第二十六章: ゴルゴーン退治
昼食後に連れてゆかれたのは沼地のようにぬかるんでいる場所だった。
「わ、わしらはここから先にはいけません。あ、あれ。」
木こり達が指差した先には大きな石が転がっている。ちょうど人の大きさくらいある。石の横には斧が転がっている。
「あれはハンスですだ。ここで石にされちまいました。」
「バジリスクか?」
俺が聞くと木こり達は牛のお化けですだと答えた。
また牛なのか?
「青の閃光」の人たちによると、牛の化け物で石にするのはゴルゴーンという化け物らしい。その毒の息に触れると石になってしまうそうだ。
「それならこの辺りの空気に毒の名残が混じっているのもわかる。」
明らかに木こりにも冒険者たちにも危険なので、彼らにはここにとどまっているようにいい、俺は一人で奥に進むことにした。
ぬかるんだ道を苦労して進んでいると霧の向こうから蹄の音がする。また、鼻息は荒いようでブルルというその音も聞こえてくる。
次第に薄ぼんやりと霧の向こうに姿が見えてきた。
「確かに牛だ。」
普通の牛と違うのは目が魔物特有の赤い目をしていることである。鼻息が荒いのは鼻から毒の蒸気を出しているためなのかもしれない。と思う間もなくゴルゴーンはいきなりブレスを吐き出してきた。
すんでの所で俺は横っ飛びに飛び退いてブレスを避けた。俺の後ろに咲いていた花はもう石の花に変わってしまっている。
多分、ゴルゴーンはこの奇襲攻撃で多くの敵を屠ってきたのであろう。
俺は毒の息にかかることを避けるためにゴルゴーンの後ろから攻撃することにした。ブレスは口から吐き出されるため、ゴルゴーンの後ろにいればブレスを浴びることはないわけである。
ゴルゴーンも牛なのでさっきのミノタウロスと同じように体力は膨大にあるに違いない。少々剣で切りつけてもすぐには倒れないだろうし、怒ったゴルゴーンがブレスを吐き散らかす方が危険である。
それで俺は距離をとって後方に陣取って炎の矢を打ち込むことにしたのである。
魔法を打ち込むとゴルゴーンは体を反転させて突進して石化のブレスを吐き散らかすのである。ぼーっとその場に留まっていればブレスに当たって石にされてしまう。なので、魔法を打ったらすぐに移動してゴルゴーンの後ろに向かい、そこから再びゴルゴーンに魔法を撃つわけである。
こうやって何度も魔法を打っていると、ゴルゴーンの方がぶちきれたらしい。いきなりグルグルと回転し始めて四方八方にブレスを撒き散らし始めたのである。
ドラゴンでもそんなに連続してブレスは打てないのにゴルゴーンの体力はどれだけあるのだろう。
あまりに大量のブレスを吐き出すことで周囲の毒息の濃度が上がってくると困るので大きな布を二つ折りにして口鼻を覆い、後ろで結んで即席のマスクにした。
ひとしきりブレスを吐くとゴルゴーンもさすがに疲れたのだろう、ブレスを吐くことをやめた。
俺はその時を狙ってまた火の魔法を打ち込んだのである。魔法を打ち込まれたゴルゴーンは再びブレスを吐き出し始めた。
少し時間はかかるが、少しでもゴルゴーンを疲弊させる方が良い。俺はあちこち移動しながら魔法を打ち続けてゴルゴーンの様子を見守っていた。
もう何十発か魔法を打っているのだけれど、ゴルゴーンの皮膚は石でできてでもいるのかあまり目立った変化はない。けれどもブレスを吐く回数は減ってきたようである。
俺は一度接近して直接剣で攻撃してみようと考えて、ゴルゴーンがブレスを吐くのをやめたのを見計らって一気にダッシュしてゴルゴーンに切り掛かった。
サクッという感触でゴルゴーンの皮膚が切れたように思ったが、その奥で骨ではないがガキっという石の感触で剣が止まった。
その時、ゴルゴーンが最大級のブレスを俺に浴びせてきた。咄嗟に避けたのだが、避け切れずに服の一部が石に変わってしまった。
全力でゴルゴーンから逃げた俺が安全地帯に辿り着いてやっとのことでゴルゴーンを振り返ると、確かにゴルゴーンの皮膚は切れていた。けれどもそこからは血の一滴も流れ出してはいなかったのである。
(魔法生物ということか。)
魔法生物は魔法に対する耐性を持つことがある。もしかすると炎の矢はゴルゴーンを苛立たせはしたが、有効な打撃にはなっていなかったのかもしれない。
