第十四章: 王都への帰還
王都に着いてオルジ達と別れると、俺はマリウス騎士団長に会いに行った。
マリウス騎士団長の前でサムたち斧部隊は再び妙技を見せてくれた。
トーマスはマリウスさんに「この斧部隊は魔獣もたくさん討伐した実績を積みました。今はゲイリーたちがナッシュビルの騎士団分隊のところで更に新しい団員に訓練を開始しております。」と説明してくれた。
俺も「今後はナッシュビルのウォーレン伯のところでで訓練を続行しますのでもし希望者がいればそちらにお送りください。」と付け加えた。
マリウスさんは「うんうん」と嬉しそうに頷いた後、「そういえば早く王宮に復命に行った方がいいよ。国王陛下も随分お待ちだそうだ。」
俺は心の中で「げっ」と思ったが、表面上は微笑んで「はい。ヘンリー叔父上に会いましたらすぐに王宮にも参りたいと思います。」と言うにとどめた。
ヘンリーさんの屋敷に戻ると、「よく無事に帰ってきたね。」と歓迎してくれた。
俺がフライ山に無事小屋を建てたこととナッシュビルからフライ山まで街道を作ったことを言うと、ヘンリーさんもさすがに驚いたようで「それは早く国王陛下にお伝えした方がいいね。朗報にはお喜びになるだろう。」と言うので、王宮には使いを出してもらうことにした。
「で、やっぱり魔獣の首はあるの?」とヘンリーさんが言うので「じゃーん、今度はバジリスクの首でーす。」とあの布で包んだバジリスクの頭を取り出すとヘンリーさんは「あっ石にされちゃう!」と逃げ出そうとしたわけである。
「まあ、大丈夫ですよ。」と俺が言ったけれども、ヘンリーさんは「このまま、このまま。布で包んだまま剥製師のところに送ろう。」と怯えまくっていたのが愉快だった。
その後は夫人やランディ、パトラと一緒に夕食をご馳走になり、夜遅くまで土産話に花を咲かせたのである。
翌日の午前中には王宮から返事の使者が来てもう午後一番に登城することと伝えてきた。
「えっ、そんなに早く?」と驚いたが、そういうことなら仕方がないと準備をすることにした。
王宮に着くと、宰相のロイド卿が居た。
「王都に帰還早々に呼び出して済まないねえ。昨日、マリウス騎士団長があの斧部隊の連中を見せに来てくれてね。彼らの妙技に国王陛下もいたく感心されたんだよ。」
「それで私にも早く来いということになったというわけですね。」
「まあ、そんなところだね。」
そう言いながらロイド卿は俺を謁見室に案内し始めた。
どうやらいつもの私的な謁見室の方らしい。
ロイド卿の後に続いて謁見室に入ると国王陛下は「おうエドワードか。急いで呼び立ててすまないな。」とちょっと食い気味である。
「どうしたのですか国王陛下。」
俺が静かに返事すると国王陛下は「お、おう。王都騎士団の連中を鍛え上げてくれたそうじゃないか。」という。
「ええ。まだまだあそこは魔獣だらけですからね。放っておくだけでガンガン強くなりますよ。今はうちのゲイリーがナッシュビルの騎士団分隊の連中を訓練する話になっていますから。」
「そ、そうか、よくやってくれた。うちの王都騎士団の連中はどうしてもひ弱だからなあ。」
「ひ弱ではないですよ。適切な訓練こそが強いものを生み出すのです。私だってギフトなしでもイアンに育てられたのです。」
「ギフトなしねえ。」
国王は少し微妙な表情をした。「まあ、多くのギフトを持たない人たちにとっては君の存在は福音かもしれないけれどねえ。で今回は特に魔獣の首は持ち帰らなかったのかい?」
国王は少し話題を変えたかったみたいだ。
「ああ、今回はバジリスクくらいですね。前回に大物はあらかた退治していますから。後はアークやオーガなど小物ばかりですね。」
「バジリスク退治だって?隊員は石にならなかったのかい?」
「皆安全な場所に下げましたので。魔獣が石になったものはバジリスクの周りにたくさんありました。」
「君は大丈夫だったの?」
「石化の光線を避けるために剣にバジリスクの姿を映してそれで攻撃したのですよ。鏡の盾があればもっと楽だったのですけれど。」
「そんなことができる男がギフトなしっていうのがそもそも信じられないよ。」
「神殿がそう判定したわけですから。」
「ふむ。一度うちの宮廷魔術師に鑑定してもらうか?」
「王命とあらば拒否することはできません。」
「まあ、今後、本格的にやるなら顧問魔術師も必要となろう。」
