第二十四章: 冬季休暇
それからは授業を受けたり生徒会の仕事をしたり、ドゥーリットル先生と魔法の修練をしたりしていた。季節はいつの間にか変わり、もう冬目前である。試験を受けると冬季休暇ということになる。
多くの貴族たちは社交シーズンを終え、新年は領地で過ごすことが多い。
俺は冬季休暇を利用してトゥラニアに向かう計画を立てていた。
ウィル殿下が「生徒会たるもの一般生徒の模範にならなければならない」というので俺はトレーシーに負けないように休暇前の期末試験の試験勉強をすることになった。と言っても魔法理論はドゥーリットル先生に教わっているし、その他の科目もそこまで難しいものはない。むしろ難しくないからこそ集団に埋没してしまうことが心配と言える。
ゲイリーやトーマスは交代でトゥラニアに行っているのでその様子を聞くと、木こりたちはもうあのバジリスクの泉のそばに木こり小屋を立てて住んでいるそうである。そのため、伐採のスピードは上がってきているらしい。
一方で山砦の建設については障害が一つ出てきたらしい。ドラゴンである。山の中腹の洞穴にドラゴンが眠っていて、そのドラゴンを起こさないために作業は中断しているそうである。
あと、トレーシーを連れてくる話は「ナッシュビルの村までは大丈夫だけれど、その先はちょっと。」ということだった。警備に雇った冒険者たちには女性もいるらしいけれど、そういう女性は豪胆なので多くの男性冒険者と一緒に野営しているレベルだそうである。
トレーシーにはまだまだそこまでは無理だということだろう。
いつものようにトレーシーと一緒に歩いているとフリーダが「王女殿下、ジャン、もう婚約されているのですから少しくらいイチャイチャするのはやむを得ませんけれどバカップルのようになられてはいけませんよ。」と言ってきた。
結局、ケビンと勇者パーティは風紀委員会に所属したようである。
ウィル殿下は「彼らって正義感が強いから風紀委員会にうってつけだろう?」と言っている。
バカップルのようになんてひどいなあと思ったが、その後にブツブツとフリーダが「そうよ。アリシアとジャンをくっつけるよりもテレジア王女とくっつける方がアリシアにはいい気味だわ。」と呟いているのを聞くと、多分ケビンとくっつけない自分のフラストレーションの発露でしかないのではないかと思ってしまうわけである。
トレーシーもそれを聞いていたみたいで「アリシア様と私はいいとお友達なのですよ。」と突っ込んでいる。
「あーフリーダ?心の声がダダ漏れだから。」
俺がそう言うとフリーダも気がついたみたいで顔を真っ赤にして去って行った。
アリシアのいいところはそういう心のヒダヒダには全く気が付かないところである。相変わらず俺の両側にはアリシアとトレーシーがいるが、俺も周囲ももう慣れてきたのではないか。俺たちは入学当初こそ注目を集めることがあったが、もう俺たちがバカップルのような振る舞いをしたところで誰もこちらを見ようともしなくなってしまった。
最近は俺たちの横にはフレッドも常にいる。
「私も生徒会ですからエドを監視する義務があります。」
フレッドも、ご苦労なことである。
王都でも収穫の感謝祭が行われ、そこには俺とトレーシーも出席した。フリーダとアリシアは聖女として女神の感謝の舞を舞うのである。
出会う人出会う人が「結婚式はいつですか?」と聞いてくるのには閉口した。二人で「結婚式は学園を卒業してからです。まだです。」とその度に返事をせざるを得なかった。公式参加なので屋台巡りなどはできない。何とか周りの目を撒いて逃走してやろうかとも思ったけれども、侍女が「王女殿下もスペンサー卿もお忍びでデートした時に何が起こったかもう忘れてしまったようですね。」と冷たくいうので逃亡は諦めざるを得なかった。
その代わり、シェフが王都の屋台の肉串を模した料理を作ってくれたのでトレーシーは結構満足していたみたいである。
収穫感謝祭が終わると学園では試験が始まる。
皆一夜漬けで青息吐息のようである。
フレッドが「エドだけは元気だなあ」と恨めしそうに言う。
「そりゃあきちんと眠っているからね。」
