第二十章: 王都の巡視〜奇病と怪物
週末は結局、王宮で過ごす事になった。恐らく国王陛下がトレーシーロスになっていて我慢できなかったのだろう。夕食は国王夫妻とウィル殿下と食べる事になった。翌日はドゥーリットル先生の部屋で魔族の状態を聞く事になっている。
どうやらこの王都は古代の魔王の城の上に建っているらしい。その時に猛威を振るったのが七色の魔人と呼ばれる激烈な魔族だったというのである。かつての勇者と聖女はその魔族たちを封印し、魔王をも封印したあと、結婚してその上に王都を建てたという。それがこの国の建国神話である。
「建国神話なんておとぎ話だと思っていたけれど本当の話だったんですね。」とトレーシーはいう。
「もうどうやって封印されたかも伝わっていないし、今なぜ封印が解けつつあるのかもわからない。けれども、この問題を解決するのは君たちの世代の課題なのだと思う。」とドゥーリットル先生は言う。
「一旦封印して解放すれば幼生になるのだからそこを仕留めればよかったんじゃないですか。」と俺が言うとなんだかトレーシーとドゥーリットル先生がジト目になってこちらを睨んできた。え、俺何か変なことを言った?
ドゥーリットル先生は「そりゃエドワード君がそう言いたくなるのもわかりますよ。君は強い。」と少し硬い声で言った。
「けれども、普通は幼生といえども退治するのは困難なのです。実際、傷つけたとはいえ2体は取り逃していますからね。ですのであなたがいかに強いとは言え、勇者ケビンとも力を合わせて魔族の害を取り除かなければいけないでしょう。」
そんなこと言われても、である。
トレーシーは「魔族を2体も切り殺せたというのはすごいことなのよ。今までも魔族と戦った勇者はいたけれど、すべて聖女が封印していたわけだから魔族は殺されはせず、その身は滅びなかった。」という。
ドゥーリットル先生は「いや、切り殺した魔族も数百年数千年かけて復活するという説もあるのです。けれども今の世に色の魔人たちによる『究極の破滅』を使われる恐れがなくなったのは人類にとってはとてもすばらしいことなのです。」と言った。
『究極の破滅』?
恐らくは詳しく聞かないほうがいい単語なのだろうと思う。既に発動条件は潰してしまったわけだし。
ドゥーリットル先生は「週明けから二年生が王都内の探索課題をやるが、一年生のA組もそれに参加するからそのつもりで。」と俺たちに言った。
国王陛下はそのあと俺を呼ぶと、「じゃあ殊勲十字章をあげるよ。本当はもっと上の勲章で当然なんだけれど、それはなんだかまずいと思うんだ。」とよくわからないことを言いながら俺の胸に新しい勲章をつけてくれた。後でロイド卿に聞くと戦争で大戦果を挙げた軍人に与えられるものらしい。
「学生の身でそんな勲章をもらうのは稀ですよ。」
ロイド卿はもっと胸を張っていいんですよ。とニコニコしていた。よくわからない『究極の破滅』を防いだことは宰相にとっても悪くはない話だろう。
魔人出現の報告はなかったので俺たちは学園の方に戻る事にしたのである。
朝、教室に行くと、アリシアがえらく懐いてくる。
「どうしたの?」と聞いてみると、あの瘴気の浄化の後、俺が魔族を倒したことを知ったらしい。
「うちのジャン、あ、エドね、が魔族を倒したということで私も鼻高々よ!」
「ア、ソウデスネ」
トレーシーは諦め顔である。さらにぐるりと見回すとケビンの横にいるフリーダが苦虫を100匹くらい噛み潰した顔をしている。
(とにかくケビンと情報交換しないとなあ)
「やあ、ケビン」
「勇者ケビンにそんなに馴れ馴れしく話しかけないでよ!」ってフリーダが毒付くが、ケビンは「やあ、ジャン、魔族を倒したんだったな。」とフリーダを制して返事をしてくれた。
「ああ、色の魔人ってことだ。あと3体出てくる可能性がある。」
「勇者パーティとしても対応しないとな。」
「ああ、共同戦線を張ろう。」
「そうだな。」
ケビンとの話は短くて済む。横でフリーダがギャアギャア言っていたが、それはアリシアが対応してくれていた。
