第十九章: 王都でのデート
休日の外出については国王様の許可が取れたとのことだった。俺はトレーシーにお忍びデートにしようと持ちかけた。
侍女たちも「そうですね。もし公式訪問するならばその区画一帯の一般人立ち入り禁止など大変な事になりますからお忍びデートの方がいいですね。」と言ってくれたし、王宮もそのつもりだそうである。
トレーシーは「お忍びデート、デート?、デート!、きゃあ」とか言っている。何かわからないけれど変な妄想をしていなければいいが。
とにかく今は教室に行く時間だ。
次第に新入生の授業も本格的に始まってきたし、上級生の授業も始まっている。剣術の授業では俺とケビンは既にいない子扱いされている。まあ、俺にしてみれば騎士団の稽古と同じなので対応は可能だ。魔術理論の授業も始まって新入生たちは頭を悩ませているようだ。俺にとってみれば魔法ってこんな話だったのかと新たな扉が開かれた気分である。魔法の実技では炎を指先に出す実技ではどうしても空中にしか出せなかったり(そりゃ見えない剣をイメージしているわけだからね)、それを言われて焦って炎が膨大になって天井を焦がしたりした失敗はあったもののまあ、大体はうまくいっていると思う。
教室では相変わらずトレーシーとアリシアに挟まれているが、もうだいぶんそんな環境にも慣れてきた。つまりは無の境地である。横には誰もいないぞって自分に言い聞かせて暗示をかけ続ければよいのである。
実際、トレーシーもアリシアも真面目な子なので特に何もなければ授業中に話しかけてくることは少ない。
畳の縁を歩くのも断崖絶壁の縁を歩くのも同じことなのである。
休み時間は俺の頭の上でトレーシーとアリシアが仲良く話をしている。周囲は俺のことを見ないふりをしているので俺はなかなかまだ他の人とは話せないでいる。ケビンもマイペースなので特に向こうからこちらに話しかけてくることはない。アランとはクラスが違うけれども、たまに廊下であったりすると挨拶をする仲である。彼とはむしろ騎士団の稽古の時に話をすることが多い。
国王陛下はこの学校に通うことは人脈を広げるためと言っていたが、まだ元々知り合いの人にしか話しかけられていないので人脈を広げるという点ではまだまだである。
そんな中で週末がやってきた。俺はチュニックにズボンを履いて少し裕福そうな商人の息子みたいな格好をした。隣のトレーシーの部屋に入ろうとすると中から「まだ入らないで!」という声がした。着替えでてんやわんやしているようだった。
「じゃあ、準備ができたら声をかけてね。」と言い置いて自分の部屋で待つことにした。半時間ほどして侍女が「トレーシー様の準備ができました。」と呼びにきたので部屋を出ると、生成りのワンピースを着て帽子を被ったトレーシーが立っていた。
「どうかしら」
「すごく可愛いよ。」
俺は本心からそう言った。
「えへへ。」
トレーシーはちょっと照れている。
「姫様、私たちの力作なのですから自信を持って行っておいでくださいね。」と侍女は言う。
侍女頭であるエリザは「スペンサー男爵、予定は特に変わりないですね?気まぐれであまり経路を変えないでくださいね。あと買い食いは控えてください。」と細かく言ってきた。まるでお使いに行く子供扱いである。多分警護の都合があるのだろう。
「うん、大丈夫だよ。」
俺は明るくそういうとトレーシーをエスコートする事にした。
学園からは繁華街はすぐそこである。せっかく返送しているのだから王室の馬車を使うのはやめて歩いて行く事にした。
学園を出て少し行ったところで角を曲がると商店街である。学校の近くなので本屋や魔法の杖などを売っている店が軒を並べている。
「わあ、私こんなお店を見るのは初めて。」
トレーシーはあちこちの店の軒先を覗き込んでは色々な商品を興味深そうに覗き込んでいる。まだ時間が早いためか人混みはそれほどではないので少し歩みをゆっくりにしてトレーシーがゆっくり商品を見られるようにした。
