第十八章: ケビンとの対決
ウィル王太子はもう涙が出るほど笑っていた。
対照的に俺は憮然として座っている。
入学式の挨拶の時、俺のそばにくっついていたアリシアを見て王太子は「これは修羅場」という予感がしたそうだ。まあ、それは俺も同じことを考えていたから王太子に反論することもできない。
それがいつの間にかアリシアがトレーシーの第一の親友みたいになっている現状を訝しんでウィル王太子はトレーシーのところに来たらしい。
「なんてことはないんですよ。大したことはありません。」
俺はそう言うが王太子は「でも、あの時トレスの視線って絶対零度だったよな。あれは死人が出てもおかしくないって僕もさすがに覚悟したよ。それがこんな事になっているとは。」とヒイヒイ笑っている。
「悪いのはエドの優柔不断ですわ。エドが俺の彼女は婚約者ただ一人と言ってくれさえしたら私はアリシアをお兄様の婚約者に推薦するつもりでしたのに。」
「あっははは、それじゃ僕は婚約者を一人作り損ねて残念と言うところか。」
「みんな私のせいにして酷い。」
俺も泣くしかない。
「いやいや、これはエドの人徳というものだ。何も言わず、何もせずに物事がうまくおさまってゆくなんてことは滅多にないんだよ。普通はみんな胃がキリキリするような苦労をして物事を解決してゆくものだよ。」
「いえ、今回は私は人生のテンカウントを感じるくらい大変だったんですよ。」
「まあいい。落ち着いたらトレスもエドもそのアリシアちゃんという子も生徒会室に遊びに来てくれたまえ。歓迎するよ。」
そう言うとウィル王太子はとトレーシーの部屋を出ていったのだった。
ウィル王太子が出てゆくと、トレーシーは「本当にあなたの婚約者がこんなにできた女性だからよかったっていうことなんですよ。もし私が嫉妬深い女性ならば昨日は血の雨が降っていたでしょうね。」と俺に言う。
「はいはい。私の婚約者がこんなに素晴らしい女性で良かったよ。」
「はいは一回でいいわ。」
「はいっ」
「よろしい。じゃあドゥーリットル先生のお部屋に行きましょう。」
俺とトレーシーはドゥーリットル先生の特別生徒という事になっている。そのため、放課後に先生の部屋で色々と教えてもらう事になっている。今日はその初日として先生の部屋を訪問するのである。
「こんにちは。お邪魔します先生。」
「どうぞ、入っていいよ。」
先生の研究室に入ると、何やらフラスコに色とりどりの液体が入っていてコポコポと泡を立てていた。
「すっすごい研究室ですね。何だかすごい研究をしているんですよね。」
「ああ、これね。これはフェイクだよ。」
ドゥーリットル先生が何かのスイッチの接点を切るとすぐに泡立った液体の入ったフラスコは消えてしまった。
これにはトレーシーも驚いている。
「ははは、私の研究はこういう錬金術的なものではなくてもっと地味なものなんだ。だけれども、こういうギミックがあった方が研究の話には説得力が出るんだ。さっき資金援助したいという貴族がきていてね。そのままスイッチを切るのを忘れていたんだ。」
そうして、彼は濃い黒色の飲み物を出してきてくれた。
「これは遠い南の地で取れる豆を使った飲み物でね。少し苦いので砂糖を入れて飲むのがいいんだ。」
試しに一口飲んでみたらものすごく苦かった。
「ははは、通は砂糖なしで飲むらしいんだが、まあ無理はしない方がいいよ。」
ドゥーリットル先生は砂糖壺を持ってきてくれた。
「この飲み物はコフィアと言うんだ。」
トレーシーは砂糖をスプーン二杯くらい入れてかき混ぜている。
「コフィアを飲む時にはそれくらい砂糖を入れた方がいいかもしれないね。」
俺は砂糖なしで飲もうと頑張ったが、結局挫折してトレーシーと同じ砂糖二杯を入れる事にした。
「この飲み物は苦いけれど頭がはっきりするんだよ。魔法の練習の時には頭をスッキリさせて挑む方がいいからね。」
俺たちがコフィアという飲み物を飲んだ後、ドゥーリットル先生は魔法の修練場に行こうと連れて行ってくれた。
魔法修練場はがらんとした建物だけれど壁には強固な結界が張られてあって魔法が建物の外には影響しないようになっているらしい。
