第二十一章: 謎の器具と女神像
謎の器具についてはフレデリックがシンの兄のつるんでいた友人たちに聞く方が良いのではないかということで、シンの知っていた兄が行きつけにした酒場にやって来た。
店先には「準備中」の札がかかっている。
「多分店のマスターは準備のためにもう来ていると思うんだ。」とシンは言う。
店の中を見てみると厨房に灯りがついている。
じゃあと店の中に入り、厨房に動いている人影に声をかけた。
「えっ、おいびっくりするじゃねえか。お前らは誰だ。」
シンが言う。
「マスター、俺たち怪しいもんじゃない。兄貴のことで聞くことがあるんだ。」
「おや、シンじゃないか。何かあったのか?」
「ランパ病になって死んじゃったんだ。」
「そりゃ大変だったな。そういえばここ何日かはあいつらのグループは来ていなかったよ。」
「もしかしてみんなランパ病にかかったんだろうか。」
「とは言ってもなあ。俺もあいつらがどこに住んでいるかまでは知らないよ。」
そこで俺は進み出てあの妙な器具を見せた。
「これには見覚えがあるかい?」
マスターはその器具をしげしげと眺めるとこう言った。
「そうだな。最近若者がよく使っている。俺にはどんなものかよくわからんが、もう少ししたら助手のルシュカが来るからそいつに聞いてみるのもいいかもしれん。」
程なくしてルシュカが現れた。少し痩せぎすの男である。
ルシュカは見慣れない俺たちを見て明らかに戸惑っていて警戒もしている。
シンは「やあ、ルシュカ、ちょっと兄さんのことで聞きたいことがあるんだ。」と言う。
「シンじゃないか。どういうことだ?」
シンは彼の兄の持っていた器具をルシュカに見せてこれについて知らないかと尋ねた。
「ああ、最近使っているやつはいるよね。なんだか気分が落ち着いて疲れが取れるらしい。やりすぎるとフラフラになるらしいけどね。」
「これってどこで売っているの?」
俺が尋ねると「ああ、商業地区のはずれだよ。」とルシュカは地図を書いてくれた。
マスターとルシュカにはお礼を言って店を離れた。マスターは「いいってことよ」と鷹揚に言ってくれた。
その地図に従って歩いてゆくと、商業地区の外れに屋台を見つけた。
客はおらず、屋台で二人の男が何やら話し合っていた。一方が袋を出し、もう一方がその袋を懐にしまったときに、アリシアがいきなり叫んだ。
「あーっ!ロ◯男爵!」
その叫びを聞いて男がこちらを振り向いた。
「ゲッ!アリシア!」
「男爵?何をしているんだ、こんなところで。」と俺が付け加えると、男爵は自らを落ち着かせたようで、居住いを正した。
「はあ?下々が礼儀を知らんのは仕方がない。わしはガードン男爵様だぞ。お貴族様だ。そんな常識もわからん奴らには鞭をくれてやる!」
ガードン男爵は偉そうに言った。
フレデリックが我慢できずに「ぷっ」と吹き出した。
「な、なんじゃ?貴様、鞭が欲しいか!」
ガードン男爵は上から目線で睨みつける。
「おい、エド、お前も男爵だろう?負けずに言い返してやれよ。」
「フレデリック、まて、こんなところで何を言う。」
「はあ?なんでこんなチビが男爵なんだ。親が早死にでもしたか?」
「愚か者、エドの親は辺境伯だよ。確かに親が亡くなっていることには間違いないが。」
「はあ?」
ガードン男爵は顔色をなくしている。
「こいつらと出会うと碌なことがないんだ。あいつらは疫病神だ。」
ガードン男爵はブツブツと呟いている。
売り子だったらしい男は早くも逃走する構えで商品を鞄の中に放り込んでいる。テントの端に「ガルーダ商会」という名前と鷲の意匠が見えた。
「で、ガードン男爵、これはご禁制の品なのか?」
「バカにするな。これは合法も合法。何の問題もない品だぞ。」
「じゃあ、この品を取り扱っているのはどこかなんて問題なく言えるわよね。」
トレーシーが詰問した。
「は?そ、そんな金儲けの種を教えるかよ!」そう言うとガードン男爵はいきなり逃げ出した。売り子の男は反対側に逃げてゆく。フレデリックにガードン男爵を追わせて俺は売り子の男を追いかけた。