(えっ?魔術師と知り合いになれるのだろうか。それは願ってもないチャンスだぞ。)
そう考えていると、ロイド卿が「なかなか魔術師師団はお忙しいですからね。魔術師師団長にお会いになるのはそう慌てずにエドワード殿が王立学園に入学してからでも良いのではないでしょうか。」という。
「そうじゃな。どうせ学園の授業が始まるとトゥラニア領に戻るのは難しかろうから慌てることはないな。そういえば王立学園の入学試験は実技は免除にしておいたぞ。あの勇者ケビンとエドワード、おまえだけだ。」
王様が言う。
「勇者ケビンも王立学園に入るのですか?」
「そうじゃな。エドワード、お主も我が国の誇る才能だが、勇者ケビンも同じく才能だからな。国の発展には才能を活躍させることが重要であることは言うまでもない。」
そうか、孤児院を出てからもう会えなくなってしまったケビンにも学園では会えるかもしれない。
「お父様。まだ話は終わらないのですか?」
いつの間にか入ってきていたらしいテレジア姫が国王陛下に苛立ちを抑えもせずに言っている。
いつもならもっとお淑やかにしているテレジアであるはずだが、今日は何か機嫌でも悪いのだろうか。少し違和感を覚えたが、国王陛下は特にテレジア姫には違和感を持たない様子である。
「ははは、テレジアよ、そんなに焦るでないぞ。それにエドワード、学園には筆記試験もあるのだから少なくとも名前くらいは書くんだぞ。さもないといくら私の権力でも入学させられないからな。」
「もう、どうでもいい話は後にすればいいじゃありませんか。」
テレジア姫はなおも言い募っている。
「エドワードよ、テレジア姫と婚約したければ伯爵以上だぞ。まだまだお前は男爵に過ぎないからな。今回の功績で子爵にしようと思ったがまだだめだ。頑張って村を作れ。そうしたら子爵にしてやる。もっと励めよ。それまでは羽目を外すなよ。」
多分、国王陛下はテレジア姫に甘いからこちらに苦言を呈したようである。
「今回の褒美は学園の入試の優遇だよ。ではテレジアが拗ねないように我らは退出するとしよう。」
そうして国王陛下とロイド卿は部屋から出て行ってしまった。
残ったテレジア姫は満足したかのように俺の手を取って、「エド、エスコートしてよね。」と言う。
いや、もう有無を言わせずエスコートの体勢になっているんですが。
「お茶の用意はできているので私の部屋に行きますわ。」
♢♢♢
テレジア姫の部屋には確かに高級そうなお茶菓子が用意されてあった。
侍女たちは既に熱い紅茶をカップに入れて俺たちの前にそれぞれ出してくれている。
で、テレジア姫は俺の左腕に絡み付いているのである。
「姫様?国王陛下は羽目を外すなって仰っておられましたね。」
「これは羽目を外しているわけではないわ。単にエド成分を吸収しているだけよ。」
『エド成分の吸収』と言う意味はよくわからなかったが、もし羽目を外しているならば侍女たちも黙っていないだろう。今の所侍女たちは俺たちについては遠巻きにしているが何か制止する様子はない。
仕方がないのでテレジア姫にされるがままになっておこう。
テレジア姫が俺の腕を離そうとしないので俺は身動きを取ることができない。
そういえば国王陛下はケビンも学園に入学すると言っていたな。彼は孤児院で一緒にイアンに剣術を学んだ仲である。
その後はケビンは勇者パーティを組んで活躍していたので俺との接点はほとんどなくなっている。
そういえばフリーダや他の勇者パーティのみんなはどうすんだろう。フリーダも俺たちと同じ孤児院の出身だが、聖女に認定されてから勇者パーティに入っている。一度、勇者パーティに会いに行ったらギフトなしは近づくなと邪険にされたからもうあそことは疎遠になってしまっている。けれども、勇者ケビンが学園に入っちゃったら勇者パーティは活動できなくなるだろうからケビン以外の連中はどうするのだろう。もし一緒に入ってくるのなら変なトラブルが起こることは避けなければいけないよね。
そこまで考えてふとアリシアはどうなるのだろうと考えた。アリシアも聖女認定されているのである。今は神殿で修行しているだろうがもう半年が経つ。そろそろ修行が終わって神殿を出て一般の活動を始める時期かもしれない。