そういうことであればもっと強力な魔法を打ち込んでみればどうだろう。そこで、俺は火の槍をゴルゴーンに打ち込んでみた。
尻尾の横に火の槍が命中するとゴルゴーンは痛みに耐えかねるように悶えている。火の槍が当たった場所には黒く焼けこげた跡があった。
(火の槍は効果ありかもしれない。)
俺は魔法を火の槍に変更して同じようにヒットアンドアウェイの作戦を続行した。
炎の矢の時とは違い、火の槍が当たった場所には黒焦げができていて、何本もの火の槍が当たってくるとゴルゴーンは弱ってきたように見えた。
俺はホムラの力を引き出してアスカロンに炎を纏わせ、炎の力で増強した聖剣は石の皮膚も切ることができる。俺が炎の剣でゴルゴーンの石の皮膚を切り裂いたがやはり血の一滴も流れてこない。
けれども、動きはだんだんに鈍ってきたし、ブレスを吐くこともなくなってきた。
俺はさらにゴルゴーンに剣でダメージを与え続けた。しまいにはゴルゴーンは立ってすらいられなくなり、横倒しになってその四肢を弱く足掻くだけになった。こうして俺はゴルゴーンの首を切り取ることに成功したのである。
ゴルゴーンが絶命すると次第に毒の霧は晴れてゆき、ぬかるんでいた地面も乾燥し始めた。
ゴルゴーンの首を持ってみんなのところに戻ると、服のあちこちが石化していたこともあり、みんなに非常に心配されることになってしまった。
トレーシーは泣き出してしまったので優しく抱きしめてあげるしかなかった。
青の閃光の人たちは逆に俺がすでに石にされていたと信じていて撤退をどうするかについて議論を始めていたらしい。俺の顔を見てまるで幽霊を見るような顔をしていた。
霧が晴れ、地面が乾いてきたのでオルジとゲイリーはではこの辺りを探索しましょうと言ってきた。俺はすでに服を着替えていたが、あちこちが石になった服はトレーシーが家宝にするために持ち帰るそうである。
乾いた道を進んでゆくとゴルゴーンの体が倒れている場所にやってきた。魔法生物らしく首を失ったゴルゴーンの体は既に自己融解が始まっているようだった。おそらく何もしなくてもゴルゴーンの体は遠からずして溶けて消えてしまうだろう。その溶けた部分からはゴルゴーンの体内に宝石が埋め込まれているのが見えた。取り出してみると結構大きな赤い宝石だった。
「青の閃光」の人たちは「魔石だね」とか「大きいね」とか言っている。聞いてみるとこういう魔物の中には核に魔石が埋め込まれていることが多いそうだ。取り敢えずは戦利品として回収した。
さらに先に進むと水の流れる音がしてきた。
急いで先にゆくとそれなりに大きく流れる川が見えた。
「若様、川です。」とゲイリーが俺に言う。
「うん、みればわかる。」
オルジさんも「この川はトゥラン川でしょう。古い地図には載っていたのですが、実際に川が流れているのをみるのは感動しますね。」と言う。
この辺り一体を農地にするならばバジリスクの泉だけでは水が足りないわけである。川の水が使えれば耕作可能面積は一気に広がるのである。
オルジさんは川のほとりに跪いて「ああ、女神様、感謝いたします。」と祈っていた。いきなり信心深くなったようだ。
川の近くを探索していると、おそらくゴルゴーンのねぐらだろう場所を見つけた。探ってみると、おそらく前回のスタンピードで逃げ出した住民が遺棄したのではないかと思われる安ピカもののジュエリーと赤や緑や青の石ころが大量に見つかった。
「安ピカもののジュエリーを集めるのはカラスみたいだね。」
俺がそう言うとトレーシーも「でも石ころは何かしらそんなの集める意味がわからない。」と言う。
ゲイリーは黙って石ころを眺めていると「この石は上流の宝石鉱山から流れ出てきた原石だと思います。王都に持ち帰って宝石職人に磨かせれば綺麗な宝石になるかもしれません。」と言う。
トレーシーは「宝石」の言葉を聞いた途端に思わず涎を垂らしそうになって慌てて拭っている。
オルジさんも「そうですね。私は宝石は専門ではないですが、明らかに原石だと思います。王都で専門家に鑑定させるのがいいでしょう。」と言う。
トレーシーはいそいそとその原石らしい石を小さな箱に詰めさせた。
