトラはトレーシーに伴って王都に向かう。代わりに侍女の一人はナッシュビルに残ることになった。
ナッシュビルの村長さんも全面的に協力を申し出てくれたので旧領の開発はぐんと進むことになった。
その中を俺たちは王都に向かって出発したのである。無事に王都に帰り着いた俺たちは国王陛下に復命し、ドラゴン肉の残りを王様にお土産として献上したのである。代わりに俺はドラゴンスレイヤーとして竜騎士勲章を授与されたのである。
トレーシーはゴルゴーンのねぐらで見つけたあの原石を宝石師に見せて磨かせることにしたようだ。また、青龍の鱗を加工して小さなアクセサリーを作り、お茶会で配ったりして好評を得ているらしい。
こうして俺とトレーシーの年末年始休みは終わりを告げたのである。
学園編