ドゥーリットル先生はトレーシーに火の上級魔法をかけるように言った。
トレーシーは隕石流の呪文を唱えた。彼女が呪文を唱えると天井からいくつもの隕石が現れて地面に降り注いだのである。
俺はトレーサーに決して逆らうまいという意志を堅くするのだった。
次に俺に向かって風呪文を唱えろと言うのである。
「実は浮遊術は聖剣の力で唱えただけなんです。」
俺はどことなく言い訳じみた話をした。
ドゥーリットル先生は聖剣を使ってもいいからやれと言う。
聖剣を抜いてホムラに「魔法よろしく」と浮遊術の呪文を無詠唱で発動させると俺の体はゆっくりと上昇していった。
降りてくると先生は剣なしでやれと言う。ホムラの力なしで魔法なんてどう唱えればいいかわからない。
ホムラは「まあやってみるんだな。」と冷たく突き放すようだった。
仕方なしに剣を納めて魔法を使おうとするが、どうやっていいのかさっぱりわからない。トレーシーは「頑張ればできるわよ。」ってニコニコして言うが、そんなの無理ではないか。
「うーん」
俺は必死で力を込めるが体はぴくりとも動かない。
「先生、やっぱり俺は魔法の才能なんてないですから。」
「おや?けれども君は身体強化魔法で身体中に魔力を巡らしているだろう。」
「それはイアンに鍛えられましたから。」
「それを外に出せば魔力になる。」
「どうやって外に出せばいいのかわかりません。」
「ふむ。君は聖剣を抜けば魔法が使えたわけだ。なので自分が聖剣を握っているとイメージしてその先から魔力を出しているイメージをやってごらん。」
訳のわからないドゥーリットル先生のアドバイスに従って聖剣の先に風魔法を出すイメージトレーニングをやる。
手は剣の柄を握っているイメージである。そこに透明な聖剣があって、その先に風魔法の魔力を集める。
最初は上手くできなかったが、そう言う無理なイメージも30分くらいやっていると疲れてきて肩の力が抜けたからだろうか、いきなり剣の先から魔力が噴出した。
「ぎぇっ」
俺の体はものすごい勢いで持ち上がり、天井に激突した。天井が壊れなくて幸いだった。もし天井に穴が空いていたら俺はそのまま高度100メートル位までは上がっていったかもしれなかった。幸い降りてくる時にはふわふわと降りてくることができた。
「まあ、できたじゃない。」
トレーシーが近づいてきてヨシヨシしてくれた。
ドゥーリットル先生は「まあ、第一段階はクリアだね。次は魔力量の調節ができるようにしよう。」
俺は魔法を使うたびに何度も天井にぶつかることになった。これだけぶつかればアザができるんじゃないかと思ったくらいである。けれども、夕方には何とか上昇のスピードを天井にぶつからないように魔法を抑える事に成功したのだった。
ドゥーリットル先生は「魔法を発動する時には魔力をしっかりと対象に吹き付けることが重要だよ。あとはその魔力量の制御だ。魔力の制御がうまく行かないと暴走することがある。エドワード君は魔力量が多いから特に暴走には気をつけなければならない。そのためにはとにかく練習だな。」
ドゥーリットル先生が俺たちを解放してくれたあと、俺は部屋に戻って風呂に入ったが、見ると二の腕には既にしっかりと青いアザができていた。
そのあとトレーシーと夕食を一緒に食べた。
トレーシーは俺が魔法を使えたのがよほど嬉しかったみたいであった。まあ、貴族で魔法が使えないとなると一段低く見られることがあるから少し心配していたのかもしれない。
「ドゥーリットル先生の見立てよりも早く魔法が使えるようになったから先生もお喜びだったわ。」
トレーシーは夕食を食べながらそんなことを言う。
俺は体が痛くてあまり話ができない。
「最初なんだからまだ魔力量の調節ができなくても仕方がないわ。魔法の練習中には身体中が痛いくらいはよくあることよ。もしどうしても痛かったら聖女…あっ」
そこでトレーシーはか何かに気づいたらしい。
「あなたも騎士なんだからそんな痛みは我慢しなさい。」
トレーシーは冷たく宣告したのであった。
