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第十一章: (子供たちの)夜会

次第に部屋の外が騒がしくなってきた。どうやら高位貴族のご婦人方が子供連れで到着したようである。子供達に騒ぐなという方が無理である。

やはり今回は子供が主役の夜会になるのだろう。普通の夜会に比べて開始も終了も早くなっている。

そのうちヘンリーさんの夫人とパトリシアも現れた。

「外はどう?」

「エドお兄様、もう大量の悪ガキがギャアギャア騒いでチビがわんわん泣いていたわ。」

「そりゃ愉快な会になりそうだ。」

「迷子にはならないようにね。」

夫人は心配そうにランディとパットに言う。

そのうち、各部屋にお菓子が配られてきた。王宮だけあって高級そうなお菓子だ。

お菓子が配られたためか部屋の外の騒ぎは少しおさまりつつあるようだ。

もちろんわざわざ扉を開けて外の様子を覗くような愚行を俺たちはやろうとはしなかった。

本来ならヘンリーさんは子爵なので呼び出しは高位貴族の前になるのだが、俺が主役ということで王族の呼び出しの前くらいのずいぶん後ろになるらしい。

そろそろ最初の家族から呼び出しが始まっているようで、子供達が会場に連れ出されることで廊下の騒ぎはどんどん落ち着いていった。

そうして係りのものが呼んできたので俺たちも入場の列に連なる。

俺たちの前には宰相のロイド卿のご家族がいた。ロイド卿のご子息のフレデリック・ロイドは俺と同い年で俺やテレジア姫と一緒に王立学園に入学するらしい。

彼は隙を見て俺の方に向かい「君が今回の主役なんだね。僕はフレデリックだ。」と挨拶してきた。

俺も「私がエドワード・スペンサー男爵だよ。初めまして、よろしく。」と返事を返しておく。

後ろは準王族であるケレイン公爵のご家族であった。ケレイン公爵家は先先代の王弟が臣籍降下して始まった公爵家である。ご夫妻の他に既にデビュタントを済ませた令嬢がいらっしゃる。俺がちらっと見た時には豪華なドレスを着て俺の方は見向きもしていなかった。

ヘンリーさんとご夫人は「私たちがこんな順位にいるのはあまりに場違いね。」って青ざめている。

ヘンリーさんは旧領探索の時も今回も青ざめてばかりで少し気の毒である。

ロイド卿のご家族が呼び出された後は俺たちの番である。

「ヘンリー・スペンサー子爵とそのご家族、そしてエドワード・スペンサー男爵」という呼び出しがかかる。

侯爵のあとに子爵と男爵の呼び出しなので少し怪訝そうに見る人もいた。

ヘンリーさんは「さあみんな胸を張っていこう」と言ってくれたのでおどおどせずにしっかりと入場した。

夜会が始まるのは国王陛下が入場してからなのでまだ間がある。俺は会場を見回してみた。

普通に夫妻と子供連れというのが目立つわけである。中には夫人と子供というパターンもある。結構、ワイバーンの剥製は人気で子供達がたくさん集まっていた。

討伐した時はゲイリーからワイバーンの首を渡されたヘンリーさんは真っ青な顔をしていたのだが、素早く剥製にしたワイバーンは大活躍のようである。さすがヘンリーさんは能吏であると改めて感じられる。

その他は老年や中年の男達や女達の集まり、そして未婚らしい若い男女の集まりがある。

既に飲み物は配られており、ジュースやお酒が多くの人の手に渡っている。

テーブルを見るとアフタヌーンティーの三段のお菓子やケーキ、チョコレートファウンテンなどがあり、どちらかというと子供用のお菓子の国のような感じだった。

さて、国王陛下が入場された。夜会の始まりである。

国王陛下や王妃様、王太子殿下をはじめとする王子やテレジア姫が王族のスペースにたむろしている。

俺は目立たぬように王族の近くに移動した。

テレジア姫をダンスに誘うという大仕事がある。

俺が王族のスペースに近づくとまず気がついたのは王太子殿下でこちらに手を振ってくれた。

流石にこちらから手を振りかえすのは不敬なので黙礼を返すだけにとどめた。

それでテレジア姫も俺に気がついたみたいだ。こちらをみたらプイッと横を向いたりしている。こちらからみたらちょっと挙動不審になっているが、まあ、それほど目立っている訳でもない。

