第二十三章: 生徒会
王宮に帰り着いた俺たちはもうヘトヘトだった。フリーダも馬車の中で眠ってしまい、俺とケビンもぐったりしていた。
王宮に着くとトレーシーがすぐに駆けつけてきてくれたが、全員の無事を知ると「うっ裏切り者のことなんて心配なんてしていなかったんですからね!」とあからさまにツンツンし始めていた。俺はもう疲れ果てていて「うん頑張ったよ。」というのがやっとだったのである。フレデリックが「エドワード、俺がトーマスと国王陛下に報告しておくから君は安心してお休み。」というのでもうやっとのことで客間に辿り着いて朝までぐっすり眠ってしまった。
朝はいつものようにすっきり目覚めて日課の鍛錬をした後に朝食に向かう。
朝食の食堂にはトレーシーがいて、何だか機嫌が良さそうである。
「おはよう、トレーシー。」
「おはよう、エド。」
何だかいつもより距離が近い。
「どうしたの?」
「うふふ、婚約者ですから。」
機嫌のいいトレーシーと一緒に朝食を取るのは悪くないのである。
朝食が終わるといきなり侍女が来て「エドワード様、お支度をお願いします。」と言って引っ張られた。
「いったい何のこと?」
「うふふ、エド、頑張ってね。あとで会いましょう。」
トレーシーは上機嫌のまま自分の部屋に引っ込んでしまった。
俺は侍女達に連れてゆかれてよそ行きのいい格好をさせられてしまった。
「一体全体どういうことなんだ?」
「テレジア王女殿下からお聞きになったでしょう?」
「いや、何も聞いていないんだが。」
「ではお楽しみにということですね。」
もう何のことかわからないまま着替えさせられて城の大広間に連れてゆかれたのである。
大広間には俺と同様に正装したケビンやフレデリック、聖女達がいた。
フレデリックに「いったい何があったんだい?」って聞くと「ここにこうしてきたということはだいたいわかるでしょう。」ってフレデリックにニヤニヤされた。
既に高位貴族達が広間には集まっている。
城のラッパ手がファンファーレを奏でる中、国王陛下とロイド卿が現れた。
国王陛下は「この度、魔族を誅罰した者に栄誉を与えるために集まってもらった。」と宣言した。そして俺たちの胸にまた勲章をつけてゆく。聖女達には感謝状を渡した。
ロイド卿が「この度は勲功を挙げた者達に勲章と感謝状を授け、その功績を讃える。」と大声で言い、周りの貴族たちは熱烈に拍手した。
ロイド卿は続けて「エドワード・スペンサー、ケビン・チャーチワードの両名は前に進みでよ。」という。俺たちは御前に進み出て跪いた。
「この両名は抜群の功を挙げたことにより、エドワード・スペンサーには子爵、ケビン・チャーチワードには男爵位と魔族討伐隊長の任を与える。なお、エドワード・スペンサーとテレジア王女の婚約をここに公表し、婚約式をこの後にとり行う。」とロイド卿がいい、国王陛下が剣で俺たちの肩や背中を軽く叩いた。
俺は「国王陛下に栄誉あれ、王国の前途に幸あれ、我々は国王陛下と王国に忠誠を誓います。」と言い、大広間全体が拍手の渦に飲み込まれた。
トレーシーが進み出て、俺の手を取った。
国王陛下は厳かに「では婚約式を始める。エドワード・スペンサーとテレジア・ダーシアンの両名は婚約証明書にサインせよ。」と告げた。前に小さなテーブルが持ち込まれ、婚約証明書とペンが置いてある。
俺が先に署名して次にトレーシーがサインした。
それを見て国王陛下は「ここにつつがなく婚約が成立したことを宣言する。」と言った。
侍女が指輪ケースをテーブルに置いた。箱を開けるとトレーシーの瞳と同じ色のエメラルドの嵌った指輪がある。
後ろからフレデリックが「左の薬指にはまるんですよ。」と小声で言ってきた。
俺は黙ってその指輪をトレーシーの左薬指にはめてあげた。
「おおお」というどよめきのようなものの後にみんなが盛大に拍手してくれた。
と、トレーシーが急に俺に抱きついてくると俺のほっぺにキスをしてくれた。
