第二十五章: 魔物退治
この日は山砦の予定地の入り口まで見てからナッシュビルに帰ってきた。
予定地の奥にドラゴンが眠っているので起こさないように伐採も一時中断しているらしい。
俺たちは木こり小屋まで帰ってきてオルジさんと合流した。木こり達に聞いたところ、何ヶ所かに魔獣がいるのでこちらも伐採ができないところがあるらしい。
オルジさんはこちらの魔獣も退治してほしいとのことである。
なんだか、冒険者達もぜひ見学したいなんて言っている。もしかして俺一人でみんな退治しろって事なんだろうか。
ゲイリーさんは「そりゃあ若様が休みに入られてこちらに来るのをみんなが首を長くして待ち望んでいたわけですから。」という。
はいはいわかりましたよ。全部俺が片付ければいいんでしょう。
俺はニッコリして「わかったよ。」という選択肢以外は残されていなかったのである。
ナッシュビルではウォーレン伯が歓迎の夜会を開催してくれた。けれども、しつこくトレーシーをダンスに誘うものだから誘われないようにと俺はトレーシーと4曲もダンスを踊る羽目になってしまった。
それでトレーシーはもう疲れたから帰ると部屋に引っ込んでしまった。
ヘンリーさん達も子供達が遅くまで起きていてはいけないからと部屋に戻ることになった。
俺は付き合いもあるのでゲイリー達と話をしていたが、ウォーレン伯は俺の方を青い顔で睨むと退室していった。
たまたまドワイトさんがいたのでウォーレン伯についてきいてみることにした。
「怒らないで聞いてくださいね。ウォーレン伯は自分が伯爵なので子爵のスペンサー卿ではなくて王女殿下は自分の婚約者になるべきだと仰っているのです。」
ゲイリーは「ワハハ。エドワード様はリチャード様のご嫡男なので本来なら辺境伯の後継だぞ。」と言う。
ドワイトさんは「ああ、もちろん我々もそれは承知しているのです。けれどもウォーレン伯はご自分に都合のいい話を信じたがっているのです。」
ゲイリーはそれなら決闘だよな、普通はなんて不穏当なことを言う。
ドワイトさんは「ナッシュビルから奥地に行こうともしないウォーレン伯にそんな勇気があるわけないじゃないですか。」と嘆く。
「まあ魔族を切り伏せた若様に決闘を挑むなんてまともな奴はしないだろうからなあ。」
「実はウォーレン伯のやり方について行けなくなっている騎士も少なくないのです。」
「トゥラニア騎士団はいつでも団員募集だよ。」
「ははは、悪い冗談ですね。」
どうやら騎士団の士気は下がっているようである。
部屋に戻るとトレーシーがいた。
「どうしたんだい?」
「酔っ払ったウォーレン伯が私の部屋の扉を乱暴に叩くのよ。危険を感じた侍女が私をこの部屋に逃がしてくれたの。」
俺の部屋とトレーシーの部屋はコネクティングルームなので中で繋がっている。
先ほど廊下を歩いてきた時にはウォーレン伯の姿はなかったのでトレーシーを探して別の場所に行ったのかもしれない。
「ねえ、エド、やっぱり明日はあなたについていきたいの。この部屋にいればまたウォーレン伯に襲撃されるかもしれないから怖いわ。」
「わかった。」
「あとはパトリシアだわ。もし私がいない時にあの変態がパトリシアに手を出したりしたら困るわ。だからパトリシアにもついてきてもらわなければ。」
王室の馬車は大きいので今の街道は通れないがヘンリーさんの馬車は小さいので通ることができる。侍女の1人にヘンリーさんの部屋に行って馬車を借りることを頼んでもらった。
翌朝、朝食に現れたヘンリーさんの家族に馬車を借りることとパトリシアをトレーシーの行儀見習いとしてついてくるように言った。ヘンリーさんも夫人も願ってもないことですと快諾してくれた。
俺は言った。
「もちろん、ランディは妹を守る騎士としてついてくるよな。」
ランディは喜んで頷いた。