国王陛下が海外のスピーチを始めた。

国王陛下は今回は子供を招いて夜会をしているので少し異例だということを喋っている。子供用にしたので食事はお菓子を増やしたそうである。それもこれも俺を讃えるためらしく、皆はあのワイバーンの剥製を見てほしいということである。そう国王陛下が述べるとみんながあのワイバーンの剥製を見る。ちょっと気恥ずかしい。

そうすると国王陛下が俺を呼ぶ。

仕方なしに国王陛下のそばにゆくと、国王陛下が俺をベタ褒めしてきた。

エドワード君はなき辺境伯リチャードにも勝るとも劣らない武勇の逸材だとか辺境伯領を回復するのはこの人物だとか、きっとこの国、ダーシアン王国を守り抜いてゆく有能な将軍になるといった具合で美辞麗句が飛び出した。

夜会の貴族達は国王陛下の言葉に拍手している。

と、国王陛下が手を挙げると楽団が音楽を流し始めた。

「さあ、今日は子供達も含めて皆さん夜会を楽しんでください。」

国王陛下は王妃様の横に座り、俺はこれからテレジア姫をダンスに誘わなければならない。

ニコニコしている王太子殿下にお辞儀をした後、テレジア姫の方に行った。彼女は無表情でまるでお人形のように椅子に座っている。視線は俺とは合っていない。

「テレジア姫、私と踊っていただけませんか?」

俺は跪いてテレジア姫に手を差し出す。

彼女は無表情のまま機械仕掛けの人形のように手を出してきた。

俺は立ち上がって彼女の手を取るとエスコートしながらフロアの中央に進んだ。

楽団が輪舞ワルツの曲を奏ではじめた。

三拍子の曲に合わせてステップを踏む。デビュタントの時にもこの曲が使われるらしい。

それほど難しくはないステップだけれど、テレジア姫はもう緊張でガチガチになりながらステップを踏んでいる。

あ、ステップを間違えた。足を踏みそう。

俺はすかさず彼女をリフトしてターンさせる。

ふわっと床に下ろしてあげると俺は「大丈夫ですよ。失敗しそうになったらカバーしてあげますから。」とテレジア姫に笑顔を見せた。

その後も何度か彼女のミスを防いであげることで一曲をなんとかミスなしに踊り終えることができた。

王様にご挨拶しなきゃならないのでエスコートしたまま二人で王様のところに行ってお辞儀をした。

王様も王妃様も「見事なダンスだったわ。」とお褒めの言葉を下さる。

王太子殿下のところに行ってご挨拶すると「息ぴったりだったね。」と手を振って応えてくれた。

他の王子様方にもお辞儀をした後、二人で座る席に座って他の貴族達からの挨拶を受けなければならない。

テレジア姫は席に着くと俺に「私、男の人の足を踏まずに一曲踊れたのは初めてだったの。」と言ってなんだか俺の腕に体を預けてきた。柔らかい女の子の体が近づくのはアリシアの時以来だけれど、やっぱりドギマギする。