ある程度追いかけたところで物陰に隠れて、売り子の男には追っ手を撒いたと思わせた。
ふうふう言って息を切らせていた男は周囲に俺の姿が見えなくなったので安心したのか歩みをゆっくりにしてある商会に入っていった。
店の看板を見ると「ガルーダ商会」という文字があり、横には鷲の紋章が描かれていた。
そおっと中を覗くと何人かの人間が忙しく働いている様子だった。店の奥には額にルビーをはめた美しい女性の像が見えた。
「………」
そのまんま色の7魔人の1人のルベルそっくりである。
「どうしました?」
急に後ろから声をかけられた。
「あっ、店に女神像を置いていらっしゃるので珍しいと思いまして。」
「ああ、あれは七福神のうち赤の女神なのです。我々はこの国から遠い国が源流ですのでこの国の神々ではありません。けれどもお参りしたらご利益がありますよ。どうぞ遠慮なく。」
「そ、そうですか?」
俺は勧められるままに店の奥に入った。近づくと本当に精巧に作られたルベルの像である。何だか適当にお祈りの真似事をした。俺に声をかけた男は確かに異国情緒のあるハンサムな若い男だった。
「いかがですか?」
「何だか運気が向いて来たような気がしました。」
「そうでしょうとも。他に何か買い求められます?」
「そうですね。」
と俺はあの緑色の器具を取り出した。
「兄からこれを買ってこいと言われたのですが、どこに売っているのかわからずに探しているのです。」
「ほほう。」彼の目はきらりと光った。
「うちにありますからどうぞ。」
そうして彼は数個の緑色の器具を奥から持って来た。
「いつもなら商業地区の屋台で売っているんですけれどね。今日はトラブルがあったみたいで引き払って来たようです。」
「よかった。これで兄に怒られずに済みます。」
俺はお代を払って店を出た。
あらかじめ決めておいた集合場所に向かうと、すでに他の人は来ていた。ガードンは路地裏を走り抜けて見失ってしまったという。
「ガードンを捕まえても集金した袋しかないだろうから。罪に問うのは難しいだろう。」
俺はそう言って新しく購入した器具を出した。
「あの屋台はやはりガルーダ商会のものだったようだ。商会まで行ったら売ってくれたよ。」
と俺は言った。
「ドゥーリットル先生にお願いして中身の解析をする必要があるでしょうね。」
トレーシーが言う。
「もう一つ、その商会の奥にあった女神像なんだが、どう見ても赤のルベルにそっくりだったんだ。商会の人も七福神の一人の赤の女神って説明していたからね。」
俺がそういうと、トレーシーはもしかして私に憑依したやつ?と聞いてくるから黙って頷いた。
「いきなり魔人のお出ましですか。」
フレデリックが言ってくる。
「まあ、本人がどこにいるかはわからない。像だけだがな。」
「ケビンにも連絡する必要があるね。」
「そうだね。今日はドゥーリットル先生も学園にいるはずだから学園の方に戻ろう。」
シンが「俺はどうすればいいんだろう。」と戸惑っている。
俺は「今日は私についておいで。騎士団の方に紹介するよ。」と安心するように言った。
お昼前に学園に戻ってくると、ケビンたちも戻っていたようだ。
「残念だったわ。あれは教員たちの仕込みだったみたい。遺物は見つけたけれど」とフリーダが悔しそうに言っている。
「こっちはもしかすると魔族と繋がるかもしれない。」と俺がいうとケビンが「何?」というようにこちらを見た。
「ある商会に行き当たったんだが、そこにあの赤のルベルの姿にそっくりな女神像が置いてあったんだ。」
「じゃあ?」
「もう少し調べてみるからケビンたちも手を貸して欲しい。」
フリーダははあ?なんであんたたちに手を貸さなきゃならないのよ、なんて文句を言っているが、ケビンは「ぜひよろしく頼む。」と言ってくれた。
その後、ドゥーリットル先生のところに行く。
「先生、これがその緑の器具なんです。」と事情を説明した後、何本かの器具を先生に渡した。