俺はアランとシン、そしてソランとアーヴィンを選んでトレーシーの護衛として任命した。
ドワイトさんにはウォーレン伯が暴走しないように監視をお願いしている。
今日は魔獣退治ということなので朝食を済ませるとすぐに出発することになった。ウォーレン伯に顔を合わせて面倒なことになってもいけない。
トレーシーは侍女2人とパトラのあわせて4人で馬車に乗り込んだ。俺は騎馬である。
若者5人は馬車を警護してもらった。
それ以外にゲイリーとオルジさん、冒険者のパーティである。
今日は材木の輸送はやらないのでヘンリーさんの馬車以外は俺の騎馬だけである。
もう朝のうちに木こり小屋まで辿り着いた。木こりの一人に問題の魔獣のいる場所に案内してもらうことにする。
驚いたことにトレーシーは馬車の中で動きやすいワンピースに着替えていた。他の侍女やパトラも同様である。彼女達は馬車に乗れるところまでは乗るが、それ以降は歩いてついてくるらしい。
「あら。私はいざとなればエドの馬に乗せてもらうから大丈夫よ。」とトレーシーは笑っている。
街道を外れても木こり達が木を切るために動くために道のようなものは自然に出来上がっている。とにかく馬車はその道を辿ることになった。
少し歩くと森の端が見えた。
「あそこでげす。」
木こりが指差した。
禍々しい木の枝が異様である。その太い木にはまるで髭を生やした老人のような顔がついていた。
俺が近づくとその顔が動き、「木を切る奴らは誰も許さない。疾く去れ。人間はこの地に必要ない。」と声を出した。
「ここはもともと人が開墾した地だよ。ここには森だけじゃなく畑も村もあったんだ。森も大事だけれど人の生活も重要なんだよ。」
俺がそういうと木の精はいきなりその木の幹を真っ黒に変え、顔は目が赤く光りだし、「人間どもは滅びよ!」と叫んでその枝の腕を振り回し始めた。黒い木の精は邪悪と化した木の精である。
「ゲイリー、火矢!」と俺は叫ぶ。
「若様了解!」と短く叫んだゲイリーは矢の先端を燃やした火矢を打ち込み始めるが、木の精はその腕で火矢を弾き飛ばしている。
俺はその隙に木の精の後ろに回り込んでいた。
と、その時、炎の矢が木の精に命中し始めた。そちらを振り向くとトレーシーが馬車から降りていて魔法を放っている。
木の精は魔法を打ち込まれてブチ切れたようにトレーシーの方に向かおうとしている。これは危ない。
俺は慌てて剣から火の槍の魔法を発射して背後から打ち込んだ。木の精の体はあちこちから煙や炎が吹き上がりつつある。
「背後からとは卑怯なり。」
木の精はその枝を伸ばして俺を捕まえようとしてきた。俺はその枝をかわしたり剣で叩き切ってゆく。
その間に木の精に燃えていた炎は消し止められてゆく。
炎が完全に消えた時、木の精は「木々よ、我らを助けよ!」と大声で叫んだ。そうするとやおら二本の木が立ち上がり、木の精と同じように動き出した。
俺は「ホムラ、その実力を示せ」と呼びかける。
ホムラが動いた気配がするとアスカロンの刀身は炎に包まれた。炎の剣を持って俺はその木に切り掛かった。刃が木に当たったところから炎が吹き出してゆく。数回斬撃を送るとその木は炎で火だるまのようになった。
もう一本の木はゲイリーとトレーシーの方に向かっている。ゲイリーが必死で剣を振るっているが、木の勢いを止められていない。
「炎の矢!」
俺はその木に向かって魔法を放った。
ゲイリーに向かっていた木から炎が吹き出した。ゲイリーを攻撃していた枝が燃え、木はその形をとどめなくなってきている。その木はもはや動きを止めて燃える一本の松明になった。
俺は本体の黒い木の精の前に立った。
俺がアスカロンを振るうたびにその幹に炎の刻印が刻み付けられてゆく。トレーシーからも炎の魔法が繰り出されて段々と木の精の全体が炎に包まれ始めた。もう腕だった枝は燃え落ちている。