国王陛下も王太子殿下も国王陛下や王太子殿下に挨拶を済ませてこちらに挨拶に向かおうとしていた公爵様もなぜか足を止めて生暖かくこちらを見ている様子である。

俺はテレジア姫に「さあ、テレジア姫様、みんなのご挨拶を受けましょう。ダンスはこれからもいつでもできますから。」と小声で囁いた。

すると、テレジア姫は自分の姿勢に気がついたみたいで、パッと居住まいを正すと正面を見てスン、と表情を消した。けれどもほっぺたの赤さは隠しきれていない。

ラウール公爵は国王陛下の実弟である。テレジア姫が居住まいを正したのでこちらに近づいてきた。

「先ほどのダンスは素晴らしかったですね。テレジア姫を魅せてくれたスペンサー男爵は武勇だけでなく教養もおありだと見受けられる。」

そんなことを言うラウール公爵にテレジア姫はさすがに「お、おじさまったらそんな意地悪なことを言わないでください。」と言いながら照れてしまっている。

「いやいや、よくお似合いだったよ。テレジア姫とスペンサー男爵は息ぴったりだったね。」

俺は「ありがとうございます。今後も精進いたします。」と応えた。

ラウール公爵は「うんうん。若者はいいねえ。」とか言って向こうに行ってしまった。

その後はまあ普通の社交辞令でワイバーンの討伐の話やテレジア姫はお美しいというような貴族のお世辞を撃破するだけで良かったので特に困る事はなかった。

その間に燕尾服とドレスを着た俺たちと同じデビュタント前の男女が踊っていた。まだまだ下手であったが、一応、俺たちがミスった時のクッションの予定であったらしい。その後は若い男女が自由に踊る普通の夜会になっていた。

終わりの方にヘンリーさんとその家族もご挨拶に来た。ランディとパトラは俺たちのダンスが上手だったと褒めてくれた。ヘンリーさんは「お二人はよくお似合いですよ。」と言ったのでやっぱりテレジア姫は照れていた。

もしかしてこの娘は表情を消すのが苦手なのかなと思う。それを考えるとこの子が見せるツンツンは自分を守るための手段なのかもしれない。

やっとな事で長々と続いた貴族からの挨拶が終わった。

どうやらテレジア姫は疲れたらしく、奥に引っ込んで休憩するらしい。侍女たちを呼んでそう伝えるとテレジア姫は「ねえ、これからは夜会のエスコートはウィルお兄様ではなくてあなたにお願いするから。よろしくてね。」という。