食事を終えて部屋に戻ってきたが、背中や二の腕の打ったところはもう熱を持って腫れているようである。
(ちょっとこれは耐えられそうにないな。)
ポーションでもあればと思ったが、ここ最近は冒険にも出ていなかったのでポーションは部屋には置いていなかった。俺が持っていたポーションは全て旧領の騎士団のために置いてきたのである。
(休みの日にはヘンリエッタが薬屋を開いたと言うからそこに行ってポーションを調達する必要があるかな。)
いずれにせよ今の体の痛みには効果はない。
隣のトレーシーの部屋に行って侍女に頼めば保冷剤を貰えるかもしれない。けれども、それでトレーシーに心配をかけるのも嫌である。
そうだ。確かドゥーリットルは俺には白魔法の才能もあるって言っていたよな。聖女にしろ魔法をかけてもらわなくても俺が自分で白魔法をかければいいんじゃないだろうか。
そう考えた俺は自分で剣の先に治癒魔法が現れるイメージに取り組み始めた。試行錯誤の結果、イメージ上の剣の先に白い光が集まり始めた。それだっ!成功したじゃない。
俺はその白い光の塊を背中の痛い部分に擦り込むように動かし始めた。
そうすると、背中の腫れや熱感が引いてゆくような気がした。痛みも何だかマシになったような気がした。
そうやって光の玉を動かしているうちに腫れや痛みが引いてきて、いつの間にか眠ってしまった。
朝はいつものように夜明け前に起きた。昨日の痛みは嘘のようになくなっている。二の腕を見てもアザの痕跡はない。
(白魔法は成功したみたいだな。)
俺はいつものように鍛錬を開始した。
鍛錬が終わっていつものように着替えてトレーシーの部屋に朝食を食べに行くと何だかザワザワしている。
「どうしたの?」
「ええ。今日朝起きたらエリザの腰痛が綺麗に治っていたらしいの。それにケイトも歯の痛みが良くなったんだって。何が起こったのかしら。」
トレーシーが教えてくれた。
あっ、そういえばあの治癒の光の玉って消したっけ。
もしかしたらあれが消えないまま隣の部屋に行って侍女たちを勝手に治療したのかも。
「エド、何か知っているの?」
「イ、イエ、ナニモシリマセン。」
トレーシーは俺のことを訝しげな目で見ている。どうしてこの子はそんなに勘が鋭いのだろう。
「そ、そうだ。魔法の練習であれだけ痛めつけられるならポーションを準備した方がいいと思って。古い友人が薬屋を開いたっていうから一度買い物がてら見に行きたいんだよ。」
「それって私も一緒に行っていいってこと?」
「ああ、一緒に行こうよ。」
「嬉しいわ」
侍女に聞くとトレーシーの外出には国王陛下の許可が必要らしい。その許可を侍女にお願いした後、俺たちは食事を終えて登校する事にした。
今日はバーナード先生の剣術の授業である。
校舎の外にある剣術修練場に集まった俺たちのクラスは男女に分かれてそれぞれで剣術の模擬戦をやる事になった。アリシアは「先生、私の獲物は戦槌なんですけれど使ってもいいですか?」と聞いている。
先生によるとどうやら今日は全員木剣を使ってやるようだ。トレーシーは「今まで鍛えた私の剣の腕を見せてやる!」と吹き上がっている。
男子の方は「おいおい、このクラスって勇者ケビンがいるんだぞ、どうすんだよ。」とかたまに「エドワードもいるじゃないか」という囁きが聞こえた。
女子の方が先に行われた。トレーシーは自分で鍛えたというだけあって剣筋も良い。アリシアは「私、剣の使い方わからないの。」と言ってさっさと負けてしまっていた。結局、トレーシーの貫禄勝ちという事になった。
次に男子の番である。俺は接待剣術を見せて同級生の蝿が止まりそうなゆったりとした剣撃に踊るように合わせる事で相手にあまり負けたと思わせずに規定の時間で勝つ事にしていた。
一方でケビンは相手を一撃で沈めていた。そりゃ実力差でいったら一撃で沈めるのが当然だと言えるんだけれど。
で、最終的に俺とケビンが戦う事になった。
いきなりフリーダが俺を指さしてきて「やっぱりジャンは怠け者ね。こんな初心者に苦戦しているようならイアンも泣くわね。私のケビンに一撃で沈められなさい!」と叫んだ。