「わかった。これは魔法師団の方で解析しておこう。」
ドゥーリットル先生と別れた俺はシンを連れて孤児院の方に向かった。今日は騎士団の稽古の日である。
トーマスやランディ、アランも来ていた。
トーマスに事情を説明してシンを預かってもらうように頼むと「もちろんです。若様の命令とあればマリウスさんにも紹介しますよ。」と言ってくれた。
稽古をしていると、オルジさんがやってきた。
オルジさんは木材の運び出しがスタートしたことを伝えに来たのである。やっと木材の切り出しが本格化してその第一陣が王都まで来たというのである。
「持ってきた木はしっかりと売れましたよ。」とオルジさんは満足げである。
今後も人夫を増やして木の切り出しを増やしていけそうだということである。
俺はオルジさんにガルーダ商会について聞いてみた。
「ガルーダ商会ですか。外国から来た商会なのでよくわからないですね。噂では後ろ暗い商売にも手を染めていると言いますが、噂だけなので本当のところはよくわからないです。多分、ロッジ伯爵が結構関わっていると思いますよ。」
オルジさんもよくわからないらしい。
「ありがとう」
俺はオルジさんにお礼を言った。
ロッジ伯爵といえば西に領地を持っている筈である。そういえばあのガードン男爵って寄親がロッジ伯爵だったように思う。
(だからガードン男爵があそこで集金していたのか)
これについてはフレデリックに相談するほうがいいかもしれない。腐っても宰相家である。何か情報があるかもしれない。
練習の方を見るとシンがトーマスにしごかれている。
あ、やりすぎじゃないかと思ってそちらに行くとシンが「俺って剣術はひとかどのものだって自信があったんですけれど完全に打ち砕かれました。」って項垂れていた。
ランディとアランが「誰でも最初はそんなものだよ。」と慰めている。
トーマスは「いや思ったよりそこそこはやりますよ。まだまだこれからですけれどね。」とニコニコして言っていた。
俺は「トーマス。やりすぎて心を折っちゃダメだよ。」と言った。
「いやいや、シンはマリウスさんにも自信を持って紹介できますね。トゥラニア騎士団に所属でいいんですよね。王都騎士団に渡すには勿体無いですな。」とトーマスはいう。
シンも「できたらトーマスさんにもっと鍛えられたいです。」と言う。
騎士の鑑みたいな奴である。
アランも「君は騎士に向いているよ。」なんてシンに声をかけている。
トーマスがシンをマリウスさんに会わせに行くのに付き合ってから俺は学園に戻った。
夕食をトレーシーと一緒に食べながら今日の話をしているとトレーシーは「あっ、ロッジ伯爵ね。ロッジ伯爵ならその子息が私たちと同じ学年でいるはずよ。A組じゃなかったはずだけれど。」と声を上げた。
「息子がいるのならそこから聞いてみようか。」
俺とトレーシーはそう言って食事を終えた。
トレーシーは「聖女様なんかに負けないんだからね。」と言って俺におやすみを言った。
翌日は久しぶりの教室である。ケビンのグループと待ち合わせてお昼前にロッジ伯爵の子息であるアーチーに会いに行った。ケビンのグループの女魔法使いのヒルダと女騎士のグゥエンダリンはアーチーと同じC組である。授業が終わるとともにアーチーに「ちょっと話があるのよ。」と連行してきた。両脇に二人の女性に挟まれ、出てきたら前に俺とトレーシーがいるわけである。アーチーはすでに顔色がない。
トレーシーが「あら、ちょっとお話が聞きたいだけなのよ。いいかしら。」と言っているけれど、アーチーの耳に入っているかどうかはわからない。
食堂の個室を使わせてもらった。
アーチーの前にはトレーシーがドンと座っているので今日は俺の出番はなさそうと横の方に座っていたアリシアの隣に座ろうとしたらトレーシーが「エドはここ。」と自分の隣の席をとんとんと手で叩く。
「はひっ」
有無を言わせずに俺はトレーシーの横に座らされてしまった。俺も尋問係なんだろうか。
「私はテレジア。ご存知でしょうけれどこの国の第一王女よ。」