フリーダが学園に入るのならアリシアも学園に入ってくるかもしれない。もう二度と会うことはないと思っていたけれど、もし学園で俺に「私の護衛騎士になって」なんて言われたらどうしよう。
「エド、まさか別の女のことを考えているんじゃないでしょうね。」
なぜテレジアは勘が鋭いのか。
俺はちょっと焦ったが、「ああ、国王陛下がケビンも学園に入学するって話をされたのでね。」と落ち着いて言った。
「ケビンの勇者パーティには俺の幼馴染のフリーダって聖女がいてね。彼女たちはケビンが学生になって冒険できなくなったらどうするんだろうって考えていたんだ。」
これで完璧じゃないか。
けれど、テレジアが俺の腕を掴む力はわずかに強まった。
「あ、フリーダはケビン一筋だからね。以前、俺が勇者パーティに会いに行った時は俺がフリーダに追い返されたんだよ。」
「私もケビンが入学することは知っているけれど、他の人のことは知らないわ。もし聖女様ならウィル兄様の婚約者にでもさせればいいわね。王家は聖女の血を欲しがっているから。」
「まあ、フリーダがケビン以外の男に乗り換えるなんて想像もできないけれども。」
「エドはもう私のものよ。あなたが私から乗り換えるなんて許さないわ。そんなことしたらお父様がなんと言おうと羽目を外してやる。」
「国王陛下も俺が伯爵以上になればいいって言ってたよね。そこまでは我慢して。今回はめちゃくちゃ頑張ったんだよ。」
「うん。頑張っていることはよくわかるわ。頑張っているエドが好きなの。」
「フライ山っていう山に小屋を作ったんだ。まあ、まだ5人くらいしか泊まれないけれど。」
「ウフフ。」
ふと周りを見ると侍女たちがまるで人形のように薄ぼんやりと見え、その向こうの壁は見えない。
いつの間にかテレジアは俺の腕を舐めているが、その舌はまるで蛇のように先端が二つに割れている。
何か憑いている。
「お前は誰だ。」
俺はアスカロンに手をやった。
「魔族だね。」ホムラがなんでもないように言う。
「えっ?なぜ王宮の真ん中に?」
「それはわからないけれど、アスカロンを抜いて魔を祓うべきだよ。」
こんなところで抜いて大丈夫かな?」
「魔族は結界を張っているから抜いてもわからないと思うよ。」
テレジア姫の姿が心なしかトカゲのように変わってきている。
「ホホホ、わたしはルベルよ。」
そのトカゲ女が蛇女かわからない魔族は言う。
「テレジア姫から離れろ。」
「そんなことしたくないわ。私とあなたでトゥラニアを支配すればいいのよ。そうすればあなたもトゥラニアを回復できるし私たちもあそこを魔族の王国にしていられるから誰も困らないわ。」
冗談じゃない。
俺はもう一度辺りを見回し、意を決してアスカロンを抜いた。抜くと同時にアスカロンから光が洪水のように迸る。その光を受けてテレジア姫から蛇女のような半透明のモノが分離してゆく。
「さあ、あいつを切って。」ほむらはこともなげに言う。
俺はアスカロンを捻ってその蛇女に斬撃を送った。手応えがあり、「ぎゃっ!」と言う悲鳴が聞こえた。
「くっ。覚えておれ!でもこんなに強いエドワードのことが大好きなのよ。」
そんなことを言う微かな声が波動となって届いたが、その後、次第に結界が薄れてきた。
「早く剣をしまって。」ホムラが言った。
「ああ」
俺は慌てて剣をしまった。
横を見ると、テレジア姫がくうくうと寝息を立てて眠っている。
やっとなことで結界を突破したとみえる侍女たちがわらわらと俺とテレジア姫の周りに近づいてきた。
「この男爵風情が!姫から離れろ!」
侍女たちは短剣を構えた。
俺は口に人差し指を当てて静かにという仕草をすると、「そうだな、事情をお話しするからロイド卿を呼んできてくれないか。」と侍女たちにお願いした。
侍女が大立ち回りをしたらテレジア姫を起こしてしまうじゃないか。
ややあってロイド卿がやってきた。
意識のないテレジア姫を見て「これはどういうことだ。」と俺に詰め寄ろうとする。
「ただ眠っておられるだけです。」
「事情を聞こうか。」
「テレジア姫に魔族が取り憑いていたのです。」
「はあっ?」
「今日のテレジア姫はどこかおかしかった。姫の部屋に入ると結界が張られ、取り憑いていた魔族が本性を現したのです。」
「で、その魔族はどうした。」
「切りました。けれどもとどめはさせておりません。」
「これは魔法師団長に任せるべき案件だ!ドゥーリットルを呼べ!」
国王は叫んだ。