朝のホームルームが始まると担任のバーナード先生が二年生の王都巡回に一年生からA組が参加する事になったという発表をしていた。
どうやら4人1組になって一週間の間、王都を巡回して隠された遺物(もちろん教員が置いておくという事だろう)を探し出すというものである。
「4人か」
既にケビンはあの勇者パーティの魔法使いと女騎士を入れると担任に言い出している。
俺のところは俺とトレーシーとアリシアがいるわけで、その中に入りたいなんて猛者はいないだろうと思う。
担任がケビンの申し出を特例で認めるという事になったので俺もうちは3人でと言おうと思ったらいきなり横から「ああ、エドワード・スペンサー男爵、俺もそのグループに入れてくれないか。」という声がかかった。
誰だ?と横を向いてみるとどこかで見た顔がいた。
「俺はフレデリック・ロイドだ。宰相の息子だ。君たちは3人だろう?そこに入れてくれ。」というのである。
トレーシーは「あらフレッドじゃない。」と挨拶をしている。
「いいんじゃないかな。もしかしてこれはお父上の命令かな?」と俺が聞いてみると「はは、本来ならこんな胃の痛くなりそうなグループには入りたくないんだがな。」と微笑んでくれた。
元々高位貴族が中心のクラスである。学園に来る前から顔見知りは多かったと見えて次々にグループが成立していった。
ルールは王都内を巡回して渡された魔道具に反応する遺物を探し出すという単純なものである。
あとはそれぞれに緊急避難のスイッチが渡されて、トラブルになった時にそれを押せば教員にその場所が伝わるようになっている。
もっとも俺たちとケビンは遺物を探すのではなくてまだ眠っている色の魔人達の痕跡を探す事になっている。
翌朝、フリーダとアリシアが神殿から幾つかの噂話を持ってきた。
一つは古代の塚である。王都の北の外れに古代の塚がある。その起源はよくわかっていないが、王都の市民はそこに自分たちの墓を作っている。けれども、最近、塚の中から怪しい光を見たという人がいたという。
もう一つはランパス通りの怪現象である。ランパス通りは王都でも貧民窟として知られている。そこでランパ病と呼ばれる奇病が流行しているというのである。
ランパ病はランパス通りから名付けられたものだが、意識朦朧になってフラフラ歩いてパタっと倒れて死ぬこともある。感染症ではないかと心配されている。
そういうランパス通りにはときどき怪人が目撃されているというのである。
フリーダはキッパリと「貧民窟なんて行きたくないわ。」という。
フレデリックは「おいおい、お姫様を貧民窟に行かせるのか?」と喘いでいる。彼にしてみれば想定外というより驚天動地のことなんだろう。
トレーシーは「あら、エドと一緒ならどこにでも行くわ。」と澄まして答えていた。
フレデリックはゲホン、ゴホン、と盛大にむせ返っていた。
ケビンは「すまんな。こっちのわがままを聞いてもらって。何かあればすぐな手伝いに行くから呼んでくれ。」とちょっと頭を下げた。
「お互い様だから。心配するなよ。気にしていない。」
ケビンもお姫様の対応には苦労しているようである。
「うちらはエドの行くところについて行くからね。心配しないでいいよ。」
トレーシーとアリシアが俺の両側から声を揃えて言う。
フレデリックはやっぱりこのグループに入ったのは間違いだったかもって顔でこちらを見ている。
「と、とにかく目標は決まったんだ。まずは調べに行こう。」と言って俺は率先して動き出した。
フレデリックもホッとしたように後に続く。
女性二人は「もう、あなたの将来の嫁よ、置いてかないでよ。」と言いながらついてきた。
フレデリックはやっぱりこめかみを揉みながら渋い表情をしている。
♢♢♢
ランパス通りは商業地区から少し歩いたところにある。大通りから路地に入ると急に下町っぽくなって庶民の建物が増えてくる。地面も石畳から土が剥き出しになってくる。
「王都にもこんなところがあるのね。」
砂埃が舞っているためハンカチを口に当てたトレーシーが言う。