通りを下って行くと少し小さな店が並んでいる。その路地の奥にヘンリエッタの店はあった。
まだ開店してそれほど時間は経っていないので看板もそれほど汚れてはいない。看板は薬瓶のマークで、店先には「ヘンリエッタの薬屋」って書いてあったから間違いない。
「さあ、中に入ろうか。」と俺はトレーシーの手を引いて店の中に入ってみた。店の中も几帳面なヘンリエッタの性格を反映しているのか塵一つなく清潔な感じである。店の中には杖をついた男が棚の薬瓶を並べ直していた。
「お邪魔します。薬を見せていただけませんか!」
そうすると、男がゆっくりとこちらを振り向いた。ニールである。
「ニールじゃないか。無事に退院できたんだなあ。」
「お前はジャンじゃないか。久しぶりだな。」
「ヘンリエッタが薬屋を開いたと聞いて、ポーションを買いに来たんだ。」
「まだ冒険者をやっているのか?」
「いや、今は学生だよ。」
ニールは「ヘンリエッタを呼んでくるよ。」と言って店の奥に引っ込んだ。
ややあってヘンリエッタが出てきた。
「やあ、久しぶり、ヘンリエッタ。」
「ジャンじゃないの、元気してた?」
ヘンリエッタは以前と変わらない様子だった。
「奥に部屋があるから入ってちょうだい。」
俺たちは奥まった小部屋に案内された。
「時々白銀のザンダーがこの店に来てくれるんだけれどね。最近はジャンが顔を出さないって言っていたわよ。」
「今はエドワードという名前なんだ。ちょっと色々あって今年から学園の方に通う事になってね。」
「で、お隣のお嬢さんは婚約者?」
「あっあの、ただの同級生だよ。」
「そ、そうですわ。ただの同級生なんです。」
いきなり図星を突かれて俺とトレーシーは二人で慌ててしまった。
ちょっとジト目になったヘンリエッタは「まあいいわ。私はニールとここで薬屋を開けたから幸せ。あなたも色々あったんでしょうけれど幸せに生きられているならそれでいいと思うわ。」と言った。
「それで、ポーションと解毒剤を頂けないだろうか。そんなに量はいらないけれど定期的に買いたいんだ。当面はポーション10個と解毒剤1個でいいんだけれど。」
「ええ、いいわよ。お得意さんが増えるのは私にも都合がいいもの。」
「ヘンリエッタのポーションは高品質だからね。」
どうやら商談がまとまったとニールはまた店先の方に戻って行った。
「ヘンリエッタ、ニールは無事退院できてよかったよね。」
「ありがとう。あの時には心配かけたわね。」
「彼は杖をついて歩いているけれど神殿ならばもう少し治せるんじゃないの?」
「ええ。でも彼を治したらまた冒険に行きたがるかもしれない。そうしてあのゴブリンソルジャーみたいな敵に殺されてしまうかもしれないと思うと不安なの。」
「そうなんだ。」
「今の状態なら彼も店を守ってくれるし、私がニールを守ってあげられる。」
「そ、そうなんだ。」
トレーシーがちょっとドン引きしている。
「で、ニールとは結婚したの?」
「今はまだこのお店の借金が残っているからね。借金を返し終えたら正式に結婚するつもりなの。」
「そうなんだ。頑張っているんだね。」
「だからあなたがお得意さんになってくれることは大歓迎よ。少しくらいならおまけするからね。」
最後は元のヘンリエッタの口調に戻っていた。
包んでもらったポーションと解毒剤はマジックバッグに入れて俺たちは店を出た。
トレーシーは「ヘンリエッタさんの考え方はどうなのかしら。」と言う。
「そうだな。でもあの時、助けに入るのがあと少し遅れていたら本当にニールは死んでいたからなあ。あの恐怖をヘンリエッタは忘れられないのだろう。」
「私もエドをカゴの中に押し込めてずっと鑑賞していたいけれども、あなたはカゴを壊して逃げて行くでしょうね。」
「逃げて行くなんてひどいなあ。私はちゃんとあなたの元に帰るから大丈夫ですよ。」
「えへへ。」
トレーシーはなんだ顔を赤くして照れている。