炎の中で木の精はなおもゆらゆらと揺れ動いていたが、どうと倒れて燃える一本の木となってしまった。
俺はゆっくりとトレーシーやゲイリーのところへと戻っていった。ゲイリーはトレントにやられてケガをしていたが「こんなの舐めておけば治ります。」と意気盛んだった。
俺はマジックバッグからポーションを出してゲイリーに手渡した。
「若様ありがとうございます。」
ゲイリーはゆっくりとポーションを飲むとケガは消えていった。
トレーシーは「ブラックエントの木って高級な魔法の杖の材料なんだけれど、燃えちゃったら使えないわね。」と言う。
オルジは「試しに切ってみましょう。」と言って木こりに斧で焼けた木の精を切らせてみた。すると、表面は焼けこげていたものの真ん中の部分は綺麗なままだった。
「これは魔法の杖の魔道具屋に売れるかもしれませんね。」
彼は切った木を運ばせることにしたようだった。
「青の閃光」のパーティメンバー達は「凄いですねえ。あんなに鮮やかにプラックエントを倒すなんて見たことがありません。」と感嘆していた。
一旦、木こりの小屋に戻って材木を置いた後、次の目標に向かうことにした。
次はハーピーの群生地である。崖の上に何十匹ものハーピーがおり、ギャアギャア叫びながら飛び回っている。ゲイリーはマッカラム流弓術の出番だなと言い、トレーシーの護衛のためにそこにいた団員達に弓を準備させた。
「若様は囮です。」
「マジかよ。」
仕方がないので前に出て火の玉をハーピーに向かって放った。
怒ったハーピーが俺のところに殺到してくる。
ゲイリーは「まだだぞまだまだ、よく射程まで引きつけて打て。」とみんなを指揮している。
「ほら打て打て」とゲイリーが命じるとみんなバシバシと弓矢をうちはじめる。マッカラム流では長弓よりも短弓を間隔短く打つことが求められる。馬車の中からトレーシーだろう、炎の矢を打ち出している。
猛攻撃でさしものハーピーもあっという間に数を減らしていった。
「締めは若様にお願いします。」
俺の炎の矢は追尾式にできる。ハーピーが逃げ回っても追尾して確実に仕留められるのである。数が減って逃げ出したハーピーをこれで殲滅できる。
そうしてハーピー全滅させた後、ゲイリーは猿のように崖を登った。ハーピーの巣に残った卵を潰している。この世界のハーピーは卵生である。
その後、ゲイリーは何か粉を撒き始めた。火口から火を着けるとドンという爆発音があり、ハーピーの巣は潰されていた。
降りてきたゲイリーは「これは遠い東方の帝国で発明されたものです。火をつけたら爆発するのです。」と説明した。
ハーピーの巣はそのままにしておくと別の群れが住み着くことがあるので徹底的に破壊するのが鉄則なのだという。
そんなものかねとは思うが、木こり達も空飛ぶ魔獣には対応できなかったわけだし、今後開拓村を開くなら開拓民の安全も重要である。
「今回は弓部隊が一番の手柄だな。」
俺は団員を労った。
「トレーシーも魔法の援護をありがとう。」
トレーシーは「こんなの簡単なことよ。」と謙遜していた。
「次はここからあまり遠くないので」と木こり小屋には戻らずにそのまま進んでゆく。
少し高台になっており、洞窟がある。洞窟の中に何かいるらしい。
「危険なのでわしらはこれ以上進めねえでがす。」
木こりは恐怖に慄いた表情で言う。
既にこの先の魔物には犠牲者が出ているようだ。まだ古くはない人骨と斧が転がっている。
「ああ、私が一人で行ってくるよ。」
俺はそう言うと洞窟の前に進んで行った。
洞窟の中からは「うおう」という唸り声が聞こえてきた。
と、見る間に牛頭で筋骨隆々とした奴が洞窟から出てきた。手には大きな双刃の斧を握っている。コイツはいきなりその斧を振り下ろしてきた。
俺は慌てて転がってその斧の一撃を避けた。
(危ない危ない)
「斧を振り回すなんて危ないなあ。斧は木を切るために使えよ。」