生活必需品や酒を売る店が点々としている中、道路に寝転んでいる人が居たりぼーっと座り続けている人がいる。その間を子供達が走り回っている。
そんな中、フラフラと路地から出てきた若い男がいた。奇妙な歩き方をしているのでちょっと目立っているが、周りの人は誰も注目どころか見ようともしない。
そうしてその男は道の真ん中でパタリと倒れた。
「は?」
俺たちは駆け寄って行く。
周りからは「流行り病かもしれないぞ!近づくな!」という声が聞こえる。
「私は聖女よ。大丈夫。」
そうしてアリシアは指先に白い光を灯してその男を精査しているようだ。
「流行り病というかそもそも病気ではなさそうね。どちらかというと毒?もしくは呪いに近いものね。」
「解毒剤は一つあるぞ。」
「これを引き起こしたモノが何かわからないから普通の解毒剤が効くかどうかはわからないわ。」
そうして彼女はいくつかの魔法を唱え、「とにかく今は急速に死に向かっていたからとりあえずの解毒と解呪はやってみたわ。完全には無理ね。毒と呪いが複雑に絡み合っていて生半可には解けない。」
ぐったりしながらも息をしているその男を見ていると、横でフレデリックが「おい、よせ。いきなり抜き身を突きつけるな。」と言っている。
そいつは少年でナイフのようなものをフレデリックに突きつけている。
「俺の兄貴に何しているんだ。さっさと離れろ。どこかへ行っちまえよ!」と少年は叫んだ。
「落ち着けよ。今、治療をしていたんだ。お前の兄貴は死にかけていたんだぞ。今はなんとか息を吹き返したところだ。お前の家にゆっくりと運ぼう。」
フレデリックは少年に「さあ、そんな物騒なものはしまいなよ。」と言っている。
俺とフレデリックはぐったりとした男を抱え上げた。
少年は慌ててそのナイフをしまって兄が息をしていることを確認したら「す、すまねえ。俺の早とちりだった。」と謝ってきた。
短気そうだが結構素直な少年である。
「運ぶにしてもお前の家はあるのか?」
「あっち。」
少年の指さす先にはボロボロのアパートがあった。
まあ汚い部屋に入ると中はそれほど乱雑ではなく一応人が住めるレベルではあった。
フレデリックはトレーシーとアリシアに持っていた布を渡して敷くように勧めた。用意のいい奴である。
もちろん俺にはそんな布を勧めることはなかった。
少年はアリシアが聖女のローブを纏っていることに気がついたらしい。「あ、あの、聖女様にこのような陋屋にお出ましいただきまして申し訳ありません。」とかならない言葉を使ってもう土下座する勢いでペコペコ頭を下げている。きっとその横に王女もいるぞとあえば意識を失うかもしれない。
「お忍びだから黙っていてね。それより君の兄さんはどうしてこうなったのか教えてくれないかな。」と俺は少年に聞いてみた。
少年は「はっはい、兄は商会の荷運びの仕事を真面目にやって私を養ってくれておりました。それが最近、帰りが遅くなったりしていたのです。ここ2、3日は寝込んでいてうわごとのようなことを叫んでおりました。そして先ほど私が少し目を離した隙に家から出ていってしまったのです。」と語った。
「ランパ病ということかな。」と俺は独り言のように言った。
「どう?私の聖女の力はすごいでしょう。王女様なんて言ってもこんなことはできないものね。」
やばい、ここで冷戦勃発は避けたい。
「そうだね、アリシア。今日の君の働きはさすが聖女だと思う。でももう夕方だよ。そろそろ帰る時間だよね。」
そっとトレーシーの方を見ると見事にツンとそっぽを向いている。ここで怒り出すという非常識は抑えてくれたようだけれど。
フレデリックはそんな状況を見てちょっとため息をついているようだった。わかるよ、君の気持ち。
彼は俺の状況を無視するように少年に言った。「えっと、君の名前はなんだったっけ。」
「俺の名前はシンです。兄はフラグと言います。」
「じゃあシンくん、今日は一晩君が兄上の看病をするんだ。それで緊急事態が起これば王宮に知らせてくれ。ロイド卿に頼まれたと言えば門番に取り次げるようにしておこう。」
「は、はい、わかりましたでござりまするう。」
