第十五章: 婚約
ロイド卿は部下に魔法師団長を呼びにやらせた。
ややあって魔法師団長がやってきた。魔法使いの帽子をかぶってローブを着た人である。顔はよく見えない。声はやや高く「宰相様、急に呼び出してどうしたのですか。」とやや不機嫌そうである。
そんな騒ぎに流石にテレジア姫は目が覚めて、俺の腕に捕まっていた自分に「あら、はしたないことを」と真っ赤になっている。うん、この猫被りというかお姫様らしさはテレジア姫である。
魔法師団長は「私は魔法師団長のドゥーリットルです。お見知り置きを。」と自己紹介して部屋のあちこちを歩き回った。
「確かに結界の痕跡がありますね。しかも闇の力によるものだ。で、ここに魔族の血が落ちています。可視化しましょう。」
彼が呪文を唱えると床に点々と光るものが見えた。
「あれが魔族の血ですね。窓に向かっています。多分あの窓から逃げたのでしょう。」
「姫様、今日のことについて何か覚えていますか?」
「それが、昨日ベッドに入ったところまでは覚えているのだけれど、今日のことはぼんやりとしているの。」
ロイド卿が「国王陛下とエドワードを謁見したときのことは如何ですか?」と聞いてもテレジア姫は「覚えていない」というのである。
侍女たちに聞いても、お茶会のお菓子を準備したことも俺たち二人に紅茶をサーブしたことも覚えていなかった。
テレジア姫に腕を掴まれた時に侍女たちがなんの反応もしなかったのはもしかするともう既に魔族の支配下にあったからだったのかもしれない。
「エドワード様、それでその魔族はトカゲだったということですね。」
「トカゲか蛇か、舌が伸びて先端が二つに分かれていたので人間のものではなかったことは明らかです。」
その舌でアリシア姫が俺の腕を舐めていたなんて知ったら姫が失神するかもしれないのでそのことは伏せておいた。
ドゥーリットル魔法師団長は「ではあなたが魔族を切ったという剣を見せてください。」
俺が自分の腰に下げている剣を示すと、ドゥーリットル魔法師団長は「普通の剣で魔族が切れるはずもない。だから勇者の魔剣が必要なのです。」という。
ちょっと馬鹿にされた気分である。
「剣の根本に銘が刻まれているかもしれないので少し抜いてみてくれます?少しでいいですよ。」
ドゥーリットルがそういうので俺は剣を少しだけ抜いてみた。
彼が剣に魔力を込めると根本に古代文字が浮かび上がってきた。俺には読めないが、ドゥーリットルが興奮したように「聖剣アスカロン!」と叫んだので何が書かれていたのかは分かった。
ロイド卿が驚いたように「聖剣アスカロン?」と叫ぶ。
皆同じことしか言えないのだろうか。
「エドワード様はご存知ないかもしれないですが、聖剣アスカロンは聖ジョージが2匹の龍を退治した時に使われた剣なのですよ。」とロイド卿が教えてくれた。
知っている。ホムラが何度も教えてくれた。まあ、そんなことは言わないけれど。
ドゥーリットル魔法師団長は「確かにアスカロンならば魔族を切れる。この現状を説明できる。」と言った。
「けれどもギフトなしの常人はそもそも聖剣を使えないはずなんだ。」と付け加える。
ロイド卿は「エドワード様、一体どこでこんな聖剣を見つけてこられたのですか?」と俺に聞いてくる。
仕方がないので俺は本当のことを言う。
「ああ、アリシアと聖女の宝玉を探しに行った時にその古代の祭壇の横に岩に突き刺さっていたんだよ。」
「エドワード様がそれをお抜きになったということですね。」
「まあ、そういうことだね。ドラゴンがいたのでアリシアを守る必要があったし。」
「ドラゴン?エドワード様はドラゴンを討ち果たしになったということですか?」ロイド今日は頭痛がすると言った仕草をする。
「いや、剣を抜いたらそのドラゴンは剣の中に吸い込まれたんだ。聖ジョージが退治したドラゴンの精だったんだよ。」
「それは剣に教えられたということですかな。」
「ああ、そのドラゴンの精が伝えてくれたんだよ。」
「じゃあ剣とは会話なさることができるってことでよろしいのですね。」
ドゥーリットル魔法師団長はニコニコしながらそんなことを言った。
俺が頷くと、彼は「魔剣はいかに強力な剣であっても剣に会話能力はないのですよ。伝説の聖剣だけが持ち手と会話することができるのです。」と言う。
「アリシアってあの二人目の聖女になられたアリシア様のこと?」とテレジア姫は聞いてきた。
「そうですよ。あそこで聖女の宝玉を光らせたから神殿も彼女を聖女認定したんだ。」
テレジアはなぜかグッと掴んでいた俺の腕を掴む力をさらに強くした。