ゲイリーとオルジはそんなトレーシーには目もくれずに、このトゥラン川の南側をまずは開拓の第一目標にしようと話し合っている。
今日はもう午後も遅くなってきたのでナッシュビルに引き返すことにした。ハンスだった石は重すぎて持ち帰れないのでそこに杭を打って目印にした。
1時間ほどで木こり小屋に帰り着いた。木こり達は魔物が退治されたと言うことを聞いて大喜びであった。
俺とトレーシーは木こり達にこれまでの頑張りに報いるためにと褒美を与えた。
大喜びと木こり達を後に俺たちは街道をナッシュビルに向かうのだった。
宿屋に着くとあのミノタウロスの宝箱を部屋に運び、ミノタウロスとゴルゴーンの首をヘンリーさんに見せることにした。
ヘンリーさんは再びショックを受け、「ま、まあ、これからもモンスターの首は増えてゆくんだろう。王都に帰ったら剥製にするからとにかく今は君の部屋で保管していてくれ。」と蚊の鳴くような声で言ったのである。
その夕食はヘンリーさん一家と俺とトレーシーとで食べた。ランディはトレントやハーピーを倒したりした冒険談を語ってくれたし、パトラはトレーシーやその侍女に教えてもらったことに感銘を受けていたようだった。和やかに夕食を済ませた後、俺たちは部屋に戻った。
外の扉を開けずにトレーシーと会えるのは便利である。まあ、侍女の監視付きなのは仕方がないけれど。
俺とトレーシーはイチャイチャラブラブの会話を交わした後、「今度は私の番だよ。」って言って俺がトレーシーの額におやすみのキスをした。トレーシーは自分がキスをされて「お、おやすみ、エド!」というなり顔を真っ赤っかにして自分の部屋に逃げ込んでしまった。
その後侍女が文句を言いにきたりはしなかったのだが、ポツンと取り残された俺は「さ、寝るか」と独り言を言って眠る準備をしようとした。今日は何体もの魔物と戦ってさすがに疲れたよなあ。
そうやって黄昏ていると廊下をどんどんと足音高くやってくる気配がする。
その足音は隣の部屋で止まるとドンドンと大きく扉を叩いて「王女殿下、こんな宿屋に泊まっている場合ではありませんぞ、我が屋敷にご招待しましょう。どうぞ出てきてください!」と叫ぶウォーレン伯の声がする。無論、部屋の中からは何の反応もない。
ひとしきり部屋の扉を叩いても何の反応もないことに業を煮やしたのだろうか、ウォーレン伯は今度は俺の部屋の扉をドンドンと叩き出した。
「ああ、子爵風情が偉そうにするな、俺の靴を舐めろ!この成り上がり者め!」と悪口雑言の限りを尽くしている。
無視していいけれどもやかましいので俺はゴルゴーンの首を左手に持って「何事ですか?」と部屋の扉を開けた。
そこには明らかに酔っているらしいウォーレン伯がいた。
「何事ですか、夜更けに騒がしいですよ。」
「にゃにおう!貴様は子爵のくせに生意気だ。俺は伯爵様だぞ!王女殿下の伴侶に相応しいのだ!今すぐ王女殿下に俺の屋敷にこいと言え!」
「ああ、今日は伯爵様にこれをお見せしようとしていたんですよ。」
「何だそれは」
「ゴルゴーンの首ですよ。ゴルゴーンのブレスは石化の呪いがかかっているのです。」
ウォーレン伯は俺の左手のゴルゴーンの首をマジマジと眺めた。「ゴ、ゴルゴーンだと!石化!」と叫ぶや否やくるりと身を翻して全速力で逃げていったのである。
そこには青い顔をしたドワイトさんが残っていた。
「スペンサー子爵、我が主人の乱心、誠に申し訳なく思います。」
「いやいや、今日狩ってきたゴルゴーンの首をウォーレン伯にお見せできて光栄ですよ。」
「スペンサー卿の寛容に感謝いたします。」
もうドワイトさんは土下座せんばかりに跪いている。
「ドワイトさんが悪いわけじゃないですからね。あまり気にしないで。きっとこのゴルゴーンの首を見たウォーレン伯はもうベッドの中で震えているんじゃないですかねえ。」
俺は笑った。
ドワイトさんは「では私は伯爵の屋敷に戻って伯爵が出られないように厳重に戸締りをして参ります。」と答えて深くお辞儀をしてから去っていった。
翌朝、おれがいつもの鍛錬をして戻ってきたら怒り心頭なのはトレーシーである。「あれは何?どういうこと?夜中にあんなに騒ぐなんて正気なの?」とずっと文句を言っている。