シンくんは王宮と聞いてもうかみかみで返事をした。
「君の大事なお兄さんのことだ。しっかり看病してあげてね。」と俺も声をかけた。
そのまま俺たちは王宮に戻ることになった。帰り道は「これが聖女パワーよ。」って鼻高々のアリシアと拗ねてしまったトレーシーのどちらの機嫌も取らなければならなかったので結構大変だった。
王宮で別れる時にフレデリックは俺に「君の苦労はよくわかる。けれども同情はしない。」と小声で耳打ちされてしまった。
翌朝、夜明けにアリシアは「もうお城の礼拝堂でお祈りをしてきたわ」と元気一杯である。一方で、少し遅れてやってきたトレーシーは「眠いよー」ってちょっとぶうたれていた。俺がヨシヨシしてやるとフンと言ってツンツンしている。けれども俺の手を払いのけたりはしていないので単に甘えたいだけなんだと思う。
トレーシーにヨシヨシしているとアリシアもやってきて私にもヨシヨシしてと言ってくる。
「仕方ないなあ」ってアリシアにもヨシヨシしてやる。
その間にやってきたフレデリックはすんと澄まし顔をしていてなんの表情も見せない。
俺が「あ、フレデリックおはよう。みんな揃ったみたいだね。」というと二人ともそっと俺から離れた。
「おはようございます。エドワード男爵。」
フレデリックは丁寧に挨拶してくれた。
「さあ、行こうか。」というとみんな頷いた。
今日は大通りまでは馬車で行くことにした。御者の人に「朝早くにすまないねえ。」というと御者の人は「いえいえ仕事でございますからお気になさらず。」という。
夜明け過ぎなのでまだ人通りの少ない大通りを馬車で行く。ランパス通りの近くで馬車を降りてシンの家に向かった。
シンの家に近づくとシンは家の外にいた。前に何か黒い塊がある。
近づくとシンは放心状態だった。声をかけるとやあ、旦那様、おはようございます。」と言ってその黒い塊を指差す。
黒い塊と見えていたものは大きなヒューマノイドで凶悪な顔をしていた。
「オーガか?それよりは大きいから巨人族かな?」
「これは兄です。」
「は?」
シンによると明け方頃に急に寝ていた兄が起き上がって扉を蹴破って外に出ていったというのである。その後を追って外に出ると兄はもう人間とは似ても似つかない醜い巨人の姿になって倒れてもがいていた。
そして日の出とともにその動きは止まってゆき、日の光を浴びた怪物は全身からブスブスと煙を上げて暗くなっていったというのである。
シンはやっと感情が追いついてきたように涙を溢れさせた。俺は彼を優しく包み込むと頭をヨシヨシしてやった。今日はすでに3人目である。
シンに身寄りを聞くと黙って首を横に振る。どうやら兄とシンと2人で頑張って生活していたようである。
フレデリックは「孤児院ですかねえ。どこかに空きがあるかな。」と言っている。
俺は「うちの騎士団に余裕があれば入れてやろう。剣を振るのが嫌でなければついてくるといい。」と言った。
シンは目を見開いてうんうんと頷いている。
トレーシーは「それはいいわね。騎士団の訓練は厳しいけれどしっかり耐えたらあなたの将来にもいいことがあるかもしれないわね。」という。
「さて、彼の兄が変化した『怪物』はなんなのだろうねえ。食人鬼にしては大きすぎる。かと言って巨人族にしては少し小柄だった。」
「そうですねえ。モンスターとしてもちょっと見かけない種類ですね。」
「古代種ってことですかねえ。」
「もう少し研究が必要かもしれませんね。」
「調べるというならばこの兄上の所持品だろうなあ。」
既に日が高く登っておりフラグだったものはもう小さな真っ黒の塊として残っているだけだった。
シンはもう一度家に入ると背負袋を持ってきた。この中にはフラグが日常使っていたものが入っていた。
ほとんどのものは一般的なものだったが、一つだけ見慣れないものがあった。それはなんだか緑色をした筒で端っこに吸い口が付いているものだった。
シンに聞いても自宅で兄がそれを使っているところを見たことがないそうで、何に使うのかは見当もつかないようである。