当然、こっちからもトレーシーとアリシアが出てきて叫びそうになる。
「待て、何もいうな。同じレベルに堕ちるな。」
俺は二人を抑える事に必死だった。
ケビンはちょっとはにかんだ様子で鼻の頭を掻きながら「うん、お手柔らかに頼むよ。」と言った。
そうして模擬戦が始まった。
ケビンは最初から全力で打ち掛かってくる。木剣といえどもそれをまともに受けたら剣が折れてしまうのでうまく受け流して衝撃を減らすしかないのである。今度は俺が攻撃する番である。ケビンもうまく受け流していく。
クラスの連中はしんと静まり返っている。
クラスメイトの誰かが言った。
「そもそも俺の目には剣が速すぎて目の前のことなのに何も見えない。」
「同感だ。俺にも何も見えないぞ。」
そのあとは誰も声すら出さなかった。
俺は久しぶりに全力を出せる嬉しさについつい頬を緩めてしまった。向こうを見るとケビンも笑顔である。
「ボン!」
ふと見ると今まで持っていたはずの木剣が消えていた。前を見るとケビンの木剣も消えていて不思議そうに自分の手を見ている。
どうやら受け流していても少しづつ溜まった負荷が限界になって二人の木剣を吹き飛ばしてしまったらしい。
柄だけになった自分の木剣を放り出してケビンは言った。
「やっぱり引き分けだね。」
俺も笑顔で言った。
「また引き分けだ。」
そうして剣の柄を放り投げた。
そうしてバシッとお互いの手を握り合ったのである。
他の誰も口を挟むことすらできない。
ややあって我に返ったらしいバーナード先生は「今日の授業はこれまで。」そうして授業は終了した。
授業の後は大食堂で一緒にお昼を食べる事になった。トレーシーに言わせるとやっぱりA定食が至高なんだそうである。
ケビンの方はあの魔法使いと女騎士(二人は別クラスである)が合流して、こちらはアランが合流した。
食堂では王女特権で個室を使わせてもらう事になった。
ケビンとは32連まではできるけれどまだ64連は難しいよなという話などをしていたが、みんなが席に着くと何だかフリーダとアリシアは睨み合っている。フリーダはケビンの方が上だといい、アリシアは俺の方が当然勝っていると言ってずっと対立しているらしい。
アランは「そ、そんなすごい試合を騎士団長の息子の僕が見逃すなんて。」と机の上に突っ伏している。
そういうことは全く無視してトレーシーが「じゃあ勇者ケビンとエドワード・スペンサー男爵の再会を祝して乾杯よ。」と音頭をとり、果実水で乾杯した。
「ああ、私はトゥラニアの旧領回復のために色々やり始めたんだ。」
「ワイバーンを退治したとか聞いているよ。俺の方は魔王を倒すために冒険してきた。」
「それでどう?」
「魔族が復活しつつあるんだ。だから魔獣の活動も活発になっている。
魔族と聞いてトレーシーはちょっと嫌な顔をした。
視線をそちらに向けたら少し首を振ったのであの魔族のことは黙っていよう。
「魔族を抑えるために聖女も二人現れたということかもしれないね。」
「アリシアにはそこで喧嘩しないの。」と小声で伝えた。
「トゥラニアの旧領には魔獣だらけだからねえ。もしかすると奥の方には魔族がいるのかもしれないね。」
ケビンは「そうだな。魔族がいるというのならば俺を呼んでくれたら手伝うよ。その代わりジャンが魔王退治にも協力してくれたら嬉しい。」という。
俺は任せてくれ、約束するよ、と返事した。
食事の後、寮に戻る途中でトレーシーが「エドってケビンと試合して嬉しそうだったね。」と言った。
「そうだな。本気で剣の相手ができるのはケビンだけだろうからなあ。今日は久しぶりに本気を出したんだよ。」
トレーシーは思い出したのか少し顔をこわばらせたけれど、「私を守るためだったらいつでもエドの本気を出していいんだからね。」と言う。
「もちろんだよ。トレーシーのためならいつでも本気だよ。」
俺がそう言うと自分から言い出したにも関わらずトレーシーはちょっと顔を赤くして何も返事をしなかった。繋いでいた手の力は強くされたけれども。
学園編