そうこうしているうちに商業地区の中心部に近づいてきた。食べ物を売る屋台が立ち並び、肉を焼くじゅうじゅうという音や油の匂いがあちこちから漂っている。
「あ、ここまで歩いてきてお腹すいた。あの屋台の串を買ってもいいかな。」
トレーサーはなんだか子供みたいなことを言っている。
「お姫様、今日はダメですよ。ちゃんとお店を予約していますからそこで食べましょう。」
「はあい。」
そんな話をしているうちにお目当ての店に辿り着いた。
そこは「マルゴーの美味しい店」というレストランでオーナーシェフのマルゴーさんは元王宮の料理長だということが売りだそうである。
(あ、だから侍女さんはこの店を推薦したのか。)
店で来訪を告げるとオーナーシェフのマルゴーさんが出てきて自ら俺たちを特等席まで案内してくれた。そこからは中心街の賑わいがよく見える。
ランチセットを頼んだのにコースで肉と魚の両方が出てくる訳である。
歩いてお腹が空いていたらしいトレーシーは喜んで次から次へと食べていたからまあよしとしよう。
最後にはデザートとして最新モードであるらしいショコラティエのタルトと独特の風味を持つコフィアを出してきた。
トレーシーは「わ、私はコフィアを飲んだことがあるのよ、砂糖、砂糖をちょうだい。」と言って砂糖壺からスプーン3杯の砂糖を投入していた。どうやらドゥーリットル先生のところで砂糖2杯入れたものを飲んだのは満足しなかったらしい。俺はミルクティーみたいに牛乳を入れたらどうだろうと思って牛乳を入れてみる事にした。
ショコラティエも遠方の木の実を使って砂糖で甘く煮詰めたものらしい。これも最近紹介されたもので、最新モードなのだそうだ。俺たちが黒っぽいコフィアと黒っぽいショコラティエと格闘していると、トレーシーが「あら、外にも黒い噴水が見えるわ。」と言った。
俺もその「噴水」を見た。これは噴水じゃない、瘴気だ。
外にいる人も気がついて騒ぎ始めている。
ちょっとこれは問題だよね。
「どういう事なのかしら。」とトレーシーがいうのでトレーシーを連れて外に出ると、地面から瘴気が吹き出していてその周りを3匹(人?)の半透明なヒューマノイドが乱舞していた。
剣に手をかけてホムラに聞くと「魔族ですね。」という簡潔な返事が返ってくる。
同じように見物に出ていたシェフのマルゴーさんにトレーシーを預けて俺は剣を抜いてその魔族の所に走って行った。
魔族たちは「我はアーテル、黒の座」「我はビリデス、緑の座」「我はカエルレウム、青の座」と口々に呼び回っている。
もう一般人は避難してしまったことを確認すると、俺はとりあえず炎の矢を唱える。慌てていたので炎の矢は炎の槍くらいの大きさになっていたがまあいいだろう。それをとにかく喰らわせると魔族たちは俺に気がついたようである。
「卑小なる人間の子が我ら高貴な魔族に刃向かおうとしている。」「笑止」「高貴なる魔族の力を持ってわからせよ。」
魔族たちは俺の方に向かってくる。
一番前にいたアーテルに俺は聖剣を叩き込んだ。
「ぐっ。この剣は我を灼く。」「聖剣だ。」「聖剣に違いない。」「我らを灼く聖剣から疾く逃げよ。」
そんなことは許さない。
アーテルにはさらに何度か剣で叩いて切り捨てた。そのあとすぐにビリデスに切りつけた。ビリデスは必死に逃げようとするが、俺の剣の方が速い。
アーテルと同じように何発も剣を叩き込んだ。
カエルレウムは空を飛んで逃げようとしている。俺は浮遊術を唱えて追いかけた。空中に浮かんだカエルレウムに一撃は当てた感触はあった。しかしカエルレウムはそのまま飛び去ってしまった。
俺はまだ飛行術は会得していない。そのまま地面に降りるしかなかった。地上に降りるとアーテルとビリデスの死体は灰になってゆき、風に吐き飛ばされて行った。
その頃になって警備の兵士たちを引き連れてウィル殿下がやってきた。
警備兵たちがくるのは分かるのだが、なぜウィル殿下までがいるのだろう。