一瞬の間があって再び大きな拍手が沸き起こった。俺はどうしていいのかわからずに立っていた。きっと顔は真っ赤っかだったかもしれない。
ロイド卿が「では婚約式を終わります。後刻に披露の夜会を行いますのでそちらにもご参加いただきますよう。」とアナウンスをしたので俺たちは退出した。
フレデリックは俺に「お疲れさん。俺は何にもしていないのに勲章もらってラッキーだぜ。」と言って喜んでいる。
フリーダは「ケビン!やったね。男爵様だよ。お貴族様になったんだよ。」とか言っている。
トレーシーが近くに寄ってきて「エド、ちょっと部屋まで一緒に来て。」という。ついアリシアを見てしまうが、アリシアは俺に気がつくと笑顔で手を振っている。
大丈夫かな。
「もう、アリシアの方は見ないでよ。今は私だけを見て欲しいの。」と、トレーシーが言うので控え室を出てトレーシーの部屋に向かった。
部屋に入ると侍女たちも皆「王女殿下、エドワード様、ご婚約おめでとうございます。」と祝福してくれた。
「私も魔族退治に行きたかったんだよ。」とトレーシーは膨れっ面で言う。
「それは、やっぱり危険だったから。」
「もういいわ。お父様もエドの手柄に私との婚約を公にして他に取られたくないってことなんでしょう。だから私を甘やかして。」
「甘やかしてって?」
「まずあなたの腕を私の肩に回すの。」
「こう?」と俺はトレーシーの肩に腕を回してみた。
「そう。そして私に『君を一生守るよ』って言ってちょうだい。」
「何だかそんなこと言うのは照れるよ。」
「ダメ、これは私を連れて行かなかった罰でもあるのよ。」
「わ、わかったよ。俺は君を一生守るよ。これは罰ゲームじゃなくて本当の気持ちだよ。」
「わあ。嬉しいわ。」
周りを見ると侍女たちはあからさまに俺たちをみないようにしている。
こうして俺はトレーシーと甘くて恥ずかしいひと時を過ごしたのである。
♢♢♢
無事に夜会もやり過ごした俺は週明けに学園の寮に帰還した。
翌日、いつもの朝の鍛錬の後にトレーシーと朝食を食べる。もうそれがルーチンになりつつある。トレーシーも王宮で甘えまくったので満足したのか過度にイチャイチャしてくる事はない。それは俺にとっても安心できる事だった。
そのまま準備をして一緒に登校した。先週の婚約発表で誰かに何か言われるかもしれないと覚悟はしていたが、特に誰からも何も言われる事はなかった。やはり皇女殿下をからかったら不敬罪に問われることを恐れているのだろうか。
あの事件の後、ロッジ伯爵はガルーダ商会との関係を疑われて勾留中である。けれどもアーチーは正直に情報を出してくれたので守ってほしいと宰相のロイド卿にはお願いしていた。アーチーはやや顔色は悪かったが、きちんと登校していたので宰相は約束を守ってくれたらしい。
フレデリックによると、この色の魔人たちの復活計画は魔王の復活のための前哨戦の一つであったらしい。他にもダンジョンから人工的にスタンピードを起こして人間を全滅させて魔王領にする計画も書かれており、恐らく、トゥラニア領の悲劇は人工的に引き起こされた可能性が強いということも明らかになった。
ケビンは魔族討伐隊としてあの逃げた『赤』と『青』の二体の魔人を追いかけるそうである。
「トゥラニア領の復興はジャンに任せる。もちろん、魔族が出てきた時には遠慮なく助けを求めてくれ。最大限協力する。」とケビンは笑顔で俺に約束してくれた。
朝一番は王都巡回の結果発表であった。
「そういえば遺物は一つも集めていなかったね。」
ケビンですら一つは遺物を見つけていたのに。
フレデリックは「目標が最初から違っていましたからねえ。」と慰めともなんともつかないコメントをしていた。
当然、俺のチームは最下位だった。
結果が発表された時にはなんともいえない雰囲気だったが、教師たちも特に何も言わなかったので変な注目を集めずに済んだのは幸いだったと言えるだろう。
結果発表の後、みんなで教室に戻ろうとした時、向こうから黒髪の男が近づいてきた。上級生である。