「余裕だねえ。」
試験は一週間に渡って行われた。
2日間の試験休みの後、試験結果が公表される。
俺はその間にトゥラニア行きの準備をしていた。
「どこに行くつもりなの?」とトレーシーが聞いてきた。
「ああ、年末の休みはトゥラニアに行かないとね。」
「私も連れて行ってよ。」
「年末年始は国王陛下や王妃様と過ごすんじゃないの?」
「エドと一緒がいい。」
「今年はナッシュビルまではヘンリーさんの一家と行くからそこに泊まるというなら構わないけれど、国王陛下がトレーシーロスで泣くかもしれないよ。」
「お父上はもう娘離れする時よ。」
「はあ、じゃあ国王陛下のお許しを得なくちゃね。」
俺たちは王宮に行くことになった。
「何だって?」
国王陛下は冬季休暇にトレーシーと一緒に過ごせないと言われてショックを受けている。
「ああ、それならトレスの代わりに僕がトゥラニア領に行こうか。」とウィル殿下が混ぜ返すが、王妃様が「ウィルはちゃんと釣書を見て婚約者を決めるのが先です。」と釘を刺している。
ウィル殿下、遂にお見合いの厳命が下っているらしい。
トレーシーは「お父様。もう私は子供ではないのです。婚約も公に発表したことですし、妻として将来の旦那様の領地を見に行くのが当然のことではないですか。」と正論を吐いた。
国王陛下は「あ、それじゃぬいぐるみに行ってもらおう。公的にはトレスが行ったことにすればいい。」なんて言う。
もちろん「そんなことをしたら私はもう一生お父様と口を聞きませんからね。」と言われた国王陛下は撃沈してしまった。
「あ、あの、女性の旅行には色々と準備が必要ですからもう試験も終わったことですし、王女殿下には王宮に何度か戻っていただく必要があると思うのです。その後にトゥラニア領に向かうと言うことにしましょう。」
俺がそう言うと、王妃様は「そうね。もう魔族もいないのですから王宮に戻っても大丈夫でしょう。」と頷かれた。
ということでトレーシーはトレーシーロスの国王陛下のために数日間は王宮に戻ってトゥラニア行きの準備をすることになった。
俺はその足で騎士団に向かい、シンをトゥラニアに連れてゆくことを告げた。数カ月の鍛錬でシンは間違えるほどになっており、改めて俺に忠誠を誓ってくれた。
俺はシンを従者に任命した。
あとはアランもトゥラニア行きについてゆくことになっている。
ヘンリーさんの一家もナッシュビルまではくることになっているので、トレーシーのことを頼まなければならない。
ヘンリーさんはどうやらこの間の俺が子爵陞爵した時の祝賀会にもきてくれていたようであった。
「あの挨拶に向かう列があまりにも長かったのでね。私たちはご遠慮したんだよ。でももう勲章3つだろう。戦争ならば英雄だよ。爵位も私と同じ子爵だ。すごいとしか言えないよ。」
ヘンリーさんはとろんとした目でそんなことを言っている。
「やはりエドはリチャード兄貴の子供だよ。私には真似なんてできっこない。君が生きてくれていてよかった。」
ランディとパトラも「エドお兄様って王女様と結婚するんでしょう?」という。
「そうだね。婚約が公表されたからね。でも本当に結婚式を挙げるのは学園を卒業してからだよ。」
「あ、すぐ結婚式じゃないんだ。」
「そりゃ王太子殿下が早く婚約者を見つけて結婚してもらう方が先だからね。」
「そう言えばまだ王太子殿下には婚約者がいらっしゃらないものね。」
「それで、王女殿下も今回のトゥラニア行きに着いてくるんだよ。」
「えっ?」
「ナッシュビルの宿屋に泊まってもらうつもりだけれど僕がいない時のお世話をよろしくね。侍女も何人かは着いてくるはずなんだけれども。」
ヘンリーさんと夫人は俺の話を聞いて慌て出している。
「王女殿下にご一緒するとなるとそれに相応しい服装が必要だわ。いけない、荷物を再確認しなければ!」
そう言って二人は旅行の荷物の方に駆け出して行ってしまった。
「ランディとパトラも、トレーシー、王女殿下は悪い人ではないんだけれど、王女様だから失礼がないようにしてね。」
「うん、わかった。マナーの先生にもう一度聞いておくよ。」
「よろしく頼むよ。」