俺がそう挑発すると、この怪物は少しは言葉を理解しているようで、斧をめちゃくちゃに振り回して突進してきた。
所詮は牛頭である。基本戦略は突進しかないということなのだろう。俺がギリギリの間合いで避けると勢い余った怪物は随分向こうまで突進していった。
「ブモオっ!」
怪物は鼻から強烈に息を吹き出してまたこちらに突進してくる。俺はそれを華麗に避けるわけである。
俺は怪物の突進を避けながらすれ違いざまに剣の一撃を浴びせてゆく。多分、頭に血が昇っている怪物は傷を受けていることにすら気が付いていないに違いない。体から血を吹き出しながら突進を続けている。
もしかしてコイツは無限の体力を持っているんじゃないかと疑い始めた頃、よく見ると怪物の体はそれまで真っ赤だったのが青白くなってきている。もう地面は怪物の流した血で赤く染まっている。
少しづつ怪物の突進力は弱まってきて、しまいにはフラフラとよろめくようになってきた。
けれども、ここにくるまでを考えるとものすごい体力であったことは間違いない。
怪物はもう自分の体を支えきれなくなって自分の流した血潮の中に倒れてしまった。
俺は怪物の首を掻き切ったのである。
(この首を持ち帰ったらヘンリーさんはまた剥製にするかな。)
青の閃光のパーティ達は「もう脱帽というより他ありません。」と拍手してくれた。彼らによるとこの怪物はミノタウロスというらしい。ベテランの冒険者でも油断すると返り討ちに合うこともあるそうだ。
洞窟の中を調べると、奥行きは深くなくて、奥にはおそらくミノタウロスが使っていたのであろう粗末な食器の他に箱があった。
箱には鍵がかかっている。
ゲイリーが「こういう箱には罠がかかっているかもしれません。」と言いながら剣で箱の鍵をぶっ壊した。
え?罠がかかっているって言ってなかった?
ゲイリーは「わっはっは、罠などあったところで噛み破れば良いのです。」と大笑いしている。
中にはミノタウロスがその犠牲者から奪ったと思われる金貨や銀貨、銅貨などが入っていた。
すると、それを見ていたトレーシーが進み出て、銀貨を何枚か取り出して木こり達に「これはなくなった木こりのための葬式代です。」と渡した。
「そ、そりゃあ多すぎです!」と木こりは辞退しようとするが、トレーシーは「これまであなた方が頑張ってくれていたのです。領主のエドワードもあなた方の働きを評価しているのです。」と言って無理やり木こりの手に銀貨を握らせたのだった。
「奥様ありがとうごぜえますだ。」と感涙に咽ぶ木こり達を後にトレーシーは騎士団の面々や青の閃光のメンバー達にまで金貨を一枚ずつ配り、その箱を馬車の中に運ばせたのである。
オルジさんは「私どもは既にここの木材で稼がせてもらっております。」と金貨を辞退していたようである。
あれっ?なぜトレーシーが感謝されているのだろう。ミノタウロスを倒したのは俺なのに。
トレーシーは「皆さん!この財宝を手に入れたのは領主のエドワードのおかげです。ささやかですけれど皆さんに報いることができて私も嬉しいです。さあ領主様に感謝しましょう。」と言った。
みんな喜んで「領主様万歳」を唱えてくれたし、トレーシーは俺のほっぺにキスをしてくれたのでまあ、俺としても許すとしよう。
もうお昼も過ぎていたので、少し戻ったところで昼食を取ることになった。褒美をもらったみんなは結構上機嫌で和気藹々として昼食を食べていたのである。
トレーシーは馬車の中で一生懸命に財宝の金貨の数を数えていた。
「ああ、エド、これから他の騎士団員にもご褒美を与えなきゃいけないし、財宝を見つけたら私に言ってね。」
トレーシーは「私の旦那様は英雄よ。」と甘えてきた。
俺は「うん、俺もトレーシーのために頑張るよ。」とトレーシーの手を取った。
トレーシーも俺の方に体を寄せてきて、そのまま二人でじっとしていた。
学園編