トレーシーは「あらダニエルじゃないのお久しぶり。」とあっさりと挨拶を交わした。
「王女殿下、おはようございます。ごきげんよう。」とダニエルと呼ばれた男はトレーシーと挨拶を交わした。
俺はややこしい奴とは関わり合いになりたくなかったので黙礼だけして通り過ぎようとしたら、フレデリックが「ダメですよ、エドワード。ダニエルさんはウィルフレッド王太子殿下の近侍で生徒会副会長ですよ。」と言う。
だから話したくなかったんじゃないか。
ダニエルはにっこりとして言った。
「そうですよ、スペンサー子爵。魔族を倒すという大手柄を立てられてテレジア王女殿下の婚約者となられた訳ですからもう王太子殿下の義理の弟君ということですね。」
「ああ、そういう解釈もあるよね。」
俺は必死でとぼけようとした。
「王太子殿下も子爵と王女殿下が生徒会に来られることを楽しみにしておられるということにお気づきになって欲しいものです。」
「はいはいわかりました。」
「エド、はいは一回よ。」
ダニエルはにっこりして「さすが王女殿下は淑女としての嗜みが優れておられる。当然といえば当然ですが。」と言う。
(うう、完全に負けている)
俺は脱出口を探したかった。けれどもトレーシーとフレデリックが勝手に今日の昼食後に生徒会室に行くことを決めてしまったのである。
アリシアは上品に「私は聖女なので神殿の仕事があって生徒会の仕事ができないのは残念ですわ。」と速やかに断っている。ダニエルも「国のために重要な仕事をなさる聖女様に余計な仕事は押し付けませんとも。」とにこやかに返している。
だめだ。脱出口はなかった。どうやら今日は俺は牛が引かれて行くように生徒会室に連れてゆかれるらしい。
トレーシーとフレデリックがニコニコとしているので俺も精一杯の愛想笑いを発揮した。
ダニエルはもう俺を無視するようにトレーシーとフレデリックに「じゃあ頼みましたよ。」と言って去っていった。
次の授業は一週間ぶりの魔法理論の授業だった。なんだか懐かしく感じる。
大人しく授業を受けた後は昼食である。
フレデリックは生徒会に呼ばれたことを誇りに思っているみたいで、俺が生徒会に行くことに躊躇していることが信じられないみたいだった。
「だってね。きっとウィルは『エド、お前がやりたかったら生徒会長をやっていいんだよ』なんていうに決まっている。私をからかいたくてしかたないんだよ。」
「あら、エドが生徒会長をやるなら大歓迎だわ。」
「ほらね。兄妹でからかうんだ。」
「そうですね。本来なら生徒会長は王女殿下がお受けするべきだと思いますよ。けれどもエドはもう王女殿下と婚約なされているじゃないですか。そうであればどちらがやっても名前だけの違いでしょう。」
「フレデリックまでそんなことを言う。」
俺は天を仰ぐしかないではないか。
「エドのこの欲のなさは長所でもあるし短所でもあるわね。」
「臣下としては早く王太子に王太子妃ができて可愛い王子様が生まれることを期待したいのですがね。」
「お兄様ったらまだ婚約者すらいないのだから。あれだけおもてになるのにね。」
(あああ。だんだん話が重くなってゆく。俺は石になりたいよ。)
「聖女は純潔を第一とするからそういう色恋や政略結婚の話には立ち入れないけれど、皆さん頑張ってくださいね。」
アリシアはサラッと安全地帯に逃げ込んでいる。
こうして俺はトレーシーとフレデリックにまるで屠殺場に向かう子牛のように引かれて生徒会室に向かったのだった。
生徒会室には大きな机に座ったウィル王太子がいた。ダニエルさんは横の小さな副会長席に座っている。
「やあ、よくきてくれたね。」
ウィル王太子は朗らかに言った。
「紹介するよ。こっちがダニエル。副会長をしてもらっている。」
「はい。先ほどここにくるようにとお伝えくださいました。」
「それで、こちらの女性が会計のロニーだ。で、こちらが書記のアンネローゼ。あ、アンネローゼは2年生だよ。」
「よろしく。」
「よろしく。」