その日は王宮に戻って国王陛下やウィル王太子と夕食を一緒にとることになった。ウィル王太子は釣書を見て結婚相手を見つけなければならない苦労を切々と語っていたが、俺たちが「お兄様、私たちって既に婚約しているのです。早くお相手を決めて結婚していただかないと私たちの番にならないのですよ。」というと愕然としていた。
王妃様は俺たちの言葉に深く頷いて、ウィルは俺たちのためにも早く結婚相手を決めなさいというのでもう王太子殿下はタジタジという様子だった。
翌日はスターンさんの商会に行ってオルジさんと面会した。
オルジさんは「お呼び頂ければこちらから参りましたのに。」と言う。
俺は「トゥラニアに行く準備のためにいろいろ用があるのでこちらから来る方が便利なんだよ。」と言った。
オルジさんによるとトゥラニアで伐採した木材は質が良いと言う評価で高値をつけているらしい。それで、今、バジリスクの泉のそばに作っている木こり小屋を拡張して開拓村にする計画だと言う。
「春になって雪が溶ければ、初めは20人か30人の人に来てもらって、開拓村を作る予定なのです。既にトゥラニアからの旧避難民の中にも開拓村への参加を表明している人がいるので希望者は既に集まっています。」
「開拓村が安全になるように魔獣どもの掃討が必要ということか。」
「冬場は雪が問題ですが、若様には是非お願いしたく存じます。」
「できるだけやってみるよ。」
その後は開拓村の設計図や街道の旧領都への延伸計画などについても話し合った。
オルジさんと別れたあとにヘンリエッタの店に行ってポーションを補給した。
翌日は成績発表のため、学園寮に戻り、登校することになった。
お昼前に成績が張り出された。
俺は一位で二位がトレーシーだった。
トレーシーは「ちょっと悔しい。」って口ではそういうが、どうにも悔しさを隠しきれない表情で言ったけれど「エドは私のものだから一位の成績も私のものよね。」という謎理論を披露して納得はしたようである。
あまり謎理論に突っ込んでも仕方がないのでトゥラニア行きの準備はできたかい?それとも王宮に残る?と聞くとトレーシーは即座に「行くわ。意地悪は言わないで。」とむくれた。
「じゃあ一緒に行こう。出発は明日だからね。可愛い婚約者さん。」
そう言って俺はトレーシーの両肩から包むようにだき抱えてあげるとトレーシーは体の力を抜いて抱かれるままになっている。
フレッドが来て「はいバカップル決定。風紀委員がきたら怒られますよ。」というので俺は「じゃあ逃げよう。」とトレーシーをエスコートして寮の方に向かうことにした。トレーシーはちょっと顔が赤かったけれど黙ってエスコートされたままついてきた。
翌日からは休暇である。フレッドは父のロイド宰相と共に領地に戻るそうである。アリシアとフリーダは聖女として神殿で行事が目白押しであるらしい。
そうして俺たちも翌日の出発に向けて準備をすることになった。
国王陛下は王宮の馬車を使えと言って貸してくれたので、トレーシーと寮の5人の侍女が全員乗れることになった。俺は騎馬で馬車に並走して東門の方に行く。既にオルジさんと護衛たちは着いて待っていた。
程なくヘンリーさんの家族とトゥラニア騎士団の団員が到着した。今はトーマスが向こうにいるらしくてゲイリーが隊長になっている。
騎士団の中にはシンやアランもいた。
オルジさんの護衛はC級パーティの「青の閃光」というグループらしい。
みんなが集まったところで俺が代表として一言挨拶したあと、キャラバンは出発することになった。ナッシュビルまでは馬車で5日間かかる。武装した十人以上の騎士団と冒険者パーティが護衛したキャラバンを襲撃する愚か者はいなかったようで、俺たちは無事にナッシュビルに到着した。
ウォーレン伯は王女殿下の来訪にひどく感激しているようである。俺の婚約者なんですけど。
「エドったらやきもち焼いていたでしょう。私がエド以外を好きになるわけないのに。」
ナッシュビルより先には普通の馬車を入れられないので今は俺の馬にトレーシーと二人で乗っている。