言ってから何か照れたのか顔を真っ赤にしている。

「ああ、お姫様。私にできることがあったらなんでも。」と俺も応えておいた。

侍女が迎えにくるとテレジア姫はもうツンツンとして奥の方に引っ込んでいった。

王妃様は俺に「私の娘のこと、よろしく頼みますね。」と言う。

ウィル殿下は「今日は我が妹の新しい側面を見ることができたな。」と言ってちょっとどう応えていいのかわからない。

俺は国王陛下に「では私も少し失礼して会場を回ってきたいと思います。」と一礼した。

国王陛下は「うむ。今日はよくやってくれた。」とお褒めの言葉をかけてくださった。

王族の皆さんに一礼してから会場を回る。

今日は子供達のため飲み物は原則としてノンアルコールであるらしい。

給仕から飲み物を受け取って歩いていると、マリウス騎士団長がいた。

近寄ってご挨拶をした。

「どうだい、お姫様のハートは射抜けたかい?」なんて揶揄うように言ってくる。

「いえいえ、私如きは眼中にないでしょう。」

俺はとりあえず真面目そうに応えておいた。

「今日は主役が君だからな。トゥラニア騎士団のもの達に敬語を任せているんだ。」

道理で見知った顔があちこちにいるわけだ。

「で、また旧領に行くつもりなんだろう。その時にはうちの志願者も同行させてもらっていいだろうか。魔獣退治の経験を積ませたい。」

「もちろん構いませんよ。大歓迎です。」

お目付役をつけたいということだろうか。

「それと、君自身も時々は騎士団に顔を出しておくれよ。特別武術指南役に任命するよ。」

「は、武術指南役ですか?」

「君も男爵になったんだし構わないだろう。」

「は、はは。ありがとうございます。善処します。」

そう言ってマリウス騎士団長と別れるとゲイリーが近寄ってきた。

「若様。申し訳ありません。王都騎士団の連中を調子に乗って鍛えていたら免許皆伝の若様に教えを乞いたいという奴らがマリウス様に直訴したみたいなんです。」

「ああ、俺如きで良かったらいくらでも使ってもらっていいよ。」

「若様を安売りなどできませんよ。」

「まあ、一度か二度は顔を出せばいいかな。」

「それぐらいで十分だと思います。」

「わかった。また段取りなどは知らせてくれ。」

「はいっ。」

ゲイリーにそう言って俺はまた歩き出した。

と、横から「ああ、エドワード君、失敬。」と呼びかけられたので振り向くとマリウスさんがいた。

横にはちょっと線の細い、けれどもマリウスさんによく似た男の子を連れている。

「せっかくだから紹介しておこうと思って。うちの次男のアランだ。君と同学年で王立学園に入学するんだ。よろしく頼むよ。」

アランと呼ばれた少年は僕にペコリと頭を下げた。

「あの、エドワードさん。」アランが俺に話しかけた。

「ええ。」

「あのワイバーンを討伐したのはエドワードさんなんですよね。」

「そうですね。」

「僕はどうも武術が苦手なんです。」

マリウスさんがアランを遮るように「アラン、まだまだこれからだよ。勝手に自分を決めつける必要はない。」と言う。

「………」

俺は言った。

「アラン君、私が旧領の探索に行った時に何をしていたか知っていますか?私は地図を作っていたのです。」

「えっ?」

「いくら魔獣を退治しても道に迷ってしまえばそこで全滅してしまいますからね。私はもう迷わないように目印をつけて地図を作るのに必死だったのです。」

「そうなんですね。」

「ええ。だから実はワイバーン退治はおまけみたいなものだったんです。私も学園でいろいろなことを教えてもらって部下達が助かるように全力を尽くしたいのですよ。」

アランはもう目を見開いたまま返事もできないでいる。

マリウスさんはアランに「今度騎士団にエドワード君が武術指南役として来てくださるそうだからその時にはお前も顔を出すといい。」と言う。

アラン君はうんうんと頷いている。

マリウスさんは「今後ともアランをよろしくお願いします。」と俺に頭を下げてくれた。

俺も快く頷いた。そうしてマリウスさんとアラン君と別れた俺はヘンリーさんのところに戻ってきた。

「ははは、主役は大変だねえ。」とヘンリーさんは笑っていた。

パトラは「お姫様と踊るなんてすごいじゃない。もうお似合いのカップルって感じだよね。」と興奮していた。

ヘンリーさんは「王家はエドワード君とテレジア姫の関係を歓迎しているだろう。でも、テレジア姫が結婚する相手は男爵ではなくて辺境伯だ。」と言う。

「失地回復を成し遂げよってことですね。」

「そうだ。そのあたりは王家は割り切っていると言うか、政略結婚とはそういうものだ。」

「善処します。」

「あっはは。それだけ冷静に受け答えできるなら私も安心だよ。私たちもエドワードを支援して後押しするさ。」

ヘンリーさんは俺に向かってウインクした。

ランディも「僕ももっと剣術を極めてエドワード兄上と一緒に旧領に行けるようにしなければ。」と言う。

「それじゃあ、マリウスさんのご子息のアラン君も指南の時に来るって言っていたからランディも来るといいよ。」

俺がそう言うとヘンリーさんも承知してくれた。

今日は子供が主体の夜会である。夫人たちと子供たちはそろそろ帰宅の時間である。

まだまだ飲み足りない、踊り足りない大人たちはまだまだ残るようだったが、俺たちもそろそろ帰ることにした。


♢♢♢


あの後、部屋に帰って湯浴みをしたテレジア姫はなんだかすぐにぼーっとしてしまう。エドワードってハガネみたいな体をしていたわねえ。ウィルお兄様も見かけとは違って結構鍛えているけれどエドワードはそれ以上だわ。

そんなことを考えていると、「お姫様、お姫様」と呼ぶ声に気がついた。

「ごめんなさい。ばあや。何かご用?」

「いえいえ、特に用事はないのですよ。こちらにお戻りになって少しぼうっとなされているようですからお呼びしたのです。」

「あら、少し疲れたのかしら」

「どうせエドワード様のことを考えていらしたのでしょう。」

思わず顔が熱くなり赤くなっているのが自覚される。

「そ、そんなことないわよ。疲れただけだから。」

私が必死で言い訳しようとすると、ばあやは「いいのですよ。私も遠くからお見かけしただけですが、エドワード様は素敵な殿方でしたよ。乙女の特権は恋することですから。」

私は体の緊張を解いて、こんな私がエドワード様を好きになっていいのかしらと思う。好きと思っただけで体の血が逆流するような変な気分になる。

「もう今日は疲れたわ。」

自分の気持ちを誤魔化すようにそんなことを言ってみた。

「今日は姫様も主役としてよく頑張られました。ゆっくりお休みください。」

私は寝室に行き、もうややこしいことは明日にしようと決めてゆっくりと目を閉じたのだった。

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