紹介された人たちが立ち上がって俺たちに挨拶してくれるのでこちらも挨拶を返した。
「ということで、2年生がいないので、来年はテレス、お前が生徒会長にならなきゃいけないだろう。あ、もしあれなら婚約者くんにやらせてもいいぞ。」
フレデリックが俺をこっそりと突く。(ほらっ)
(ほらっじゃないよ。)
俺は声には出せずに心の中で毒づいた。
「お兄様、私はエドと一緒にきっちり生徒会を運営させてもらいますわ。」
「ということは生徒会長がテレス、副会長がエドってことでいいね。おしどり夫婦だ。」
(王太子こそおしどり夫婦を目指すために誰か婚約者を早く作るべきだろう。)
「じゃあ、トレスは会計見習い、フレッドは書記見習いをよろしく。」
「私はどうするんですか?」
「ああエド、君は庶務だ。いろいろ仕事が溜まっていてね。」
「仕事ですか。」
「じゃあロニー、例の仕事、テレスとエドに任せるのでよろしく。」
「あっ、ついにアレが解決するのですね。」
「今日の放課後、お二人とも生徒会室にきてくれよ。そこで仕事の内容はロニーが説明する。歓迎会をやるから準備が必要だな。」
何をやらされるのか。生徒会室から解放されて午後の授業を受けながら俺はぼんやりと考えていた。
授業が終わってトレーシーと生徒会室に行くと、すでにロニーさんが待っていた。
「テレジア王女、エドワードくん、お手伝いさせてごめんね。」
「もう生徒会に入れられたのだから構いませんよ。どんな仕事なんですか?」
「あっ大したことではないのよ。各クラブを回って生徒会への献上金を払ってもらうだけなの。」
まず、フットボールクラブに行くことになった。部室をノックして扉を開けると中には多分騎士科志望の筋肉隆々の男たちがたむろしていた。
「何だ?入部希望か?」
「い、いえ。生徒会庶務になりましたエドワード・スペンサーと言います。生徒会への献上金の支払いをお願いします。」
奥の方にいた部長らしい人一倍筋肉を鍛え上げているらしい男が「はあ?ないんだよ。ないもんは払えな…何だよ。」
どうやら俺に凄もうとしたようだが、横の男が必死で部長の袖を掴んで止めている。
「エドワード・スペンサー子爵は魔族を切り刻むやつですよ。相手が悪すぎです。部長、命が惜しい。」
心なしか周りの部員も俺から距離をとっている。
「あ、あいつが例の奴か。魔獣を殺しまくっているという殺戮マシーン!」
部長の目が大きく見開かれていた。
「わ、わかりました。すぐにお支払いします。」
部長を抑えた横の男が揉み手をしながら俺にいうとサッと金庫を開けて必要な額を出してきた。
「毎度ありい。」とロニーさんは笑顔でお金を受け取った。そうして次々にクラブを訪問して金を出させることになった。
トレーシーは「私のエドはさすがね。部員を半殺しにしなくてもお金を出させるなんて。」と俺の腕に絡みついてニコニコしている。
おい。ちょっと待て。何で俺が不良クラブとはいえ部員を半殺しにする設定になっているのか。
ロニーさんも「あの辺のクラブは自分たちが騎士科に行くので生徒会を弱っちいとバカにしたり、私が女だと言ってバカにしてお金を払わなかったのです。」という。
女をバカにするなんて。最近は強い女騎士も増えているのに。騎士団に入っても彼らは女騎士たちにしごかれる毎日が待っているんだろうな。
俺は彼らの幸せを祈らざるを得なかった。
生徒会室に戻るとロニーさんは「今日はありがとう。助かったわ。」とお礼を言ってくれた。
トレーシーは「お役に立てて光栄です。うちのエドならいくらでも使ってやってください。」とロニーさんにいう。
もう「うちのエド」扱いである。
ロニーさんは「王女殿下も婚約者様と仲がよろしくてお幸せですね。」と言う。
トレーシーは何だか顔を真っ赤にして「ええ。」とだけ言った。
そして俺に向かって「エド、今日はお菓子があるから一緒にお茶をしましょう。」と言うとロニーさんに挨拶して生徒会室から逃げ出すように出てきたのである。
学園編