ロイド卿はテレジア姫に「聖女様は純潔こそが重要ですからね。一旦聖女認定された以上は十年は聖女としてお働き願わねばならないのです。」と教える。
テレジア姫は「そうなのね!私のエドを聖女様に時々は護衛騎士としてお貸しすることは問題ないわ。」と言う。俺は貸し借りされるものだったのか。
ロイド卿は「聖女様は国の為、民のためにお働きいただく尊い方なのですよ。」と言う。
で、俺はドゥーリットル魔法師団長に鑑定されて、あっさりと「ああ、剣聖ですね。」と鑑定されてしまった。どうやら古代語で表記されていたので普通の神官は読めなかったのだろうと言うことになってしまった。もしかすると聖剣をつかんだ時にギフトが与えられた可能性もあると言う。
俺がドゥーリットル魔法師団長に「ギフトって生えてくるもんなんですか?」と聞くと魔法師団長は苦笑しながら「そういう時もあるのですよ。」と言ったのである。
ドゥーリットル魔法師団長はテレジア姫の部屋に結界を張り、テレジア姫やその侍女たちに護符を授与したようである。
ロイド卿はその間に王と面会していたようである。
姫君の部屋の処置が終わった後に、再び謁見の間にくるようにという呼び出しが来た。
案内についてゆくと先ほどの謁見室に着いた。
中に入ると、ちょっと不機嫌そうな国王陛下とロイド卿がいた。
国王陛下は「姫に魔族が取り憑いたのは本当か!」と尋ねてきた。
ドゥーリットル魔法師団長は「誠にございます。姫君の部屋には魔族の血が落ちておりましたし、魔族が貼ったとみられる黒魔術による結界の痕跡も残っておりました。」と報告する。
「姫はいつから魔族に取り憑かれておったのか。」
テレジア姫は「わからないのです。昨晩止む時までの記憶はあるのですが、今日目覚めてからの記憶はあやふやなのです。」と答えた。
「つまり先ほどの謁見室の態度はもう取り憑かれておったということか。」
国王陛下は思わず天を仰ぐ仕草をした。
「それでエドワードがその魔族に気がついて切りつけたということか。普通の剣で魔族は切れないだろう。」
ロイド卿が静かに答えた。
「エドワード殿は聖剣アスカロンの担い手にございます。」
「それが信じられん。その剣が聖剣であるという証を見せよ。」
俺が剣を少しだけ抜いてドゥーリットルが魔力を流すと先ほどのように剣の銘が浮かび上がってきた。
国王陛下は古代文字を読めるようで「確かにアスカロンと書いておる。」とうめくように言った。
「もしわしがその剣を使って魔族を倒せるのか?」と国王陛下が聞く。
ドゥーリットルは「聖剣は担い手を選びますので担い手以外には聖剣は抜けないと存じます。」と答えた。
「それでは姫は聖剣使いに守ってもらう以外にないということか。」
国王陛下はちょっと崩れ落ちるように言った。
ドゥーリットルは「陛下、聖剣を使うものは剣聖でございます。エドワード殿のギフトを鑑定しましたが、剣聖ということはすでに確認してございます。古代語での表記でありましたので並の神官では読み取れなかったということでございましょう。」と言った。
「エドワード、貴様はテレジア姫を守れ。公表はまだしないが姫を嫁に迎えるのはエドワードだ。他の奴にはテレジア姫を守れない。」
国王陛下は喉の奥から搾り出すようにそんなことを言った。
テレジア姫は思わずパッと表情を明るくして「ありがとうございます!お父様!」と叫んでいる。
それをみて国王陛下は「テレジアはワシにとって唯一の娘だ。婚約を求めてきた男に『君にお父さんと言われる筋合いはない!』とか言ってみたかっただけなんだよ。」と呟いている。
なんだか方向性がずれているような気がする。
とりあえず俺は国王にこう奏上した。
「私は今後もトゥラニア領の回復に全力を上げる所存であります。そして、今後ともテレジア姫を全力でお守りいたします。」
国王陛下は「うむ」と頷いた。
テレジア姫は小さくガッツポーズをとって「アリシア聖女なんかには負けないんだから。」と誰にも聞こえないように小さく呟いたのである。
謁見室を退室した後、ドゥーリットル魔法師団長は俺に「エドワード殿は今度王立学園に入られる予定とお聞きしましたが?」と聞いてきた。
「ええ」
俺が答えると、彼は王立学園には魔法科と騎士科があるがどちらに入るつもりなのか聞いてきた。
本当のことを言うと、王都騎士団の剣術指南役を仰せつかっているので、今更騎士科に入っても習うことはないという気はするのである。
けれども、魔法については今まで習ったこともないし、使える気もしない。魔法科に進む自信は全くない。