トレーシーは俺の首に両腕を回しているし、俺はトレーシーが落っこちないように彼女の腰に手を回して支えている。どうしてこうなった。
ウォーレン伯の奴、トレーシーに向かって女神様だのなんだの散々お世辞を吐きまくってしまいにはキスさせてほしいだのなんだのと言い出したわけである。思わずウォーレン伯を殴ってやろうかとムッとした表情をトレーシーに見られてしまった。
その途端、トレーシーは完璧な淑女の仕草でウォーレン伯を撥ね付けて俺の方に笑顔で近づいてきたのである。
「私、フライ山を見たいな。」
ウォーレン伯はナッシュビルより奥には入ったことがない。呆然としたウォーレン伯を残して俺たちは奥地に向かって出発した訳である。
「貴族のオヤジにはエロオヤジとかヘンタイオヤジとかが多いからね。そんな奴を撥ねつけるのは淑女として当然のことよ。」
そうなんだ。あのガードン男爵みたいな変態は珍しくないのかもしれない。
あの街道は舗装されているわけではないが、木の切り株はきれいに取り除かれており、馬や木材運搬用の馬車は通りやすくなっている。王宮の馬車は大きすぎるから通れないだろうけれども。
街道の周りは一面の切り株だらけである。
「随分木を切ったんだね。」
「日当たりが良くなったでしょう。開拓民が入ればこの辺りの切り株を取り除かさせて田畑にしてゆく予定なのです。」
オルジさんは将来の計画を嬉しそうに語った。
見張り台の横を抜けてどんどん行くとあのバジリスクが住んでいた泉のそばに高い木の塀に囲まれた小屋が見えた。既に小屋は何棟か完成している。
少し休憩しましょうとオルジさんがいうので俺たちも馬を降りて木の塀の中に入れてもらうことにした。
明らかに木こりの人たちが俺やオルジさんを見て平伏している。
「そんなに気を使わなくてもいいよ。君たちが一生懸命に木を切ってくれていることはよくわかっている。」
「へ、へえ。若様にはご機嫌麗しゅう。」と木こりたちは慣れない言葉を噛みながら出している。
「この木こり小屋の周りの木の塀をもっと拡大して開拓村にして行こうと考えているのです。この辺りの土を調べますと農作に適した土だということがわかっております。水もありますし、開拓には適しているでしょう。」
オルジさんは語った。
「このようなところにあの恐ろしいバジリスクがいたのですね。」
トレーシーは感心したように言う。
「開拓村ができたらお父上、国王陛下からの宿題が一つ解決するからなあ。」
俺はトレーシーに言った。
「ええ、あなたと私のこの領地が発展することは重要ですからね。」
トレーシーが答えた。もうトレーシーにとってここは「俺と私の領地」になってくれているのなら嬉しい。
バジリスクの泉の水は清冽で美味しかった。
「うん、これなら疲れも取れるよね。」
木こりたちにはよく頑張っていると褒めてあげてから再びフライ山に向かうことになった。材木運搬はこの木こり小屋で行うためオルジさんとはここで別れた。
トゥラニア騎士団の連中とさらに奥、フライ山を目指して進んでゆく。
時折、魔獣が現れるようになったが、ホーンラビットやオオカミの類が多い。
「ホーンラビットくらいなら王都の近くでも出ることがあるからね。」
俺はトレーシーに説明した。
そのうち、上り坂になってきて山地に入ることになった。
山をどんどん登ってゆき、中腹に至ると、やはり堅固な木の塀が見える。
「小屋をぐるっと木の塀で取り囲んだんですよ。」
ゲイリーが言う。一応は大猪の突進にも耐えられるそうである。
中に入ると小屋が二つになっていた。一つは倉庫にしているそうである。
「冬場などで孤立した時に耐える必要がありますからね。」
ゲイリーがこともなげに言う。小屋の中にはトーマスや他の団員がいた。
「若様お久しぶりです。」
「やあ、こんにちは」
「皆さん頑張っていらっしゃるのね。」
トレーシーも団員を労ってくれる。
「お、王女殿下がこちらにいらっしゃるとは。」
トーマスが恐縮している。
「ふふっ、私はエドの婚約者ですからね。突然のことです。」
「わっはっは、若様も隅におけませんなあ。」
ゲイリーがそう言うと他の団員たちも皆笑い出した。
学園編