「トレーシー、あの後、彼は私の部屋に来たんだけれど、ゴルゴーンの首を見せたら全速力で逃げていったよ。」
俺がとりなそうとしてもトレーシーはもうブチ切れて許すつもりはないようである。
俺はオルジさんとゲイリーに今日はちょっと魔獣狩りは無理そうだと告げて全員待機をお願いした。
ドワイトさんは朝早くだというのに俺のところに来て昨日のことを再び謝罪して、ウォーレン伯は自室に閉じ込めて出られないようにしていると伝えてくれた。
横からトレーシーが顔を出した。
「ドワイト、お前はこのテレジア王女とウォーレン伯のどちらの命令を聞くの?」とトレーシーが聞いた。
ドワイトは「我らは王都騎士団に属するもの。騎士団は国王陛下に忠誠を捧げております。王女殿下の命に従います。」とはっきり答えた。
「じゃあウォーレン伯を拘束して村の広場に引き摺り出して。あれはもう限度を超えたわ。」
「はっ、承知いたしました。」
ドワイトさんは決然と退出していった。
さあ大変だ。俺はヘンリーさんに会いに行き、話をした後、他の騎士団の連中にも村の広場に集まるように言った。村の人たちには騎士団から集まれという御触れが告げられたようだ。
村の広場に騎士団の団員や村の住人がドンドンと集まってきた。俺とトレーシーは上座に立っている。トゥラニア騎士団の団員はザワザワしている村人達にこれから話が始まるから静かにするようにと抑えて回っている。俺の横にはゴルゴーンの首を置いているので村人達の多くはそれを見ないようにしている。
ドワイトさんが現れて「王女殿下、エドワード様、ウォーレン伯を連行して参りました。」と報告した。
その後から二人の騎士団員に槍を突きつけられながらウォーレン伯が現れた。
ウォーレン伯は威厳を保とうと努力しながら「俺はこんなことをされる謂れはない。冤罪だ。」と言っている。
トレーシーが侍女に何かささやくと、侍女は「ウォーレン伯、貴様は昨夜、王女殿下の部屋の前で騒いだな。それは不敬に当たるとは思わぬか。」と上から目線でウォーレン伯に申し渡した。
ウォーレン伯は「そんな事実はあり申さぬ。大方そこの成り上がり子爵が騒いだだけであろう。」と言い返してきた。
俺も芝居がかって「ほほう、ではこのゴルゴーンの首に見覚えはないと申すか!」とやってみた。
すると、ウォーレン伯は「ゴ、ゴルゴーンの首、ひい」と悲鳴をあげてしまった。昨日はよほど怖かったんだろうなあ。
トレーシーがまた侍女に何か囁く。
侍女は「勇猛たるべき騎士団の隊長が高々ゴルゴーンの首に悲鳴をあげるとは何事か!ここに王都騎士団長のご子息のアラン殿がいらっしゃる。ご意見はいかがか。」
アランは「実に恥ずかしいことであります。即刻更迭して王都に送り返すのが妥当かと存じます。」と答えた。
侍女は「このご意見に反対のものはおるか。」と大声で聞く。さすがにこのウォーレン伯の失態は糊塗できないだろう。誰も反対意見を言い出すものはいなかった。
トレーシーが侍女に囁く。
侍女は「ではウォーレン伯は士道不覚悟として即刻王都に更迭とする。次に、国王陛下からのお達しである。このナッシュビル村はかのスタンピード以降王家が管理してきたが、この度、旧主リチャード・スペンサー辺境伯のご嫡男であるエドワード・スペンサー子爵の所領とする。なお、テレジア王女殿下はエドワード・スペンサー子爵の御婚約者である。」と朗々と告げた。
俺は「ではウォーレン伯は連れてゆけ!」と言った。
続けて「私はリチャードの息子としてこのトゥラニアを回復し、以前のような豊かな領地に変えてゆきたい。皆の協力をお願いしたい。」と言った。
村人は「リチャード様のご嫡男万歳!」「スペンサー家万歳」を口々に叫んでくれた。
「なお、当分はリチャードの弟であるヘンリー・スペンサーが領主代理としてナッシュビル村を統治するのでそのように心得よ。」俺がそういうと、村人達は俺の方に集まってきてくれた。
村長さんは「私は村長のリュートと申します。先代のリチャード様がお亡くなりになられて領民一同血の涙を流しておったのでございます。この度、お世継様がご帰還なされて誠に執着至極でございます。領民一同御領主様に誠心誠意従ってゆく所存でございます。」と最敬礼して言ってくれた。