そのため、「今まで魔法を使った経験はないのです。なので騎士科に進むしかないかなと思っています。」と正直なところを告げた。
ドゥーリットルは「はは、騎士科に行ったらあなたは学生というより教授陣の方がふさわしいでしょうね。それよりも魔法科はどうですか?さっきの鑑定の結果ではあなたには魔法の才能もありますよ。」というのである。
ドゥーリットル魔法師団長は自分は魔法学園の魔法学教授も兼任しているので俺とテレジア姫を特別教授生徒として面倒を見ようというのである。
テレジア姫は「それはいいことだわ。ドゥーリットル先生はずっと私の魔法の先生なの。丁寧に教えてくれるからきっとエドもすぐに魔法が上達するわ」って嬉しそうである。
ドゥーリットルはもう魔法の探究に人生のほとんどを捧げてきた人である。なので魔法以外のことには興味はほぼない。
今回、彼がエドワードに興味を持ったのは彼が身体強化魔法以外にも四大魔法の全てと白魔法と聖魔法という希少な魔法の才能を持っていた事にある。
恐らく、アリシアが聖女であるということで神殿が慌てていなければ王家がエドワードに手を出す前に神殿に囲い込まれていただろう。
そうなれば彼は聖魔法と白魔法の訓練だけを行なわされることで他の魔法の才能は無かった事にされていたかもしれない。
それをドゥーリットルは原石のまま見つけ出した事になる。普通は魔法の才能は風地火水のうち一分野であることが多い。優秀なものでも二分野である。ドゥーリットル自身は四分野全ての適性を持っているが、自分と同じ四分野を持っている人はエドワードが初めてである。
自分が率いる魔法師団のエリートたちでも三分野を持つものがせいぜいなのである。
エドワードは今まで魔法を使ったことがないというのは本当らしく、風魔法がレベル2になっている以外は全てレベル1でしかない。
けれども、神殿に彼の力がバレるまでに自分が教えられる魔法を教えて鍛錬してみたいというのが彼の本心である。
それと自分がエドワードとテレジア姫を監視することで魔族の襲撃を未然に防ぐという目的もあるのだが、これに関しては臨機応変にせざるを得ないし、今後、エドワードが力をつけて行けば魔族からの攻撃は避けられないだろうし、危険な事態は必然的に起こるだろうことは覚悟の上である。
やっとのことでヘンリーさんのタウンハウスに戻ってくると、ヘンリーさんがドタバタしている。
「どうしたんですか?」
「さっき、王宮から連絡があって、テレジア姫が王宮から通うのではなく学園の寮を使う事になったそうだ。ついてはエドワード君も寮を使えというお達しが来たんだ。」
「まだ入学試験も済んでいないのにですか?」
王女様にしてもエドワード君にしても入学試験は形だけという事なんだろう。
「まあ、王女様が入学試験に落ちるということはないだろうからね。エドワード君も似たようなものなのだろうかね。」
「今日は王様から実技試験免除だから筆記試験は最低名前だけ書いておけって言われました。」
「まあ、そういうことなんだろう。でもこのタウンハウスから通学する予定だったのに寮生活になるのは大きな変化だよ。エドワード君も必要なものがあれば言ってくれれば早めに準備しておくからね。」
そうしてヘンリーさんは忙しい忙しいと言いながら向こうの方に行ってしまった。
魔族の襲撃を考えると王宮から学園は遠くないとはいえ通学路がリスクだということは想定されやすいということだろう。
ランディもこちらにきて、「せっかくエド兄様がここから通学してくれるから色々お話できると思っていたのに残念です。」という。
「そうだね。けれども色々と事情があるということだろうね。学園に通う事になれば私もテレジア姫を護衛しなきゃいけないという事なんだろうと思う。」
「それは将来の婚約含みという事なんですね。」
「まあ、将来のことはわからないよ。」
幸いな事にゲイリーからの便りでは王都騎士団の訓練もオルジさんの木材切り出しも上手く行っているようだった。
ドゥーリットルさんからはテレジア王女の魔法の訓練に俺も参加するようにという呼び出しが来た。
それ以外に王都にいるトゥラニア騎士団員の訓練もやらなければならない。いつのまにかランディだけでなくマリウスさんの子息であるアラン君も参加するようになっていた。彼は「素振り千回ですよね!なんだか新たな境地が見えてきそうです!」と言いながら喜んで木剣を振っている。
どうやら学園の入学試験までの期間も落ち着くことなくバタバタし続けているようであった。
これで幼年期編は終わり。
次回からは学園編です。