「ウィル殿下、先ほどここのレストランで食事をしておりましたら広場に瘴気の噴出を認めたのです。そこに3体の魔族がいて、そのうち2体を仕留め、1体には切りつけたのですが逃げられました。」と報告して先ほどまで灰が積もっていた場所を示す。
魔族の死骸の跡は地面に薄黒く残っていたが、だんだんとその色は消えていき、俺たちの目の前で元の普通の石畳の色に戻ってしまった。
「もしかして、ウィル殿下って俺たちのデートを監視してました?」
「この非常事態にそんなことは言わないように。たまたまここにいただけだ。いいな、たまたまだ。」
トレーシーのところに戻るとトレーシーは「あれが魔族?」と唇の色も悪くなって震えていた。
トレーシーは魔族に憑依されたことがあるからなあ。無理もない。
俺はウィル殿下がいることを忘れて思わずトレーシーを抱きしめて「大丈夫だよ。俺が全部やっつけたから。」と言ってトレーシーの頭を撫でていた。
無論、後でウィル殿下には「さすがヒーローは違うねえ。兄の僕のいる前で妹と堂々とイチャイチャしやがるのだから。」って散々いじられたのはいうまでもない。
程なくドゥーリットル先生もやってきた。魔族のことを報告すると「多分、その2体の魔族は退治できたということでしょう。伝承によれば魔族が死んだ時には灰になると言われていますから。」と言ってくれた。
さらに少しするとアリシアがきて聖女の力を使って周囲に残った瘴気を浄化し始めたのだった。
「アリシアって本当に聖女だったんだなあ。浄化の力は聖女にしか使えないよね。」
俺がそういうと、トレーシーは「当然じゃない」とジト目で睨んできた。
その後も警戒していたが、他の魔族が出現する気配もないので撤退する事になった。
国王陛下に報告しなくちゃならないということで俺とトレーシーは王家の馬車に乗せられてその日は王宮に戻る事になった。
考えてみると入学式から初めての王宮である。まだ入学してから10日しか経っていないけれど。
ウィル殿下とドゥーリットル先生も同じ馬車に同乗していた。というよりウィル殿下とドゥーリットル先生が乗る馬車に俺たちが乗せてもらったというのが正しいだろう。
「ウィル殿下、護衛を乗せなくていいのですか?」と俺が聞くと、ウィル殿下は「なんで?君が最強の護衛じゃないか。」という。
ドゥーリットル先生も「魔族を倒したという人は近年は出ていませんからね。」と目を細めている。
トレーシーは「エヘヘ、エドは最強の護衛。エヘヘ。」となんだか一人で笑っている。
王宮に着くと国王陛下と王妃様が待っていた。
「トレス、大丈夫だった?怖くなかった?」と王妃様がトレーシーを抱きしめた。
国王陛下は「で、状況はどうだ。」と俺たちに聞いた。ウィル殿下は「問題ありません。商業地区の広場で瘴気の噴出があり、三体の幼生の魔族が現れましたが、エドが2体を切り倒しました。残りの1体は逃げましたがエドが一太刀浴びせていますので傷を負っています。」と報告した。
ドゥーリットル先生も「幼体とはいえ2体の魔族を倒すのは古代の英雄の記録にも滅多にない事ですね。」と言ってくれた。
国王陛下は「で、瘴気の噴出は?」と聞いた。
ウィル殿下は「既に聖女アリシアが浄化を開始しております。」と答えた。
国王は「ふむ、処理は問題なしじゃな。」と一人言のように言った。
「陛下、今回出現した魔族は色を纏っておりました。もしかすると色の魔族たちの封印が解けたのかもしれません。」とドゥーリットル先生が言う。
「となるとあと3体は出てくる可能性があるということか。」と国王陛下が答える。
「今はエドワード様と勇者ケビンが学園におりますからこの2人を警戒にあたらせるべきだと思います。」とドゥーリットル先生が言う。
まあ、王都騎士団はちょっと魔族相手では苦しいよね。
「うむ。学園の行事としてうまく彼らを王都の警戒にあたらせてくれ。」と国王陛下が言って俺たちは退出する事になった。
学園編