アーチーは「ひっ」と頭を下げる。
「あの、学園内では身分の違いは無視していいから気にしないで。」
そりゃそんな言い方されれば気にするだろうよ。
アーチーは言った。
「王女殿下、何なりとお聞きください。」
「じゃあ、あのガルーダ商会についてなんだけれど、何か知っている?」
「その、父が関係している商会ということくらいは知っています。」
「どんなものを売っているの?」
「外国の商会なので輸出入を主に商っていると思います。」
「具体的には何を商っているかは知らないの?」
「すみません。」
「じゃあ商会の建物を訪れたことはある?」
「父に連れられて2、3度はあります。」
「そこで何か神像を飾ったりしていなかった?」
「ああ、あまり覚えていませんが、外国の神様の像をお守りとして飾っていたと思います。僕にはその由来はよくわかりません。」
「じゃあ、ガルーダ商会とロッジ伯爵家との関係はそれ以外にはないのですね。」
「えっ、あーっと、うちのタウンハウスには少し離れたところに小さな離れがあるのですがそれはガルーダ商会に貸与しているはずです。何に使っているのかは知りません。」
「わかったわ。ありがとう。ご面倒をおかけしたわね。話はこれで終わりにしましょう。」
アーチーは解放されてホッとしている様子でそそくさと食堂を出て行った。
俺たちとケビンたちになったところで俺はケビンに「どうします?」と聞いた。
ケビンはロッジ伯爵家の小さい方のタウンハウスは自分たちが監視、調査するという。
じゃあ俺たちは商会本体の監視だなあ。
念のためドゥーリットル先生のところに行って解析の進捗を聞いたらまだ少しかかるという。
「ドゥーリットル先生、毎日進捗を聞きにきますからね。」と黒い笑みを浮かべると、先生の方も「確かにやばいものが入っていたんだがその正体の解析にはもう少しかかるんだよ。」という。
いずれにしてもガルーダ商会は真っ黒とは言わないまでもほぼ黒に近いグレーだ。なので、トレーシーとアリシアについても一人にしたらまずい。一応3人で動くことにした。
フレデリックは一人で屋台の方を監視すると既に逃げ出している。そりゃあ、他の3人の誰ともペアを組みたくはないだろう。気持ちはわかる。
ガルーダ商会の表玄関の方は静かなものだが、裏門の方は荷物を動かしたり使いの者が出入りしたり結構出入りが盛んである。そのため、俺たち3人は裏門を見張ることにしたのである。
実際のところ、俺自身はトレーシーとアリシアの両方からあれこれ言われるので監視どころではなかった。けれども、トレーシーとアリシアはあれだけ俺をいじりながら使いに出た者の服装の特徴や時間をきちんと確認していた。一体どういう魔法を使ったのかわからないのだけれども。
夕方になってフレデリックと合流すると、屋台では20人ほどの若者が買いに来ていたということだった。王都の人口からすれば大したことはないと言えるが、今後、あの緑の器具が大々的に流行などしたら大変である。
フレデリックは疲れ果てている俺の顔を見てむしろ晴々とした表情に見えた。
学園に戻るとケビン達も戻っていて、何人かの伝令が行き来していて、屋敷の奥の方には醜い巨人のような怪物の姿も見えたということである。
アリシアやトレーシーと話を合わせると、おそらくその伝令はガルーダ商会からきたものではないかということだった。
まだ魔法師団での緑の器具の解析が済んだという報告はないので翌日は俺たちとケビン達のグループで交代して監視することになった。
フレデリックは俺たち3人と合流することには喜ばしくないという顔をしている。
フレデリックが嫌がるので別邸の監視は俺たち3人のグループと離れてフレデリック一人という布陣で始めたのである。
アリシアとトレーシーは時々出入りする伝令を見て「確かにガルーダ商会のものだわ」と頷きあっている。こう言う時は仲良く息があっている。
こうして監視を続けているといきなり後ろから「誰だ」という声がかかった。
学園編




